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02
――黒――

『キミはこの世界に不要な人間です』

―――――――7年前 聖夜

幼いながらも、エリカの頭は悪くはなかった。


母はもっと優しい言葉で教えてくれたが、まぁ、それが真実で事実なのだろうとは理解できた。ただ、少し思ったのは10も越えない子供相手にいい大人がもう少し言い方は無かったのかという、何とも子供らしくない感想を持っただけで。

何も思わなかったわけではなく、確かにその言葉には視界が回るほどの衝撃を受けたのだが、それも一時ほどのことで、後に残るのはただ純粋な怒りのみだった。


そもそも、“ソレ”を告げに来た大人が一番悪い。


あの大人がもう少し言葉を選びさえすれば、自分は母を心配させることもなかったのだ。

それは母始め、普段エリカの事を気にもかけもしない祖父ですらも同じだったようで、その大人を追い出した後に『なんて礼儀の無いやつだ』と大人二人が揃って激怒しながら家中を歩き回るという奇妙な光景が出来上がった。

祖父いわく、『こういった人の人生を左右させるような大切な話をしに来るのに何故あんな下っ端を寄越すのか(しかしエリカの目にはあの人はどう見てもやり手っぽい人に見えた)、誠意を見せる気もない態度でうちの娘を預けると思っているのか、あんな人間をこの家に出入りさせた事自体が不快だ』云々。

追い出した本人である母は、あの大人が踏み入れた場所に塩を撒き、次いでとばかりに玄関に(呪いらしき)魔法をかけていた。

あのマットを踏んだら全治3週間は固くない。

エリカはそんな大人たちを見て思う。

「塩の塊は痛かっただろうな」と。


しかも、ダチョウの卵大の結晶そのままを学生時代大活躍したという肩で投げつけたのだから、きっと大きな痣が出来上がっているに違いない。

何はともあれ、エリカ以上に彼らが怒ってくれたので、エリカはそんな的の外れたことを思うしかなかったのだ。


母は言う。
「私もアレも昔は同じ体質だった。他は知らないがウチでは普通だから気に病むことはない」


祖父は言う。
「アレとコレの子供なんだ、当たり前だ。お前は確かにオカシイところが一つ二つあるがどうせコレみたいにいつか治る」


エリカはこう返した。
「でもアレみたいに帰ってこれなくなったらいやだわ。もしずっとこのままだったら一生普通に仕事に就くのも生活するのも難しいじゃない。だから私行ってみようと思うの」


アレ=エリカの父である。外見は全く似ていないが、そっくりな親子だった。



――白――

人の見、感じるすべてを、ただ一つの物語とする。

―――――――5年前

金の右目が疼く。


この日、ビスの長い前髪に隠れた右目はやけに調子が良く、要らないものまで見せていた。

視界の端に真っ赤な髪の女がちらつく。壁に寄り掛かるようにして、じっとこちらを見つめるその姿はこんな場所だというにも関わらず、やけに目に付いた。

幼少から見飽きたそれに嘆息する。目を向ければ髪の間から目を細めてゆるりと笑いかけるのだ。その瞳の色はこの右目と同じ金だが、身内といえど不気味としか言いようがない。

『彼女』は父方の『おばさま』である。父は幼少を彼女のもとで過ごしたという。

父に彼女以外の血縁者は無く、その彼女も13のときに居なくなり、現在こうやってその子供の目の前に現れる。


(―――やっぱり調子が良すぎる)

視界を埋めるものが多すぎてまったく知らない場所に来たような錯覚に陥る。気分が悪い。

出来れば早く帰りたいところであるが、今回ばかりはいくらなんでもそうはいかなかった。

今までこれほどの状態になったことは数えるほどしかない。原因と言えば、おそらく気が高ぶっているからだろうと憶測は付いた。

これだけの人間がいながら、皆、静かに順番を待つばかりだ。それでも各各思うところはあるのか、『見える』ものは様々だった。中にはビス自身に向けられるものもある。

自分はこの場所に浮いていると思った。

これからのことでビス自身の一生は決まるといってもいい。少なくとも、最も広い道が拓くようになることは確かだ。

その道の真ん中を歩くことは無理にしても、父と同じ道を選ぶことはもはや必然としか言いようがない。
兄には待たせたと思う。頭が下がるばかりだった。

一族の血を引きながら、その力が自分にはなかったことは、兄にあったことは、幸か不幸か。

感情の無い声でゆっくりと名前が呼ばれていく。

『ビス=ケイリスク』

心なしか、他よりも機械じみた声だったのは気のせいだろうか。


(いけませんね)自覚していたより幾分緊張しているらしい。冷静にならなくては。

突き刺さるような視線を感じながら扉に手をかけた。


挿絵(By みてみん)



今頃兄はどうしているだろうかと思いながら。
(・・・・父さんと、同じ道に)




―――赤――
夢を見た。

    二年前

目の前が真っ赤だった。


違う。これは火だ。

(火事?)

中で真っ黒い陽炎が揺れている。

―ゃ、
(・・・声)
―――ぃやだ

「嫌だ、おかぁさん!おとうさぁぁあん!」

影が横切る。

桃色の髪が後を引く。


(なんで!)

晴光は目を剥いた。

「なんで・・・・・っなんで!なんで、おかあさんおとうさんッ!」

腰まで伸びた髪は熱風に煽られて揺れている。

(・・・・気持ち悪い)

リアルだ。

なんて悪趣味で、リアルな、夢。

彼女を知っている。

自分は、彼女を。


(もしかしてあの火の中の影は・・・・・)


想像してさらに喉の奥が疼いた。(・・・・うげ。グロ)

その時だ。



大きな音を立てて屋根が崩れる。

ゴウゴウと音を立てて炎が大きくなり、目に見えて熱風が強くなった。

煽られて、小柄な彼女は地面に手をつく。

「―――っおかあさぁあん!」

(・・・・・あ、そうだ。この後は)


知ってる。


俺は、知ってる。


(待てよ)


知ってる。


(おい待てよ)


「おとうさ・・・・・」


(待ってくれ。まさか、この後――――)

彼女がゆるゆると立ち上がった。


「・・・・おねえちゃん」
―――助けて。


(やめろよ、おい)

まぶたの裏に浮かぶのは赤色一色だ。
揺れる赤
零れる赤
広がる、

赤。

(やめろ)

喉に、舌が張り付いた。

粘った唾液が接着剤のようにくっつけて、心なしか息も苦しい。

来てしまう。

アレが、来てしまう。

“アレ”は。

俺が、知っているこの先は


アレに、
アレを、


(―――――あの子が、殺される)


アレが、
(来る前に!)



「っファンッッ!!」



呼ぶ。




くらりとめまいと共に世界が一転した。

―――様に、見えた。

ぱしりと掴んだ腕は指が回るほどに細い。

紅色の瞳が自分を映す。

「行くぞ」声をかけたと同時に地を蹴った。

空気が熱い。

ゴウゴウという音が耳元でする。
風も強い。
しかし体の芯は冷えていた。


熱いのは、目ばかり。




――赤――
――――――― 一年前

ぐっ、と晴光は腕を伸ばした。

ばきばきと凝り固まった肩が鳴る。普段じっとしているのが珍しいほどの彼は、そんな珍しい現象に面白がってもう一度おまけに肩を回した。

170を超す大柄な体躯。黒い短髪。目じりの下がった濃い茶色の瞳は人懐っこい大きな飼い犬を連想させる。

ペンを置き、ざっと目の前の書類の記入漏れを見直し、満足したようにうなずいた。これが最後の書類である。

長い束縛から解放されて目に見えて うきうきとした笑顔で晴光は肩越しに振りかえった。


「終わりましたけどォー!」

「大声出さないの!」


そっちのほうがよっぽど大声だと晴光は口をとがらせる。

彼女はぱたぱたとスリッパを鳴らしながら傍らに立ち、書類を手に取った。

「はい。では、おめでとう」

「あざっす!」

「もう本採用なんだから敬語をきちんと使いなさい」


厳しく放たれた言葉に、ぐっ、と背を伸ばす。これから上司になるであろう人を前に、唇を湿らせ腰を折った。


「よろしくお願いしますっ!」

「はい。こちらこそよろしく」


笑いを漏らすと、彼女も目元を緩める。

「パートナーは?決まってるの?」

「決まってます。男女コンビがセオリーでしたよね」

「そう。男女それぞれだけでは出来ること出来ないことがあるからね。『本』は原則そうだ。
あと局員宿舎に移ったら共同生活だから、今のうちに荷物纏めときなさい。・・・・・君のところのパートナーは、えーと」


「ファンです。医療系の補助の」

ニッ、と晴光は笑って、ピースサインをした。




挿絵(By みてみん)




―――――そして、その日。

2021年 三月三日

はじまりはじまり。

















(おまけ。)



挿絵(By みてみん)
序章扉の裏に描いてあった若かりし兄。




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