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戦姫クサナギ 作者:小湊拓也
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第6話 漆黒の黄泉神

 場所が市街地ではない、廃墟エリアだからと言って、現れた黄泉醜女を放っておくわけにはいかなかった。
 彼女らが黄泉国からどのように出現して来るのか未だ明らかではないが、廃墟エリアから市街地に侵入するケースというのも少なくはないのだ。
 だから静葉は、可能な時は出来るだけ廃墟エリアの見回りを行うようにしている。
 その甲斐はあった、と言えるだろう。黄泉醜女の出現経路が、判明するかも知れないのだ。
 真北冬樹の喉元に徹甲ナイフを突き付けたまま、静葉は訊いた。
「あんたが黄泉醜女を使ってる、黄泉から呼んでいる……そういう解釈も、出来なくはないわよね?」
「そ、そういうわけじゃあねえんだ」
 冬樹が、落ち着きなく答える。顔が、妙に赤い。
「俺が、呼んで使ってるわけじゃねえ。奴らの方が、俺につきまとってやがるだけよ。黄泉醜女ども、おっ俺の監視をしてやがる、つもりなんだよな」
「……あたしの目ぇ見て話しなさいよね」
 おどおどしている冬樹の顎の辺りを、静葉はぴたぴたとナイフで叩いた。
「監視ってのは、どういう事よ」
「しっ知ってんだろ、黄泉醜女の元締めみてえな神様がいるって……そいつの命令で、俺を見張ってやがんのよ」
 黄泉醜女の元締め。そんな存在は、八百万と言われる神々のうちでも1柱しかいない。
黄泉大神(よもつおおかみ)……伊邪那美命(いざなみのみこと)……」
 息を呑みながら静葉は、その禍々しい御名を口にした。
「あんた一体……何なの……?」
 黄泉醜女と、関わりを持つ少年。
 すなわち黄泉国と……そして黄泉大神と、関わりを持つ少年。
 尋問など即座に中止して、この場で斬殺してしまうべきかも知れない。
 そんな思いをとりあえず抑えて静葉は訊くが、冬樹は答えず、よくわからない事を言った。
「お前、大八嶋だよな……これからも巫女さんとして、バリバリ活躍してかなきゃならねえんだろう。だったらよ、俺の事なんざぁ知らねえ方がいい」
「あんたは一体何。くだらない事言ってないで、ちゃんと答えなさい」
 同じ問いを、静葉は口調強く繰り返した。
 神職技術の、恐らく初級の初歩程度しか身に付かぬまま大八嶋学院を追い出された少年が、その生兵法で黄泉大神との接触を持ってしまった……のだとしたら、やはり許しておくわけにはいかない。
「答えないと……」
「殺す、か?」
 そんな言葉と共に冬樹が、じっと静葉を見つめた。
 獰猛で鋭い、だが真摯な眼差しだ。
「このまま、お前に……殺されちまった方がいい、のかも知れねえな」
「ふざけてる?」
「ふざけちゃいねえ。いいか俺ぁな、今から少しばかりどえらい事をやろうとしてる。生きてる限り俺は、それをやらねえわけにゃいかねえんだ」
 静葉に向けられた真摯な瞳が、ギラリと凶暴な光を帯びる。
「……それを止めるには、俺を殺すしかねえぜ」
「あんたねえ……!」
 静葉が怒声を強めようとした、その時。
 表記不能の奇怪な絶叫が、降って来た。バサッ! と翼が空気を打つ音と共にだ。
「何……きゃあっ!」
 空を見上げつつ、静葉は思わず黄色い悲鳴を発した。がっしりとした腕力が、腰の辺りにいきなり巻き付いて来たのだ。
 冬樹に、抱き寄せられていた。
 怒鳴りつけようとした静葉の身体がその瞬間、宙に浮いた。少女の細身を軽々と抱えたまま、冬樹は跳躍していた。
 直後。それまで2人が立っていた場所に巨体が1つ、ズシャアァッ! と着地した。
 瓦礫の破片が幾つも舞い上がり、飛散する。
 距離を開いて、冬樹が着地した。
 その近くに降ろされて立ちながら静葉は、降下して来た巨大なものの姿を確認した。
 黄泉醜女・小型種である。広い皮膜の翼を畳み、サソリの尻尾を思わせる鋭利な器官を尻から伸ばしうねらせつつ、醜悪な顔面で静葉を睨み返している。
「基本的にバカだからよ、こいつら」
 静葉を背後に庇う格好で立ちながら、冬樹は言った。
「頭に血が昇りゃすぐに牙剥いて来やがる。俺を見張ってろ、なんて命令は忘れてな」
 そんな言葉に応えるように、黄泉醜女がニョロリと歯舌の塊を吐いた。毒々しい唾液を跳ね飛ばし、それらが凶暴にのたうつ。おぞましい威嚇の動き。
 静葉もろとも、間違いなく冬樹をも切り刻もうとしている。
 なのに冬樹は、静葉の前から動こうとしない。黄泉の怪物と戦う力など身に付かなかったであろう、落ちこぼれの少年がだ。
「……ちょっと、どきなさいよ」
 言いながら前に出ようとする静葉を、冬樹は片手を上げて阻んだ。
「まあここは1つ、男の力ってもんを見ておけよ」
「バカも休み休み言ってくれないかしらね」
 後ろから股間でも蹴り上げてやろうか、と静葉は半ば本気で思った。
 男の力なら、うんざりするほど充分に見せつけられた事がある。
 何の力もないのに意地だけを張って、黄泉醜女に惨殺される。逃げろ、静葉。そんな事を言いながら。
 それが、そんなものが、男の力なのだ。
「……ふざけんじゃないわよ、落ちこぼれのくせに」
 父と同じ事を、この少年はやろうとしている。のだとしたら、やはり股間を蹴ってやるしかない。
 静葉がそう思った、その時。
「バケモノ……どもがぁ……ああああ……」
 発狂寸前、な声が聞こえた。
 国防軍所属と思われる、黒いスーツの男。目を血走らせ、よだれを垂らしながら、震える手で拳銃を構えている。
 5名の護衛兵も同じような様子を見せているが、彼らが構えているのは拳銃ではなく小銃だ。
 全ての銃口が、黄泉醜女・小型種に向けられている。
 彼女と同一直線上にいる、冬樹と静葉にもだ。2人の姿が、今の兵士たちには見えていない。
「えっ、ちょっと……」
 静葉が何か言おうとした時には、計6つの銃口が一斉に火を噴いていた。
 そんな事はしかし次の瞬間、静葉はどうでも良くなった。
 真北冬樹が、信じ難い言葉を口にしたからだ。
「退魔障壁……辺津鏡」
 幾つもの波紋が、少年の面前で生じた。
 跳ね返った銃弾が、周囲の瓦礫に当たって火花を発する。
 呆然と、静葉はそれを見つめた。
「何……やったの? あんた今……」
 つい、そんな間抜けな問いが口から漏れてしまう。
 巨大なシャボン玉のようなものが、冬樹と静葉を、ドーム状に包み込んでいた。
 高天原より召還されたエネルギー、で組成された防護膜。その表面でパチパチと銃弾が跳ね、波紋が生じては消えてゆく。
 この程度の事なら、静葉にも出来る。当然、美鶴にも出来る。中等部の後輩たち、例えば恵や夕子や春菜といった少女たちも、修行次第では出来るようになるだろう。
 男に、出来るはずはなかった。
 落ちこぼれの退学生などに、出来るはずがないのだ。
 男は、いくら修行を積んだところで、このように神々の力を物理的現象に変換する事など出来はしない。
 高天原に助力を乞う、すなわち神々と心を通じ合わせる。その資質が、適性が、男という生き物には根本から欠けているのだから。
 そのはずだった。
 だから、この真北冬樹も大八嶋学院から追い出された、のではなかったのか。
 同じく銃撃の雨を浴びながら黄泉醜女が、その豪雨の発生源たる兵士たちの方に、ゆらりと巨体の向きを変えた。
 皮膚のない人面のような顔がビシビシッと銃弾に削り取られて肉が飛び散り、片方の眼球が砕け潰れる。皮膜の翼が破け、甲殻が凄まじい勢いでひび割れる。
 黄泉醜女が、悲鳴と怒号とそして大量の歯舌を吐き出した。
 殺意にうねる、生きた糸鋸の群れ。それらが銃撃に逆らって伸び、兵士たちを襲う。
 赤黒い飛沫が、噴き上がった。
 黒服の男が、5人の護衛兵が、生首に変わり、手足や肉片に変わり、臓物の切れ端に変わり、派手に飛び散って行く。
 酸鼻を極める光景だが、今の静葉には見えていない。
 非力な男が、6人も目の前で殺されてしまった。守ってやれなかった。女として巫女として、恥じるべき事態である。
 普段の静葉なら、そう思うところだ。
「とっとと逃げてりゃいいものを……!」
 吐き捨てながら、冬樹が駆け出した。銃撃は止み、退魔障壁も消え失せている。
 国防軍の男たちを惨殺し終えた小型種が、長い頸部をくねらせて顔だけを振り向かせた。潰れた眼球が、削られた肉が、ジュクジュクと盛り上がってゆく。
 巨大種と同様の再生能力である。甲殻に刻み込まれた亀裂も、拭い去ったように消え失せていた。
 再生を完了した怪物に、冬樹が殴り掛かろうとしている。悪しきものと戦う力を持たない男の分際で、だ。
 止めなければ。自分が代わりに戦わなければ。普段の静葉なら、そう思って今頃すでに行動を起こしているだろう。
 だが、今の静葉は。
「何……やってんのよ、あんた……」
 ただ呆然と、そんな言葉を漏らすだけである。
 自分がいつの間にか地面に座り込んで袴を汚している事にすら、静葉は気付いていない。
 人体6つを切り刻んだばかりの歯舌の群れが、荒々しく蠢き伸びて冬樹を襲う。
 襲われる前に、冬樹は踏み込んでいた。男が口にしてはならないものを、唱えながら。
「諸々の禍事、穢れ……」
 構えられた右の拳がバリッ! と光を帯びる。目に見える、放電。
 冬樹は踏み込みつつ身を屈め、電撃をまとう右拳を、思いきり地面に叩きつけた。
 激しい電光が、少年の右拳から地面に流れ込む。
 瓦礫の破片と小石が、一緒くたになって大量に舞い上がった。
 電撃光が、地面を一直線に砕きながら波の如く奔る。
 そして、黄泉醜女を直撃した。
 様々なものが爆散し、飛び散って行く。
 甲殻や節足の破片、ちぎれた歯舌、蠢く臓物……牛馬並みに巨大な屍の破片が、バリバリと帯電し灼かれつつ、様々な方向へと宙を舞う。
 地面に触れる前に全て灰と化し、雪のように降った。
「祓え給い、清め給う……っと」
 祓詞を締めくくりながら、冬樹が立ち上がる。
 静葉は、立ち上がれなかった。袴を汚して座り込んだまま、呆然とするしかなかった。
 黄泉醜女が1体、目の前で退治されてしまった。黄泉の怪物と戦う力を持たない、はずの男によって。
 そんな力が身に付く事なく落ちこぼれたはずの、少年の手によってだ。
「何……何なの……何だってのよォ……」
 呟きながらも、静葉は気付いた。
 地面が、微かに揺れている。ズン……ッと、遠くの方から音が響いて来る。
 黄泉醜女・巨大種が、どこかで行動を開始しているようだ。廃墟エリアから市街地へ、入り込もうとしているのではないのか。
 そんな事よりも。男が、黄泉醜女を退治してしまった。
「何……なのよ……ぉ……」
「放っとけよ」
 こちらに背を向けながら、冬樹が言う。
「余計な事しやがったら……俺ぁ、あんたでも許さねえからな」
 静葉に話しかけている、わけではないようだ。
 歩きながら、何者かと会話をしている。この場にいない、姿の見えない、何者かと。
「とにかくアレが動けるようになった以上、こっから先は俺の仕事だ。あんたには手も口も出させねえよ。もちろん、あいつらにもな」
 ちらりと冬樹が、遠くの方に視線を投げる。
 まだ、それは遠くだった。
 崩れかけ、辛うじて原形を残したビルの向こう。おぞましい影が、ゆらりと動いている。
 またしても地面が揺れた。と同時に、声のようなものが静葉の耳を撫でた。
『1つだけ……肝に銘じておいてもらうわ、真北冬樹。貴方の命は、貴方ではなく黄泉大神のもの。貴方が自身の意思で捨てる事など、許されはしない……』
「そんなふうにガタガタ言われねえだけの仕事はやる。黙って見ててもらいてえな」
 遠ざかって行く真北冬樹の背中に寄り添うように一瞬、ほんの一瞬だけ、白っぽい人影が見えた。
 幻覚か。今、耳を撫でた女の声のようなものも、幻聴だったのか。
 いやそんな事よりも。男が、黄泉醜女を退治してしまったのだ。
「何よ……何よぉ……何だってのよォ……」
 同じ言葉だけが、とめどなく唇から漏れては垂れ流される。
 爆音が近付いて来た。豊かなポニーテールが。ぶわっと舞い上がる。
 円明元年式が3機、近くに着地していた。
 1機は草薙姫の細身を両腕で抱え、1機は切断兵器・乙式斬魔刀を恭しく掲げている。
 残る1機が跪き、静葉に向かって巨大な手を差し出して来た。
「お姫ちゃん……」
 呆然と呟きつつ、静葉は思う。自分の居場所が、国防軍に把握されている。自分は、監視されている。
 今の自分の無様な姿も、国防軍の男たちに見られているのだろうか。
 ズズゥ……ンと、何か崩れる音が響いた。辛うじて原形をとどめていたビルの1つが、完全に崩壊したところだった。
 その瓦礫を押し潰しながら、醜悪なものがゆっくり姿を現す。
 廃墟エリアのあちこちで、同じ事が起こっていた。
 瓦礫の崩落音を響かせながら、黄泉醜女・巨大種たちが次々と、その醜悪な巨体を露わにしつつある。
 何匹いるのか、毎度の事ながら数えるべきではなかった。気が滅入るだけだからだ。
 巨大種の群れが、廃墟エリアから市街地に攻め入ろうとしている。それだけは確かだ。
「そ……だね。戦わなきゃ駄目だよね、お姫ちゃん……」
 ふらふらと静葉は立ち上がり、だが円明元年式の掌の上でまた座り込んでしまう。
 そんな少女の身体が、草薙姫に向かって運ばれて行く。運ばれながら、静葉は見回した。
 真北冬樹の姿は、もうどこにも見えない。
 黄泉醜女を現世に召喚している、のかも知れない少年。彼自身が言っていたように、あのまま殺してしまうべきではなかったのか。
 否。巫女の力は、生身の人間を殺害するためにあるのではない。悪しきものから、現世の人々を守るため……非力な男たちを守ってやるために、巫女という存在はあるのだ。
 その非力なはずの男が、黄泉醜女を退治してしまった。
 何をどう考えても、静葉の思考は、そこにしか行き着かなかった。
 草薙姫の胸部装甲が開いた。
 円明元年式の手からこぼれ落ちるように、静葉の細身が操縦席へと滑り込む。それを確認したかのように、胸部装甲が閉じる。
 闇に満たされたコックピットの中で、静葉は左右の制御宝珠に両手を置いた。
「天清浄、地清浄……内外清浄、六根清浄……心性清浄にして、諸々の汚穢不浄なし」
 習慣的に、静葉の唇から祓詞が流れ出す。両手の下で、制御宝珠が弱々しい光を放つ。
「我が身は六根清浄なるが故に……天地の神と、同体なり……」
 それだけだった。元年式の両腕の中から、草薙姫は起き上がろうとしない。
 力が、高天原から召喚出来ない。
 当然だった。気合いに裏打ちされていない、ただ口から出ただけの祓詞が、神々に届くはずがないのだ。
 端整な埴輪のような顔面装甲の下で、センサー・アイがうっすらと光を点す。それも、すぐに消えた。
『こちらコントロール。搭乗を確認しました』
 大久保中佐の声が聞こえた。
『シャーマンβは、速やかにタイプ・カンナギの起動を行って下さい』
「大久保中佐……あたし……」
『揺るがぬ事、迷わぬ事。そう申し上げましたぞ』
 今の自分は揺らいでも迷ってもいない、と静葉は思った。
 迷いなどという段階は一瞬にして通り過ぎ、全てが崩壊してしまったのだ。
 衝撃が、草薙姫の機体を襲った。
「あ……うっ」
 呻きを詰まらせながらも、静葉は見た。視覚が、辛うじてセンサー・アイと同調した。
 円明元年式の、手足が、頭部が、胴体が、宙を舞っている。先程、小型種に切り刻まれた兵士たちと、同じ有り様だった。
 地面に投げ出された草薙姫の上に、機械の生首や手足がバラバラと降り注ぐ。切り刻まれた円明元年式、3機分の細かな残骸。
 身を起こせぬ草薙姫を空中から狙う形に、無数の歯舌が浮かんでいる。
 それらが凶暴にのたうち、降り注いで来る。覚悟を決める暇もないまま、静葉は呟いた。
「お姫ちゃん……ごめんね……」
 その時。光が、豪雨の如く降った。
 センサー・アイの視界を満たしていた歯舌の群れが全て、花火のように砕け散る様を、静葉は呆然と見つめた。
 肉片と化した生体凶器の残骸が、びちゃびちゃと落下して来る。それをかわす事も、今の草薙姫には出来ない。
 すっきりと綺麗になった視界の中を、何かが高速で飛び交っている。推進剤の爆炎を引きずって飛行する、幾つもの人型。
 円明元年式、に見える。10機以上はいるだろうか。
 突撃銃、あるいは対巨大物ロケットランチャー等。様々な火器を携え、スズメバチの群れの如く獰猛に飛翔する人型戦闘機の一隊……本当に、円明元年式なのだろうか。
 細部が少々異なる、というだけではない。タイプ・カンナギの楯にしかなり得なかった今までの円明元年式とは、何かが決定的に違う。
 例えば。黄泉醜女の歯舌の群体をただの一斉射で粉砕しつつ、草薙姫への1発の誤射もなかった、今の火力と精密射撃。
「携帯武器のみならず機体そのものにまで祈祷処理が施された、円明元年式・改よ」
 通信機能越しに、涼やかな少女の声がかけられて来る。
「美鶴先輩……」
「シャーマンαよりβへ……無事のようね、静葉」
 よろよろと静葉は草薙姫の上体を起こし、市街地の方にセンサー・アイを向けた。そして映像を拡大した。
 廃墟エリアと無傷の市街地、両方を睥睨するが如くそびえ立つ、神祇本庁庁舎。
 その白亜の巨大建造物の最上階近くに、優美な機影が1つ浮かんでいる。5門の浮揚砲を従えた、少女のように華奢な人型。
「先輩……あたし……」
「何も言わず、今は休んでいなさい静葉。貴女の心が折れてしまっている事……ここにいても、わかるわよ」
 美鶴の、こんなにも沈痛で陰鬱な声を、静葉は聞いた事がなかった。
「会ってしまったのね……真北冬樹に」
「ねえ先輩……何なんですか、あいつ一体……」
「生きていてはならない人間、とだけ言っておくわ」
 大久保中佐にも、真北冬樹本人にも、それに美鶴にも。あの少年の事を静葉に詳しく教えてくれる気は、なさそうだった。
「真北冬樹が生きている限り、全ての巫女が、今の貴女のようになってしまう……だから彼は、生きていてはならないのよ」
「あいつ、男のくせに……祓詞、唱えてた……黄泉醜女、やっつけてた……」
「そんな男が、この世に存在してはならないという事……貴女にもわかるでしょう静葉」
 違う。
 ぼんやりと何となく、静葉はそう感じた。美鶴先輩は、もしかしたら何か間違った事を言っているのではないか。
 四条美鶴の言葉に対してこんな疑問を抱いた事が、静葉には今までなかった。
「全ては、私の責任。私があの男を討ち損じたせいで今、静葉にそんな思いをさせてしまっている」
 上体だけをようやく起こせた草薙姫に、幾本もの歯舌が鞭のように襲いかかる。
 静葉がそれに気付くよりも早く、何かが着地した。
 同時に、光が一閃。
 1本残らず切断された歯舌が、バラバラと降って地面で跳ねる。
 草薙姫の面前に着地したのは、1機の円明元年式・改だった。大型の徹甲ナイフを2本、左右それぞれの手で握り構えている。
 刀身にボォ……ッと白い光をまとった、2振りの徹甲ナイフ。その白い光は間違いなく、静葉や美鶴がよく知る性質のものだ。
「ヒモロギ……システム……?」
 あり得ない単語を、静葉は思わず口にした。
 無人の円明元年式に、ヒモロギ・システムが搭載されているはずがない。
「量産型の、簡易ヒモロギ・システムよ。もちろん人が乗っているわけではないわ」
 美鶴が、説明をしてくれた。
「この人形たちに神々の御力を宿らせるのは……私」
 静葉の、草薙姫の、目の前で。元年式・改が構えた2本の徹甲ナイフがヴォオンッ! と白色の輝きを強めた。
 もはやナイフと言うよりも、白い光の剣だ。
「さあ、静葉を守りつつ戦いなさい……退魔操撃(たいまそうげき)蜂比礼(はちのひれ)
 2本の光剣を振りかざしながら元年式・改が、爆音を発して飛翔した。
 他十数機も、空中を飛び交いながら一斉に、攻撃の動きを開始する。
 神祇本庁庁舎の横に浮かぶ叢雲姫のヒモロギ・システムから、元年式・改たちの簡易ヒモロギ・システムへと、攻撃の意思が伝わって行く。それを静葉は感じた。
 光が、空中から地上へと奔った。
 元年式・改の1機が、突撃銃をぶっ放している。
 その銃口から、白い可視エネルギーと銃弾の融合体が豪雨のように迸り、黄泉醜女に降り注ぐ。
 無数の顔面の、4分の1近くが、一気に潰れて飛び散った。巨体が、大きく抉れ凹む。
 その巨大な凹みを狙って、別の元年式・改が、対巨大物ロケットランチャーを構える。
 砲口が、光の塊を吐いた。
 それが、巨大種の大きく凹んだ傷口に、まっすぐ突き刺さる。再生が始まる前にだ。
 醜悪な巨体が、さらに巨大に膨張し、破裂した。肉片が、白い光に灼かれ消えてゆく。
 他の巨大種たちも、同じような死に様を晒していた。
 1本、あるいは2本、白い光の剣を持った元年式・改たちが、高速で伸ばされる歯舌の群れを、雑草か何かのように刈り続ける。
 悲鳴と怒号を張り上げる黄泉醜女に、光と融合した銃弾・砲弾の豪雨が容赦なく降り注ぐ。歯舌が、顔面が、臓物が、次々と砕け飛び散り、灼かれて消える。
 ほんの僅かな再生の暇すら与えぬ、超高速の殺戮だった。
 祈祷処理の施された銃火器を間断なくぶっ放し、黄泉醜女・巨大種たちを虐殺し続ける元年式・改の1個部隊。
 四条美鶴によって神の力を注入された彼らの、まさに叢雲姫の分身とも言うべきその戦いぶりを静葉は、
「これが……美鶴先輩の、力……」
 呆然と、見つめるしかなかった。
「そうよ……美鶴先輩が、いるんだからぁ……」
 男が黄泉醜女を倒したからと言って、それが何だ。こちらには四条美鶴がいる。男などが何をしようと、美鶴先輩にかなうわけがない。
 そう思い込もうとしながらも静葉は、何か、違和感のようなものを拭い去る事が出来ずにいた。
 真北冬樹のような男が、この世に存在してはならない。
 先程の、美鶴のその言葉。やはり、何か間違っているのではないか。
 呆然としつつも何か落ち着けずにいる静葉の目の前で、黄泉醜女・巨大種の最後の1体が爆散した。球状に膨れ上がった白色光が、無数の顔面を、歯舌を、臓物その他様々な有機物の破片を、飛び散らせながら綺麗に灼き尽くす。
 その光が消えてゆくのに合わせ、1機の欠落もない元年式・改たちが、草薙姫を護衛する形に次々と、整然と、廃墟エリアに着地する。
 大型突撃銃を携えた機体、ロケットランチャーを担いだ機体、徹甲ナイフやハンドガンなど軽武装の機体……合計15機である。ようやく静葉は、数える事が出来た。
 簡易ヒモロギ・システムを搭載し、なおかつ祈祷処理が施された、15体もの無人機。
 その護衛の輪の中で、未だ草薙姫を立ち上がらせる事が出来ぬまま、静葉は呟いた。
「あたし……もう要らない、のかな……お姫ちゃん……」
 呟きながら、感じた。地面が、またしても揺れた。
 巨大種が、まだいるのか。いや、あれほど重々しい揺れではない。
 黄泉醜女ほど巨大ではない何かが、どこかで跳躍した。微かな揺れの中に、静葉はそれを確かに感じた。
「シャーマンαよりコントロールへ。作戦終了、これより」
「まだ」
 つい、静葉はそんな事を言っていた。
 黄泉醜女とは違う何かが今、どこかから跳躍し、この場に降り立とうとしている。
「静葉……?」
「まだです先輩……来ます。何か、ヤバいのが……」
 瓦礫の破片が、土煙と一緒に舞い上がった。
 それらを打ち払うように、黒い翼が羽ばたく。
「…………!」
 通信機の向こうで、美鶴が息を呑んでいる。管制センターの大久保中佐たちも同様だ。
 着地した何者かに対し、15機の円明元年式・改たちが一斉に銃口・砲口を向ける。
 祈祷処理済みの武器15機分を向けられながら、その黒い人型は、着地直後の屈んだ姿勢からゆったりと立ち上がった。
 禍々しく翼を開いたシルエットを、静葉はまず視認した。
 機械、と言うよりも甲冑。埴輪を思わせる鎧兜をまとった、得体の知れぬ巨人。
 そんな感じの姿が、一対の翼を背中から左右に広げているのだ。
 推進用噴射口、と思われるものを幾つか備えた、機械の翼。
 蛇、いや百足に似たものが、微かにうねった。節くれ立った、金属甲殻の尻尾である。
 悪魔そのものの翼と尻尾を生やした、黒い埴輪。
 人型戦闘機、であろうか。体格は、草薙姫より一回り近く大型である。
 埴輪に似た全身装甲の下にあるのは、大半は機械類であろう。
 だがそれだけではない、禍々しい、生命に似たものを静葉は今、感じている。
「これ……って……」
 もう1つ、静葉は感じた。
 何かに似ている。この禍々しい黒色の埴輪を、自分はどこかで見た事がある。
 恒安26年式。父が何度か自慢げに見せてくれた愛機、に似てはいないか。
 装甲を黒く無骨に変化させ、なおかつ翼や尻尾を生やした恒安26年式。
 そのたくましい両腕が、ゆらりと武器を構える。大型突撃銃、よりもさらに長大な、狙撃用とも思える黒い銃器。
「マガツヒコ……」
 声がした。男の声。
 大久保中佐ではない。若い、そして不敵な、少年の声だ。
「俺がつけた名前だけどな。恒安26年式・超改……マガツヒコ」
 暗黒色の埴輪の中から、真北冬樹が、通信に割り込んで来たのである。
「……よろしく、な」
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