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第1話:その男、ハンサムにつき

 海老名高校鉄研のみなは、しゃべりながら相模川の近くの帰り道を歩いていた。

「私たちももう2年生になっちゃうわねー」

制作著作:米田淳一未来科学研究所

「そうね。うちの高校に鉄研作ってもうすぐで1周年かー」

協力:北急電鉄

「図書館で勉強してたら、思いの外遅くなっちゃったわね」

協力:追兎電鉄

「うむ。この時間になると、思いの外、春の夜道が暗いのである」

協賛:山岸技研

「ケータイで灯りつける?」

「そこまで暗いかなあ。結構まだ見えるけど」

「しかしまたこのなんか変な改行と変なインデントは何?」

「またアバンタイトルごっこだって。作者どうかしてるわよね」

 (作者)すみません……。

「まったく、こんな作者にこんなみんなで、また2年目なのね」




鉄研でいず・シーズン2




「うむ、それより、前方0時の方向に人影。何者かがいるのである」

 そういうのは鉄研総裁の長原キラである。長い髪を束ねた動輪がモチーフのバレッタがその大きな瞳とともに、月の光にきらめいている。

 彼女は部長ではなく総裁なのである。

 そしてその鉄研も、鉄道研究部ではなく、鉄道研究公団なのである。



第1話:その男、ハンサムにつき




「前方に不審な人影認む」

「ええっ!」

「どうしよう!」

「ま、まず対策しなきゃ!」

 彼女たち6人は動揺する。

「これは周辺事態なのである」

「ここんとこ、なんか海老名・厚木に変な不良多いって噂も」

「うむ、運が悪ければ存立危惧事態なのである」

「対策しなきゃ!」

「でも、何を対策すんの!?」

「何が起きるか分からないから対策しようとしているんでしょ」

「でも、何が起きるかわからないことに対策しても意味が無いじゃん」

「きっと相手はたち悪いから、何するかわかんないのよ!」

「そもそも相手がどのようにタチが悪いかわからないから、どうしていいかわかんないよ!」

「……なんか、これ、キレーに噛み合ってないよね」

「うむ、日本のあちこちでおきている現象、お互いに言い合いながらも、現実的なリスクを取る対策をする気が、どっちもさらさらないという話であるな」

 キラ総裁はそう言うと、すたすたと、その人影へ歩き出した。

「何も対策してないのに!」

「うむ、空論を戦わせるより、まずリスクを取ってみるのだ。

 指揮官先頭、率先垂範による威力偵察であるな」

「キラ! だめ! あぶないわよ!」

 その時、向こうから現れたのは、

「何だ君たち?」

 そこにいたのは、缶コーラ片手に相模川橋梁をゆく列車の轟音の中、黒ずくめでキメた男だった。

 列車の灯りで浮かび上がると、いかにも仕立ての良い服が似合いそうな、背の高く手足もすらりと長いハンサムな男性である。

「君たち、こんな時間にこんなトコうろついてると、補導されちゃうぞ?」

 キラは、物怖じせずに答えた。

「うむ、我々は海老名高校鉄道研究公団、鉄研一同なのだな」

「鉄研、か」

 彼は、コーラをもういっぱい飲んで、ゲップをした。

「女の子ばっかりで?」

「ええ。そうですわ」

 豊かな胸に霧をまとうような癒し系オーラをムンムンさせて詩音が答える。

「危なっかしいなあ」

「そんなことないですー!」

 彼の言葉に、すらりと背の高いバスケ選手のような華子が口をとがらせる。

「あなたは、もしかすると」

 頭脳明晰を絵に描いたような長身のカオルが気づく。ギフテッド、IQ600オーバーの彼女の眼は他の子ともまた違ってとても利発だ。

「ああ。オレは、今度から海老名高校で物理を教えることになった、だてだ」

「まままま、まさか、新顧問の先生?!」

 利発でボーイッシュな女の子・ツバメがどもりながら驚く。

「そうらしいな。去年から海老名高校に鉄研がまた出来たと聞いていたが、君たちだったのか」

「そんな噂になっているんですか」

 どこかのアイドルグループにいてもおかしくない美形の女の子・御波みなみも驚く。

「驚くのはこっちさ。そういう言葉はマトモな先生に言いな。こっちこそ、あの海老名高校に鉄研が復活したことに、のけぞっちまった。驚きの倍返しだ」

 舘先生はコーラの缶を潰し、自販機の脇のゴミ入れに入れると、たばこを一瞬探す素振りをしたが、すぐにそれを自分で制した。

「まあ、これから、よろしく、ってな」

 みんな、ボー然とした。

「な……なにこれ!」

「珍百景!」

「というか、何、この80年代風味!」

「あ、『あぶない刑事』……」

「そういや、リバイバルするって言ってましたね」

「でもこっちはリバイバルどころか、平成に生きてる孤高の80年代、動態保存機よ!」

「うむ、使徒との遭遇を覚悟しておったら、まさかの動態保存機であったか。ありがたくも弥栄なのである」

「何が弥栄よ! これで顧問の先生が2人になっちゃったじゃない! どっちがホントの顧問になるの?」

「順位を決めねばならぬのか?」

「それに! 私たち、ほんと、恐ろしいことに!」

「なんであるのか?」

「うちの鉄研のもとからの顧問の先生の、名前を、私たち、1年たっても未だに全く知らされてないのよ!」

「あ!」「そういえば!」

 みんな、あわてて手にしたKindleで検索をかける。

「これって、作者がこんなにこの話が長続きしない、それに少ししか登場しないキャラに名前つけるとめんどくさいからって、省略したって話ですね」

「ひどい作者だ……」

「というか、その作者に作られた私たちって一体……」

 (作者)本当にすみません……。

「うむ、顧問の先生は小野川先生であるな。女三十路絶賛婚活中の」

「というか、久しぶりに顧問の話が出たわね」

「顧問の影がこんなに薄い部活って一体……」

「でも、これで小野川先生と舘先生のどっちが正顧問にふさわしいかの闘いになっちゃうわけ?」

「『ロマンスカーは速さを競うものではありません』のとおり、競いたくないのであるが」

「でもこれから、『先生ー!』ってよぶと、『先生、2人いるけど、どっち?』って言われちゃうのよ!」

「パトレイバー映画版じゃあるまいし! あ、アニメのほうね」

「また新しい映画で押井さん、やっぱり『病気』が出ちゃったみたいだけどなあ」

「うぬ、まずそれは観てみなければわからないのである」

「狙いすまされた画面レイアウトは定評がある。事実それで何冊も本を出している。だが、それをいいことに、やたらと長い小声のモノローグ、しかも聞き取りにくい難解な言葉を連発……まさしく押井守の特徴だ。で、どう思う?」

「なに真似してるんですか」

「だから! 遅すぎたと言っているんだ!」

「腐ってやがる……まだ早すぎたんだ」

「何わけのわかんないカケアイしてるのよ!」

「いや、押井守さんと宮﨑駿さんの間の関連性を」

「そういう事してる場合じゃないでしょ! とにかく、このお家騒動を口実に生徒会が反撃に出てくるかもしれないのよ!」

「そうですよ! 生徒会会計のあら探し、部員数水増しとか、私たちさんざんやってるんだから!」

「それがバレたらどうするんですか!」

「その時は……うん。『土下座でもしてみるか?』」

「『やれるもんなら、やってみな!』 って、なんで『半沢直樹』になるんですか! しかも土下座させられるのはキラ総裁ですよ!」

「うむ、ワタクシは土下座など、なんでもないのだな。斯様なことで傷つく程度の上っ面のプライドなど、どうでもよいのだ。望むなら焼き土下座、ジャンピング土下座、ローリング土下座でもなんでもするが」

「いや、そういう問題じゃなくて! 正顧問と副顧問をわけましょう、って!」

「なるほど」

 キラは、目を改めて開いた。

「つまり、異線進入を防ぐわけであるな」

「やっとわかりましたか……。ああ、疲れた……」

「うむ、甲乙をつけるのであれば、コンペ形式が一番であるな」

「コンペ?」

「うむ。鉄研顧問としての適格性を、我々が審査するのだ」

「そんなことしていいんですか?」

「へ?」

「だって、今度の先生、もともと教育委員会が野放しの私たち鉄研を指導するために選んだ切れ者、エースだって」

「え? いや、今度の先生はもともと厚木高校の先生だったのを素行不良でクビになって、仕方なく異動してきたとか」

「なんでそんな2つの説があるの!」

「うむ、これは何者かが我々を混乱させるべく欺瞞情報を流したのであろうな。謎が深まるのである。ここはさらに正しき判断が肝要なり。そのために、参考人を招致するのであるな」

「参考人?」

「うむ、我が鉄研コーチの古川さんなのである。これで我々6名に加わって7名、奇数なので、採決すれば必ずどちらかが正顧問に選出できるのだな」

 そのときだった。

「しかし、ねえ」

 みんな考えこむ。

「オレはまともな先生じゃないって言ったろ? だから、キミタチがどう決めようとも、オレの好みで仕事させてもらうからな」

「そんな無責任な!」

「責任? そんなもんはママチャリの前カゴに置き忘れてきた」

 それを聞いて、詩音とツバメがうっとりしている。

「素敵! この80年代の空気!」

「癒されるわ~!!」

「でも、まだ君たち生まれてないだろ」

「80年代といえば憧れの時代ですもの!」

「そう! 初めての欧風客車、『サロンエクスプレス東京』のデビュー!」

「1983年!」

「ブルートレイン『北斗星』が走りだしたあの頃!」

「1988年!」

「そしてその後尾に連結された!」

「たった3両の24系25形客車900番代・『夢空間』!」

「1989年ね!」

「ああ、『夢空間』なら何度も追っかけて撮り鉄に行ったな。乗ったこともある」

「キャーッ! 素敵! あまりにも素敵すぎるわ!!」

 詩音は狂喜の声を上げる。

「まず、興奮はその程度にしておいて、うむ、あれに見えるは、もとからの顧問の小野川先生なのである」

「あなた達どうしたの? またキャイキャイと楽しそうに」

 小野川先生はコンビニへの夜の買い物に通りかかったようである。

「うむ、新顧問の先生と偶然遭遇したのであるな」

「あら! あなた、舘先生? 今度異動してくるっていう」

「そうですが」

「まあ、あらやだ、素敵!」

「それはさておき」

「さておいちゃうの?」

「これから、舘先生と小野川先生で『チキチキ! 正顧問にふさわしいのはどっちか! コンペ!』をやってもらうのである」

「えーっ!」

 小野川先生はそういう。

「イヤですか」

「いいですわ」

 ずるっとみんなコケる。

「我が鉄研顧問の審査基準であるが、ワタクシも物申したいのだが、よろしいかな?」

「『白い巨塔』のゴッド大河内先生になってる!」

「このコンペが馬鹿げた白熱ぶりにならぬよう、各氏襟を正していただきたい、ではなくて」

「じゃないの?」

「まず、第1課目はこれである」

 キラがバッグから取り出したのは、コンビニ版のペーパーバック、『みんなでしらべよう鉄道クイズ2011』という本だった。

「これを」

「解くの?」

「いや。この本の誤字を探すのである」

 ずるっとみんなはまたコケた。

 しかし、舘先生はそのクイズ本を見て、気づく、

「ほー。なるほどね。これはなかなか難しいな。

 子どもと借金取りは苦手なんだが」

 その言い回しに、往年の柴田恭兵を連想した詩音は失神しそうになっている。

「わかりますか」

「ああ。しかし、ずいぶん細かいな」

 舘先生は読み始めた。

「まず。

 ここの記述は内容から東舞鶴ではなく西舞鶴。

 あとここの写真はキャプションが違って京都ではなく篠山口。

 この中の写真は説明に『許可を得て撮影』がないといけない写真。

 この写真もキャプション違いで秋田間ではなく青森間。

 この写真のキャプションも違う。滝宮-羽床間ではなく岡本-挿頭丘間。

 ここの表記は駅名変更後なので西鹿児島ではなく鹿児島中央。

 それにここの記事、車番間違い。キハ110-113ではなくキハ110-133。

 あと、追加訂正。訂正欄の訂正がある。2011-11-8ではなく2010-11-8。年数表記が間違ってる」

「すごい!」

「……ありません」

 小野川先生は降参した。

「わかるわけないわよー!」

「うむ、第1ラウンド、知識と注意力の面では舘先生の完勝である。

 しかし! 次は実技なのである」

「実技?」

「それはこのようなものなのだ」



 明けて数日後。

「というわけで、両先生にはダイソーのコレクションケース収まる小さなジオラマ、いわゆる『ぷちらま』を作っていただいたのである。

 その出来の優劣の審査を古川さんとともに行う。

 テーマは『春』とし、それを競作である。

 では、はじめは小野川先生の作品、『桜の散るローカル駅』」

 皆が身を乗り出して見つめる。

「なんか、ほわーっとして素敵ですわ」

「可愛らしくていいですね!」

「桜の木がすごくかわいい」

「女性らしくていいわ」

「でも……」

「うむ、線路をケースの平行線そのままに置いた配置は意図的・効果的とは言いがたい。

 この場合であれば、主題は桜の木と花びらの散るホームであるのだから、車両は脇役にしてでもいいから、線路をベースに斜めにおいて桜の木のスペースを確保して、強調して欲しかった。

 これでは桜の木が窮屈に見え、主題の表現がやや弱い」

「厳しい!」

「ほかの部分の作りの甘さはあるが、それでも全体の雰囲気の良さは加点に値する」

「キラ総裁……怖い」

「うむ、ワタクシの審美眼に容赦はないのである。

 そして、かわって舘先生の作品・『渓流の春休み』」

「うわあ……」

 みんな、息を呑んだ。

「高さ制限のあるダイソーケースの高さいっぱいに渓流と崖を作り、そこに列車をおくが、ここで線路はあえて斜めに配置して、演出はあくまでも主役は渓流とそこで釣りをしている人たち、そしてその列車の開いたマドから手を振る子どもと釣り人のアイコンタクトとなっている」

「すごい水の表現!」

「流れる水の自然な、それでいてダイナミックな流れと輝きに、その冷たさまで伝わってくるようですわ!」

「しかも、釣り人と子供の視線がちゃんと通ってる! 表情が1/150のNゲージなのに感じられそう!」

「そして気づかれたであろうか。このなかに季節を表現するために、水の代わりの透明レジンに」

「あ! 桜の花びら!」

「うむ、桜色のカラーパウダーを数粒入れて固化されてある。ああこのなんともこの品の良さよ」

「そうね。男の人らしいダイナミックさだけど、繊細さもあって、あきさせないわね」

「なにげに飾った車両のウェザリングも適切だし」

「岩の表現も豊かで、それでいてカラートーンがいいわ」

「全体に、ケースの中の空間が広く見える」

「うむ、このダイソーぷちらま勝負」

「負けだわねえ」

 小野川先生は、また降参した。



「そして、もうひとつの勝負。それは旅行企画勝負である。

 これから出題する目的地への最適な移動手段を提案し、優れた方を勝利とする。

 両者、スマホ或いはPCを用意。

 なお、時刻と料金の正確さの判定はカオルが行う」

「カオル、日商簿記1級相当だから、会計のあら探しも得意だもんね」

「てへ、それほどでもー」

「……照れることなのかな」

 みんな、少しあきれる。

「では、出題。

『修善寺の鉄道模型レイアウト併設の旅館、花月園に我々海老名高校鉄研が海老名から遊びに出かる。

 曜日は日曜日出発、花月園チェックイン時間は15時。

 それに最適な移動手段を提案せよ』」

「ええっ、そんな雑な出題?」

 小野川先生が驚く。

「そうなのである。これに対する提案を、旅行の楽しさ、安さ、楽さなどで多角的に採点するのだな」

「えーと、えーっと」

 先生は慌ててグーグル検索を使っている。

「じゃあ、これかな」

 舘先生は先に結果を出した。

「舘先生の回答はカオルが採点するので後で。先に小野川先生」

「えーっと、海老名から小田原まで小田急小田原線、小田原からJRの特急踊り子号……。

 あ、そうだ、せっかくだから『スーパービュー踊り子』乗るってのは?」

「うむ、そのスーパービュー踊り子に乗りたいというのは前向きで良いのであるが」

「……あれ、検索候補に出ない」

「さふである。スーパービュー踊り子号は伊東から全車、伊豆急線に乗り入れるので、修善寺に行くためには伊東で降りて乗り換えなくてはならない。乗車時間も小田原-伊東間のみ」

「じ、じゃあ、海老名から相模線で茅ヶ崎周りで行って、伊東乗り換えで」

「うむ、残念ながら、下りのスーパービュー踊り子は東京発車後、横浜を出ると熱海まで無停車なのだな。その途中の茅ヶ崎から乗車することは出来ないのだ」

「ええーっ」

 先生はまた検索する。

「そう! 小田原から新幹線乗れば! 速いし、新幹線も乗れるわ!」

「うぬ、それは新幹線料金が高すぎるし、小田原から三島までの新幹線は丹那トンネルなどトンネル区間ばかりで楽しくないので、却下なのである」

「じゃあ、安さを極めて全区間普通列車!」

「それをやると、小田原で乗り換えたJR東日本の普通列車は熱海止まりばかりで、熱海から乗り換え、三島でも伊豆箱根鉄道線への乗り換えを強いられてしまうのだな。

 条件としてレイアウトのある宿に遊びにいくと言うておるのだから、荷物は当然多いので普通のロングシート利用はしんどいのである」

「じゃあ、普通列車のグリーン車! それだったらホリデー料金で安いし、グリーン車だから楽じゃない?」

「ホリデー料金に気づいたのは加点であるが、にもかかわらず、普通列車の乗り換え問題は解決できないのだな」

「じゃあ……でも、あれ? 修善寺行きの踊り子がある。でも、これきっと高いわね。特急だもの」

「惜しいのであるな」

「ええっ」

「小田原で修善寺行きの直通踊り子なら、三島での乗り換えもない。そのまま伊豆箱根線に乗り入れるので、乗り換えは小田原からなく、そのまま乗りっぱなしで修善寺まで行ける」

「でも高くない?」

「そこが、修善寺行きの踊り子は5両編成、伊豆急下田行きの10両編成の踊り子と併結しており、充当車両は大宮総合車両センター所属の185系、今どき客室の窓が開けられるタイプの古い特急車両なのだ。しかも時々各駅停車でも使われるものなので、適用される特急料金はB特急料金である」

「B特急料金!?」

「うむ、これはかつて急行であった列車をJRへの移行時に特急に格上げするとき、急行料金を通常の特急料金・A特急料金にすると割高感がひどすぎるために、その緩衝材的に導入された特急料金である。

 しかも、修善寺行きの5両編成は一部指定席とあるように、自由席があるのだな。

 その上、伊豆箱根線内は特急料金不要。

 結果、JR線36.8営業キロのB特急自由席料金はたったの650円。

 普通列車のグリーン車ホリデー料金は駅で購入して570円、しかも乗り換えが熱海であることがおおい。しかも三島でも乗り換えは直通踊り子号でなければ回避不能。

 当然、鉄道模型レイアウトに泊まりがけてゆくのである。着替えと、なにより運転を楽しむために目いっぱいの車両模型を持っていくのであるから、荷物も多い。乗り換えはしんどいし、なおかつJRもそこをわかっているのか、途中駅では別のホームに移動しての乗り換えを強いているのだな。

 まるで『それがいやなら修善寺直通踊り子を使え』と言わんばかりに。

 また、185系は国鉄末期に作られた車両なのだ。

 乗っておくのなら今のうちなのだな」

「……そういうことなの?」

「という結論は、先に舘先生よりカオルが全く同じように聞き終えているのだな」

 カオルが肯く。

「舘先生ははじめから修善寺直通『踊り子』一択、との結論でした」

「……負けました」

「うむ、旅行企画勝負も舘先生の勝利である」



「そして、最後の勝負、公民館での子どもたち向けBトレレイアウトによる耐久走行展示運営である」

 みんなは学校近くの公民館でレイアウトを一般の人達に展示している。

「レイアウト展示、それはイタズラ大好きなガキンチョから展示するレイアウトと車両を守りつつ、しかし子どもたちを喜ばせ、なおかつ列車を安全に運転する、まさにテツ道および鉄道模型および鉄道趣味の総合競技なのである!」

 キラ総裁がキメる。

「競技だったんですか、これ」

 みんな、準備をしながら呆れている。

「折も折、春休みで退屈しきった子どもたちは、まさに今、イタズラの種に飢えておる。

 ここでこそ、その総合的テツ道力の真価発揮なのだ!」


 みんな、自作のBトレインショーティーを展示し、走らせている。

「ごめんねえ、車両には触っちゃダメよー」

 展示案内をする小野川先生が子供に注意すると、子供が半べそになっている。

「あらあら、代わりにこっち。こっちのBトレは触っていいから」

 するとその子は、手でむんずと掴んだ子供用のBトレを、なんと、走行中の自作Bトレの走っている線路に置いてしまったのである。

「列車防護!」

 すぐに御波がコールし、ツバメがコントローラーを操作して、そこに走っていこうとする車両を止め、衝突を避けた。

「ごめんねえ、先生とちょっと別のところで遊ぼうかー」

 小野川先生は、困り顔を笑顔で隠し、隣のキッズルームにその子を連れ出した。

「危なかった。あの子がギャン泣きしたら、他の子にギャン泣きが波及してめちゃめちゃになるとこだった」

「先生……」


「私、ダメだなあ」

 小野川先生は息を吐いていた。

「鉄道の知識も腕もないのに、鉄研の顧問とか」

「そんなことないですよ。先生には先生らしい、優しさがあります」

「優しくても……」

 先生に、御波は鉄研総裁・キラのテツ道の話をした。


「そうなの……キラ、弟さんを鉄道事故で」

「ええ。当時では未知の技術的問題による事故でした。でも、総裁のテツ道が最終的になんであるか、まだそばにいる私たちでも、答えは出ていないんです」

「そうね。

 この21世紀でも実は技術的にも未知な部分のある鉄道。それを枯れた技術ではなく、なおも技術面でも経済面でも文化面でも研究し、さらなる安全と快適を追究するのがテツ道なのね。奥が深いわね。

 その奥を極めるために、キラはあんなことしてるのね」

「ええ」


 みんなはクリーナー液で濡らした綿棒で、模型のレールを清掃している。

 これをやらないと、模型の列車は集電性能が悪化してスムースに走らなくなるのだ。

「こればっかりはオレがやってた20年前と変わんないなあ」

 舘先生もレール清掃を行っている。

「地味な清掃こそ、安定運転の基礎ですわ」

「そうだなあ。文句をいうヒマがあったら分解清掃だよなあ」

 しかし、古川さんは、その目を曇らせていた。


「あれ、また割り出し不良だ」

 しばらくして、Bトレ車両が分岐器のところで脱線するようになった。

「おかしいなあ」

 割り出し不良とは、分岐器の分岐の根本で、分岐しきれずに車両が脱線したり、別の線路に進入してしまう現象である。

「なんでだろう、車両かな」

「いえ、車両はかわってませんわ」

「でも……小野川先生のほうは脱線が起きない」

「舘先生、わかります?」

 古川さんが問いかけた。

「まさか、クリーニング?」

「申し上げにくかったんですが」

 詩音はそういうと、分岐器レールのトングレールとフログレールと呼ばれる部分を、目を細めて確認した。

「ちょっと狂ってますわ」

「そんな!」

「KATOユニトラックの4番分岐器は、ちょっとしたこと、特にクリーニングミスで狂いが生じやすいのです」

「でも、小野川先生は」

「4番の清掃は、分岐のフログからトングに向けて、流れるように、優しく拭くのが基本なんです」

「私はただ、この子たちのやっているように、優しくやってただけなんだけど」

 小野川先生も驚いている。

「でも、TOMIXではそういうことは」

「ここで使っているのは、KATOのレールです」

 舘先生は、ようやく気づいた。

「そうか……。君たちは、そのことを、私に言いにくかったのか」

「すみません」

 部員のみんなは、謝った。

「いや、オレのほうが謝るべきだ。君たちに遠慮させてしまっていたし、勝手な間違った清掃法で大事な備品をダメにしてしまった。

 すまないな」

 舘先生は、そういうと、言った。

「オレの、負けだ。

 総合競技で負けた。他は顧問としての資質としては瑣末だ。

 完敗だ」

「でも、舘先生」

「小野川先生、あなたのほうがこの子たち、鉄研の顧問にふさわしい。

 だから、オレを副顧問にしてくれ。

 副顧問として、この素敵な子たちの、テツ道の研究の手伝いをしていきたい」

 そういう舘先生の姿を見て、鉄研部員はみな、心打たれている。

「素敵……謝り方まで素敵!」

「まさに大人のオトコのフェロモンたっぷり……たまりませんわ」

 詩音はうっとりすらしている。

「舘先生……」

 小野川先生は、手を取ると、握手するとともに、言った。


「今週末、ご予定は?」


「こらー!!!」

「いきなり婚活モードに入らないの!」

「もう! いくら婚活が大変だからって見境なく誘わない!!」

「ほんとうに!」

 部員たちがみんなで非難する。

「冗談冗談」

 小野川先生は笑った。

「というわけで、正顧問は小野川先生、副顧問は舘先生、コーチは古川さんということで」

「異議なし!」

 みんな、一致した。

「じゃあ、いつもの」

「ええ」

 みんなは、手を合わせた。

「ゼロ災で行こう、ヨシ!」


 新副顧問を迎えて、鉄研の日々は、2年目に突入するのである。



<次回予告>

「でもさあ、私たち、先輩を部員として入れるのはやめておこうて言ってたけど、新年度が始まっちゃったら、新入生もくるんじゃないの?」

「新入生1?」

「顧問が増えたってことは、新入生も入れるってことじゃ」

「聞いてないわよ!」

「うわあ、また嫌な予感がする!」

「次回予告・『発動! 天二號作戦』、って、ええっ、もうそんなピンチになるの?!」

「続くっ!」


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