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戦姫クサナギ 作者:小湊拓也
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第7話 吹き荒れる黄泉の暴風

「なあ兄者。人間をどう思う?」
「何事だ、薮から棒に」
「俺はな、姉上のお気持ちがわからぬでもないのだよ。人間という奴らは、確かに度し難く救い難き輩ではある。が……だからと言って滅ぼしてしまうには、あまりにも憎めんのだ。俺は、どうしても奴らを嫌いにはなれんのだよ」
「まあ我らとて、偉そうに人間たちを裁けるほど立派な事をしているわけではないからな」
「ふ……特に俺はそうだ」
「そなたは1つ、大きな事を成し遂げたではないか。それに比べて私は本当に何もしておらぬ。姉上もだ。そんな我らの、立派ではない部分を棚に上げて、一方的に人間たちを裁くなどという……天津神(あまつかみ)にあるまじき蛮行。姉上に、させるわけにはゆかぬ」
「人間の、巫女の力を借りてでも姉上を止めねばならぬ。今更言うまでもない事かな。で、その巫女なのだが……何やら打ちのめされておるぞ。これが兄者の言う、心の折れるような目に遭う、という事なのか? 立ち直ってくれるのであろうな」
「これしきの事は問題にならぬほど過酷なものを、この娘はすでに克服している。父親の死という、な」
「父親の死が過酷なのか。俺など、あんな親父はどうにでもなれと思ってしまうがな」
「……いい加減、父上の悪口を言うのはやめておけ」
「まあ親父の事などよりも、今は母上だよ兄者。あの小僧を使って一体、何をなさるおつもりなのか……ん? 兄者どうした」
「……何だ、あれは」
「何?」
「あのような、禍々しきもの……姉上に先んじて現世に禍いをもたらすおつもりか、母上」


 目が覚めても、自分がどこにいるのかわからなかった。
 いや。自分の身体は、恒安26年式の操縦席に収まったままだ。大破した機体が今、どのような場所にあるのか、冬樹には皆目見当も付かない。
 モニターに映っているのは、静かな砂嵐だ。センサー・アイが完全に死んでいる。
 それでも。ここが地上ではない事、だけは何となく感じられた。
 残骸同然の恒安26年式は今、浮かんでいる。空中にか、あるいは水中にか。
 漠然とそんな事が感じられるだけで、他は何もわからない。ここがどこなのか、自分は何故こんな所にいるのか。
 そもそも自分は今、生きているのか死んでいるのか。
『貴方は、生きているわ』
 声が聞こえた。少なくとも冬樹の脳は、それを声と認識した。
「誰……だい、あんたは……」
 血の味がこびりついた喉から無理矢理、冬樹は声を絞り出した。
『私は、黄泉大神の御言(みこと)を伝える者』
「よもつ……おおかみ、だと? つまりここは黄泉の国か……要するに俺は死んじまってると」
『それが、そうではないのよ。貴方は今、生ける身のまま黄泉を漂っている……その壊れかけた人形の中にある神籬(ひもろぎ)のせいで、黄泉と現世が繋がってしまった。だから貴方を生きたまま、黄泉にかくまう事が出来たわ』
「かくまって……くれたのは、あんたかい……?」
『黄泉大神の御意思によって、ね』
「とりあえず、ありがとよ……でだ。俺ぁ一体どうなんのかな、これから」
『現世にお戻りなさい。黄泉の力を携えて』
「黄泉の、力……? よくわかんねえが、その力。俺が使っちまって、いいのかな?」
『お使いなさい。貴方のその憎しみの心、荒ぶるままに……黄泉大神はただ、それだけを貴方に望んでおられます』


(憎しみ……か)
 1年前の会話を思い起こしつつ冬樹は、操縦桿を握り込んだ。
 機体に、力が満ちてゆく。それがわかった。
 高天原に住まう天津神々、ではなく黄泉大神の力が、マガツヒコの手足の先にまで行き渡りつつある。
「へっ……久しぶりだなぁオイ」
 光1つ点っていない暗黒の操縦室の中で、冬樹は、ほぼ1年ぶりに動かす己の愛機に語りかけた。
 大破した恒安26年式がマガツヒコになるまで、1年かかったのだ。
 黄泉大神の力を得て異形化した、恒安26年式。
 その操縦桿を握ったまま、冬樹は思う。
 今更、何をしたところで哲弘は喜ばない。悲しみもしない。当然、生き返る事もない。
 もし哲弘が生きていたら、烈火の如く怒るだろう。冬樹など、顔の形が変わるまで殴られるに違いない。
「でも、てめえは死んでやがる。だから俺の好きにやらせてもらうぜ……ざまぁ見やがれ」
 何も見えない操縦室の中で、冬樹は睨み据えた。同調したセンサー・アイを通じて頭の中に浮かぶ映像をだ。
 市街地と廃墟エリア、両方を尊大に見下ろして屹立する白亜の巨大建造物。
 その最上階近くに浮かぶ細身の人型戦闘機の中から、四条美鶴が通信の周波数を合わせてくる。
「お久しぶりね真北君……会えて、嬉しいわ」
「悪かったな、哲弘じゃなくてよ」
 ほぼ1年ぶりの、会話だった。
「……俺の方が、生き残っちまった」
「と言うより、死に損なったわね?」
「ちげえねえや」
 冬樹は笑った。笑いながら出来る話は、しかしここまでだ。
「ま、それはそれとして四条……そこ、どいてくんねえかな。俺ぁよ、その税金御殿の中で偉そうにしておられる婆様8人に、用があるんだ」
「あら、つれないのね。1年ぶりに会った私にはもう、用がないとでも?」
「ああ、ねえともさ……」
 答える冬樹の口の中で、牙のような歯がギリッ……と擦れ合う。
「お人形ちゃんに用はねえ……そこ、どけってんだよ」
 四条美鶴は人形に過ぎない。
 冬樹が相手にしなければならないのは、人形使いの方なのだ。
「……私が貴方たちを撃ったのは、自分の意思に基づいての事よ」
 美鶴の声が、硬くなった。
「大斎の方々の御下命だったから、ではないわ。貴方と哲弘は、生きていてはならなかったのよ。女によって人々が平和的に導かれる、この理想社会の存続のために」
「婆ぁどもが、そう言ったのか」
 噛み合っていた牙が、冬樹の口元でギラリと剥き出しになった。
「やっぱり、てめえはお人形だよ。そこの婆様どもが精魂込めて作った、可愛い可愛いお人形ちゃんだよ……どきな。人形遊びをやりに来たわけじゃねえ」
「……退魔操撃、蜂比礼」
 美鶴の声に合わせ、15機分の火器が一斉に光を放った。可視エネルギーと融合した、銃弾あるいは砲弾。
 豪雨の如く襲い来たそれらが、冬樹の、マガツヒコの眼前で、ことごとく潰れて弾け散る。無数の波紋を、空間に残しながら。
「退魔障壁、辺津鏡……っと」
 機体内にある試作形ヒモロギ・システム。それは恒安26年式がマガツヒコに変わった今でも、そのままである。
 ただし今は、高天原ではなく黄泉国と繋がっているのだが。
 黄泉より召喚された力が、マガツヒコの周囲で、シャボン玉に似たエネルギー防護膜と化して発現している。
 その表面に、亀裂が走った。
 15機もの円明元年式・改が浴びせて来る銃撃と砲撃。それらによって生じ続ける空間の波紋が、ピシピシッと亀裂に変わってゆく。
「ほう……? やるじゃねえか」
 予想外の火力。四条美鶴の力を少し甘く見ていた事を、冬樹は認めざるを得なかった。
 亀裂に覆われつつある退魔障壁の中。マガツヒコの両手が、ゆっくりと武器を構える。
 元年式・改のものより大型の突撃銃。その銃口が、
「わかったよ四条、お人形遊びに少し付き合ってやる……こいつの慣らし運転くれえにゃならあなぁーッ!」
 冬樹の気合いと共に、轟音と火を噴いた。
 燃え盛る赤色のエネルギー光を宿した、銃弾の嵐。それが、ひび割れた退魔障壁を内側から粉砕する。
 キラキラと、光の破片が飛散して消えた。
 円明元年式・改が3機、一瞬にして砕け散った。4機目、5機目が金属屑に変わり、飛び散った。
 同時に、弱々しい声がマガツヒコの通信機能に流れ込んで来る。
「きゃあっ……!」
 少女の悲鳴だった。まだ立ち上がれずにいるタイプ・カンナギの操縦者、が発した悲鳴。
 辛うじて上体だけを起こした、華奢な細身の機体。その周囲を、粉砕された元年式・改たちの手足が、頭部が、その他様々な残骸片が、荒々しく飛び交っている。
「……っと、いけねえいけねえ」
 冬樹は銃撃を止めた。心の折れた女の子に、恐い思いをさせてしまった。
 残り10機となった元年式・改も撃ち方をやめ、銃器だけを構えたまま硬直してしまっている。まるで怯んだかのように。怯む事を知らないはずの、無人機がだ。
 いや、怯んでいるのは彼らの人工知能ではない。四条美鶴だ。
「貴方は……! その力、やはり黄泉大神の……!」
 息を呑みつつ、美鶴が呻いている。
 その怯みがヒモロギ・システムを通じて、元年式・改たちに伝わっているのだ。
 足元の機動鐙を、冬樹は思いきり踏み込んだ。
 マガツヒコが地面を蹴った。疾駆。振動が、Gが、操縦席もろとも冬樹を揺るがす。
「へ……これよ、コレ……」
 口から飛び出しそうな内臓を懸命に呑み込みながら、冬樹は笑った。
 ほぼ1年ぶりに味わう、豪快なまでの乗り心地の悪さ。これが人型戦闘機というものだ。
 間合いは、すでに詰まっている。
 あのポニーテールの少女が乗っているのであろうタイプ・カンナギが、座り込んだような寝転んだような姿勢のまま、すぐ近くからマガツヒコを見上げている。その周囲では円明元年式・改たちが、まだ硬直したままだ。
 いや。最も位置の近い何機かが、思い出したように動き始めていた。銃口を、近距離からマガツヒコに向けようとしている。
 機動鐙をもう一度踏み込み、冬樹は操縦桿を引いた。
 マガツヒコの黒い機体が、ふわりと翻る。広い翼が、マントのように宙を撫でる。
 同時に、閃光が走った。
 至近距離からの乱射を始めようとしていた元年式・改が3機、真っ二つになった。地に立つ下半身から、銃器を構えた上半身が滑り落ちる。
 ぴた、と動きを止めたマガツヒコの左手に、1振りの徹甲ナイフが握られている。機体色と艶やかな対比をなす白い刀身は、剣とも呼べるほどに巨大だ。
 大型突撃銃を右手に、徹甲ナイフを左手に持ったまま、動きを止めているマガツヒコ。
 そこへ、残り7機となった元年式・改が何かしら攻撃を仕掛けようとする直前。
 何かが、跳ねてうねった。まるで黄泉醜女の歯舌のように。
 1機、いや2機。元年式・改が、ひしゃげた金属屑に変わりながら吹っ飛んで行く。
 ちぎれた装甲片をこびり付かせながら、凶暴に宙を泳ぐもの。それは、マガツヒコの尻から伸びた、機械の百足のような尻尾だった。
 それが、さらに1機の円明元年式・改を打ち据える。打ち据えられた機体から、頭部と両腕がちぎれ飛ぶ。
 その時には、残る4機がようやくまともな戦闘行動を起こしていた。一斉に翼を開き、推進剤を噴かして、四方向へと飛行離脱。大型突撃銃3挺と対巨大物ロケットランチャー1門が、空中からマガツヒコに向けられる。
 だが。黒い埴輪のような機体は、すでに地上にはいない。
「遅え!」
 強烈な加速衝撃を押し返すように、冬樹は叫ぶ。
 4方向に分かれて飛んだ元年式・改の1機を追って、マガツヒコも飛翔していた。黄泉より召喚されたエネルギーが推進力に変換され、黒い翼に幾つも備えられた噴射口から、赤い光となって迸る。
 高速で空中へと吹っ飛んだマガツヒコの機体が、あっという間に元年式・改に追い付き擦れ違う。擦れ違いざまに、左手の大型徹甲ナイフが一閃。
 元年式・改が、滑らかに両断された。左右測ったように大きさの等しい残骸が2つ、へろへろと墜落して行く。
 地上にいたはずの標的を一瞬見失った3機の元年式・改が、それでもすぐに各々、空中のマガツヒコに武器を向け直す。2挺の突撃銃と1門のロケットランチャー。
 それらが光を噴くよりも早く、マガツヒコの黒い機体が空中で翻っていた。
 マントのような翼を払いのけるように、黒い右手が大型突撃銃を振り回す。
 その銃口が、弧を描きながら火を噴いた。長距離の掃射。
 円明元年式・改、最後の3機が、ほぼ同時に砕け散る。
 ばらばらと残骸が降るのに合わせ、冬樹はゆったりとマガツヒコを着地させた。相変わらず立つ事も動く事も出来ずにいる、タイプ・カンナギの近くにだ。
 無力な人形のようなその機体の、中にいる少女に、冬樹は出来る限り優しく声をかけた。
「よう……悪かったな、恐え思いさせちまってよ」
「…………」
 少女は応えない。まあ無理もないだろう。心が折れてしまっているのだから。
『始末、しておくべきだと思うのだけど』
「んな必要ねえっつったろ。見ろよ。かわいそうに、すっかり怯えちまって。放っといたって何にも出来やしねえよ」
『貴方は巫女というものを甘く見過ぎているわね。特に、この娘……あまりにも揺るぎないものを、心に秘めているわ。今は一時的に萎えてしまっているようだけど、時間が経てば必ず立ち上がって来る。そして黄泉大神の御ためにならない事をする。危険よ』
「揺るぎないもの……ねえ」
 冬樹は思い返してみた。
 こちらの喉にナイフを突き付けながら、鋭く睨んできた少女の眼光。凛とした、揺るぎない闘志を宿した眼差し。
 心の折れてしまったこの少女が、あれを蘇らせてくれると言うのなら。
「……悪くねえ、んじゃねえかなぁ」
『何を言っているの?』
「何でもねえよ。それより四条」
 冬樹は、会話の相手を変えた。
「もういいだろ、な? そこ、どいてくれよ」
「どけば私を見逃してくれる、とでも言うの……貴方は、私を……」
 美鶴の声が、震えている。怯えか、あるいは屈辱か。
「……殺すために、戻って来たのでしょう? 貴方は私を……憎んでいるはずよ、真北君」
「別に憎んじゃいねえさ。おめえの事なんざぁ」
 誰も憎むなよ。哲弘は、そう言った。
 だから冬樹は、せめて四条美鶴だけは憎むまいと心に決めたのだ。
「哲弘のバカに、女を見る目がなかったってだけの事さ……どきな、四条」
「……そんなわけにはいかないのよ、真北君」
 通信機の向こう側で、美鶴の震える声に合わせ、何かが高まってゆく。
 5つの浮揚砲を従えたタイプ・カンナギ。その機体内のヒモロギ・システムが、高天原からのエネルギーを凄まじい勢いで吸収しているのだ。
「私は、巫女……私は、世の人々に力を見せ続けなければならないのよ。巫女の力が、女の力こそが、世界を、社会を、人々を守り得る唯一絶対の」
「何度でも言うぜ、四条」
 冬樹は、うんざりしていた。
「そこ、どけ。人形遊びは、もう終わりだ」
「……退魔砲撃(たいまほうげき)……足玉(たるたま)ッ……!」
 神祇本庁庁舎の横。優美な細身の機体を五芒星の形に取り囲む浮揚砲たちが、轟音と光を放った。
 庁舎とその関係施設全域を包む巨大な退魔障壁に、幾つもの波紋が浮かぶ。
 そこを通り抜けて、無数の光の砲弾が高々と放物線を描く。そして一斉に、廃墟エリアへと降り注ぎ始める。
 冬樹はマガツヒコを1歩、踏み込ませた。
 翼ある黒い巨体が踏み込みつつ屈み、徹甲ナイフを逆手に構えて振り下ろす。
「来やがれ……黄泉火柱(よもつひばしら)!」
 その刃が、冬樹の声に合わせてズンッ、と地面に埋まる。
 直後。廃墟エリアのあちこちで、瓦礫や路面が砕けて舞い上がった。
 赤い色が、地中からマグマの如く噴出していた。
 黄泉より召喚された、赤色の可視エネルギー。
 廃墟の至る所で噴き上がったそれらが、轟音を響かせ、天を突いて伸びてゆく。
 そして、美鶴の退魔砲撃とぶつかり合った。
 空中の様々な場所で、白い光の砲弾と赤いエネルギー火柱が激突し、双方共に砕け散って消えてゆく。
 エネルギー同士のぶつかり合いで満ちていた空は、すぐに、すっきりと綺麗になった。
 冬樹は、優しい声を出した。
「もういいだろ四条。その婆ぁどもに、お前が身体張って守ってやる価値なんざねえよ」
「馬鹿な事を……言わないで……っ!」
 美鶴の口調は、引きつっている。
「女性が、人々を導く理想社会……大斎の方々なくしては、有り得ないものよ……私が、命に代えてもお守りしなければ」
「……いい加減にしろよ、四条」
 冬樹はついに、優しい口調を保てなくなった。
「哲弘にゃ悪いが、今からおめえを1発ぶん殴る事に決めた」
「…………!」
 美鶴の怯えが、通信機越しに伝わって来る。
 マガツヒコを立ち上がらせながら、冬樹はなおも言った。
「殴られたくなきゃ、そこをどけ。今からおめえン所まで行くからよ、その間にどけ」
 1歩、踏み出そうとしたマガツヒコの足が、止まった。思わず、冬樹は止めていた。
 首筋に、冷たいものを感じたからだ。まるで刃物を突き付けられたかのように。
 無論、この操縦室内には他に誰もいない。それでも冬樹は首筋に、刃物の冷たさを感じていた。先程と、同じようにだ。
「……待ちなさいよ、ちょっと」
 美鶴ではない少女の声が、通信に割り込んで来た。幾度か会話をしながらも冬樹がまだ名を知らぬ、少女の声。
 座り込んでいたタイプ・カンナギが、いつの間にか立ち上がっていた。細い両手に、長柄を握りながらだ。
 特殊繊維の紙垂をなびかせた、大薙刀。
 その大型の刀身が、背後からマガツヒコの首に当てられている。
「こっちを向いて……あたしと、戦いなさい」
 心が折れていたはずの少女の口調に、強いものが宿りつつある。強く、凛とした闘志。
「お、おめえ……」
 胸が高鳴り、顔が熱くなるのを、冬樹は止められなかった。


 まず国防軍の男たちが6人、黄泉醜女に惨殺された。
 続いて、決して安くはないであろう円明元年式・改が15機、マガツヒコによって破壊された。
 全て自分のせいだ。自分が戦っていれば、彼らを守ってやる事が出来た。などと考えてしまうのは自惚れかも知れない。
 だが少なくとも、心を折られて呆然と座り込んでいる、以外に何かやりようはあったはずだ。
「こっちを向いて……あたしと、戦いなさい」
 今更、戦ったところで無論、先程までの自分の醜態が帳消しになるわけではない。
 だがそれは、戦わなくても良い理由にはならないのだ。
 それに、美鶴が怯えてもいる。
「美鶴先輩に、手は出させないわよ」
 折れた心が、完全に立ち直ったわけではないだろう。それでも静葉は辛うじて、はっきりと言い放つ事が出来た。
 四条美鶴を、守る。
 それは今まで、この先輩にさんざん助けられてきた自分が、何としてもやらなければならない事なのだ。
「先輩、退がって下さい。こいつは、あたしが」
「静葉……」
 美鶴の声に怯えがある。美しく、力強く、鮮やかに黄泉の怪物を狩り続けてきた先輩が、怯えている。
 当然だった。完璧な人間などいないのだ。四条美鶴でも、怯える事はある。
 そういう時にこそ、静葉が戦わなければならない。こういう時に戦えないようでは、折れた心が立ち直った事にはならない。
「ほらあ、こっち向きなさい真北冬樹」
「俺の名前、知っててくれてんだ……へへ、嬉しいなあ」
 通信の向こうで、マガツヒコの中で、真北冬樹は何故か嬉しそうだ。
「で、出来れば、おめえの名前もよォ」
「大八島女学院中等部3年・宮杜静葉。お相手してあげますから、とっとと戦いなさい」
 名乗りつつ、乙式斬魔刀をゆっくりとマガツヒコの首筋から離す。
「……何でだ? ここは、後ろからブッた斬るとこだろ」
「ぶった斬ってあげるわよ。真っ正面からね」
 マガツヒコの尻から生えた、機械の百足とも言うべき凶器。その動きに注意しつつ静葉は応えた。
 だが結局、尻尾で攻撃を仕掛けて来る事もなくマガツヒコが、黒い機体をゆらりと振り向かせる。
「真ッ正面から俺とやり合おうってのか……やめとけ。そこまでして守ってやる価値なんざねえだろ、あのババアどもは」
「大斎様たちの事なんて、どうでもいいの」
 管制センターの男たちが青ざめそうな台詞を、静葉は思わず吐いていた。
 そうしながら思い浮かべる。今まで己がどんな様を晒し、草薙姫に、どんな無様な格好をさせていたのか。
(……ごめんね、お姫ちゃん…………)
 静葉は唇を噛んだ。巫女として、女として、あってはならない事だ。
「あたしはね……ここで戦わなかったら、この先1歩も進めないと思うから、戦うだけ」
 男が、黄泉醜女を退治してしまった。静葉はそれを、ひとまず考えない事にした。
 今は、眼前の戦いに己の全てを集中させる時である。
「そういう超個人的な理由で戦う奴ぁ、嫌いじゃねえけどよ」
 冬樹の言葉に合わせ、マガツヒコが1歩、後退りをする。
「でも俺……おめえとは、戦いたくねえよ」
「じゃ大人しく叩っ斬られなさいッ!」
 叫ぶ静葉の両手の下で、制御宝珠が光を発する。
 心が完全に立ち直ったわけではない。それでも草薙姫は動いてくれた。動くだけのエネルギーを、高天原から召喚する事は出来た。
 細身の機体が高速で踏み込み、それと共に斬魔刀が一閃する。
 右上から左下へと弧を描く斬撃を、マガツヒコが跳躍してかわす。翼を開いての、半ば飛翔に近い跳躍。
 追おうとする草薙姫に、大型突撃銃が空中から向けられた。その銃口が、火を噴いた。
 高天原、ではなく黄泉国から召喚された真紅のエネルギー光をまとう、銃弾の雨。
 それが草薙姫の眼前で、ことごとく波紋に変わった。
「退魔障壁……辺津鏡」
 うっすらとした光の防護膜が、機体周囲でシャボン玉状に発現している。
 そこに、赤い銃撃の豪雨が降り注いで波紋を作る。
 マガツヒコが、空中からの射撃を止めつつ着地した。そうしながら、左手の大型徹甲ナイフをくるりと回転させる。
「やめようぜ、静葉ちゃん」
 馴れ馴れしい言葉と共に、回転した徹甲ナイフが大型突撃銃の先端にカチャリと接続された。
 銃剣、の形である。
「俺ぁ、あのクソババアどもをぶち殺しに来ただけだ。おめえと戦う理由なんざ」
「理由なんてどうでもいい。今は美鶴先輩の代わりにあたしが戦わなきゃいけない時なの」
「……そうだよな。戦うのに理由なんざ、要るワケがねえんだよなあ」
 冬樹が笑った。ニヤリと牙を剥いた獰猛な笑顔が想像出来る笑いだ。
 マガツヒコが地面を蹴った。黒色の巨体が、尻尾をなびかせユラリと踏み込んで来る。
「ムカつくから、ぶちのめす。ブッ殺す。その程度でいいんだよなあ本当は!」
 突き込まれて来る銃剣。その刃が、燃え盛るように赤く発光している。
 黄泉のエネルギーを宿した刺突が、草薙姫を包む退魔障壁にぶつかって来る。
 光の防護膜に、亀裂が走った。
「俺ぁよ、あの婆あどもにゃ心底ムカついてんだ。だから、この世から消す。けどなぁ静葉ちゃん。俺、おめえに対しちゃ別に何にもムカついちゃいねえ。だからよ、引き下がってくんねえかな」
「……どうでもいいけど、勝手に下の名前で呼ばないでくれる?」
「俺の事も、下の名前呼び捨てでいいからさぁ」
 そんな会話の間にも、マガツヒコの銃剣は間断なく突き込まれて来る。
 シャボン玉状のエネルギー防護膜にビシッ、ビシビシッ! と亀裂が広がっていった。
「くっ……退魔障壁(たいましょうへき)瀛津鏡(おきつかがみ)!」
 ひび割れ砕け散る寸前の辺津鏡が、静葉の気合いに合わせて異変を生じた。
 機体周囲でドーム状に広がり防護膜を成していたエネルギーが、急激に縮んでゆく。
 そして、草薙姫の眼前で固まった。
 浮揚する、光の楯である。広範囲を薄く覆っていた防護膜が、前方のみを分厚く守る楯へと変化したのだ。
 上方、左右、後方の防御を一切捨て、その分のエネルギーを前方の一部分のみに凝集させる事で強固に出来上がった光の楯。
 そこへ、変わらぬ勢いで銃剣がぶつかって来る。ほんの僅か削り取られた光の飛沫が、火花の如く散った。
 マガツヒコが、くるりと銃剣の構えを変える。
 刺突が斬撃に変わった。
 真紅に輝く徹甲ナイフが、あまり大きくない光の楯を避けて、斜め下から斬り上げられて来る。
 退魔障壁・瀛津鏡が、浮遊しつつ滑るように動いた。
 草薙姫の脇腹辺りを狙って斬り込んで来た銃剣が、光の楯に激突し、跳ね返された。
 跳ね返された銃剣を、マガツヒコが即座に構え直し、叩き付けるように振り下ろす。
 楯状の退魔障壁がそれに反応し、ふわりと上方へ滑り動いた。そして銃剣の刃とぶつかり合う。
 またしても、光の飛沫が飛び散った。
 マガツヒコがよろめき、体勢を立て直す動きと共に踏み込んで来る。銃剣の切っ先を、草薙姫の喉元にまっすぐ向けながらだ。
 機体前方の空間を滑るように浮遊していた瀛津鏡が、草薙姫の正面で止まった。
 そこへ銃剣の刃が激突、した瞬間。
 光の楯がグリッと四十五度、向きを変えた。銃剣が受け流され、マガツヒコが体勢を崩して泳ぐ。
「もらった!」
 静葉は、乙式斬魔刀を一閃させた。
 姿勢が崩れたままマガツヒコは地上に転がり込み、その斬撃を回避した。
 踏み込んでさらなる一撃を加えようとする静葉だが、その時。
 倒れたマガツヒコの両脚の間から、巨大な百足のようなものが跳ね上がって来る。光の楯を迂回し襲いかかって来る、尻尾。
 今度は、静葉の方が回避をしなければならなくなった。
 よろめくように身を反らせた草薙姫の眼前を、機械の尻尾が高速で通り過ぎる。
 尻餅をつきそうになった草薙姫を、静葉はどうにか踏み止まらせた。
 その間、マガツヒコは不気味なほどの敏捷さで跳ね起き、後方に跳躍しつつ、高々と銃剣を振り上げる。
 空中で大きくのけ反った黒い有翼機体が、
「退魔斬撃……八握剣!」
 冬樹の叫びと共に、思いきり前屈した。
 銃剣が振り下ろされ、赤く発光する徹甲ナイフが縦一直線に真紅の弧を描き出す。三日月型の、赤いエネルギー刃。
 それが、発射された。こちらに向かって飛ばされて来る。
「そ、その技……使っていいの、お姫ちゃんだけなのに……きゃあっ!」
 光の楯が、草薙姫の眼前に浮いて止まる。そこへ、赤い三日月が激突。
 ガラスを思わせる粉砕音が、操縦室の中にまで聞こえてくるようだった。
 赤と白の光の破片が、キラキラと飛び散る。
 ぶつかり合った退魔斬撃と退魔障壁、その双方が砕けて飛散し、薄れ消えてゆく。
 消えてゆくエネルギー光の破片を蹴散らすように、
「……おめえ強ぇなあ、静葉ちゃん」
 マガツヒコの黒い巨体が、猛然と踏み込んで来た。
「何か、やる気になっちまったよ俺。知らねえぞ? どうなっても」
「どうなっても知らないわよ……あたしを、こんなに怒らせてえぇッ!」
 退魔障壁、だけでなく退魔斬撃まで使われた。
 いよいよ本格的に、この男を許すわけにはいかなくなってしまった。
 乙式斬魔刀の巨大な刃が、白く、激しく、光を発する。
 その刃が一閃し、踏み込んできたマガツヒコを迎え撃つ。
 白く輝く大薙刀と、赤く光を孕む銃剣。2つの武器が、激しくぶつかり合った。
 衝撃が、操縦席を揺るがす。それに静葉は耐えた。
 2機の位置が、入れ替わっている。双方、同時に振り向く。
 白と赤の刃が閃いた。再びぶつかり合う斬魔刀と徹甲ナイフ。その激突の響きと火花が消えぬうちに、2つの刀身は別の場所で交わっていた。
 マガツヒコの黒い巨体が荒々しく躍動し、銃剣を突き込みあるいは叩き付けてくる。
 その全てを、草薙姫が大薙刀で弾き返し受け流す。
 刃と刃、銃身と長柄が、激しくぶつかり合って衝突音を響かせ続ける。
 特殊繊維の紙垂が激しく舞い、赤と白の光の火花が、ひっきりなしに生じては消えた。
「くぅっ……!」
 防戦一方の自分を、静葉は自覚せざるを得なかった。
「やるじゃねえか静葉ちゃん……あ~あ、おめえが男だったらなぁ」
 マガツヒコを激しく操りながら冬樹が、陽気な口調で妄言を吐く。
「俺も、もうちっと本気でブチ殺しにかかれんのによォ」
「黙れえぇっ!」
 静葉の怒声に合わせ、草薙姫の機体が躍動した。
 人形のような細身が、竜巻の如く高速で回転する。全身の力で跳ね上げられた乙式斬魔刀が、銃剣を弾き返す。
 マガツヒコの体勢が、揺らいだ。
 回転を保ったまま、草薙姫は左の後ろ回し蹴りを放った。優美にして鋭利な脚線が、斬撃のように弧を描く。
 踵が、マガツヒコの胸と鳩尾の間に叩き込まれた。
「ぐ……っ」
 冬樹が呻く。間違いなく、コックピットに少なからぬ衝撃が行ったはずだ。
 後ろ回し蹴りの勢いを保ったまま、草薙姫の細身がもう1度くるりと舞う。
 充分に回転力を宿した斬魔刀が、よろめくマガツヒコに叩き付けられる。
 よろけた機体を無理に踏み止まらせようとはせず、冬樹はそのままマガツヒコを倒れ込ませた。それが回避になった。斬魔刀の刃が、凄まじい勢いで空を切る。
 振り切った大薙刀を草薙姫が構え直している間に、マガツヒコの黒い巨体は、ビルの残骸を1つ粉砕しながら跳ね起きていた。まったく、気色悪いほどの運動性能である。
「まだまだ……だぜ、静葉ちゃん」
 下の名前で呼ぶな、と怒鳴ろうとしながらも静葉はその時。何かの高まりを感じた。
 召喚したエネルギーが、タイプ・カンナギの機体の隅々まで満ちてゆく、あの感覚。
 だが今感じられるそれは、草薙姫の体内からのものではない。
 神祇本庁庁舎の方角から、感じられるものだ。
 白亜の庁舎の隣に浮かぶ、もう1体のタイプ・カンナギ。その機体内部で、エネルギーが高まりつつあるのだ。
 叢雲姫が、キリキリと長弓を引き絞っている。貫通兵器・甲式破邪弓。
 弓を握る左手と弦をつまむ右手との間で、白色の光が矢の形に固まり、マガツヒコに向けられている。
 エネルギー光で組成された矢。それが破邪弓につがえられたまま、膨張する。
「美鶴先輩……!」
「おいどうした静葉ちゃん、やり合ってる最中によそ見なんざぁ」
 草薙姫がよそ見をしているなら、その間に攻撃して来れば良いものを、それをせずに冬樹はそんな事を言っている。
 静葉は応えず、ただ叫んだ。
「危ない! 避けて!」
 言いつつ自らも、草薙姫を後方に跳躍させる。
 ほぼ同時に叢雲姫が、破邪弓の弦を手放した。
 神祇本庁関連施設を守る退魔障壁に一瞬、巨大な波紋が生じた。
 大型ミサイルの如く巨大に膨れ上がった光の矢が、まっすぐ宙を裂いて飛翔。
 そう見えた時には静葉の視界は、真っ白な爆発光で満たされていた。
 つい今まで極太の光の矢を成していたエネルギーが、爆発に変わったのだ。
「あ……うっ……!」
 凄まじい爆風の中、草薙姫の細身が木の葉のように舞う。
 機体そのものに損傷はない。だが一瞬でも跳躍回避が遅れていたら、この爆発は間違いなく草薙姫を、静葉を、呑み込んでいただろう。
 宙を舞う草薙姫を、静葉はどうにか瓦礫の上に着地させた。そして息を呑んだ。
 廃墟エリアに、クレーターが1つ出現していた。
 隕石ではなくエネルギーの矢によって穿たれた、巨大な孔。瓦礫も、円明元年式・改たちの残骸も、綺麗さっぱり消え失せている。
 静葉から見て、対岸、と言うべきであろうか。
 水のない湖といった感じの破壊孔の向こう側に、無傷のマガツヒコがゆったりと着地した。
 今の光の矢とそれによる爆発を回避出来たのは、直前で静葉が叫んだからか。だとすれば、敵であるはずのこの男を、静葉は助けてしまった事になる。
「……どういうつもりなの、静葉」
 低い、冷たい声で、美鶴が問いかけてくる。
「その男を生かしておく事は許されない……貴女にも、わかっているはずでしょう」
「もちろんです。男のくせに黄泉醜女と戦えるなんて……男のくせに神様の力を使えるなんて、生意気だと思います。許せないです」
 応えつつ静葉は自分が何故、真北冬樹を助けるような事を叫んだのか考えてみた。考えた事をそのまま、言葉にしてみた。
「だから、ぶちのめしてやらなきゃいけないと思うんです……正々堂々、1対1でです。そうしなきゃ女の、巫女の力を、世の中に示す事にはならないと思います」
 言ってから静葉は、いくらか違う、と思った。
 巫女の力云々よりも自分はただ、1対1の戦いでこの男を打ち負かさないと気が済まないだけではないのか。
「……貴女にそれが出来ると言うの、静葉」
 美鶴の低く冷たい声が、微かに震えた。怒りの、屈辱の、震え。
「私が全く歯が立たなかった真北冬樹に、静葉なら1対1で勝てると?」
「それは……」
「言っとくがな四条。この静葉ちゃんは少なくとも、おめえよりゃ強ぇぞ?」
 冬樹が、余計な口を挟んできた。
 美鶴が、息が詰まったような声を漏らす。それに続いて、
退魔(たいま)弓撃(きゅうげき)……道反玉(ちがえしのたま)!」
 叢雲姫が、弓を引く。
 光の矢が生じた。
 それが、キリッと伸びた甲式破邪弓につがえられたまま、太く長く膨張してゆく。
 美鶴は今、完全に冷静さを欠いている。それが静葉にはわかった。
 破壊力があるからと言って、同じ攻撃を考えもなく繰り返すなど、普段の四条美鶴の戦い方ではない。もう1度かわされて、廃墟エリアに2つ目のクレーターが穿たれるだけだ。
 廃墟とは言え、人が1人もいないとは限らない区域が、意味もなく破壊される。それも巫女の手によってだ。
「先輩! やめて下さい!」
「心配いらねえぜ静葉ちゃん。あんな見え見えの攻撃、俺が喰らうワケねえだろうがよ」
「誰が! あんたの心配なんか」
 静葉の怒声を遮るように、轟音が響き渡った。
 神祇本庁庁舎の方向に、マガツヒコが1歩、踏み込んでいた。銃剣を右手で休め、握り拳にした左手を斜め上方に突き上げている。
 その左拳が、発射されたところだった。
 マガツヒコの左前腕が、パンチの形のまま上腕から分離、飛翔したのだ。
 推進力に変換された赤いエネルギー光を引きずりながら、黒い左拳が高速で宙を裂く。
 そして、美鶴の退魔障壁に激突した。
 神祇本庁庁舎、大八嶋女学院、その他幾つかの施設をドーム状に覆うエネルギー防壁。
 その全体にビシッ! と亀裂が走った。マガツヒコの左拳を中心として、蜘蛛の巣のような感じにひび割れてゆく。
 微かに、だが確かに、美鶴が悲鳴を漏らした。光の矢の膨張が、止まってしまう。
 マガツヒコの左前腕は、退魔障壁に激突したまま、なおも推進エネルギーを噴射し、そしてドリルの如く回転していた。
 静葉が発生させるものよりも遥かに強固な光の防壁が、ビシビシッと亀裂に覆われてゆく。
「たっ……退魔障壁! 瀛津鏡!」
 美鶴が叫ぶと同時に、光の矢が消え失せた。攻撃のためのエネルギーが、防御に回されたのだ。
 矢のなくなった破邪弓を背中に戻し、叢雲姫が両掌を前方に掲げる。
 砕け散る寸前だった退魔障壁が、急激に収縮してゆく。
 そして広く薄い防護膜から、狭く分厚い楯へと形を変えた。
 マガツヒコの左拳に抉られ砕かれつつあった1点にエネルギーが集結し、草薙姫のものよりも一回り大型の楯を形成したのである。
 本体から切り飛ばされた黒い左パンチが、ギュウゥゥゥンッ! と回転を上げた。光の楯が凄まじい勢いで抉られ削れ、白いエネルギーの飛沫が大量に飛散して消える。
 その方向に両手を突き出し、空中で踏ん張っている叢雲姫の中で、美鶴が叫んだ。
「な、何をしているの静葉! 私を助けなさい!」
「あ……はっ、はい……」
 つい間抜けな声を出してしまう静葉だが、その時には、マガツヒコが次の動きに入っていた。
 黒い翼が広がり、エネルギーを噴射する。
 左前腕のない機体が、荒々しく尻尾をなびかせ飛翔していた。神祇本庁庁舎に向かって、己の左手を追う形に。
 光の楯を抉り続ける前腕。そこに、マガツヒコがぶつかって行く。肘から先のない左腕を突き出しながらだ。そして。
「退魔砲撃……生玉」
 冬樹の声と共に、マガツヒコの左腕が繋がった。
 光の楯が、砕け散った。
 マガツヒコの左拳から赤く禍々しいエネルギー光が迸り、退魔障壁の破片をキラキラと蹴散らしつつ消えてゆく。
「ひっ……!」
 美鶴が、先程よりもはっきりと悲鳴を漏らした。
 操縦者の怯えを露わにしてビクッと空中で立ちすくむ叢雲姫。その細い喉元に、ぴたりと銃剣が突き付けられる。
「終わりだ、四条」
 その銃剣を右手で構えたままマガツヒコが、左手を神祇本庁庁舎に向けた。
 白亜の庁舎の最上階。そこに向けられた黒い左手が、グッと握り拳になる。
「大人しく、そこで見てな。おめえもだ静葉ちゃん。黙って見てりゃわかる。おめえらが大層に崇めてるクソ婆ぁどもが、この世からいなくなっても……別に世の中、問題なく動くって事がな」
 8人の大斎は、冬樹にとっては死んで当然な事を何かやったのだろう。
 だが庁舎には、大斎に逆らえないだけの罪のない職員が大勢いる。
「やめて、冬樹君」
 下の名前に君付けで、静葉は呼んでやる事にした。今はとにかく、真北冬樹の機嫌を取る事が第一である。
「あの……で、デートしてあげるから。ね? やめよう? そんな事」
「それ嬉しいなあ。いやホント、嬉しいんだけどよ……」
 冬樹が笑った。寂しげな笑いだった。その寂しさの根底にあるものが、滲み出てもいる。
「……気持ちだけ、もらっとく。ありがとな」
 憎悪。
 大切なものが、たとえそれを奪った相手に復讐をしたとしても、もう2度と戻っては来ない。
 そう頭でわかっていながらも、復讐をせずにはいられない。
 そんな、決して晴らす事の出来ない憎しみを宿した左拳が今、白亜の庁舎に撃ち込まれようとしているのだ。
「駄目……!」
 静葉は、草薙姫を跳躍させた。
 大薙刀を携えた細身の機体。その背中で翼が開き、白色の推進エネルギーを後ろ向きに噴射する。
 飛翔。草薙姫が斬撃の姿勢のまま、マガツヒコに向かい吹っ飛んで行く。
 斬魔刀の一撃か、あるいは体当たりか。とにかく左拳が発射される前に、何かを食らわせる。
 静葉の頭には今、それしかない。無論、間に合うはずがないのだが。
 マガツヒコの左拳は、なかなか発射されなかった。
「……四条てめえ、そりゃ何の真似だ?」
 冬樹が、そんな事を言っている。
 空中で、静葉は草薙姫を急停止させた。見えない壁にでもぶつかったような衝撃が、操縦室を揺るがす。
 が、そんなものに苦しんでいる場合ではない。
 信じ難い、あってはならない事が今、視界の中で起こっている。
 銃剣を突き付けられて動けずにいる叢雲姫。その周囲に浮かぶ浮揚砲の1つが、斜め下方を向いていた。
 砲口の先にあるのは……大八嶋女学院。
 校舎の窓越しに、ざわついている少女たちの姿が見える。叢雲姫の浮揚砲を向けられている事に皆、気付いているのかいないのか。
 とにかく。大勢の巫女姿の少女たちに、叢雲姫の浮揚砲が1つ、狙いを定めているのだ。
「あの、何……やってるん、ですか? 先輩……」
 静葉のそんな問いには答えず美鶴は、冬樹に向かって理解不能な事を言った。
「そのまま動かずに……いえ、機体を捨てて投降しなさい真北君。貴方がそうしてくれないなら私は……このまま、撃たなければならなくなる」
 一体、何を撃たなければならなくなると言うのか。
 静葉は、己の頭の中が真っ白になってゆくのを呆然と感じた。
 何も理解出来ない。美鶴先輩は一体、何をしようとしているのか。
「……人質、のつもりか四条」
 冬樹も、わけのわからない事を言っている。人質とは一体、何の事なのか。
「てめえバカか? その学校の女どもなんざ、俺にとっちゃ何にも」
「そう。貴方とは何の関係もない女の子ばかりね」
 真っ白になった静葉の頭の中に、美鶴の声が禍々しく響き渡る。
 先輩の綺麗な声が、今はとてつもなく、おぞましい。
「無関係な女の子が大勢、死ぬ事になるのよ真北君。貴方の出方1つで……ね」
「ちょっと先輩やめて下さいよ、やだなぁ」
 静葉は、とりあえず笑ってみせた。
「美鶴先輩の冗談って、何か初めて聞いたような気がするけど……正直、あんまり面白くないです。やめましょうよ」
「たちの悪い冗談を受け流すように……見て見ぬふりをしていなさい、静葉」
 大八嶋女学院に向けられた浮揚砲の砲口から、ぼぉっ……と白い光が漏れ始める。
「やめて先輩……!」
「……やめろ、四条」
 静葉の声と冬樹の声が、重なった。
「そうだよな。戦いってのは、本当はそこまでやらなきゃ……いけねえ、よな」
 銃剣が、叢雲姫の喉元からゆっくりと離れて行く。
 神祇本庁庁舎に向けて拳を発射する寸前だった左腕を、マガツヒコが力なく下ろした。
 罪のない庁舎職員らを大斎もろとも皆殺しにしようとしていた真北冬樹が、少女たちの命は守ろうとする。まあ、そういうものなのだろう。
「おめえが、まさかそこまでやれる女だったとはなぁ四条……へっ、知らなかったぜ。割と付き合い長い、つもりでいたんだけどよ」
 冬樹は笑っている。様々な感情を無理矢理に押し殺した、重く、暗い笑い声。
 それがやがて、呻くような一言に変わった。
「……俺の、負けだ」
 静葉はぞっとした。これほど禍々しく響く声を、人間が出せるものなのか。
 マガツヒコの胸部で、装甲が開いた。露出した操縦席から、真北冬樹がゆらりと立ち上がる。
 そこへ、浮揚砲の1つが向けられた。
 生身の人間に向けられた砲口が、ぼんやりと白い光を漏らし始める。
 冬樹は、ただそれを見上げていた。開閉装甲の上に立って光を睨む彼の顔を、草薙姫のセンサー・アイが拡大して捉える。
 無表情だった。
 燃えたぎるような憎悪の感情を無理矢理に押し隠した、無表情である。
 そんな冬樹に美鶴が、叢雲姫の中から言葉をかける。
「貴方の憎しみも命も、一瞬で消える。苦しみはないのよ真北君」
「美鶴先輩……やめて下さい……」
 声が震えるのを、静葉は止められなかった。
 自分は今、もしかしたら泣いているのか。だが涙は出て来ない。
「叢雲姫が、かわいそうです……そんな事、させるなんて……」
「言ったはずよ静葉……タイプ・カンナギはおぞましいもの、と。おぞましい事をするために、この機体は存在している」
「おぞましい……のは……あんたでしょうが…………ッッッ!」
 静葉の震える声が、やがて怒りの絶叫に変わった。
「それがっ…………巫女のやる事かあああああああああああああッッ!」
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