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PRINCESS
作:羽遠



2−1:はじめの約束


「私を街へ連れ出して」

 そう言ったのは、この国の姫であるランフールだった。
 毎晩、似合いもしない城使の格好をして戦闘方法を習いに来る彼女を尊敬はしている。
 そして、こんなに真剣で直向ひたむきな姫がいるこの国に住まっていることを誇りにも思えていた。

 が、彼女はいささか真面目すぎる。

 彼女がこの国が他国との交流を絶っていることを気にしていることは知っていた。
 が、しかし、誰も彼女にこれを教えないのは彼女のためであることもまた、分かっている。

 まだ、彼女には残酷すぎる話であるから。

 はぁ、と大きなため息をつく。

「どうかしたのか?」

 隣に立つ、城使の男の声だった。

「いや、なんでもない」

 まさか、姫が城を脱走したいなどと考えてることを他人に言えるはずがなかった。

「なんでもないにしては随分なため息だったぞ」

 男はふっと笑う。その笑顔をみるとなぜだか少しほっとするのだ。
 彼の名前はカーター。
 城で働く者、いわゆる城使であり、アルフレドと同い年の男だ。
 同い年ということを考慮されてか、警備など数人で組む仕事では彼と一緒のことが多い。
 真面目で堅苦しいおじさん方と仕事をするより随分楽で助かっている。
 今日は、城門の警備にあたっていた。

 城門の警備は2人1組で行われる。
 城の入り口である門を守るには人数が少ない気もするが、城門の次には華門、水門、王門と3つの門が続き、中に入るほど警備の人数は多くなっている。王門をくぐらねば城には入れないため、城門の警備は2人で十分に事足りるのだ。

 ふと地面に視線を落とすと随分と影が短くなっていた。もう真昼らしい。
 早朝から警備にあたっていることを考えるとどうやらかなりの長時間、姫のことについて考えていたようだ。

「もしも、もしも、エルファが私の望みを叶えてくれる気があるなら、明日の晩ここに来てほしいの。できないというなら、絶対に来ないで。そして私が言ったことは忘れて頂戴。指導は今日で終わりにするわ」

 姫が昨晩最後にアルフレドに投げた言葉である。
 彼女はアルフレドが来ることを全く期待していない風であった。
 そして、もし、アルフレドがそこに行かなかったとしても城を出る覚悟はあるようだった。

 まだ、教えることは山ほどある。

 教えてやりたいことが山ほどある。

 一国の姫が単なる城使に過ぎないアルフレドを頼ってくれるのはとても光栄なことである。
 彼女がアルフレドのことをどう思っているかはわからないが、アルフレドには、彼女に返さねばならない恩が山ほどある。
 
 彼女の申し出を受けてしまえば、いくら彼女が望んだこととはいえ、アルフレドは重罪人だ。それを分かっているから、彼女はアルフレドがくることを期待していない。

 妙に悔しかった。

「眉間に皺」

 ふっと笑ってカーターが指摘してくる。
 つられてアルフレドもふっと笑う。

 もしも彼女の願いを聞き入れるなら、こんな日常も帰ってこない。

 帰ってこないのだ。


***


 無理強いできることではないと理解している。
 だからこそ彼に期待はしない。それでももし来てくれたなら、

 ランフールは首を横に振った。

「そんな、エルファの人生を台無しにすることを私がしては、いけないわ」

 口にするとぎゅっと胸が痛む。
 そう、自分が言ったことはエルファを重罪人にしてしまうことなのだ。
 それだけは嫌。それでもエルファに来て欲しい。
 矛盾した気持ちがランフールを苦しめていた。

 ふるふるっと頭をふって気持ちを入れ替える。

「それでも私はこの国の姫として、やれることをするのよ」

 綺麗なドレスに髪飾り。
 もうしばらくつけないかと思うと、妙にそれが素敵なものに思えた。
 
 緑のドレスに身を包み、青色の宝石で作られた花冠をかぶってみる。
 髪を手櫛で軽く整え、鏡の前に立ってみた。

「ふっ・・・」

 思わず笑いがこみ上げる。

 ランフールの髪は、ペンキでもかぶってしまったかのように、まだらになっているのだ。
 
 今朝、ランフールが自分で染めてみたものなのだが、あまりにも下手すぎる。
 かわいらしい淡い金髪でなく、さわやかでおとなしくみえる青にしたかったのだが。

「こんなことも、私1人じゃできないのね」

 自嘲気味に言うと、そのまま自分の姿を隠すように鏡に手をあてる。

「それでも、1人で行く覚悟・・・ある?」

 自分への問いかけだった。
 答えはイエス。

 ランフールはぱっと顔をあげると花冠をはずし、緑のドレスを脱ぎ捨てた。
 代わりに着るのは街の人々が着ている簡単な服。
 そしてその上から城使の制服を着て、長い髪は高くくくり上げ帽子の中に隠した。
 帽子から出るのは青色の髪の毛。ドレスではなく、城使の格好をしたただの娘。
 それでも、どんな格好をしようとも、瞳の色だけはいつも同じ。
 
 父と同じ、ダークグリーン。

 髪の色を偽れても、名前を偽れても、それだけは偽れない。

 鏡の中の自分と目を合わせる。

 そのダークグリーンの瞳に向かって言うべきことはただ1つ。

「行ってきます」














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