今日の月は、まるであの人の瞳の様だった。
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音を立てて襖が開く。
「・・・・雪女さん」
声と共に滑り込んできたのは少女だ。
スカーフの無いセーラー服姿の彼女は、月明かりだけの部屋、チョコレート色に光る髪を揺らして雪女の横顔を見た。ゆるく波打つ背までの髪は、彼女をこの平成に生きていた者であったことを象徴している。
雪女は緩く笑って無言で横に座ることを促した。
幽霊と呼ばれる彼女は、視線をさまよわせながら腰を下ろす。
「あの、雪女さん、わたし・・・・」
「朝子ちゃん」
幽霊―――『朝子』だった彼女の言葉をさえぎって、雪女は困った様に笑う。首を傾げた拍子に、肩を赤毛が滑り落ちた。
「君の名前は、朝子ちゃんだろう?」
「――――っ、
照朱郎さん・・・・」
朝子は知っていた。
彼が、自分の名前を嫌っていることを知っていた。
彼女は乞うように畳に額を擦り付ける。
「すみません照朱郎さん・・・・・すみません、わたし」
悲しい。
寂しい。
怖い。
この人はとても綺麗。
この人はなんて優しい。
「今日来た、あの人達・・・・・きっと、わたしを―――――」
異端のわたしを、慈しんでくれる。
「私はここに集う人を追い出したりはしない。ここは私の屋敷だからね」
「でもわたしは、ここに居るべき者では無かった・・・・――――――
最初から、きっと最初から・・・・・きっと、わたしはここに居るべきでは無かった。わたしのこの場所にはきっと他の人がいたんです。わたしは・・・・」
揺れる声が畳に染みを作る。
彼はきっと知っていました。
彼はきっとわかっていました。
彼はきっと―――――
今日の月はまるであの人の瞳のようでした。
あの小さな子供はちっぽけなもので、あの人に会ったころの自分を思い出します。
人と妖の境に生まれた私は、過去どうしようもない半端ものでした。
恐らく、あの頃の自分は紛れもなく、当時の世界からしてみれば『異端』だったのでしょう。
そんな私は、なぜだか。あの人という存在を、大きく見てしまうのです。
「・・・・・忘れたころに、なんて、どこまでも皮肉な方だな、あの人は」
朝子ちゃんが居なくなった部屋、一人唇を釣り上げる。
彼女がこの世界にとって『違う』ことはわかってはいた。それなのに。
「失礼します」
襖が開く。
次に入ってきたのは、彼女でも、この学園のものでもなかった。灰蒼の眼、灰色の髪、異邦の色の者は、微笑を浮かべて場違いな修道女の恰好をしている。
先ほど彼女がいた場所に腰をおろし、使いは口を開く。
「大きな独り言ですね」
「放っておいてくれるかいお客人」
声は厳しい。
「どういうつもりだ、あの方らを呼び込んだのは君らだろう?とんだ嫌がらせだね」
朝子ちゃんをどうするつもりだ。
暗に、そう言って照朱郎は眉をきりりと釣り上げた。「あの子はもう学園の
教師だ」
「確かに、彼女の性根が曲がっているのはわかっていますけどね?僕らは使いっぱしりに使われただけの、むしろ被害者ですよ」
使いはとびきり大きな溜息を吐いた。
「ああ、申し遅れました。エルディア、気軽にエルとお呼び下さい委員長様」
「戯言を」
照朱郎は吐き捨てる。
「あの人はどうせ、僕らを仲間だとも思ってないですよ。僕らをただの駒だと思っている。ありそうな話でしょう?」
肩をすくめるエルに、照朱郎は一片も不穏な顔を崩さない。それを見て、エルは大仰に腕を広げると芝居がかった仕草で右手を頬に当てた。
「ですがねぇ・・・・貴方には大変に残念なことに、今回は彼女のことではないのですよ。関係が無い、わけではありませんが」
「なんだ、と?」
照朱郎の顔が固まった。
「今回は別件です。とっても大きな――――そう、貴方にも関係する、ね」