ラフ種のお姉さん
「なんですか、この魔物は?」
「どっから連れて来たんだ?」
樹と錬がそれぞれ魔物を凝視しながらお義父さんに尋ねますぞ。
「なんかすごく可愛くない? 村の近くで迷子になっていたのかよくわからないんだけど、凄く人懐っこくて敵意も無く近寄って来てさ。抱きあげても大人しくしてるから連れて来たんだ」
お義父さんが魔物の両前足を軽く掴んで上下させますぞ。
猫を可愛がる感じに見えなくも無いですな。
おや? 魔物の方は少し頬が赤いですぞ?
これが人なら照れている、とでも表現する場面ですかな?
「こう、癒しを求める最高の形みたいな可愛らしさがあって、大人しいから凄く好みなんだけど、どう?」
「いや……」
「どう、と言われましても……」
お義父さんが楽しげに語っておりますぞ。
その反応に錬も樹もよくわかってない様な反応ですな。
どこにでもいる魔物、みたいな表情ですぞ。
「なの? なおふみの好みってコレなの!?」
ライバルが魔物を凝視しながらお義父さんに尋ねました。
違いますぞ。お義父さんの好みはフィロリアル様ですぞ。
もしくはお姉さんのお姉さんですな。
「なおふみ様はこういう子が好きなんですか? あれ?」
お姉さんの友人が首を傾げながらお姉さんの方を見ております。
見られたお姉さんも首を傾げていますぞ。
「なんかラフタリアちゃんに雰囲気似てる気がしない? パッと見た感じそう思ったんだけど、どうかな?」
「えっと……」
お姉さんが返事に困る様にその魔物を見ておりますぞ。
魔物とお姉さんの瞳が不思議な位、重なりました。
おや? 先程は気付きませんでしたが、この生物、やはり覚えがありますぞ。
確か……。
「しかしこの辺りにこんな魔物いたか?」
「ラトさんに聞いてみますか? 何処かの誰かが飼っていた魔物がたまたまこの辺りに迷い込んでしまった可能性もありますし」
「いえいえ、この魔物はこの辺りが生息地域のはずですぞ」
「え? 元康くん知ってるの?」
お義父さんは俺の方を見て尋ねますぞ。
「ですぞ。この魔物の生息地域はここで、出生もここですからな」
「そうなの?」
「何せ最初の世界のお義父さんが作った魔物ですぞ。確かー……ラー何とか種ですな。ああ、思い出しました。お姉さんの名前を捩った魔物だったと思いますぞ」
俺の言葉にお義父さんを初め、錬や樹、みんなが机の上に立つ魔物、ラー何とか種を見て一歩引きました。
何かあったのですかな?
「……ちょっと待って。最初の世界の俺がなんか呪いの盾に浸食されて作った魔物なんだっけ?」
「ですぞ。どうやら技能で再現したのですな。さすがお義父さん」
「そんな事してないよ!」
おや? お義父さんが大声で俺に向かって否定しました。
何かありましたかな?
「待て……尚文が作った訳ではなく、それなのに元康の言う所の最初の世界とやらで作りだされた新種の魔物が何故ここにいるんだ?」
「ありえるのは並行世界を渡る技術か何かで来たとかでしょうか?」
お義父さん達がそれぞれ戦闘態勢に入ろうとしております。
逆にお姉さんの友人は首を傾げて見ておりますぞ。
机の上のラーなんとか種は俺とお姉さんの友人、お義父さんを交互に見て行きますぞ。
それから深く溜息を漏らしたかと思うと、バチっと言う音と共に腰にピコピコハンマーが出現しました。
「まあ……なんとなく事情はわかってたんですけどね」
そしてラーなんとか種は喋りました。
「しゃべった!」
「ガエリオンやフィロリアル共がしゃべるんだぞ。今更何を驚いているんだ」
「でも、ついこの間、喋る機械と戦ったばかりじゃないか」
「まあ……厄介な敵だったな。だが、今回も敵だとは限らないぞ?」
「そもそも魔物が喋るのが当たり前になっているのもどうなのか、という事なんですけど」
「そうなんだけどさ」
ラーなんとか種はお義父さん達がそれぞれ喋り終わるのを待ってから敵意は無いとばかりに両手を広げて知能のある生き物とアピールしてから口を開きました。
「なんと言いますか、この並行時空に入って辺りを確認していたら、ナオフミ様が近づいて来て、当たり前の様にじゃれ始めたので喋るタイミングを逃したと言いますか」
「あれ? この声……ラフタリアちゃんじゃね?」
今まで黙って成り行きを見守っていたキールが言いますぞ。
というか、いたのですな。
「そういえばそうだな」
「まあ……そうなりますね。ああ、ちなみにこの姿の魔物をナオフミ様はラフ種と名付けていましたよ。私の名前から捩って」
ラー何とか種改め、ラフ種はそう説明しました。
「私の名前……? もしかしてやっぱりラフタリアちゃんなの?」
「え?」
お姉さんの友人の質問に隣に立っているお姉さんが首を傾げます。
「……はい。リファナ……ちゃん」
ラフ種はお姉さんの友人の言葉に返事をしましたぞ。
どういう事なのですかな?
「やっぱりそうなんだ。なんかラフタリアちゃんと同じ感じがしたからそうなんじゃないかと思った」
「ええ……」
ラフ種は何やらとても遠い様なそれでありながら痛々しい目をしてから、お姉さんの友人の言葉に頷きますぞ。
「えっと、君はラフタリアちゃん?」
「はい。私の名前はラフタリアです……えっと、こことは別の時空間の、と付きますが」
「その別世界のラフタリアちゃんがどうしてここに? その姿は?」
確かに不思議でいっぱいですぞ。
本当に並行世界のお姉さんが現れたとしても、何故ラフ種の姿なのですかな?
お義父さんの言葉にラフ種のお姉さんは返事に困る様に答えますぞ。
「この姿は、この世界に入り込むには特殊なプロセスが必要で、やむなくこの姿で入らざるを得なかったんです。説明すると長くなりますが要約すると槍の勇者を迎えに来ました」
「元康くんを? それって元康くんがループしてるって話だよね?」
ラフ種のお姉さんはコクリと頷きました。
迎えとはどういう事ですかな?
何か俺の力が必要なのでしょうか?
「ええ、槍の勇者の話で、こことは違う世界が存在するのは、理解していますよね?」
「うん。ループしてて巻き戻っているって話。俺やみんなの認識だと元康くんは期間限定で並行世界を移動し続けているって思っているけど」
「……残念ですがそれは違います。一つの世界と呼ぶにはまだ未確定の並行空間がここです」
「どういう事?」
「並行世界というのが存在するのは確かですが、この世界は違うんです。ここは言うなれば世界の裏側と言うべきでしょうか。可能性の世界です」
「??? よくわからないんだけど」
「やっぱりそうなの」
何故お前が反応するのですかな?
ライバルがここで間に入って説明をしますぞ。
「並行世界の移動は無いなのって前にも言ったなの。この世界は可能性の模索をする緊急避難世界、そういう事なの」
「ガエリオンちゃん?」
「そこのラクーン種と同一人物の奴、ガエリオンは槍の勇者の槍に干渉したからわかるなの」
「そうですか……」
ラフ種のお姉さんがライバルを見て頷きますぞ。
「おい。通じ合っているのはわかるが俺達にわかる様に説明してくれ」
錬がライバルとラフ種のお姉さんに説明を求めています。
俺達も同意見ですぞ。
「この世界を何度も繰り返しているだけ、というのが答えです。並行世界に移動してません。これをまずは覚えてください」
「え? じゃあ元康くんが今まで辿って来た世界は?」
「巻き戻って存在しません……」
「そんな……」
ゴクリとラフ種のお姉さんの言葉に全員が息を飲みますぞ。
「じゃあ元康くんの話でタイムリミットに戻ると……」
「全てが無かった事になります」
「じゃあどうすればいいんだ?」
「……方法が無い訳じゃないなの」
ライバルが嘆く錬に答えますぞ。
ですが、まずはラフ種のお姉さんに確認を取るとばかりに視線を向けております。
「槍の勇者、こちらにこの現象を起こしている槍を向けてください。どういう状態なのか調べます」
ラフ種のお姉さんは俺に手招きしますぞ。
俺は言われた通り、ラフ種のお姉さんに槍の先を向けました。
「……やっぱり」
「何かわかったのですかな?」
「この世界は、言うなれば産まれる前の卵の中のような世界なんです。まだ未確定で満ち溢れた世界です」
「シュレディンガーの猫って奴かな? 箱の中は開けるまで未確定って奴?」
「はい。開けるまで決定していない、という意味で同じです」
「決定していない?」
お義父さんが難しい顔でラフ種のお姉さんに尋ねます。
「まずは……私達がどのような状況で、どんな相手と戦っているかは……御理解されていますか?」
「うん。元康くんの話や戦ってきた敵を参考にすると出てくるのは神を僭称する何かと言うのはわかるよ」
「そこまで御理解なさっているなら話は早いです。そうです。波とは神を僭称する者が起こす人災であり、世界融合現象、複数の世界が融合する事で、神を僭称する者が乗り込む為の土台を形作る事です」
「で、その相手がいるのはわかったけど……」
「おわかりかもしれませんが、槍の勇者を仕留めたのはその神を僭称する者です」
ラフ種のお姉さんの言葉にお義父さん達は頷きました。
これまでの情報収集でわかっていた事ですな。
不服ですが、先日の一件でライバルが証明したのと一緒ですぞ。
「しかし、今の俺達ならそんな奴であろうと勝てるんじゃないのか?」
「ええ、言ってはなんですが僕達はこの世界で十分に強くなりましたよ。勇者としての強化を含めてトコトンやりこんだと言っても差し支えありません」
自身に満ちた様に錬と樹が答えます。
しかしラフ種のお姉さんは悲しそうに首を振りました。
「……残念ですが次元が違いすぎます。どうがんばっても、今の皆さんでは神を僭称する者に乗りこまれた時点で詰んでしまいます」
「なんだと!?」
「僕達が弱いとでも言うんですか?」
「まあ……今まで戦ってきた相手を見ると、その説明ではどの程度かはわからないかな……」
「この中では悔しいが元康が一番強い……だろうな。その元康よりも強いって言うのか?」
「足元にも及ばないと思います」
「そんなに……?」
お義父さん達が驚愕していますぞ。
とはいえ、半信半疑といった雰囲気ですな。
そんな空気を理解したのか、ラフ種のお姉さんが言いました。
「良いでしょう。気づかれないであろうギリギリの強さに調整して、私が相手をします」
ピョンとラフ種のお姉さんが机から飛び降りて距離を取り、村の広場で手招きします。
さすがのお姉さんでも俺達勇者全員と戦うのは無謀だと思うのですが。
「何処からでも何人でも掛って来て良いですよ」
「言ったな。じゃあ俺達も相手してもらおう」
「舐めないでくださいよ」
「これまでがんばった成果を見せますぞ!」