1.白黒の日常
「起きなさぁああああああああい!!」
耳元で突如発生する爆音。いや、轟音か。
俺の一日は、こいつの怒鳴り声から始まる。ああ、春眠暁を覚えずって言葉が身に染みるぜ。……もう5月。ほとんど夏じゃねえかチクショウ!
って、こんな余裕で解説してる場合じゃねえ!
「喰らうかっ!」
俺は布団を跳ね除け、ベッドから転がり落ちる。そこまで広くない俺の部屋は、寝転ぶとなんだかラズベリーの香りがした。ああ、そういえば昨日か一昨日、こいつが買ってきてたっけ。
なんて俺が考えてる間に、ベッドの方から「ボスッ」とかいう凶悪な音が。
「……。……えっと、狩野様?」
彼女――有宮狩野は、怒りかなんか知らんが体がプルプル震えていた。
「お前さ、今なんか枕にエルボーみたいなものを……」
「違う。あたしがしようとしたのは肘鉄だ」
エルボーと肘鉄って同じじゃねえか? 俺がそう口にする前に、彼女はこちらを振り向いた。
ああ、本当に美人だ。髪はロングヘヤーに伸ばし、ブロンド色は健在。大きな瞳も面影を残してるし、何よりスタイルが良くなったよなあ。健全な青少年としては、こんな美少女と同居してるなんて夢みたいだ。いや、ホント美人だ。……額に青筋が浮かんでなければ。
「あんた、またそんなニヤニヤして。どうせまたヘンなことでも考えてたんだろ?」
うっ、図星。
というか狩野は最近、『後輩&妹ミックスで守ってあげたい系』から『腐れ縁だけど気にかけてくれる、素直になれないツンデレ』に属性変換しつつあると思う。
「ほら、さっさと朝ごはん食べるよ。冷めちゃうから」
「いや、昨日のうちに俺が全部作っといたんだが……」
「い、いいから。さっさと出なさい」
仁王立ちになって俺をにらみつける狩野。いや、怖いけど、やっぱ可愛い。エプロン姿がよく映えるね。うんうん、目の保養目の保養っと。……もっとも、彼女に家事をやらせたら我が家は崩壊するわけだが。
「あ、あと」
「何よ」
のろのろと立ち上がりながら、俺はさっきから気になって仕方ないことを口にする。
「今日、白と水色のしましまなんだな」
「へ……!?」
「さっき、あんな足開いて立ってたから、角度的に見え……ごぶっ!!」
いや、予想してたけど、それでもやっぱ痛いね、肘鉄って。プロレスで禁止技に指定されてるのは正解だよ、うん。
そんなことを考えながら、鳩尾に思いっきりエルボーを炸裂させられた俺はあえなくフローリングを転がっていった。
所変わって、とある都立高校。
2年B組の教室に、俺は足を踏み入れた。
「おはよーっす」
俺はいつも通りにあいさつをして、自らの席に座る。結局朝ごはんを食べさせてもらえなかったため、現在壮絶な空腹と戦っている。
「おう、今日は彼女とラブラブ登校じゃねえのか?」
「いや、彼女って誰だよ」
「とぼけるんじゃねえ。有宮さんと毎日一緒に登校してんじゃねえか。我らが学園のアイドルを貴様ごときにとられるとは、くぅうううううううう!!」
なんか一方的にまくし立てられ、さらに勝手に逃げられた。名も無きクラスメイト男子Aよ、お前マジで泣いてたぜ。すげぇな、こんなくだらない事で泣くなんて。
「あら、悟君、ご機嫌いかが?」
「あ、真下先輩。おはようございます」
わざわざ2年生に挨拶しに来るなんて、礼儀正しい人だなあ。
彼女は真下由美。この学校の生徒副会長であり、さらに自ら設立した『学校平和自治委員会』の委員長を務める、超熱血先輩だ。
「皆さんもおはようございます。本日も晴天に恵まれ、私の心もまだ春というのに夏のようにキラキラと……」
まあ、言動はお嬢様っぽいが気にしない。
『『『…………(ボーッ)』』』
クラスの皆は、どうやら真下先輩の魅力にあてられたらしい。男子のみならず、女子までだらしない笑みを浮かべて先輩を見つめている。
ちなみに彼女、真下先輩もかなりの美少女。少し茶色がかかった長髪はツインテールに結んでおり、どことなくエレガントだ。そして太平洋のように澄み渡った碧眼も上品さをかもし出している。そして何より、狩野より発育が進んだそのスタイルも……
「たあっ」
「ぶげっ!?」
突如、俺の背中に激痛が! 何だ、何が起こった!?
「あんたまた鼻の下伸ばして、変なこと考えてたでしょ」
ああ、またこの稀代の暴力女、有宮狩野か。まったく、出会ったころのおしとやかで幼い狩野はどこへいったんだろうね。きっと今までの4年間で、教育方法を間違えたに違いない。タイムマシンがあったら教育し直すのに……
「こら、有宮さん。『学校平和自治委員』が自ら暴力を振るってどうするんですか」
「うっさい。あたしが自ら望んで入ったわけじゃねえだろ」
確かに。俺と有宮は『学校平和自治委員』だが、真下先輩によって強制的に入らされたのだ。というか脅迫か? あれは。
「それでも、学校の平和を守る者としては今の行動はいかがなものかと思いますが?」
バチバチ、と二人の間で火花が散る。
いやいや、クラスの皆。何故にニヤニヤしながら俺をジロジロ見る? というか俺は悪くないぞ、うん。
……けど、朝っぱらから騒がれても困るよなあ。
「ほらほら真下先輩、その口論も平和を乱してるんじゃないですか?」
仕方なしに、重い口を開く。この二人を大人しくさせるなど、俺にとっちゃ朝飯前だ。いや、朝飯ほしいけど。
「……それも、そうですね」
そう言うと先輩は少し表情を曇らせ、視線を床に落とした。反省している……のだろうか?
「ほら、見回り行くんでしょう? さっさと終わらせちゃいましょう」
そう言って俺は、真下先輩の手を引いて廊下を歩き始めた。
「あ……」
「お、おい、悟!?」
なんか二人とも焦ってる。先輩に至っては顔を赤く染めてるがどうしたのかな?
「岡崎ぃ――――! てめえ、まさか真下先輩にまで手を出しがぁっ!!」
と、クラスの男子が何か叫ぼうとした瞬間、そいつは床に沈んだ。クラスメイト男子Bに合掌。というか見間違いじゃなければ、両隣の女子が瞬時にリバーブローとハートブレイクショットを打ち込んでいた気がするんだが……あ、なんか手を振ってきた。結構可愛い子じゃんか。頬に返り血っぽいのがついてるのが気になるけど。
「さあ、さっさと行きましょう」
クラス中の女子から暴力的オーラが漂い始めたので、俺は空いてるもう一方の片手で狩野の腕をつかみ、廊下に出る。
「あ……」
狩野もちょっと驚いたように腕を震わせたが、大人しく従った。よかったよかった。
「「……(バチバチ)」」
全然よくなかった。この二人、超至近距離で火花散らしてる。怖いんでやめてください。
と、俺達が教室から少し離れたところで2年B組の教室からドンガラガシャーンというベタな効果音が。
『悟×狩野より、悟×由美の方が良いに決まってるじゃない!』
『悟×由美なんて邪道よ邪道! 岡崎君には幼馴染のツンデレが似合うに決まってるでしょ!!』
……俺は何も聞いてない、聞いてないぞ。
恐る恐る、狩野と真下先輩に視線を送る。ああ、良かった。まだ二人で視線バチバチやってるだけだ。
はぁ。
俺はため息を一つつき、後ろで冷戦状態の二人をいかに講和させるか考え始めるのだった。
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