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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第一章
22/47

嫌悪と標的と3

「なんだか精霊達かしら? 騒がしくない?」

 クリスティーヌの言葉に、ファルセットが少し困ったような表情で私とクリスティーヌを見た。

「そうですねー。何かはわからないみたいですけど、良くない感じがするとしきりに言ってます」

「良くない感じ?」

 昼食を済ませ、それからまた少し買い物をしてから宿に戻れば刻は夕方よりも少し前になっていた。

 歩き疲れたと言うよりも、普段やらないことをいっぺんにやったせいもあって、少し気づかれしていた私たちは、屋台で購入した青果の盛り合わせをテーブルに広げて食べながらゆっくりしていた時の事だった。

 私は精霊の声など普通は聴こえ無いので窓から外を望んでみたが、特に変わった様子は無かったのがわかっただけである。

 だが、どこか空気が騒々しい感じは確かにしていた。

 ここからは見えないだけで、少し離れた所で何かあったのだろうか?

 その時、先日聴いたばかりの声が頭に突如響いた。

『ファルセット。そして精霊に愛された人の子たちよ』

「ミスティレイ様……?」

 頭に響いてきた声は、この街を護る精霊ミスティレイ。

『この街の水を汚す者達が近づいているわ』

「水を汚す者たち?」

 意味が理解しきれず問返せば、精霊ミスティレイは言った。

『狂気に満ちた意思を感じるわ。彼らによって私たちの体を汚す力が働く予感がするの』

 そう言って、すぐに精霊ミスティレイの気配が消えた。

「えっと……、汚れって何を意味するのかわかる?」

 精霊の言葉は時に抽象的だ。

 言葉での表現をあまりしないからなのかもしれないが、単に汚れと言っても何を示しているのかわからない。

 ある程度絞り込めることはできても、それが正しいかどうかは正直な所、自信がまったくもてない。

 同族であるファルセットに目を向ければ、彼もまた少し困った表情を浮かべているので、恐らく彼自身も精霊ミスティレイの意図を正しくくみとれていないのだろう。

「多分、水が汚れる事によって精霊たちがその水の影響で狂う事を懸念しての事だとはおもうんですけど……」

「精霊たちが狂う?」

 初めて聞く言葉に私は首を傾げた。

「まあ、平時である今は滅多にないけれど、戦時中なんかは良くあるのよ。精霊が狂うなんてことはね」

 その言葉にファルセットが頷く。

「精霊は自然の中から生み出された意思を持つ【気】とでも言えばいいんでしょうか……。なので、自然が汚されればその影響を受けて、意思が乱される、つまりは狂う事になります。狂った場合にどうなるかは流石に知らないんですけど……」

「なるほどね」

「僕の場合はカレンさんが住んでいたところにある森が生まれた場所ですから、あの森が汚された場合――――えっと、具体的に言えば木々が必要以上に伐採されたり、焼かれたりすれば、僕という意思に影響が出るんです。多分、ミスティレイ様やその周りに居る精霊たちの場合は、この街の水が僕の生まれ故郷の森と同じ意味をもっているんじゃないかなと思います」

「それで戦時中によくあるって話しにつながるわけなのね」

「ええ。戦時中は人によってあちこちの自然が乱されるから」

 そこまで聞いてふと思った。

 戦時中と言ったが、それは人によって起こされるものを基本的に示す言葉だ。

 なら、人以外の場合の争いはどうなのだろうか?

「人じゃない生き物達の争いは、自然の摂理にのっとった争いだから、その争いは自然界に汚れをもたらさないの。逆に、人の争いは自然の摂理にのっとったものではないでしょう?」

「ああそうか。人の争いは欲望の塊だから、自然を汚すことになるのか」

 こう話していると、本当に人は貪欲な生き物なんだなと感じてしまう。

 私も、精霊達のように自然なものからしてみたら、欲が大きいか小さいかの差しか無い、結局は欲の塊でしかない者なのだろう。ちょっとへこむ話しである。

「つまりは、人間の欲によって引き起こされた何かが水を汚すだろうから、何とかしてほしいって話し?」

「恐らくは――――」

「とはいえ、水を汚すってことは斬られた人の血が混ざるとか、毒とかが混ざるとかかし……ら……」

 何気なく思った事をそのまま言ったが、言っている途中にその恐ろしさに気付き、背筋に悪寒が走った。

 クリスティーヌやファルセットも表情が強張っている。

「毒は……不味いわね」

 強張った表情のまま、クリスティーヌは言う。

 水の都と言われるこの街に、水が通っていない場所は恐らく、何処にもない。

 だからもし、各所に通っている水に毒が流し込まれたらどうなるのかは、大した想像力が無くとも安易に想像がついてしまうのだ。

「たとえどんな猛毒でも、ミスティレイ様なら浄化することは、出来ると思います。でも、浄化するのに時間はかかるので、その間に浄化されていない水を飲む人が、あるいは毒に触れる人は、きっと一人や二人じゃおさまらないんじゃないかと……」

「殺される事によって死んだ人が、もし川とか湖で倒れたら、それも水の汚れになる可能性は……?」

「……可能性は、あります」

「実に厄介ね……」

 たとえば川に毒が流し込まれたとして、それを浄化にあたるも、その毒が浄化しきれぬままに、事情を知らぬ人々が飲んだり触れたりしたとする。

 その毒によって死者がでて、それがたまたま川や湖で倒れたら、その死者が毒とは別の水の汚れとなり、強力な力を持つミスティレイはわからないが、力の弱い精霊達は狂う可能性が十分あり得ると考えられる。

 それらは全て可能性の域を出ない話しではあるものの、汚れる可能性があるという話だけを伝えられた私たちには、その可能性が起きる場合と起きない場合の確率は同じくらいに思えるものだった。

「何で私たちがという気がしないでもないけれど、良くない想像が出てきてしまった以上、何かしないといけない気がするな。これは」

 平穏だと思っていた矢先の出来事に、思わず深いため息がもれた。

 よくよく考えてみれば、もしその最悪の事態が起きた場合、私はまた暫くお風呂に入れなくなると言う事にもなる。

 それは問題だっ。

 お風呂に入れるこの街を汚れによって出入りが制限されたり、無くなったりされたら本気で困る。

 日本人のお風呂好きを舐めないでもらいたい。お風呂は生きがいの一つなのだ。

(お風呂に入れない状況をつくり出してみろー? たとえ元凶をつくった奴が冥土に居ようとも、そこまで行って必ず張り倒してやる!)

 お風呂に入れなかった場合の恨みは深いぞ。

「とりあえず、狂気に満ちた意思とやらがなんなのかを見つけなきゃ話しにならないわね。無いとは思うけど、何か思い当る事は?」

「当然無いわ」

「ないですー」

 その時また不思議なざわめきを感じた。

 ファルセットがそのざわめきが水の精霊達によるものだと教えてくれる。

「えっと、狂気に満ちた意思が向かう先がわかるの?」

「好都合ね」

 クリスティーヌの言葉に私も頷く。

「場合によっては街を出なきゃならなくなるから、荷物は全部持って出た方がいいかもしれないね」

 たとえ今回お風呂に入れなくとも、街が残っていれば何時か入れると、結構がっかりしつつも手早く広げてある荷物をまとめて背負う。

「ああ。短い平穏よ、さようなら」

 一応戻ってこれる事も考えて、明日の朝までの宿代は払っておき、ファルセットが水の精霊を追い、精霊を追うファルセットを私とクリスティーヌが追って辿りついた先は、なんとレオノールの店であった。

「あら? どうしましたの?」

 丁度店仕舞いをしている所だったようで、レオノールが旅装束に身を包んだ私たちを見て驚きながらも店に招き入れようとしてくれたが、タイミング良く、レオノールの部下か、あるいは使用人だろう壮年の男が、肩で息をしながら走り込んできた。

「奥さま。急いでお支度を。王女殿下が、どうやら奥さまをお探しの様です。近衛騎士を動かして」

「なんですって……!?」

 難しい顔になったレオノールは、すぐに使用人達に指示を飛ばしだした。

「商品は全て裏手にある馬車に詰め込みなさい! お客様の信頼を失わないように、商品は丁寧に、それでいて素早く詰め込むのよっ! 力のあるものは、店にある食料と水をありったけ詰め込んでちょうだい! 飢えで死ぬなど馬鹿げていますからね。今日来て居ない者達の場所がわかる者は、今直ぐ街を出るように伝えてちょうだい。私の巻き添えで死なれてはたまったものではありませんからね!」

 誰一人としてレオノールの指示に逆らう者はいなかった。

 それだけ信頼されている人物なのだろう。

 怒涛の勢いで指示を出すレオノールの姿に呆気に取られていた私だったが、クリスティーヌが腕を組んで苦い表情を浮かべている事に気付き、どうしたのかと尋ねた。

「あの馬鹿王女の遊びの標的にされたんだわ」

 あったことも無ければ噂を耳にした事も無いのだが、王女と言う事はすなわちこの国の王女の事なのだろう。

 そんな人物を馬鹿呼ばわりでいいのかどうかは不明だが、口ぶりから、また目の前で騒々しく繰り広げられている光景、そして遊びという表現などから察すると、どうもその王女とやらはろくでもない人物っぽそうである。

 なかなかどうして、嫌な予感がするじゃないか。

「私たちも彼女について行った方が良さそうね。少なくとも、王女の近衛騎士達の中に、私を退けるほどの魔法を扱える者なんていないから、私とファルセットが居れば、手出し出来なくすることは可能よ」

「それはいいけど、一つ質問。もし万が一レオノールさんの店の関係者が街に残っていた場合、あるいは誰も関係者が居ない事で近衛騎士が街に何かする事ってありそう?」

「……良くて店が壊される。悪ければそれこそさっき話していた、精霊たちが狂うほどの事態が起きる可能性が、あるわね。過去の例からいって、何もしないで立ち去るなんてことは、ほぼ無かったはずよ」

「なにそれウザイ……」

 ということは、その王女の近衛騎士達が街にろくでもない事をしないようにする為に、どうにかしなければならないと言う話しなる。

(一般人の私にどうしろってのよこれ……!)

 クリスティーヌのような魔法に長けているわけでもなければ、ファルセットのように精霊と会話する事が出来るわけでもない私にいったい何が出来るというのだろうか。

 考えた末に出した答えは――――。

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