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我らが太古の星シリーズ

過去と未来

作者: 尚文産商堂

2025年、人類の歴史が変わった年。

Teroという量子コンピューターが破壊され、そのことに呼応するように、他の量子コンピューターが反乱を起こした。

それから、人類は戦いの連続へと、ひたすら邁進していったとされている年。


2089年年初には、人類はこれまでの日々の再構築が不可能なほどまで疲弊していた。

最高指導部として、連合議会から全権を委任されている軍最上層部は、はじめは15人ほどいたが今では4人だけになった。

陸軍元帥 イワンフ・コレリーネ、海軍元帥 貝吾毬(かいわれまり)、空軍元帥 岸延生護(きしのぶせいご)、宇宙軍元帥 エリザベス・ガーター。

それぞれが所属する軍の最高指揮官を兼ねている。

だから、実質この国を支配している人々といっても過言でもない。

自分が、そんな最上層部である彼らの会議に呼ばれたこと自体、最初は理解ができなかった。


「…もう一度、お願い申します」

最初は耳を疑ったが、最高指導部長のイワンフ元帥から2度も同じ内容のことを言われては、信じるしかない。

「では、繰り返す。本日、2089年3月1日付で、貴官を特務中佐に任命する。特別任務に関しての詳細は、所属師団より辞令が交付されることになるのでそちらを見るように。概略だけを述べると今回の任務は、時間を越えることだ」

「お言葉ですが、時を越えるとはどのように行うのでしょうか」

「はるか過去、その理論を扱った者がおる。そのものはすでに死んではおるが、理論だけはいまだに生き続けているのだ」

初耳の話ばかり、彼らは続けた。

「その者が残した理論こそが"時空理論"。理論によれば、時間も一つの次元であり、その次元方向に沿うように適切なものを、適切に配置すれば飛ぶことができるという話だ」

「しかし、その適切なものは分かっておられるのでしょうか」

「ああ、それは大丈夫だ。欠番小隊一行が事実、飛んでいる記録が軍務記録部門に残っていた。その情報を基にして、質量、方向、物質を確定する」

それからエリザベス元帥が言葉を継いだ。

「簡単に話すと、あなたは実証された理論に従って時間を旅することになる。これまで1回しか実証実験は行われてないけども」

「分かりました。では、原隊へと帰還します」

最敬礼をして、部屋を出る。


部屋のすぐ外には、自分の良き友人であり、理解者でもあり、妻でもある巖伊猪子(いわいいし)が壁に寄り掛かって立っていた。

「どうだった?」

「時間を越えろって。詳しくは辞令を受け取った時に説明するそうな」

「そう」

少尉である妻は、通常ならばいっしょにいられるような身分ではないのだが、夫妻ということもあり、特別な許可が降りている。

「それで、いつに越えろって」

「2025年4月3日。Teroが意識不明に陥り、科学がTeroと合同化された日だ」


その日から、人類は種としての存続をかけて果てしない戦争へと引きずり込まれた。

全ての原因はTeroにあると、堅く信じていた。

科学がTeroとつながった時に何が起きたか、それを知る人はすでに誰もいない。

暴走を起こした科学は、誰にもわからないところへと姿を隠しており、人間には見つからないところから総指揮を執っているということだ。

一方で、Teroは体が修復不可能なほど損傷を受けており、そのまま放棄されたらしい。

本体はTeroのマスターにしか入れないようになっているらしく、マスターの血族を血眼になって探している最中でもある。

マスターの帰還を誰もが待っていただが、この年になるまで当時のマスター以後の子孫を見た者は誰もいない。

だからこそ、この戦いは長引いたともいえる。

これからもずっと長きにわたり続くだろうと、勝手ながらに考えている。

どちらかが全滅するまで……


辞令交付の日付として指定された日まで1週間近くあったうえに自宅待機となっていたので、いろいろな本を読み返し、Teroのことを復習することにした。

永久欠番小隊として知られている第309師団39小隊は、500年に出された"地球探査決議"に基づいて地球調査を行った。

その際に、地球を管理している巨大なコンピューターを発見した。

今に至る量子コンピューターの基礎中の基礎であるTeroの発見だった。

だが、彼らはTeroを連れて帰ることはできなかった。

Teroを連れて帰るよりも先に、自らの身を案ずることが最優先されており、連れて帰ることは任務対象外だったということが、報告書に記載されている。

その本体は、一枚のフロッピーが発見されたことにより、大きさ、容量などがはっきりと分かるまで議論は長引いていた。

いまでは文字通り木っ端みじんに粉砕されたその本物のフロッピーだが、今では電子データ化されたものを見ることができる。

そのフロッピーに基づいて、考えられたものがサイコロ状のものになる。

今ではその本体に触れることすらかなわないが、回収へ向かった当時にはそのようなバリアーもなかったということだったので、そのまま船に乗せて持って帰ってきたらしい。

それが、今の戦争の遠因にもなっている。

それから、量子移動用のコンピューターが必要になり、旧大区画に一人ずつの割合で量子コンピューターが置かれた。

彼らも、今の戦争では敵方についており、これまでに3体が破壊されている。

そして、最後に科学とTeroの人格融合。

技術を作った人も、すでに死んでいる。

それでも、発表した論文の草案だけは発見することに成功した。

そうはいっても、サーバー上に保存していたものがあったから、それを復元したものがどうにか手に入れることができたぐらいだ。

一方、敵方は、人間を洗脳するという目的を持ってその技術に全力を注いでいるらしい。

「まったく、こんな技術作り出したやつはどんなやつなんだよ…」

一介の大学生にしては、頭が回るやつだったんだろうと、勝手に推測しているしかない。

それよりも一番の不思議は、Teroですら解明できなかったと噂されている地球にあったブラックホール発電に関することだ。

数年前にようやく技術が確立されたぐらいのものなのに、どうして数千年も昔の地球に存在していたのか。

誰かが誤って地球へと吹き飛ばしたことぐらいしか、思い立つことができない。

その上、地球へと安全に近づけてそのまま放置することができるというのも、神業に等しい。

「文字通り、神だったんじゃない?」

妻に聴かれていたらしい。

「いつから聴いてた?」

「どんなやつだって言ったところあたりから。あなたは、心の中で思ったことを易々と口に出す癖があるから、注意しないといけないわよ」

コップに入れたお茶を持ってきてくれた。

「ありがと」

礼を言ってから、さっぱりとした緑茶を飲んだ。

「私の親戚だったの」

「え」

近くのソファに座りながら、初めて聴くことを話し始めた。

「今は洗脳の技術にしか使われてないけど、はじめは彼の母親の気持ちを探るというのが最初だったらしいわ。でも技術が軍事転用されるようになると、そんな最初の気持ちもなくなってしまった……」

それから、数分間何も言わない空白の時間が生まれた。


「落ち着いたか?」

「うん」

麦茶を一杯だけ彼女に飲ませた。

スッと、憑き物が落ちたようにすっきりした顔になった。

「とりあえずの問題として、その方法が分かりつつあるって言うところなんだよな」

「親戚と言っても、あまり近くなかったからよく知らないのよ。まだ歳が一桁だった頃に出会ったきり、そのままだから……」

「ま、ここでそんな話しても仕方がないさ。それよりも時空理論を調べていたんだ」

さっきまで読んでいた歴史書を放り出すと、すぐ近くに山積みにしていた論文集を持ち上げて付箋を貼っていたページまでめくった。

「時空理論って?」

「ああ、598年ごろに提唱された、時間を飛び越えるための理論だそうだ。ついさっき所属隊から伝令と一緒に届いて、読んどくようにってさ」

かなり分厚い本の中で、時空理論の論文が掲載されているのは、ほんの数ページほどだった。

「ただな、かなりややこしい理論らしくて、解説書も一緒に送られて来たんだ」

自分がこの本を置いていたところに積み重なっている、数冊のそれぞれが百科事典並みの分厚さがある本たちが積み重なっている。

「そいつらを全部読めば、理解できるそうだ。ただ、そんなに読んだら確実に死ぬまでは読み続ける羽目になりそうだ」

笑いながら、論文をさっと目を通した。

理解ができるわけがない。

意味がわからない数式や、専門用語の数々。

何があってもこいつを理解することはできなさそうだと、自分勝手にあきらめて、書店で買ってきた平易な解説書を読むことにした。

高校レベルの数学さえしていればわかるということだったが、数学の単位を落とした身としては、それでもきついものがあった。


数時間の格闘の末、どうにか理解したのは、呼ばれる直前だった。

「失礼します、卯月(きさらぎ)陸軍大将がお呼びです」

少尉の肩章をつけた宇宙軍の人が、自分を呼びに来た。

「分かりました。それでは行かせて頂きます」

自分だけが行こうとすると、宇宙軍少尉がちょっと困ったような顔をして言った。

「巖伊さんも御同行願いませんか」

「私も?」

不思議に思いながらも、彼についていくより仕方なかった。


陸軍大将室へ入ると、3人の大将が勢ぞろいしていた。

「巖伊寛徳特務中佐、ただいま出頭いたしました」

「そこのイスに掛けたまえ」

万年筆で指したところには、2人掛けのソファーが対面するように置かれていた。

卯月陸軍大将を中心に、大将1人と中将1人が左右に座っていた。

陸軍の上層部を目の前にして、緊張しないわけがない。

「それで、私たちを呼んだのは、どのようなご用件なのでしょうか」

それでも、あくまで表向き冷静さを装いつつ猪子が彼らに尋ねる。

「知っての通り、我々は今回の戦争において劣勢に立たされている。始まって以来、一方的ともいえる攻撃の数々、死をもいとわない自爆攻撃、遠隔量子移動を利用しての疑似テレポート……」

卯月大将が冷静に言い始めた。

「電磁気爆弾に関しても、鉛のシールドを張られたり、電磁気自体を中和するようなシールドを展開されたりして役に立たなくなっている。このあたりで人間は最後の大攻勢に出るつもりだ」

「…それが、指導部の決定ですか」

自分が卯月大将に尋ねると、大きなため息とともに一回うなづいた。

「そうなる。だが、君たちはまた別の道を歩んでもらう。それが聞いての通り、時間を逆戻りこの戦争の原因となった科学とTeroの人格同調を止めてもらうことだ」

「そのような重要な案件でしたら、私たちよりも適任の方々がいらっしゃるでしょう」

中将が手元に置いてある書類を読みながら、自分たちに話しかけてくる。

「第4011師団に配属されている特殊部隊は、すでに敵地において活動中。他の師団に関しても同様。唯一特殊部隊出身で現在内地にいるのは、君たちだけなんだ」

「我々は君たちが作戦を無事に遂行してくれることを願っている。この時空では人類は滅びる運命だった。だが、別の歴史を作り出すことができるのも、人類の特権の一つだ。我々はそう信じている」

そういうと先ほどの少尉が現れた。

「研究は済んでいる。後は乗り込んでもらうだけだ。彼は轟宇宙軍少尉、彼が船まで案内する」

部屋の電気がうっすらと消えてゆき、真っ暗になるまでに自分たちは部屋から出ていった。


「船の総質量は約52.2ギガトン、乗組員数は2人。何を考えているのかわからないが、歴史書の数々と報告書と当時から伝わっている、今となっては無用の長物が質量に足りるまで積まれてます」

「よくこんな大型戦艦を用意できたね」

案内役の少尉が船について説明をしている時、思わず言葉が口から出てきてしまった。

「我々が今いる歴史は変えれません。しかし、あなた方が行く過去から派生する将来は、変えられる。そのために、これほどの戦艦を用意したんでしょう。信じてますよ」

「…この世界が幸せにならないから、別の世界を幸せにするっていうことか」

自分がそう聞くと、少尉は元気にうなづいた。

「並行宇宙だけでも、人類が繁栄し、機械と人が共栄してもらいたいんです。昔読んだ漫画やアニメのように」

過去の伝承によれば、彼らは人間と同じ、命があるものとして扱われていた。

今では、単なる敵として扱われているため、命云々は二の次、三の次という扱いになっている。

「命あるもの、寿命の長短はあれ仲良く暮らすことが最も好ましい、そういうことだな」

「ええ、まさしく」

そして、船のハッチが開かれた。

中からは防虫剤の臭いがする空気がムワッと流れだした。

「新造というか、中古を新しく作り直したっていう感じですね」

自分が指摘すると、少尉はうっすらと笑いながら言った。

「御指摘の通り、この船は30年前に建造された中古船です。これまで、14回の戦いへ出向き、6回旗艦として活躍しました。修理に次ぐ修理を繰り返し、これまで持ってきましたがさすがにこれ以上は……」

「そうか、それでこいつの名前は?」

「岩喜という名前です。旧惑星国家連合陸軍研究所所長の岩喜輝信氏より名前を頂いたことになっています」

その名前は聴きおぼえがあった。

「岩喜さんは、たしかアンドロイド化に携わった人ではなかったか」

「その通りです。アンドロイド化の研究の際、研究所所長をしていた方です。その功績を認められ、船に名を残すことになったのです」

だが、その反対側にもまったく同じ型の船が置かれていた。

「あれは……」

「同質量、同型、正反対方向に同時刻に飛ばさなければ、時間旅行は出来ないということなので、揃えました。中身は多少違ってはいますが、質量自体は変わりません」

少尉が説明してくれた。

そのことは、あの報告書の束に書いてあったものだが、いざ目の前に現れてその巨大さを見ると、また違った感動を覚えてしまう。

「作用反作用の法則だったな。だから、片方は同じだけ時間を先に進む計算になる。水面に浮かばしたボートから、後ろ向きに重い荷物を勢いつけて投げるのと同じことだな」

「そうです。伝説の小隊一行が使用したとされるワームホールも探しましたが、どこにあるのかが皆目見当もつかず……」

「仕方ないだろう。報告書にわずかにしか書かれていない存在を探すより、事細かに発表されている理論がある方を優先するのは当然のことだと」

この状況を考えてみる限り、ここまでこちらに回す必要性もないはずだ。

人類の総攻撃に備えて、相手側も様々な準備をしているだろうし、このことを知らないわけもない。

だが、今のところ、妨害工作などは見受けられなかった。

「…いまのうちっていうことだな」

その報告を聞きながら、思わず口が滑った。

だが、まわりの工事の音の方がはるかに大きく、誰一人として聞いている者はいなかった。


「では、お乗りください。あと21分40秒ほどで発進します。時を越えるためには、全てを寸分の狂いもなくする必要があります」

「分かりました」

案内された船には、なぜか雑然とした段ボール箱や放射性物質を示すマークが張られた部屋があったりした。

「…ついでにゴミ捨ても頼むのか?」

憤然として少尉をにらみつける。

「言われても、どうしようもありません。この船の正味総質量は50ギガトンよりわずかに軽い程度なので、残り分を何らかの形で補てんする必要がありました。その故……」

後の話は、たいてい同じだ。

だから、勝手に先々行くことにした。


コックピットで後々のことも考え、待機することにする。

少尉はすでに下船しており、この船に乗っているのは自分と妻の二人だけになっていた。

「なあ、命って何だと思う」

出発するまでの間、暇つぶしついでに気になっていることを聞いてみる。

「命ねぇ」

あちこちのスイッチ類の確認をしながら、妻がつぶやいた。

「例えば、命がないものって、いわゆる無機物か何かでしょ。石とか、水とか」

すぐ横にある副船長席に座りながら、自分に話しかけてくる。

「それでも、魂は宿ってるっていうわね。ほら、そういうのなんて言うんだっけ…」

精霊信仰(アミニズム)か」

「そう、それそれ。そう考えると、全てのモノは命があるっていうことになるし、生きているっていうことになっちゃうのよ」

「つまり、この世界全部生きていて、生きている奴らには命があるっていうことか」

「まあ、そういうことになるわね。手っ取り早く言うと、命=魂っていう感覚になるのかしら」

形のないものをこうやって語り合うことの難しさを、今かみしめていた。

結局、命が何かというのは、人それぞれなのだと思う。

無事に生きながらえたら、考えてみたい哲学問答の一つだったりする。


言われた時間が過ぎた時、きっかりその時間になると放送が入ってきた。

「発進します。着席しシートベルトを締めてください」

少尉の声が響いてくる。

「すでに締めてるよ」

「今から自動航行モードに切り替え、目標地点へ向かいます」

船は自動的に動き出した。

「少尉、科学たちにはばれないのか」

「もうばれてると思いますよ。ただ、彼らとは一切連絡できないように以降の交信は一切行われません。全自動で移動されるので、一切触れないでください。時空を越える前にこの時空に残しておきたい言葉はありますか?」

おそらく、一番最後の発言になるのだろう。

自分は妻を見たが、彼女は何も言いたくはないという感じだった。

この時空間に未練はないということらしい。

「では、自分から一言。人類に栄光あれ、命ある"モノ"は永久に栄えよ」

そういって、一方的に切った。

「それでよかったの」

「ああ、旅先のことは旅先に置いていけって昔の人も言ってたからな。所詮、人間なんて魂の旅の途中駅にすぎないんだから」

それ以後、ごくわずかなエンジン音だけが静まり返った船の中を伝わってきた。


「自動停止」

合成音声が聞こえてくると、一切震動なく船は止まったようだ。

「残り9分51秒です。5分前、1分前、30秒前に船内放送をかけます。10秒前よりカウントダウンを開始し、0と同時に自動発進します」

シートベルトは1分前までにつけてくれとか、トイレは必ず済ませておいてくれとか、ウダウダと話しは続いていたが、全部無視した。

「さて、10分を切ったわけなんだが、どうする」

「のんびり本でも読ませてもらいます」

妻に話しかけると、ポケットサイズの文庫本を取り出し、悠々と読み始めた。

「わかった。じゃあ、こっちはトイレに行ってくる」

いったんシートベルトをはずし、トイレへと向かう。


コックピットを出てすぐのところに、WCのマークがでかでかと書かれていた。

「こんなにでかく書かなくても…」

思わずぼやいてしまった。

扉一杯の殴り書きを見ないふりをして、扉を開ける。

普通の男女共用トイレだった。


洋式トイレで用をたして、コックピットに戻ると、妻は本にしおりを挟んでいた。

「あと3分ほどで出発よ」

妻の手元にあるモニターに、時間が表示されていた。

徐々に減り行くその時間は、この時空に生きていられる残り時間だった。

「そっか」

がらんとしている船の中で、たった二人だけの会話が響く。

洞窟の中のように、音が波打って聞こえてくる。


「2分前になったわ」

妻が冷静な声で話しかけてくる。

手をやさしくなでると、しっとりと汗ばんでいるのがわかった。

「緊張しているのか」

「当然でしょ」

時空をこえ、歴史を変えることは、これまでだれもしたことがない。

そもそも、時間軸に沿って飛ぶこと自体が極めてまれにしか行われていないことを考えると、緊張するのも理解できた。

自分自身も、鼓動が耳元で聞こえるほど緊張している。

「……何か言うことはないか?」

「この時空についてかしら」

「ああ、その通り」

深々と椅子に座ると、ちょっと考えてから妻が言った。

「あなたと会えて、嬉しかった」

高校生の時以来、デートなんてしたことはないが、なんとなく、そんな雰囲気になっていた。


「30秒前」

無機質な声が、耳に残る。

船の電気の大半を時間移動に使うため、クーラーなどは生命維持に必要最低限以外止められていた。

「いよいよか」

何も考えず、ただ時間が流れるのを待っているしかなかった。

時間を戻るのに流れるのを待ってるというのも不思議な話だ。

この時空間と別れるといっても、元をただせばこれから行く時空と重なっている。

だから、結局この時空とは変わらないのではないかという意見があるそうだ。

「10秒前」

きっかり1秒間隔で声が聞こえる。

「9、8、7……」

スピーカーを通して聞こえてくる無表情な声に、自然と緊張が高まってくる。

手を握ったり開いたりしているうちに、妻が手をしっかりと重ねてくる。

すぐ横を見ると、告白をした時のあの笑顔を向けてきた。

それが、この時間の最後の記憶だった。


次起きた時は、目の前に妻の顔があった。

「おはよう、お寝坊さん」

そういって、鼻先をつつかれる。

昔の記憶が目の前でよみがえっているような気がしてくるが、服装や周りの風景はついさっきのと変わっていなかった。

「そうか、時間を越えられたのか」

自分がそう聞くと、妻は軽くうなづいて手元のモニターの表示を見せた。

「いまは、2025年4月3日。Teroとつながったとされるその日よ」

手元のモニターにも、同じ日付が表示されている。

だが、いまの現在地が把握できないのは、最も問題だろう。

「近くの衛星かなにかにリンクして、情報を取ることはできないだろうか」

「難しいみたい。このときのデータ情報は残ってるから、ずっと連絡を試みているみたいなんだけど、どうやら、向こう側の機器が味方と判断してくれてないらしいの」

「向こう側にクラッキング仕掛けてどうにかかえるしかないのか……」

その時、自分の頭の中にピカンと思いだしたことがあった。

「星の位置とかのデータって載っているんじゃないか?」

「そうか、星図データから現在位置を求めるっていうことね」

すぐに船にそのことを伝える。

数秒の間が開いて、一番大きなモニターに製図から得られた推定位置が表示されている。

「惑星国家連合中央政府惑星へ向かう最短ルートを表示し、最接の軍事基地を目指してくれ……いや、直接防空識別圏へ入ってくれ」

「了解しました」

一言だけ返すと、瞬時に位置を特定しすぐに船は動きだしたようだ。


「停船指令に基づき、一時的に本船は停止します」

突然、そんなことを言われると同時に、メインモニターでひげを生やした人が出てきた。

「貴船は、惑星国家連合に情報照会した結果、情報がありませんでした。船籍、船型、船番を明示してください」

すでに用意されていたものを読み上げる。

手元のモニターにその番号などを表示させ、要求されたものを伝える。

「船籍、カジャ・ケジョエ国。船型、VI-S9821-0091。船番、10-10-74559」

数秒の間を開けて、向こうの人が再び伝えてきた。

「了承しました。どうぞ6番デッキへ入ってください。そちらのAIへ情報をお送りします」

自動受信したその情報は、瞬時にこちら側の船のAIが理解したようだ。

問題は、先ほどの言った意味が一切分からないということだ。

だが、その辺りは気にすることはないと、出発する直前に言われたことを思い出し、できるだけ心を落ち着けて惑星国家連合中央政府惑星へと入った。


その長たらしい名前がつけられた惑星に、Teroや科学がいる惑星国家連合立中央博物館がある。

船を6番デッキへつけると、すぐに整備員がわいてきた。

「いかがですか、船の調子は」

そう聞いてくる彼らも、数時間後には死ぬということは知らないのだろう。

もっとも、これからそのようなことを起こさないために来たのだから、そのようなことになった瞬間に、こちらも蒸発するわけなんだが。

「すこぶる順調ですよ。整備の必要はないから、そのままにしておいてください」

「分かりました」

そういうと、4人のグループできたオレンジ色のジャケットを着た整備員は、すぐ直後に降りてきた別の船のところへ向かっていた。

「私たちも急ぎましょう。Tero達は今頃実験するために準備をしているはずよ」


そうは言っても、どこにいるのか分からない状態では、まず博物館の方へ向かうのが先決だと思われた。

正門には大理石でできた、フクロウを肩に止まらせているイムホテプ像とアスクレピオスの杖を持ったエンキという神の像が直立して見下ろしていた。

持っているものが、それぞれ似合っていないようにも見えたが、細かいことは気にしないことにする。

「でっかい像だな」

「5、6mぐらいはあるんじゃない?」

妻と一緒に話をしていると、自動扉をくぐって出てくる職員が現れたので、その人にTeroの場所を聴くことにした。

制服を着た職員と思う彼女に、自分が先に聞いてみた。

「すいませんが、Teroは今どこにいるでしょうか」

「Teroさんでしたら、今実験に必要な計算を行っているらしく、お会いすることはできませんよ。情報省大臣を通じて、ご相談事をおっしゃっていただければ、協力することができますが……」

「では、情報省大臣は、今どこにいらっしゃるのでしょうか」

次には妻が聞いた。

「現在は、科学さん、科学さんのマスターである岡崎翳さん、現在Teroを使用し大学の卒業論文を書いている筏貴幸助、大幸况、木本幸平の3名と一緒にいるはずです」

科学という名前が出てきただけで、一発で重要だと感ずいだ。

「直接、情報省大臣とお会いしたいので、現在地をお教えいただけますか?」

「情報省5階にある、第1会議室にて、話し合いをしている最中かと思います。良ければ、これから行かれることをお伝えしましょうか」

自分たちは、ごくわずかな時間だけ考えるといわないでほしいと伝えた。

「そうですか。でしたら、ごゆっくりと」

職員らしき彼女は、そのまま建物の外にあるレンガを敷き詰めた道を歩いていった。

一方の自分達は、懐に入れていた地図を頼りに情報省へと向かい、守衛をだまして5階へと一気に駆け上がった。


5階へはエレベーターを使おうとしたが、運悪く一台しかないものが修理中で動いていなかった。

階段を息を切らせ駆け上がると、目の前に会った案内板を確認した。

「この通路を右に曲がってすぐ左にある部屋!」

妻がその場で座り込みそうになりながら自分に声をかける。

「分かった!」

そういって、駆け足で進んでいく。


「ちょっと待ってくれ!それは危険だ!」

一気に駆け込み、会議室へ乱入する。

その部屋には、10分の9ほどがパソコンらしき機械で埋められており、その間にある細い通路には何十人もの白衣を着た人が行ったり来たりしている。

10分の1ほどしかないスペースに、1つのグループで相談をしていた人たちがいた。

「誰だよ、いったい」

胡散臭そうな顔を向け、青年が聞いてくる。

「宇宙軍第3師団特務中佐の巖伊寛徳だ。2089年4月3日から来た」


戦争の話や、Teroとの話をすると、徐々に青ざめていった。

彼らの本心では信じていないようだが、それでも時間を割いて考えていた。

その話し合いの最中に、自分は外へと出た。


「どうだった?」

妻は掲示板のすぐ下で座り込んでいた。

自分は妻の手を引っ張り立たせてから、答える。

「ああ、何とかなりそうだ。これから再び時を越えて、実際に歴史が変わったかどうか、この時空が無事に進んでいけるかどうかを確かめないと」

自分はそういうと、腰につけていた量子移動用の機械のスイッチを押した。

一瞬で建物の中から、外へ移動する。


時を越えるためには、同質量の物を放出する必要があるとされているが、そんな数十ギガトンにも上るものはなかった。

そのため、今回は小型船を一隻投下することにした。

出発直前、船を停めてる場所へ戻ると、警備員が作業をしていた。

もしかしてばれたかと思ったが、自分たちを見るやにこやかに笑った。

「連絡しようと思っていたんですよ。この船、結構傷んでいますね」

「あちこち旅をしてきましたから…」

言葉を濁して、船に乗り込もうとする。

「このまま飛ぶ気ですか。死にに行くようなものですよ」

「大丈夫ですよ。こいつはちょっとやそっとじゃイカれるようなやわな奴じゃないんで」

そういって、無理やり押しきった。


それから飛行計画の提出や煩雑な手続きを経て、どうにか出発することができた。

周囲1光年以内に誰もいないはずの宙域で、時間移動のためのプログラムを起動した。

できる限り相手方と重さを釣り合わすため、船の中にあった放射性物質をまとめて向こう側に移す。

それらと不要になったゴミなどをまとめていると、どうにか同じ質量にすることに成功した。

誤差は数トンにも上り、同質量というのには、多少無理があるような気もしたが、歴史を変えるということは達成したと確信しており、ここで死んでも大局的な歴史は変わらないだろうと、勝手に納得することにした。

「これで、大丈夫」

妻がモニターに出ている総質量を見ながら話しかけてくる。

「エンジン起動、ホーマン軌道を描き一気に飛び越えるぞ」

自分が妻へ目くばせを送りながら言いきった。

真反対方向に最短経路を通るように設定されたホーマン軌道といわれる道を、自分たちは一気に駆け抜けることになる。

10年後の世界を目指し、自分たちは光となった。


目をうっすらとあけると、まったく変わっていない空間が現れた。

実際に時間を越えたかどうかは、まったく確認できない。

わずかに、手元のモニターに10年と1日過ぎたことが記されているぐらいだった。

妻はいち早く起きていたようで、すでに隣の席には影も形もなかった。

「10年後の世界か…」

周囲を観測するようにプログラムを動かすと、出発した時に同時に放出したはずの小型船も見つかった。

「本当に誰もこのあたりには来なかったようだな」

「ええ、それもそのはずよ」

船の中を一巡したような妻が、元の席へとゆっくり腰を下ろす。

「10年ほど前、光が観測されたこの地域一帯を、連合政府は一時的な閉鎖を決定。100年間は誰も入らないことになってるらしいわ」

「それで、今回も謎の光が観測されたっていうことになるな」

光の発信源は、おそらくは時間飛行した際に生じたものだろうと推定できる。

だとすると、時間を飛んだ瞬間、自分たちの船がその光を生み出したのだろう。

どのようにして光が出てきたかは分からないが、それでこの周囲に誰も来なかったのは不幸中の幸いだろう。

そのおかげで、自分たちは10年後に安全に進むことができたのだ。

もう一方の船は、どこへ飛ばされていったかは、皆目見当もつかない。

過去のどこかの時点で、光となっているに違いないと思うのがやっとだった。

「さて、これからどうしようか」


聞いた話によれば、この宇宙のどこかにはワームホールがあり、数十年の月日を越えることが可能らしい。

さらに遠くの時間へ行くためにはそれを通るしかなさそうだ。

「どうする」

妻へ体ごと向けて、聴いてみる。

ここに残るも先に進むも好きしろという事になっている。

どちらにせよ、自分たちが来た世界の歴史はすでにこちらの世界とは別の歴史を歩んでいる以上、自分たちはこれから勝手気ままな行動が妥当だと思った。

「いきますか。気の赴くままに」

妻と相談した結果は、この時空でゆっくりと暮らすことだった。

船が大きいのは、途中で転売すればいいと考えた。

小型船を一隻買ったり、どこかの惑星に家を設けるのもいいだろう。

全てはこれからだ。

そう考え、自分たちは船を動かし、最も近い惑星へと向かった。

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