「ぶぇえっっっくしょッン!」
とつぜん座敷に響いた大音量のくしゃみに、わたしは思わず肩を揺らした。ズズッ、と彼は鼻をすする。
「ごめん」
「・・・・・風邪?」
「違うと思う。希望だけど。
―――――で、なんだっけ?」
わたし―――――ファンは、彼の右斜め後ろに隠れるようにして座り、それを眺めた。
視界の端に自分の桃色の髪が揺れる。
「ここには生徒がいろはで三組。教師が筆頭に人魚、狐、雲外鏡、幽霊と四人居ます。成績優秀者が教師を務めることもあります。いろは三組はそれぞれ能力別に振り分けられていて、合同に授業をすることも多いです」
「へーっ、結構俺たちと違うな。なんか楽しそう」
楽しそうに笑う彼の声に驚いたのか、身を縮込ませた彼女と眼があうと、彼女、座敷わらしは今度はまずいものを見たかの様にぎょっとして眼をそらした。
その反応に思わずこちらも眼を伏せる。
外はすっかり真っ暗になってしまった。
危ないという『外』へ出て行ったみんなは、まだ帰ってこない。
待機を命じられたものの部屋でじっとしていることが苦手な彼は、彼女に話し相手になってもらっている。
話すのは、もっぱらこの世界や学園の事についてだ。
「勉強ってどんなことすんの?」
「えっと・・・・・歴史、語学(国語)、算学(算数)、道徳、とかですね」
大分慣れてきたのか、彼女の口からはすらすらと言葉が出るようになってきていた。
「先生は一人を除いてみんな何百年も生きてる人ばっかりです。生徒の方はあたしみたいに若いのも多いですが、雪ちゃんみたいに先生達くらい長く生きてる者もいます」
「雪ちゃん?」
「雪女さんのことです。名前より雨童子や夜雀って呼ぶ方が多いの。雪ちゃんはみんな、『雪ちゃん』か『委員長』って呼びます」
「へー仲良いんだな、みんな」
「・・・・・うん。仲いいの」
座敷わらしは肩をすぼめて恥ずかしそうに俯いた。
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今回の任務は、
異端排除というシンプルなものである。
異端は物語の筋書きを狂わせるもの。その度合いは、星程の大きなものから小石の様な小さなものまで、しかしその小石が星の軌道を狂わせるほどの威力を持つこともあるという極端なものだ。
これは現地で調査しない限りわからない。スティールは今回に一番に近い『事例』を、頭の中の記憶の頁をめくるように探った。
――――――物語とは、人が創る一つの世界。
人が考え、想い、願う。それが反映される。人そのものといってもいいかもしれない。
だからこそ、人の数だけ、人が生きる一分一秒の数だけ世界は存在する。
同じ筋書きを辿ろうと、途中で違う場合も多々ある。
だから、より求められる物語の世界は何が起こるか分からない。
この世界は―――――
『妖ヵ奇談』という物語は、雪女を中心とした妖再教育施設の生徒、教師の妖達それぞれを主人公とした小説短編集である。
人気はそう大したことは無い。
出版はされたものの、重版は大してされてはいないし、まさに『知る人ぞ知る』物語だ。
だからこそ、こうして物語管理局という自身も『
異端要素』である存在が協力を求められる。
これくらいの世界なら数多星の数ほど存在する。そう珍しいものではない。
スティールの『弟』であり、今は仕事上の『パートナー』であるビス=ケイリスクは黙ったままだ。
草の青臭い匂いが立ち込めるこの場所は、空気にも地面にも水気が多くあまり長居したくはない。
スティールは分身ともいえる本を抱えたまま、白髪を夜の風に揺らした。
「深そうだねぇ・・・・・・」
目の前にはただっ広い沼が、うっそうと茂る緑に縁取られ、月に黒く光っている。
脚を取られて溺れでもしたら、草に隠れて恐らく死体は見つからないだろう・・・・・・殺人を犯す予定はないが、スティールはぼんやりと沼に映り込む月を見ながらそう思った。
小柄な弟は体半分を草に埋めて沼をじっと見つめている。
「・・・・・今日は満月か」
「・・・・―――――」
ビスは、じっと待っているように見えた。
『妖ヵ奇談』という物語は、雪女を中心とした妖再教育施設の生徒、教師の妖達それぞれを主人公とした小説短編集である。
それぞれ童謡の名前の付いたタイトルで、表題の『妖ヵ』とは『八日』、『妖華』とかける。
『妖華』――――つまり、『妖しいほどの美しさを持つ人』。中心となる物語の主人公の“一人”、雪女だ。
この物語には一貫してもう一人、中心となる主人公が居る。
『8』という数字は、死を連想させる『四』の連続、つまり『二度目の死』を表すのだと作者は言った。
つまり、学園で登場する妖で、一度死んだ人間――――幽霊のことである。
月が暗い水の中心に落ちる。