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「幸せ屋」

作者: 光太朗

 ──それでは今日は、「幸せ屋」の成田榮輔先生に、お話を伺いたいと思います。


 どうも、成田です。


 ──「幸せ屋」というのは、自分が不幸である、幸せではないと感じている方々を、幸せにするお仕事だということですが。失礼ですが、そのようなことが本当に可能なのでしょうか?


 もちろん、可能です。私はクライアントの環境設定を書き換えるんです。書き換え自体は特別なことではありません、誰にでもできます。

 まあ、第三者の環境設定を書き換えることのできる人間は、少ないかもしれませんね。だからこそ、これで商売をしているわけですが。


 ──環境設定を書き換える、ですか。具体的には、どういう?


 あくまでクライアント個人の書き換えであって、事実や現実に手を加えるわけではありません。ですので、私とクライアント、一対一のやりとりになります。

 わかりやすく説明するために、サンプル動画を用意しました。固有名詞やクライアントの状況等は架空のものです。ノンフィクションに限りなく近いフィクションとして、ご覧いただければと思います。


 ──ありがとうございます。では早速、見てみましょう。



**



【サンプル1】 女子高生 石川ミサキ

 その真っ白な部屋へ入るとき、ミサキは視線を漂わせ、何かに怯えているようだった。

 どうぞお座りくださいと成田がいっても、顔色をうかがうように逡巡し、二度促されてやっとソファに座る。

 清潔感を第一とした応接間。小型のノートパソコンの置かれたテーブルを挟んで、成田がミサキを向いている。パソコンは、閉じられたまま。

 白衣の成田を二度、三度見て、ミサキはうつむいた。それを定位置と決めたのだろう、そのままの状態で、もごもごと話始める。

「えっと、だから……友だちが、いないんです。いたんですけど、違くて、無視されて……その、話しかけたら、笑われるし。何がいけなかったかわかんなくて。勉強もあんまり好きじゃなくて、成績悪くて、親も怒るし。塾にも友だちいなくて、行きたくないです。ラインとかも外されて、いじめってほどじゃないかもだけど、コドクで。でもこれから、友だちも欲しいです。ちゃんと高校生、楽しみたい」

 わかりました。成田はうなずいた。

 パソコンを開く。いままでの面談で聞き出したミサキの諸情報が、すでに入力されていた。USBケーブルを伸ばし、手招きをする。

 こちらへ。そういうと、ミサキは恐る恐る手を制服のボタンにかけた。一つ一つ、外していく。

 目を閉じて、顔を背けるようにして、胸元をさらけ出す。奥歯を噛みしめ、身を乗り出し、成田に胸元を差し出した。

 成田は躊躇なく、二つの膨らみの間に、USB端子を突き挿す。

 吸い込まれるように、接続された。

 では、環境設定を書き換えます。

 成田は入力を始める。

 石川ミサキ。

 十六歳。

 もともと友だちはいない。いつも一人でいる。

 勉強はまったくできない。点数を望めない。

 親はひどく無関心。愛はない。

 携帯電話になんらかのアクションがあることは基本、皆無。

 当たり前に、孤独。

 

 


【サンプル2】 主婦 館野美香子

 美香子は一歳の娘を連れてきた。

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

 礼儀正しく一礼をする。成田が勧めるまで待ち、ソファに座った。もう歩けるようになっている一歳児にも、しつけが行き届いている。少女はこんにちはと舌っ足らずに挨拶をして、美香子の隣によじ登った。

「事前にお話ししたとおりですが、改めて」

 美香子は背筋を伸ばして、はきはきと話し始めた。

「幸せを感じることができません。世間一般として、傍目には、幸せの部類なのだろうと思います。子どもたちはかわいいです。夫に愛情もあります。ですが、不満もあります。夫はまるで家のことに興味がないかのようです。家事育児に協力しようという姿勢もありません。また、夫は以前不倫をしていました。もう何年も前のこと、終わったことなのですが、もしかしたら、と思ってしまいます。不安でたまりません。離婚は一切考えていません。ただ、幸せを感じたい」

 わかりました。成田はうなずいた。

 パソコンを開き、促す。どうぞこちらへ。

 美香子はイエローのシャツを着ていた。腰からたくし上げ、医者に診せるときのようにためらいなく、胸元を露わにする。

「お願いします」

 成田は、胸の中心部に、USB端子を突き挿した。

 では、環境設定を書き換えます。

 接続音を聞きながら、入力を始める。

 館野美香子。

 三十六歳。

 五歳児と一歳児を育てる主婦。子どもたちは美香子にまったく懐いていない。

 一つ上の夫、会社員。夫は現在も不倫を繰り返している。基本、家族のことを考えていない。家事育児に協力する気はない。自分のことを第一に考えている。

 通常、見返りを求めず、黙って家事育児を完璧にこなす。

 当たり前に、道化。



**



 ──彼女たちのその後を、お聞かせいただきたいのですが?


 もちろん、両名とも幸せになりました。ほんの些細なことで多大な幸せを感じることができるようになったのです。素晴らしい変革です。


 ──なるほど……あえてマイナスに書き換える、ということでしょうか?


 プラスは蔓延しますからね。いつしか、プラスであることを忘れていく。書き換えるのなら、マイナスの方が効果的です。


 ──そのようにして、いままでたくさんの方々を幸せにしてきた実績は、いまや有名ですね。いつか世界中の人が幸せになったとき、そのときが「幸せ屋」を終えるとき、でしょうかね。素晴らしいです。


 いえ、十割に近い方々が、数年してまたいらっしゃいますよ。もちろん、お客として。


 ──というと? まさか、いつかは結局、不幸に戻ると?


 いったでしょう。私は特別なことをやっているわけではありません。自らの環境設定の書き換えは、むしろ人間の得意とするところなんです。ですからこの商売に、終わりはないでしょうね。







読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] やあ、この度は読むとたいへん不快になる小説ですね。 一万字読んだ挙句になるのから言えばたいしたもんなのです。 マイナスの後のプチ幸福……は大発見というほどでもない(自身で会得してきた人多そ…
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