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この小説は、主人公を中心として暗殺者やその標的が織り成すアクション場面、主人公やヒロイン、クラスメイトなどが織り成す日常ラブコメ場面があります。両者ともに温度差が激しいので違和感を感じるかもしれませんがご了承ください。
0.白との遭遇 
 彼女を初めて見た時、心臓が止まるかと思った。

 こう言うとなんか、一目惚れしたみたいだがそんなんじゃない。断じて違うぞ。

 その短いブロンドの髪は、なびく度に華麗な煌きを辺りに振りまき、その度に俺の周囲は歓声を上げた。

 その大きくて黒い瞳は、瞬きをする度に儚い幻を描き、その度に俺の周囲は太陽のような明るさを灯した。

 その細い体つきは、動く度に残像のような輝きを見せ、その度に俺の頭は「何かおかしい」と叫んでいた。

 そうだ。ありえない。彼女みたいな人間がここに来るなんて、あってはいけない。こんな薄暗い、地下の秘密アジトなんかにいちゃいけない。

 それなのに。

 彼女は、確かに、そこに存在していた。

 真っ黒に染まった俺とは対照的に、真っ白な表情で。

 俺と彼女の間にある、絶対的な、越えられない壁。拭えない違和感。捨てられない敵意。

 なんだよ、こいつは。

「紹介しよう。今日から俺たちのサポーターになった()だ」

 リーダー格であった男は彼女の肩に手を置き、彼女の発言を促す。彼女は躊躇いがちに、けれどはっきりと告げた。

「今日から皆さんと共に悪を狩ることになりました、有宮狩野(ありみやかりの)といいます。至らない点は多数あると思いますが、よろしくお願いします」

 その言葉に、俺の周囲から笑顔がこぼれた。

『ははは、まだ13なのにちゃんと敬語が使えるのか』

『俺達は一生使えねえだろ』

『使う機会もないしな』

 彼女という存在は、俺達の何かを変えている。本質まで捻じ曲げたりはしないけど、そこにいつもの禍々く薄暗い一同の顔はなかった。

「お前ら、いくら可愛いコだからって襲うなよ」

 俺もその空気に身を任せ、軽めの冗談を言ってみる。結果、爆笑。

『ぶわっはははは! そんな事しねえって!』

『というか同年代のお前のほうがしたいのでは?』

『確かにな! 我らがエース殿も13だったろ』

 いつの間にか冗談の矛先は俺になっていた。まあ、俺がこのコを襲うなんて世界が滅亡するよりありえないけど。

「あ……。貴方、ひょっとして、岡崎悟(おかざきさとる)さん!?」

 彼女は驚いたように俺の顔を見る。まさか知られていたとは。ちょっと恥ずかしい。

「えっと……。まあ、このチームの戦闘班主任を務めさせてもらってます、岡崎悟です」

 頬を人差し指で掻きながら自己紹介。ああ、やっぱなんかむずがゆい。

「よろしくお願いします! あたしと同い年なのに、『鮮血の狂戦士』なんて呼ばれてて、すごい人だなって尊敬してます!」

『鮮血の狂戦士』? なんだソレ?

「ああ、俺が適当に名づけて噂流しといた。13歳で任務の成功率は100%だって。他のチームへの威嚇目的でな」

「アンタかぁあああああああああああ!!!」

 心の叫びと共に、俺は右膝に力を溜めて一気に跳躍する。そのまま一回転しつつ、勢いを殺さないよう狙いをつけ――

「く、空中回転回し蹴り!?」

 有宮の驚いたような声が聞こえる。けれど――

「だぁっ!?」

 寸分の狂いもなくリーダーの首筋に叩き込まれるはずだった右足は、空を切っただけだった。それだけじゃない。リーダーはしゃがんで蹴りをやり過ごすと、そのまま、立ち上がり様に俺のあごへ綺麗なアッパーカットを――

「ぶがっ!?」

 凄まじい衝撃に、まぶたの裏がチカチカする。地面に叩きつけられ、反動で少し床から浮いたが、また落ちた。

「お、岡崎さん!? 大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ。こいつはこのくらいじゃ死なない」

 死ななきゃいいってもんじゃないだろ。

「いってえな。リーダー、ちょっとぐらいは手加減してくれよ」

 上体だけ起こしながら、俺はあごをさする。痛い。

「そっちは本気なんだ。こっちも本気で相手しなければ失礼というものだろう」

 時々、リーダーはこんな感じにへんな哲学を語ることがある。皆聞き流しているが。

「それに、かっこいいじゃないか、『鮮血の狂戦士』なんて」

 俺は有宮に視線を送る。彼女も同感なのか、コクコクと頷いていた。 

 けれど。

「……別にそんなの、いらねえ」

「ひょっとしてお前、ツンデレか?」

 リーダーは苦笑しながら言う。それもそうだ。俺も人間の端くれなのだから、人なら誰だって上を目指したがるだろう。

 だけど。

「俺は……人殺しだ」

 その言葉に、皆表情が変わった。

 そう。俺達は殺し屋、ヒットマン、暗殺者、アサシン。己の手を他人の血に染めた、許されざる者。

「俺は、他人のためにこんなことしてるわけじゃない。同情も愛情もいらない。狂っているといわれても言い。仲間を失い、たった独りになってもいい。俺は、俺が生きるために、生き残るために他人を殺す」

 その言葉は、地下の薄暗い部屋に響き渡った。

 真っ直ぐに。

 馬鹿みたいに、真っ直ぐに。


「はぁ……はぁ……」
 
 肩で息をしながら、砕けたレンガの上を駆け抜ける。

 手にしたライフルは、夜の闇に紛れて逃げてしまいそうだった。

「くそっ……!」

 後ろから聞こえる足音に、俺の背筋が張り詰めた。いやな汗が体中から噴き出る。

 全てが、想定外だった。

 本来の任務は、ある化学兵器の研究所を破壊するというもの。そして、有宮の初陣。

 敵兵の数も、強さも、装備も、桁違い。

 完全に想定外なそれらに、俺達は同じ言葉を口にした。

『ハメられた』
 
 依頼者が他のチームと繋がっていたのだろう、俺達が研究所を襲撃するというのはすでにバレていた。

 各自、手持ち火器をある程度装備して散開、生き残った者はアジトへ向かわず、そのまま各自で新たな生活を始める。

 そんな指令を下され、俺達は逃亡を開始した。

 追っ手の数は約50。こちらは15人。

 最新鋭のライフルに防弾ジャケット、赤外線ゴーグルを装備したあちらに対して、俺達は一般的なライフルと赤外線ゴーグル、防弾ジャケットなんて装備していない。

 追う側と追われる側。

 月夜の中、熾烈な逃走劇が幕を開けていた。

 
 タタン、と一定のリズムを刻むかのように、発砲音が響く。

 それと同時に闇の中から、無数の銃弾が飛来した。そのうち一発が、俺の右頬を切り裂いた。赤外線スコープのせいで、首が動かしづらいしいつもに比べ動きも鈍い。

「邪魔だっ!!」

 俺は赤外線スコープを外し、肉眼で敵影を確認する。

 数は……10、いや20か?

 なんにしても、俺がマークされてるのは確実だった。
 
 これでいい。他の皆から敵を遠ざけられれば!

「俺はここだっ! 撃ちたいなら撃てよ!」

 思いっきり叫べば、相手はこちらにライフルを構えた。

 俺も手にした、少し旧式のアサルトライフルで狙いをつける。

 タタン、タタン!

 瞬間、「きゃあっ」という少女の悲鳴。あの声は――

「有宮か!?」

 俺は慌ててライフルを降ろし、声がしたほうに走り出す。研究所付近は廃墟や樹木が広がっているため、障害物は案外多い。しかし、それは盾にもなるしただの邪魔物にもなる――

「うわっと!?」

 レンガの破片につまづき、俺は地面に倒れこんだ。ライフルが手を離れ、手から数メートル離れた地点に落下する。

 やばいっ!!

 後ろから迫る追っ手たちはもう、俺に照準を合わせているだろう。

 俺が地面を這いずるように銃に手を伸ばした時――

 俺の視界から、ライフルが消えた。

「なっ!?」

 思わず上を見上げた瞬間、あたりに響く発砲音。そして俺の眼前に、空の薬莢が落ちる。

 男の悲鳴と同時に、何かが倒れる音が遠くに聞こえた。

 あれだけ真っ白だった少女が、今――

 俺の視線の先には、ライフルを構えた有宮の姿があった。


 研究所から遠く離れた海岸。

 悲鳴を上げた時、右肩を撃たれたらしく、有宮は俺の膝を枕にしてぐっすり眠っていた。
止血はもうしたし、死んだりはしないだろう。大丈夫だ、絶対に。

 俺は黙って、水平線を見つめていた。

 これからどうやって生きていく?

 一人で生きていくのか?

 そして、有宮はどうなるんだ?

 正直言って、俺にはもうこの殺し屋稼業しか残されていない。しかし、有宮はどうなる?

「んっ……」

「お、ようやくお目覚めか」

 視線を落とすと、有宮がゆっくりと目を開いていた。

「あ……おかざ」

「悟でいいよ」

 彼女が俺の名を呼ぶ前に、素早く口を挟む。

「うん……悟、ここはどこ? 皆は?」

 俺は、なんて答えればいい? 皆を見捨てて、二人だけでここまで来たって言うのか?

「きっと……生きてるよね?」

 彼女は純粋な、真っ白な笑顔で尋ねてくる。

「ああ、きっとまた、会えるさ」

 俺も笑顔で返す。ただし、真っ黒に染まった笑顔で。

 白と黒。それらは決して交わらない色かもしれない。

「なあ、狩野」

「え……?」

 突然下の名前で驚いているのかもしれない。けれど、もっと驚くんだろうな、俺の言葉を聞いたら。

「俺と一緒に、生きてくれないか?」

 彼女は顔を真っ赤にした。俺はすこし嘆息し、呟く。

「やっぱ、無理か……」

 その呟きは彼女の耳に届いたらしい。

「――っ! 全然! むしろ大歓迎って、あ……」

 自分の発言を反芻し、勝手に赤くなる狩野。

 俺は少し笑って、水平線に視線を戻した。狩野もつられて、俺と同じ方向に視線を向ける。

「綺麗……ね」

 そう彼女が呟くほど、そこには美しい日の出があった。

 それはまるで、闇に差す一縷の光のようだった。


 白と黒。それらは決して交わらない色かもしれない。

 けれど、さ。

 交わらなくてもいいから。

 傍にいることぐらい、望んでもいいはずだろ?
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