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戦姫クサナギ 作者:小湊拓也
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最終話 慟哭

 憎しみ、だけではない何かを、静葉は感じていた。
 黄泉大神の力をも食らい尽くすほどの、真北冬樹の憎悪の念。
 その根底にはしかし、怨み憎しみとは異なる何かがある。あまりにも激しく、あまりにも……汚れのない、何かが。
「返せよ……」
 暗黒の鎧武者と化したマガツヒコの中で、冬樹が呻く。
 まぎれもない、真北冬樹の声。冬樹の意思。
 四条美鶴と違って彼は今、何者にも乗っ取られてはいない。
 己の自我を保ちながら、しかし己自身では止められぬ思いを今、冬樹は燃やしている。
「哲弘を、返せ……なあ頼む、返してくれよぉ……ッ!」
「……それが出来れば、苦労ないのよね」
 呟きながら静葉は、自分がこの上なく冷酷非情になる時が来た、と思う事にした。
 冬樹は今、世界を滅ぼそうとしている。嵯峨野哲弘がいない、この世界をだ。
 真北冬樹を、殺さなければならない。冬樹にいかなる事情・言い分があろうとも。この事態をもたらした原因が、静葉たち女の側にあるとしても。
 真北冬樹を、殺す。それが今こうして直に神の力を振るう、巫女としての自分の使命。
「……ならば何故、撃たなかった?」
 月読命の口調は別段、咎めるふうでもなかった。
「あのような難儀な姿に成り果てる前……先程の、あの骸同然の時であれば、たやすく撃ち殺す事が出来たであろうに」
「それは…………ええいッ!」
 答える代わりに静葉は無理矢理、己の気合いを燃え上がらせた。
 それに応じて、両手の下で制御宝珠が輝きを増す。
 草薙姫の周囲で、6門の浮揚砲が一斉に光を放った。
 破壊エネルギーの筋が6本、高速でマガツヒコに集中して行く。
 暗黒の鎧武者の、両手が動いた。
 頑強な黒色の手甲をまとう左右の手が、まるで蝿でも追い払うかのように、6本のエネルギー光をことごとく打ち砕く。
 光の飛沫が飛び散り、消えた。マガツヒコの両手には、傷1つ付いていない。
「何それ……」
「だから言ったろ、殺せって……」
 絶句するしかない静葉に対し、冬樹が重く暗く笑う。
「殺さなきゃ、止まらねえって……」
 マガツヒコの右手が、動いた。
 その動きをセンサー・アイで確認する前に静葉は、草薙姫を飛翔・上昇させた。
 見えてからでは間に合わない。そう直感した。
 草薙姫の足元、乙式斬魔刀の近くを、重いものが高速で通過する。
 破壊が、連続して起こった。
 草薙姫を護衛する格好で突撃銃を構えていた円明元年式・改が3機、いや4機。粉々に砕け散り、細かい破片と化してバラバラと落下して行く。
 鎖。静葉にまず見えたのは、それだ。とてつもなく長い鎖が、マガツヒコの右手に、いつの間にか握られている。
 その鎖の先端にある重いものが、ぶぅんっと弧を描いて、破壊の余韻の動きを見せた。
 人型戦闘機の頭部、よりもいくらか巨大な、黒い金属の球体。全体から、鋭利なスパイクを何本も生やしている。
 純粋に金属と呼べるものであるかどうかは不明だが、それでも鉄球と呼ぶのが最も適切と思われる武器。鎖に繋がれたそれが、
「止まらねえ、この禍津星(まがつぼし)……避けろよ、静葉ちゃん」
 再びブンッ! と唸りを発し、見えなくなった。草薙姫のセンサー・アイで捉えられる速度を、超えていた。
「退魔障壁! 瀛津鏡!」
 何も考えず、静葉は叫んでいた。
 広く分厚い、白色のエネルギー光の楯が、草薙姫の眼前に出現する。と同時に砕け散った。白い光の破片が、キラキラと舞いつつ消えてゆく。
「くっ……!」
 怯みを押し殺し、静葉は草薙姫を斜め下方に滑空させた。禍津星、という名称らしい鉄球が、センサー・アイの視界をかすめて奔る。ギリギリで回避成功。そう見えた。
 だが。草薙姫の左肩付近で浮揚砲が2門、ひしゃげて潰れ、残骸に変わりながら吹っ飛んだ。禍津星に、さらわれてしまったかのように。
 滑空する乙式斬魔刀の上でよろめく草薙姫、を援護すべく。円明元年式・改たちが編隊を成し、マガツヒコを射程に捉える。
 無数の突撃銃が、あるいは対巨大物ロケットランチャーが。ただ1体の黒い標的に向かって一斉に咆哮し、白色の豪雨を降らせた。
 エネルギー光と銃砲弾の融合物。それらが白い嵐となって吹き荒れ、マガツヒコを呑み込む。
 全弾命中。白い破壊エネルギーを宿した銃弾・ロケット弾が、鎧武者の如き機体の表面でことごとく弾け、爆散する。
 マガツヒコは、全くの無傷だった。
 退魔障壁の類は張られていない。単純な装甲の強度のみで、全ての攻撃が弾かれている。
 弱々しい攻撃を振り払うようにマガツヒコは突然、翼を広げた。機体背部の装甲が、カブトムシの翅のように開いたのだ。
 幾つもの大型噴射口が現れ、轟音を発し、そして一斉に火を噴く。火に見える、赤いエネルギーの噴射。
 マガツヒコの姿が消えた。いや、その動きを辛うじて静葉はセンサー・アイで追った。
 編隊を組む円明元年式・改たちの真っただ中に、黒い鎧武者が突っ込んで行く。
 暴風そのものの推力である。銃砲撃の距離は、一瞬にして失われていた。
 元年式・改が2機。砕け、潰れて飛び散った。マガツヒコの、砲弾のような体当たり。
 飛び散った破片を蹴散らして、鎖が宙を泳ぐ。禍津星が跳ね、暴力的に弧を描く。
 さらに何機かの元年式・改が、花火の如く砕け散った。頭が、手足や胴体の破片が、マガツヒコの周囲で粉々に飛散する。その様は、鮮やかですらある。
 馬鹿力だけで鎖を振り回している。ように見えて、その鎖の先端にある鉄球は、スズメバチのように飛翔する円明元年式・改を正確に粉砕し、空振りをする事がない。
 寒気がするほどの、技量の冴えである。静葉は息を呑むしかなかった。
(これが……男の力……)
 黄泉大神の支配を撥ね除け、その力の一部を逆に支配してしまうほどの、戦闘的な憎悪の念。凄まじいまでの戦いの技量。
 男という生き物が本来有する、闘争の力。
 女の力で、巫女の力で。自分の力で。抗する事が出来るのか。いや、やるしかないのだ。
「……認めてあげるわ、男の力ってものを」
 冬樹に聞こえているかどうかわからぬ言葉を呟きながら静葉は、草薙姫の右手で破邪弓を引いた。光の矢が生じ、つがえられる。
「その馬鹿力、真っ正面からブチ砕いてあげる……退魔弓撃・道反玉!」
 燃え上がるように巨大さを増した光の矢が、静葉の気合いを宿して放たれる。
 その時には、マガツヒコは防御の動きに入っていた。
 禍津星が鎖を引きずって弧を描く。その鎖が、円明元年式・改を4機まとめて絡め取り、ぐるぐる巻きに拘束する。
 一固まりに束ねられたその4機が、ハンマー投げの動きで振り回される。そして、マガツヒコに当たる寸前だった光の矢に、横合いから激突する。
 爆発が起こった。人型戦闘機4体分の、巨大な爆発。大量の破片と爆炎を蹴散らしつつ、
「逃げろ……さあ逃げろ! 逃げやがれええええッ!」
 マガツヒコの黒い巨体が、禍津星を振り回しながら出現した。草薙姫に向かって突っ込んで来る。
「この化け物……!」
 罵りつつ静葉は、草薙姫の左手を機体背部に回し、そこに甲式破邪弓を取り付けた。
 弓を背負いながら草薙姫が、右足を高く跳ね上げる。蹴り上げられて来た乙式斬魔刀を掴み止め、両手で構え、マガツヒコの突進を迎え撃つ。と言うより、自ら斬り込んで行く。
 空中に見えない足場があり、そこを蹴って駆け出したかのように。草薙姫の細身が、長い黒髪をなびかせてマガツヒコに躍りかかる。優美かつ高速の踏み込みと共に、斬魔刀が一閃。
 凄まじい衝撃が跳ね返って来て、操縦室を揺るがした。
「うっ……く」
 歯を食いしばりつつ、静葉は見た。
 マガツヒコが両手で鎖を引き伸ばしている。その鎖に当たった斬魔刀の刃が、跳ね返ったところだった。
 跳ね返された大薙刀に引きずられる格好で、草薙姫の体勢が後方へ揺らぐ。
 そこへ禍津星の一撃を叩き込まれる、前に静葉は、残り4門となった浮揚砲を発射した。迸った4本の光が、マガツヒコの顔面を直撃する。一瞬の目くらまし、にはなった。草薙姫を狙って振るわれた禍津星が、あらぬ方向へと豪快に空を切る。
 その間、またしても目に見えぬ足場を蹴るようにしてその場を離脱し、マガツヒコとの間に距離を開く草薙姫。
 睨みつけてくるマガツヒコの顔面装甲には、亀裂の一筋もない。
『代われ兄者!』
 見てはおれぬ、とでも言いたげに須佐之男命が叫ぶ。
『群れる雑魚が相手ならばともかく! このような難物と1対1でやり合うならば俺だ!』
「……わかった。任せるぞ、須佐之男」
 すぐ近くにあった月読命の意識が、すっ……と遠ざかって行くのを静葉は感じた。
 4本の浮揚砲が光に戻り、キラキラと散って消えてゆく。
 それに代わる新しい力が機体内で高まってゆくのを感じながら静葉は、草薙姫のセンサー・アイをマガツヒコに向けた。
 鎧武者のような巨体が、こちらに向かって鎖を振るっている。禍津星が、まさに流星の如く襲いかかって来る。空気を切る唸りが、操縦室内にまで聞こえて来るようだ。
 草薙姫が、目を閉じた。青く澄んだセンサー・アイが、人造の目蓋に包み隠される。
「退魔転身……」
 静葉の呟きに合わせ、草薙姫は左腕を振るった。振るわれた前腕が、白く燃え上がる。手甲型の前腕装甲が、白色のエネルギー光を発しているのだ。
 その光の中で、草薙姫の左腕が膨れ上がった。
 いや、腕そのものは変化していない。左前腕の装甲が、楯の如く巨大化したのである。
 そこに、禍津星が激突した。そして跳ね返った。
 あらぬ方向へと飛んで行く鉄球を鎖で引き戻しつつ、マガツヒコがこちらを見る。幾分、驚いているようでもある。
 装甲を楯状に巨大化させた左腕を掲げたまま、草薙姫が、
「……スサノオ・フォオオオオオオムッッ!」
 静葉の叫びと共に、目を開いた。センサー・アイが、燃えるように赤く発光する。
 白く輝く左前腕からエネルギー光が溢れ出し、機体全体を包み込んだ。
 その白色の輝きの中で草薙姫が、柔らかくしなやかに身を反らせる。長い黒髪が、跳ねて舞い上がる。
 そして、束ねられた。操縦者と同じ、ポニーテールの形にだ。
 白い光が消えた時には、草薙姫は完全な変化を遂げていた。
 空中を踏み付ける両足の装甲は、蹴りで物を切断出来そうな爪を生やしており、膝からも刃物状の突起を上向きに伸ばしている。
 右前腕の装甲も、肘打ちで人型戦闘機を真っ二つに出来そうなほど鋭角化・大型化し、なおかつ拳の部分からは指に合わせて4つ、爪状の突起が生えていた。得物がなくとも充分に戦えそうなその右手が、今は乙式斬魔刀を握っているのだ。
 四肢のうちで最も異形化が著しいのは、最初に変化を起こした左腕だった。
 楯の形に大型化した前腕装甲。その下端から繊細な五指が露出している一方、反対側、肘の方からは、機体のバランスを崩しかねないほど巨大・凶悪なものが生えている。
 螺旋状に渦を巻いて伸び、円錐型に尖った、まるで怪物の角のような刃……ドリル、である。
 そんな草薙姫の周囲では、生き残った円明元年式・改たちに異変が起こっていた。全機、スズメバチの如く猛々しかった飛翔が、へろへろとしたカトンボの動きに戻ってしまう。
「ちょっと……!」
「すまんなあ。俺は兄者と違って、細々としたものを動かすのは苦手なのだ」
 文句を言いかけた静葉に対し、須佐之男命が応える。まあ確かに量産機では、いくら性能が向上しようが、もはやあの怪物の相手にはならない。
「1対1の戦いだ。やれるな? 宮杜静葉」
「……ま、最初っからそのつもりだけどね」
 少しだけ苦笑しながら静葉は、センサー・アイをマガツヒコに向けた。
 左の肘に大型のドリルを装備した、巨大なポニーテールの少女。
 そんな姿が空中に立ち、黒色の鎧武者と睨み合う。
 生きた美少女の如く活き活きとした光彩を有する、真紅のセンサー・アイ。
 埴輪の仮面の奥で激しく燃え盛ってスリットから溢れ出す、紅蓮の眼光。
 2つの赤い眼差しが、ぶつかり合った。
「逃げて……くれねえのかよ……」
 冬樹が、泣いているのか笑っているのかわからない声を出している。
「俺ぁな静葉ちゃん、おめえと戦いてえワケじゃねえんだ……ただ、哲弘を返してもらいてえだけなんだよお……」
「出来るわけないでしょ、そんな事」
 はっきりと、静葉は言い放った。今は、冷酷非情になる時なのだ。
「あんたの友達はね、死んじゃったのよ。もう帰って来ないの。現実を見なさい現実を」
「…………!」
 冬樹が、表記不可能な声を発して息を呑む。静葉はなおも言った。
「だいたいねえ、気持ち悪いのよ哲弘哲弘って。あんたひょっとしてホモ?」
「てめ……え……」
「じゃないにしても見てりゃわかるわよ真北冬樹。あんたが、その哲弘君と一緒じゃなきゃ何にも出来ない奴だって事がねえ」
 冬樹は応えず、ただ吼えた。
 獣のような、だが獣ではあり得ない、人間そのものの情念を宿した咆哮。
 それと共に、マガツヒコの黒い巨体が、背中から真紅の推進エネルギーを噴いた。
 鎧武者の如き機体が、鎖を振り回しながら突っ込んで来る。
 その突進を、草薙姫は空中に立ったまま迎え撃った。斬魔刀の長柄を両手でくるりと操り、巨大な穂先を一閃させる。
 鎖を断ち切る手応えを、静葉は、制御宝珠越しに感じた。
 禍津星が、切れた鎖を引きずって、廃墟エリアの方へと落下して行く。
 徒手空拳となったマガツヒコに、静葉は容赦なく、乙式斬魔刀を叩き付けた。
「悔しかったら自分の力で、あたしをぶち殺してみなさい……」
 三日月形の刀身と黒い装甲が、激しくぶつかり合って火花を散らす。
 バチッ、とスパークを散らせながら、マガツヒコの巨体が空中で揺らいだ。
 叩き斬った、と言えるほどのダメージではない。が、この頑強極まる機体のどこかに傷を負わせる事には成功したようだ。
「1人じゃ何にも出来ない、あんたなんかに! 出来るもんならやってみろってのよ!」
 もう一撃。草薙姫の細身が、豊かなポニーテールを舞わせて超高速で翻る。
 斬魔刀が、斜めに弧を描いてマガツヒコを直撃。
 火花が散り、黒く分厚い胸板に裂け目が生じた。
 あまり大きくはない、その傷口に狙いを定めて。草薙姫が、斬魔刀を大きく振りかぶる。
 振りかぶられた刃が、白く光を発する。そして。
「退魔斬撃・八握剣! でいやああああああああッッ!」
 しなやかに反り返っていた草薙姫の細身が、一気に前傾。切断兵器・乙式斬魔刀が、凄まじい勢いで振り下ろされる。
 白く輝く刃が、光の弧を描き出す。
 刀身による実体ある斬撃と、弧形に固まったエネルギー光。それらが同時に、マガツヒコに叩き込まれた。強固な胸板に刻まれた、小さな裂け目にだ。
 エネルギー光の破片と共に、大量の火花が血飛沫の如く噴き上がる。
 マガツヒコの胸板で、裂け目がざっくりと巨大化していた。
 その傷口から火花を迸らせながら、黒い巨体が落下して行く。
 そして廃墟エリアの一角、巨大な瓦礫の山に激突した。
 それを追って、草薙姫を降下させる静葉。
 濛々と粉塵を立ちのぼらせる瓦礫の山、から少し離れた所に、スサノオ・フォームの武装した細身が軽やかに着地する。
「宮杜静葉、お前は……」
 須佐之男命が、息を呑むように声をかけてくる。
「真北冬樹の、あの憎しみを……全て、1人で受け止めるつもりなのか」
「ねえ須佐之男様」
 静葉は、訊くだけは訊いてみる事にした。
「死んだ人を生き返らせる事って、神様なら出来ますか?」
「……出来れば良いのだがなあ」
「……ですよね」
 嵯峨野哲弘を返してやれない以上。冬樹のために静葉が出来る事は、1つしかない。
「さあ立ちなさい、真北冬樹」
 戦う。ただ、それだけだ。
「あんたの友達を殺したのは、あたしたち女。あたしたち巫女。さあ仇を取ってみなさい、1人じゃ何にも出来ない奴!」
 謝罪する。などという傲慢な事が、出来るわけはなかった。
 ならば、戦うしかない。冬樹がぶつけて来る憎しみを、真っ正面から打ち砕く。無論、打ち砕かれて殺されるのは静葉の方かも知れない。
「静葉……てめえ……」
 瓦礫の山が、ゆっくりと崩れる。
 建物の残骸を、粉塵の幕を、掻き分けて。マガツヒコの黒い巨体が、ゆら……と立ち上がりつつあった。
 分厚い胸板に、傷を負ってはいる。が、裂けたのは装甲だけだ。
「てめ……ぇえええ……」
「ふん。ようやくお目覚めね、ホモ野郎。哲弘君の夢でも見てた?」
 静葉の嘲弄と共に、草薙姫が地面を蹴る。ポニーテールを水平になびかせ、斬魔刀を振りかざして、マガツヒコに斬り掛かって行く。
「2人してお尻を舐め合ってた夢でも、見てたんでしょうがあ? ええコラ!」
 思い付く限り最も下品な罵声を迸らせながら、静葉は切断兵器を振り下ろした。白い光を宿した刀身が、袈裟懸けの形にマガツヒコを襲う。
「退魔斬撃……八握剣……」
 呻くような冬樹の声と共に、赤い光が奔った。
 マガツヒコの左手。黒い手刀が、炎のような赤いエネルギー光を発しながら一閃し、草薙姫の斬撃とぶつかり合う。
 凄まじい衝撃が、斬魔刀から伝わって来て草薙姫の操縦室を揺るがした。
 乙式斬魔刀の刀身は、粉々に砕け散っていた。
「ふん……やるじゃないッ」
 長柄だけになった得物を、静葉は放り捨てた。
 今まで斬魔刀に流れ込んでいたエネルギーが行き場を変え、四方向に分かれて、草薙姫の四肢に宿ってゆく。
 切断兵器に負けぬほど凶器化した両手両足が、白く光を発する。
 マガツヒコの赤い手刀が襲いかかって来る、よりも早く。草薙姫の右足が、凄まじい速度で離陸した。細身の機体に、竜巻のような捻りが加わる。
 スリムに造形された右脚が、爪のある装甲ブーツをうっすらと輝かせながら、高速で弧を描いた。
 右の回し蹴り。それが、白いエネルギー光を引きずりつつ、マガツヒコの脇の下辺りに叩き込まれる。
「グ……っ……」
 冬樹が呻く。操縦席に、かなりの衝撃が行ったはずだ。
「まだまだ、こんなもんじゃないでしょうが……ええ?」
 うずくまりかけたマガツヒコに、静葉は言葉をかけた。
「憎いんでしょう、あたしら女が! 巫女が!」
 叫びながら、もう一撃、蹴りを放つ。今度は左足だ。白い光をまとう蹴りが、吸い込まれるようにマガツヒコの胸板を直撃する。装甲の裂けた部分を、まともに打ち据えていた。
「ぐゥッ……てめ……っ」
 操縦者の苦痛と怒りの声を引きずりながら、マガツヒコは吹っ飛んで行った。
 鎧武者のような巨体が宙を舞い、そしてビルの残骸に激突する。辛うじて原形を残していたビルが完全に潰れ、細かい破片を舞い上げる。
 そちらへ向かってなおも容赦なく、草薙姫が踏み込んで行く。
 その間マガツヒコは、瓦礫の中からユラリと立ち上がっていた。
「おいよせ、不用意に近付くな!」
 須佐之男が叫ぶ。が、静葉は聞いてなどいない。
「友達の仇! 討ちたいんでしょうがあああああああッッ!」
 怒声と、踏み込み。それと共に、草薙姫の右拳が放たれる。フックとストレートの、中間のような一撃。
 拳から爪を生やした前腕装甲が、白い光を宿しながら、マガツヒコの顔面を直撃した。強烈な手応えが、操縦席を振動させる。
 その揺れに耐えて静葉はなおも、草薙姫の上半身を躍動させた。
「ほらあ殴り返してみなさい! それともあんた本当に、1人じゃ何にも出来ないヘタレ野郎なわけ?」
 爪の生えた装甲をまとう左右の拳が、間断なく放たれ、速射砲の如くマガツヒコの顔面に打ち込まれ続ける。埴輪のような仮面に、亀裂が走った。
「1人じゃ、友達の仇も討ってあげられないわけ? じゃとっとと死んじまいなさい!」
「…………てめ……ぇえええ……ッッ……」
 冬樹の声が低くなった。
 途端、昂っていた静葉の心が一瞬、冷えた。
(こいつ……来るっ!)
 攻撃、と言うよりは暴行の動きを繰り返していた草薙姫の両腕を、とっさに機体の前面で交差させる。防御の構え。
 その上から、衝撃が来た。
 マガツヒコの拳。
 その凄まじい重さを感じながら静葉は、草薙姫が宙を舞っている事に気付いた。暴風に巻かれた、木の葉のようにだ。
「くっ!」
 殴り飛ばされた細身の機体が、空中で膝を抱えて1回転。長いポニーテールが、車輪状に宙を撫でる。
 どうにか、草薙姫は着地した。
 振りきった左拳を、マガツヒコが引き戻す。その動きと共に、右拳が放たれた。
「退魔……砲撃……」
 拳を握った右前腕が、上腕から切り離され、発射される。大量の赤色エネルギー光を噴いて、草薙姫に向かって来る。
 と見えた時には、命中していた。
「ぐうぅっ……!」
 とっさに構えられた左腕。その楯型に巨大化した装甲を、砲弾と化した黒い右拳が押している。前腕断面の噴射口から赤い光を迸らせ、ドリルの如く回転をしながら。
 禍津星をも跳ね返した左前腕装甲から、凄まじい量の火花が散る。
 草薙姫の細身が、押されながらも腰を落とし、踏ん張り続ける。だがその足元ではガリガリッ! と地面が削れていた。
 そんな草薙姫に向かって、マガツヒコが容赦なく突っ込んで来る。
「いく……たま……うおあああああああああああああああッッ!」
 冬樹の叫び、巨体の突進。それと共に、マガツヒコの右腕が連結する。
 鎧武者の如き機体の、絶大な体重。それと一緒に、とてつもない量のエネルギーが、マガツヒコの右拳に流れ込む。
 そして、迸った。
「う……あぁ……っ!」
 思わず漏れてしまった怯えの声を、静葉は必死に呑み込んだ。
 草薙姫が、またしても宙を舞っている。先程とは比べ物にならない勢いでだ。
 激しく鮮やかな、赤い光の奔流が、廃墟エリアを走り抜けていた。
 炎の大河、とも呼べる荒々しいその赤色の中で、瓦礫が、土塊が、大量に噴き上がる。舞い上がりながら、空中で消滅してゆく。
 廃墟エリアそのものを灼き尽くす、破壊の奔流。その中を草薙姫は、風に吹かれた紙屑のように舞っていた。舞い流される細身の機体から、様々なものが剥がれ落ちてゆく。
 それを感じながらも静葉は、悲鳴を噛み殺すので精一杯だった。
 やがて、草薙姫が地面に激突した。
 機体が、辛うじて原形を保っている。それだけが静葉にはわかった。その時には、赤い光の奔流は消えていた。
 そして廃墟エリアも、広範囲にわたって消え失せていた。
 焼け野原、などというものではない。建物の痕跡すら残っていない、黒っぽく煤けた広大な空間。それが、先程まで廃墟エリアだった場所の大半を占めているのだ。
 そんな、荒野とも呼ぶべき情景の真ん中に今、草薙姫は倒れている。
「うっ……く……ッ」
 呻いた途端、静葉の口の中に血の味が広がった。
 右腕が、ちぎれている。まずそれが静葉にはわかった。
 わざわざダメージチェックなどする必要はない。肩と二の腕の僅かな部分を残して、草薙姫の右腕は消失している。
 それだけではない。両肩、胸と腰回り、左右の足……鎧のような追加装甲があらかた剥離し、華奢な全裸のボディラインが剥き出しである。
 その機械の裸身のあちこちで、柔肌の如き本装甲が破れ、内部機器類がバチバチと痛々しく放電を起こしながら露出している。
 だが直接、マガツヒコの拳を受けた左腕の楯には、幾筋かの亀裂が走っているだけだ。
 無傷に近い左腕のその状態が、しかし他の部分の損傷を際立たせてもいた。
 豊かなポニーテールは、ほどけて乱れている。長い黒髪を地面に広げて横たわる草薙姫の様は、まるで片腕を切り取られた美少女の死体だ。
 虚ろな光を宿すセンサー・アイは、それでも辛うじて生きており、荒野に佇むマガツヒコの姿をぼんやりと静葉の脳裏に再現している。
 右手からユラユラと炎に似た赤い光を立ちのぼらせる、暗黒の鎧武者。
 その顔面では、装甲が半分近く砕けて欠落し、悪鬼の頭蓋骨そのものの素顔が半ばほど露わになって、眼窩の奥を爛々と輝かせている。
「返せよ……」
 冬樹の呻きに合わせて、マガツヒコのそんな姿がずしりと歩み寄って来る。
「哲弘を、返せ……」
 先程のような罵り文句を返す余裕も、今の静葉にはなかった。
 草薙姫が動かないのだ。両手の下で、制御宝珠の輝きが弱々しくなっている。
(これが……男の力……)
 血の味がする口の中で、静葉は呻いた。
「こういう事だ宮杜静葉……憎しみを全て受け止める、というのはな」
 須佐之男命が、厳しい声を出した。
「お前、殺されるぞ。無論その覚悟がないわけではなかろうが……」
『本当にそなたが死んでしまえば、もはや真北冬樹を止める事は誰にも出来なくなる』
 月読命も言う。
『命の続く限り、真北冬樹は現世を破壊し続けるであろう。死せる友が決して生き返る事のない、この現世を』
「……ここは逃げろ、宮杜静葉」
 須佐之男の口調が、優しくなった。
「姉上を止めてくれたお前を、死なせるわけにはいかん。無様でも良い。この人形を捨て、逃げて生きろ。真北冬樹も、本当はそれを望んでいるはずだ」
『今ここで心が折れたとしても、生きてさえおれば』
 いつか冬樹を、マガツヒコを、止める事が出来る。だから今、一時的に逃げて命を長らえる事は、決して恥ではない。
 月読命は、そう言いたいのであろう。
 この神々は純粋に、優しさから静葉の命を気遣ってくれている。それはわかる。
 だが静葉は応えた。
「今、逃げ出すような奴が……今日、戦えない奴が……明日、明後日、戦えるわけはないんです……」
 死体のような様を晒す草薙姫が、微かに動いた。
「ひどい目に、遭ったね……ごめん……でも、まだやれるよね? お姫ちゃん」
 制御宝珠から、微かに、だが確かに、何かが伝わって来た。
 草薙姫が応えてくれた。静葉は、そう思った。
 右腕のない上半身が、無傷に近い左腕を地面について、弱々しく起き上がる。
「……戦うのか」
 須佐之男が言った。
「死ぬかも知れん戦いを、まだ続けようと言うのか……巫女として、現世の人間どもを守るためか?」
「さっきも言いましたよ。あたしはただ、自分が嫌な思いをしたくないから戦うだけです」
 今ここで静葉が逃げたら、冬樹によって大勢の人間が殺される。それが嫌だから、逃げない。戦う。単純な話だった。
(お父さん……)
 父を、守れなかった。死なせてしまった。今ここで大勢の人間を守ったところで、父1人を守れなかった事の埋め合わせにもなりはしない。
 それでも、戦う。自分は、巫女だから。人々を守るのが、使命だから。いや、巫女でなくとも、女でなくとも。自分が、男であったとしても。この場では、戦うだろう。
 何故なら。誰1人守れないというのは、もう嫌だからだ。そんな嫌な思いを、2度としたくないからだ。誰よりも、静葉自身が。
(お父……さん……っ)
 静葉は唇を噛んだ。
 あの時、自分は戦えなかった。今、戦ったとしても、父はもう帰って来てはくれない。
「哲弘を……返してくれよぉお……」
 マガツヒコが、歩み寄って来る。ゆら……と脱力し垂れ下がった右手が、なおも赤く燃えるように発光している。
 手刀による退魔斬撃、あるいは拳による退魔砲撃。どちらを喰らっても、草薙姫はあと一撃で跡形もなくなる。静葉が脱出する暇もなく。
「ねえ冬樹君……死んだ人ってのはね、何やったって帰って来ないのよ……」
 静葉の震える声に合わせて、草薙姫が弱々しく立ち上がる。
 華奢な両膝が、がくがくと笑いながら火花を散らせた。関節が、駄目になりかけている。
「何万人、殺したって……何万人、守ったってね。死んだ1人の命を取り返す事だって、出来やしない」
 冬樹に聞こえているのかどうかは、わからない。構わず、静葉は続けた。
「……ほんと、嫌んなっちゃうよね。ムカつくよね、死んだ人が生き返ってくれない世の中なんて……ぶち壊したくもなるわ、そりゃあ」
 死にかけた細い両脚をよろよろと踏ん張らせて、草薙姫が辛うじて立つ。
 左側が、重い。
 ドリル付きの巨大な楯を装備した左腕が重々しく垂れ下がり、腕のない右肩が上がる。
 今にも左向きに倒れてしまいそうな細身の機体に、ほつれ乱れた長い黒髪が覆い被さる。
 壊れかけた巨大な人形。そんな様を晒す草薙姫の中で、静葉はなおも言った。
「……ぶち壊して、みなさいよ……あたしをぶっ殺してから、ね」
 虚ろだったセンサー・アイに、ヴン……ッと真紅の光が点った。
「さあ来なさい! 1人じゃ何にも出来ない弱虫野郎!」
「ぐっ……うあ……ッッ!」
 冬樹の怒声が、痛々しく詰まった。しゃくり上げている、のかも知れない。
「あうっ、く……ンぐゥあああああああッッアアアアアアアアアアアア!」
 血を吐くような、冬樹の絶叫。
 それと共に、マガツヒコが一気に踏み込んで来る。
 地震の如き地響きが、荒野と化した廃墟エリアに轟き渡った。
 センサー・アイの視界の中、マガツヒコの巨体が一気に膨れ上がる。それを、静葉はしっかりと見据えた。
 津波のように、襲いかかって来る。巨体が、そして赤く燃え盛る右の手刀が。それが一瞬後には、草薙姫の壊れかけた細身を跡形もなく粉砕するだろう。
 その一瞬の間。何も考える事なく静葉は、草薙姫を踏み込ませて行った。
 機体の両膝がバチッ! とスパークを発し、耳に聞こえぬ悲鳴を上げる。
 1歩の踏み込みが限界だった。1歩で、充分だった。
 姿勢低く沈んだ細身の機体が、各所から断末魔のような火花をバチバチと迸らせながら捻れ、そして左腕を振るう。全身に捻りを加えての、フック気味の左パンチ。
 拳を握り、突き上げられて行く左前腕。それを覆う楯型装甲がグルリと反転、肘にあった大型ドリルが、拳の方に来た。
 拳に装着されたような形になりながら。怪物の角にも似たそのドリルが轟音を発し、回転を始める。
「退魔……」
 獰猛な凶器を激しく回転させる左手に、死にかけた細身の機体が引きずられて行く。
 それを感じながら静葉は歯を食いしばり、声を発した。
「砲撃……っ」
 操縦室が、何か致命的な攻撃を喰らったかのように震動した。
 重く、熱く、静葉の何もかもを揺るがす、それは直撃の手応えだった。
 異形の人型戦闘機が2体、抱き合うような形で重なっている。
 マガツヒコの右手刀は、懐に飛び込んだ草薙姫を捉える事なく、空振りをしたまま止まっていた。
 草薙姫の左拳はドリルもろとも、マガツヒコの胸板の裂け目に深々と埋まっている。
 そのままギュイイイイイインッ! と回転を上げ続けるドリルに、
生玉(いくたま)……ッ! くぅぉおおおおおおおおおおおっっ!」
 力が、一気に。静葉の叫びに応じて、流れ込んで行く。
 そして迸った。
 冬樹が、何か叫んだ。断末魔の絶叫、であろうか。
 よく聞き取れぬうちに、マガツヒコの全身から、白色の光が溢れ出した。
 大型ドリルから迸る、エネルギー光。黒い巨体が、内側から灼かれてゆく。
 爆発、と呼べるほど派手な事は起こらなかった。
 黒く巨大な鎧武者の姿が、内部から溢れ出す白色光に呑み込まれながら、サラサラと、まるで砂の人形のように崩れてゆく。
 悪鬼の頭蓋骨に似た素顔が、年月を経た本物の骸骨の如く、ゆっくりと粉末状に崩壊して形を失った。
 突き込んだ左拳に引きずられた格好で前傾していた草薙姫の姿勢が、ぐらりと揺らぐ。両膝が、ちぎれていた。
 さらさらと崩れゆくマガツヒコ。その粉末状の残骸と一緒くたになって、草薙姫がうつ伏せに倒れてゆく。
 倒れる寸前で、静葉は機体を反転させた。うつ伏せから、仰向けに。そうしなければ外に出る事が出来ない。
 先程までマガツヒコであった大量の灰を舞い上げながら、草薙姫は倒れ、そして動かなくなった。空を見つめるセンサー・アイから、うっすらと光が失せてゆく。
「お姫ちゃん……」
 静葉は語りかけてみた。もちろん返事などない。光の消えた制御宝珠からも、返って来るものはない。
 月読命も須佐之男命も、戦い終えた静葉に何も言葉をかけてはくれなかった。何か言ってくれているのだとしても、もはや静葉には聞こえない。
 草薙姫のヒモロギ・システムが、完全に機能を停止してしまっているからだ。
 残骸、と言って良かった。
 修理は出来るかも知れないが、今の草薙姫はまさしく残骸だ。機械の、屍だ。
 右腕は失われ、両脚は太股までしか残っておらず、完全に光の失せたセンサー・アイでぼんやり空を見つめながら横たわる草薙姫。四肢のうちで唯一残った左腕は、パンチを突き出した形のまま硬直している。
 その前腕から、巨大な残骸がボロッ……と剥離し落下した。ぐしゃぐしゃに潰れてひしゃげた、楯とドリル。
 重い凶器から解放された左の細腕が、まっすぐに天空を向いている。
 その左手が、何かカプセルのようなものを握っていた。つい先程まで、マガツヒコの体内にあった物体。もともと恒安26年式のものであった試作型ヒモロギ・システムを大型ドリルで穿ち砕いた際に、もぎ取ったもの。
 マガツヒコの、操縦室である。
「何とまあ……悪運ってやつかしらね」
 静葉は苦笑した。
 自分に、真北冬樹を助ける意思などはなかった。草薙姫に、人命救助優先のプログラムでも組み込まれていたのだろう。
 そうに違いない、と静葉は思い込んだ。
 目の前が明るくなった。操縦室の開閉装甲が、開いている。
 静葉はシートから立ち上がり、ひらりと機外へ身を躍らせた。そして、仰向けに倒れた草薙姫の、腹部の辺りに立つ。
「お姫ちゃん……」
 人型戦闘機としては小柄なタイプ・カンナギ乙式。とは言え、こうして見るとやはり巨大だ。巨大な、機械の少女の屍だ。
 ごめんね、という言葉を静葉は呑み込んだ。
 草薙姫は、傷付かぬよう飾っておくための人形ではない。兵器なのだ。
 壊れるまで戦う。そこにこそ、この機動する美少女の存在意義がある。
 ズウ……ゥンッ、と震動が起こった。
 天を向いていた草薙姫の左腕が、倒れたところだった。その手に握られていたカプセル状の物体が、ごろりと地面に放り出される。
 マガツヒコの操縦室。その中で、真北冬樹は生きているのだろうか。
 生きていない、だけならば、まだましである。死体が、まともな人間の形をしているだろうか。ぶちまけられた挽き肉のようになっているのではないか。
 どれほど無惨な死体であろうと、自分は目で確認しなければならない。と静葉は思う。
 冬樹が死んでいるとしたら、殺したのは自分なのだから。
 草薙姫の胴体から飛び降り、歩み寄って行く。冬樹の棺桶になっているかも知れない、操縦室の残骸へと。
 まだ熱を持っているマガツヒコの灰をざくざくと踏み締めながら、静葉はその足を速めていった。巫女装束をはためかせて駆けつつ、両腕を広げる。広い袖がバサッと空気を打ち、左右1振りずつの徹甲ナイフが現れる。
 それぞれ両手に持ち、逆手に握り、そして静葉は踏み込んだ。操縦室だけになってしまったマガツヒコに向かってだ。
「退魔斬撃、蛇比礼!」
 踏み込んだ少女の細身が翻り、長いポニーテールと純白の袖が高速で宙を撫でる。それに合わせて、左右の徹甲ナイフが、螺旋状に幾つもの弧を描いた。
 閉ざされた操縦室の扉に何本もの光の筋が走り、それらがすぐに裂け目に変わった。
 切断された扉がばらばらと落下し、操縦室内の薄闇が静葉の視界に入る。
 覗き込みつつ静葉は、まず溜め息をついた。安堵の溜め息、なのだろうか。ただ呆れただけか。静葉自身にも、よくわからない。
 冬樹は、生きていた。シートベルトに拘束されたまま微動だにせず、うつむいていて顔はよく見えないが、屍ではない事だけはわかる。
「ま、生ける屍ってとこかしらねえ……ほら、死んでんじゃないってのよ」
 静葉は操縦室内に身を乗り入れつつ、徹甲ナイフでシートベルトを切断し、そして冬樹の胸ぐらを掴んだ。
 少女の強靭な細腕が、冬樹の身体をそのまま操縦室外へと引きずり出す。もはや廃墟ですらない、破壊の荒野。そんな風景の真っただ中へと。
「見なさいよ、あれを」
 うつむく少年の髪を静葉は左手で掴み、無理矢理に顔を上げさせた。
 崩壊した神祇本庁庁舎と、そこを中心とする市街地の惨状。今や、完全な廃墟エリアである。
「あんたとあたしで、何もかもぶっ壊した跡……しっかり見なさい」
「…………」
 冬樹の表情も目も、虚ろ、としか言いようがない。
 呆けたように半開きになった唇の周りが、赤黒く汚れている。
 吐血の跡。肋の何本かは間違いなく折れているだろう。もしかしたら、内臓にも傷を負っているのかも知れない。
 それでも痛みを訴える事なく引き立てられるままの冬樹を、静葉は容赦なく揺さぶった。
「こんな事して! 死んだ人が帰って来てくれるんなら! 苦労ないってのよ!」
「…………殺さねえのか…………」
 ぽつりと、冬樹が言った。
「俺を、殺さねえのか? ……また……」
「そりゃ、ぶっ殺してあげるつもりだったけどねえ。あんたがこうして死に損なっちゃったんだから、もうしょうがないじゃない?」
 言いつつ静葉は、冬樹の胸ぐらを掴み寄せ、間近から睨み据える。
 その眼差しを、虚ろな目で、しかし正面からしっかり受け止めながら。冬樹は、
「そうか……また、死に損なっちまったんだな。俺って奴ぁ……」
 血まみれの口元を、ふっ……と歪めた。微笑んだ、つもりであろうか。
「あん時と、同じだ……哲弘の野郎がよ、別に頼んでもねえのに俺を…………たっ、助けに来やがって…………ッッ」
 冬樹が、歯を食いしばる。
 親友に助けられ、そして死なれた。悔しかったのだろう。よほど無念であったのだろう。
 静葉も悔しかった。無念だった。別に頼んでもいないのに父は自分を守り、逃げろ、などと言いながら死んでいったのだ。
「おかげで俺ぁ、死に損なっちまった。まったく、哲弘のバカがよ……哲弘が……」
 歯を食いしばりながら笑う、などという奇怪な表情を冬樹はしていた。そんな奇怪な笑顔が、震えている。
「哲弘が……ぁ……」
 震える声を聞きながら静葉は、冬樹の胸ぐらをグイッとさらに掴み寄せた。
 掴み寄せられるまま、少年の身体が倒れ込んで来る。
 歯を食いしばりながら震える笑顔が、見る見るうちに無様な泣き顔へと変わってゆく。
「哲弘が……死んじまったよぉお…………ッッ!」
 涙が飛び散った。
 それを頬の辺りで受けながら静葉は、崩れ落ちそうな冬樹の身体を、両腕で抱き止めてやった。
 もう少し時間が経てば、国防軍が来る。真北冬樹は身柄を拘束され、犯罪者として裁かれる事になるだろう。
 今、この時だけは、こうして好きなだけ泣かせておいてやるべきだった。
 嵯峨野哲弘に死なれてから今まで、涙の1滴も流さず、ただ憎しみだけを燃やしていたに違いないのだ。
 マガツヒコの灰にまみれた地面に、いつの間にか2人とも座り込んでいた。
 無様に、本当に無様に泣きじゃくりながら冬樹が、巫女装束を掴んでしがみついて来る。今ひとつ膨らみの薄い少女の胸に、泣き顔を押し付けて来る。
 両腕でしっかりと抱き締めてやりながら静葉は、冬樹の身体が、意外に小柄である事に気付いた。

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