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野良怪談百物語

こどもがいない

作者: 木下秋

「……こどもがいない……」



 妻、沙智さちが、ぼそりと言った。



「え?」



 私はそう言って、かたわらに立つ息子、たけるを見た。建も、私を見上げている。



「建なら、ここにいるじゃないか」



 私がそう言うと、沙智はこちらを見て、言う。その表情には、不安が満ちていた。



「違うの」



 沙智は壁に掛けてある絵を見つめ、言った。



「この絵の中にいた、こどもがいないの」




     *




 とある温泉街。私は家族三人で、二泊三日の旅行に来ていた。


 泊まったのは、老舗の温泉旅館である。木造の建物がなんともいえないおもむきがあり、私はすぐに気に入った。


 部屋に案内されてドアを開けると、すぐ正面に絵が掛かった土壁、ふすまがあった。左手には扉があり、おそらくその向こうには洗面台とトイレがあるのだろう、と予想ができた。


 襖を開けると、八畳程の和室が広がっていた。少し狭いが、家族三人なら十分である。


 ――この時、沙智は一人襖を開け、部屋の外に出た。私はこの時、(洗面所を見にいったのだろう)と思っていた。


 その後、お目当ての温泉に向かった。広い室内風呂と、岩を重ねて作ったような、露天風呂があった。今年で五才になる建は露天風呂が物珍しいらしく大はしゃぎだったのだが、洗い場で滑って転び、大泣きするとおとなしくなった。


 部屋に戻ると、沙智が先に部屋に入っていた。だが、ドアの前で立ち尽くしている。私が「どうした?」と声をかけると、「いや……なんでもない」。そう言って、ようやく部屋に入った。


 ――二日間はあっという間に過ぎた。三日目の朝。チェックアウトの時間が近づき、部屋を出ようとした時。ドアを開けて正面、土壁に掛かっていた絵を見つめながら、沙智は言った。



 絵の中にいたはずの、こどもがいない。――と。




     *




「一日目、部屋に入った瞬間にね……。誰かに見られたような気がしたの」



「うん」



 旅行から帰って来て全ての荷を下ろすと、私はリビングのテーブルにつき、改めて沙智の話を聞いた。



「それで私部屋を出て、改めて絵を見たわ。……それで、これだと思った」



 ――その絵とは、良く言えば綺麗な、悪く言えば当たり障りのない、普通の風景画だった。青空を背景に二つの山がそびえ、手前には田畑が広がる、という絵であった。私は滞在中全く興味を持たなかったのだが、帰り際に沙智が絵の話をするので、そこで始めて絵とちゃんと向き合った。



「その絵の正面に、こどもがいたの。歳は……建と同じくらいで、茶色の短パン、白いポロシャツを着てた。頭はマッシュルームカット、っていうか、まん丸の頭で、目がぎょろ、っと大きいの」



 ……私はそんなこども、絵の中には見ていない。



 確かに帰り際、そんなこどもは絵の中にはいなかった。



「私、なんだかそのこが不気味でね……。でも、飾ってあるのは部屋の外だし、気にしないようにしたの。……でもね。あの後、温泉に行ったじゃない? ……あの後私、あなたより早く帰って来てたけど、ドアを開けてなかったでしょう? ……あの時……中から、こどもが走り回るような音がしたの」



 ――ドタドタドタッ



 沙智はビクリと肩を震わすと、勢い良く振り返った。――そこには、自分の部屋からおもちゃを持ってきた、建がいた。



「……だから扉の前にいたのか」



 私がそう言うと、沙智は頷く。



「それだけじゃないわ。夜寝た後、私の枕元で、気配がしたの。……明らかに、そこに息をする、何かがいたのよ。私怖くて見られなかったけど……確かにいたの。二日目の夜……洗面所で歯を磨いてる時、浴衣の袖を誰かに掴まれて、グイッ、って引っ張られたり……」



 ――そんなことがあったのか。と、私は驚いた。私は、全くそんな体験、しなかったのだ。



「それで帰り、あの絵を見たらこどもがいなくなってるから……驚いたわ」



「……あの部屋、とんでもない部屋だったんだな……」



 私が心底驚いていると、建が私達の会話に、口を挟んだ。



「ぼくね、きのう、そのことあそんだよ」



 ――夫婦揃って、建を見る。



 ――昨日――。そういえば一回だけ、私達がお土産を買っている間。建はテレビに夢中になっていて、部屋に一人残ったことがあった。



「おとぉさんとかがね、おそとにいったあとね、へやにきたの。それでね、おいかけっこしたりして、あそんだよ」



 ……私が呆然としていると、沙智が「ねぇ、あなた」と私に声をかける。私は建から目を離せず、「うん」と返事をすると、



「あなた! ねぇ!」



 と、強く呼びかけてきた。



「どうした」



 そう言い、沙智を見ると、彼女は泣きそうな顔をしている。……さっきから、頭がついていかない。沙智はこの三日間、ずっと怪現象に悩まされていた。建は、その“こども”と思われる存在と、“あそんだ”という。――なにがなんだかわからない。私の知らないところで、ずっと何かが起きていただなんて――。



「あのね……」



 沙智は、振り絞るようにして声を出していた。


 目が、私を見ていない。私の、背後を見ている。



「その絵……こどもなんて、描いてあったかしら……」



 ――(……“描いてあったかしら”って……)



 私は、ゆっくりと振り向く――。



 ――(この絵は、君が買ってきたんだろう……)




 ……そこには一枚の絵があった。広い草原を描いたような風景画で、その絵の中には――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませていただきました。憑いてきちゃったんですね。面白かったです!
[良い点] おお!怖かったでつ(・。・;
[一言] 憑いてきたああぁあああッ!!
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