名前
それから俺達は南西に向けて進路を進めていた。
荷車の無いフィーロに乗る移動なので、長時間の移動は窮屈だ。
「どこかで荷車でも失敬するか?」
どうせ賞金首になってしまっている。荷車くらいなら……それもなぁ。
「やー!」
フィーロがすっごい反応を示した。
「悪いことをして手に入れた荷車は引きたくない!」
ああ、フィロリアルの感覚からしたらアウトなのかもしれない。
「盗みはともかく、ずっとフィーロに乗っているのもきついですよね」
「第二王女もそう思うか?」
「むぅ……」
第二王女の奴、俺の問いに不愉快そうな顔をして逸らした。
どうしたというのだ?
「少々危険だけどラフタリアが何処かの村で荷車を買ってくるという手が妥当かなぁ……」
乗れればよいのだこの際。
あの影に頼めばよかったか?
「おっと、もう直ぐ日が落ちる。そろそろ休憩を取るか」
と、休みを取ろうと思っていた時の事。
「「「グア!?」」」
野生のフィロリアルAが現れた!
野生のフィロリアルBが現れた!
野生のフィロリアルCが現れた!
フィロリアル達はフィーロを見て、声を上げた。
前にもあったな。どうせ逃げるのだろう。
フィロリアル達はなんか使命感に駆られたような、キリッとした表情をして走り去っていく。
「なんだ?」
「わー野生のフィロアリア種とフィリル種に出会えるなんて……」
第二王女の奴、なんかうっとりとした表情でフィロリアル達を見送っている。
「前々から思っていたけど第二王女、お前はホント、フィロリアルが好きなんだな」
「うん! あ……」
頷きこそしたけど、第二王女の奴、やっぱり俺の顔を見て不快そうな顔をした。
一体どうしたと言うのだ。
ぐー……。
フィーロの腹が鳴っている。
「お腹すいた」
「共食いはするなよ」
「フィーロちゃんの食いしん坊」
第二王女がフィーロをツンと指で突く。
「えへへ」
仲が良いのは結構だが、その動作はちょっとむかつく。
バカップルみたいで。
焚き火の準備を終えて、その日の食事をする。
「ほら、第二王女」
俺が今日の晩飯を作って渡そうとするなり、第二王女の奴、不機嫌な顔で拒む。
一体どうしたと言うのだ?
「メルちゃん食べないの?」
「食べるよ。だけど……」
第二王女の奴、なんか俺をチラリと見て、迷っているようだ。
何なんだ?
「どうしました?」
「なんでもない」
ラフタリアが尋ねた所でひったくる様に第二王女は晩飯を受け取った。
「どうしたのメルちゃん?」
「う……」
様子がおかしいことからフィーロが尋ねると第二王女は困ったような顔をする。
「別に俺には洗脳の力なんて無いぞ」
「違うの!」
それっきりプイッと第二王女はそっぽを向く。
なんていうか、普段の態度は変わらない。人の姿のフィーロと楽しく談笑をするし、ラフタリアとも楽しげに言葉を交わしている。
何故か俺だけを妙に不愉快そうな表情で見たり、無視をしたりするのだ。
まったく、訳がわからないな。
食事を終えた後、遠くから何かの鳴き声が聞こえる。
「フィロリアルの鳴き声だ!」
第二王女の奴、耳を澄ましながら聞き耳を立てている。
「第二王女はフィロリアルが好きだな」
「うん!」
「なんでそんなに好きなんだ?」
俺が質問したことに気付いた第二王女はまたも不快そうな顔をした。直前までフィロリアルの鳴き声を聞いていたというのに。
「だって……フィロリアルは伝説の神鳥だから……」
「伝説?」
「うん。フィロリアルは遥か昔、人々を救った勇者が使役していたという事で人々との信仰が厚い魔物なの」
「それって」
「そう、過去に禍々しき波の到来があって、その当時の勇者が足として使っていたの」
「昔にも波はあったのか」
あのクズの話を掻い摘んで聞いただけだからよく知らないんだよな。
予言の波とか言っていたけど。
どういうものなのだろうか。グラスもただの災害だと思ったら大きな間違いだって言っていた。
答えが出るかどうか分からないけど、第二王女の昔話にヒントが隠されているかもしれない。
「わたしは馬車の旅を母上と一緒にしていて、よくフィロリアルの話をしてもらっていたの」
「へー……どんな話なんだ?」
「フィロリアルはね。勇者の足となり、時には支えとなって勇者を守ったんだって」
「今のフィーロと同じですね」
ラフタリアがフィーロを見ながら答える。
確かにフィーロは今や俺達の大事な攻撃の要だ。足も速いし強い。
フィーロがいなければ行商で金を稼げなかったし、逃亡生活も難しかっただろう。
「うん。伝承にもフィロリアルの女王様が出てくるんだよ」
「そうなのか」
「えっと、勇者の足となって、波と戦ったフィロリアルの女王はね。今も生きていて世界を見守っているんだって、で、その女王様の活躍によって人々はフィロリアルを大事に使っているの」
馬の代わりに使っているのはそんな伝承があったのか。
という事はフィーロが神鳥と言われるのもバック背景があるからなんだなぁ。
「わたしね。いつかそのフィロリアルの女王様に会うのが夢だったの」
そう言いながら第二王女はフィーロに抱きついた。
「フィロリアルの女王はね。色々な姿に変身できたんだって」
「まあ、フィーロは多分、フィロリアルの女王だよな。種類的にも変身能力もあるし」
「だよね! フィーロちゃんと友達になれて夢が叶ったの!」
第二王女の奴、そんな理由があってフィーロと仲良くなったのか。
「女王か……」
ふと、第二王女の母親の事を考える。
一体どんな人物なのか出会ってないから分からないが、できれば話の通じる奴であって欲しい。
あのビッチの親だからなぁ。期待半分、諦め半分だけど、ごじゃるの話だと大丈夫……だと良いが。
ん?
今、何か違和感があった気がする。
俺は第二王女とフィーロを見比べる。
「ああ、そういう事か」
「どうしたの?」
「いやな、フィーロはフィロリアル・クイーンだって思ってたけど、もしその伝説の女王が今も生きているなら王女、プリンセスなんじゃないか?」
「え、じゃあフィーロちゃんはクイーンじゃないって事?」
「さあな。その女王とやらが実はいないのならクイーンだろうけどさ、本当に居るのならまだ女王じゃないだろ?」
第二王女の奴、なんか納得したように首を何度も縦に振る。
「じゃあまだ女王に会うって言う夢は叶ってないのか……」
「悪いことを言ったか?」
「ううん。何時か本当にいるのなら会いたい」
「会って何をするんだ?」
「友達になりたいの!」
「そうかそうか第二王女の夢はまだまだ続くんだな。世界が平和になったらフィーロと一緒に探せば良い」
「ごしゅじんさまはー?」
「俺は元の世界に帰る」
この世界に残る理由なんて無いし、帰れるのなら迷わず行く。
口にはしないが、ぶっちゃけ波とかどうでも良い。
「えー! フィーロごしゅじんさまと一緒に行きたい」
「いやいや、この世界の奴はきっと来れないだろ」
「行きたい行きたい!」
「我慢しろ。お前の大好きな第二王女に権利は譲ってやるから」
「やー!」
あーもう、騒がしくなった。
「本当に……平和になったらナオフミ様は行ってしまうのですね」
「ああ、それがどうした?」
「別に……」
ラフタリアも焚き火を見ながら何とも遠い目をしながら呟く。
「――って言わないで」
「ん? どうした第二王女」
第二王女の奴、なんか震えながら小さく何かを喋った。
「なんて言ったんだ?」
「第二王女って言わないで!」
俺を涙目で睨みながら第二王女は叫ぶ。
「ど、どうしたんだ? いきなり」
「わたしは第二王女って名前じゃない! メルティよ!」
「は? 何を当たり前の事を言っているんだ」
「盾の勇者様がわたしの名前を呼ばないのが原因でしょ!」
第二王女の奴……長旅のストレスが爆発したのか頭を掻き毟りながらヒステリックに言い放った。
フィーロとラフタリアが叫ぶ第二王女を見て目を白黒させて驚いている。
「何度だって言うわ! わたしにはメルティっていう名前があるの! なのに盾の勇者様は第二王女第二王女って、それはわたしの立場であって名前じゃないわ!」
「なんだ? 名前で呼んで欲しかったのか?」
「そういう意味じゃない! どうして盾の勇者様はわたしを仲間はずれにするの!」
「仲間はずれ? そりゃあ、お前は俺のパーティーからしたら部外者だろ。お前は」
「でも今は苦楽を共にする仲間よ! 立場名で言わないで!」
「んー……でもお前も俺の事を盾の勇者と呼ぶじゃないか」
第二王女の理屈だと本人だって該当する。
俺の名前は盾の勇者ではない。
「じゃあこれからわたしはナオフミと呼ぶわ。だからナオフミもわたしの事を名前で呼びなさい!」
「はぁ……」
「ホラ! 呼びなさいよ! ナオフミ!」
呼び捨てというのも何か嫌だなぁ。
とは思うがここで下手に答えようものならもっと騒がしくなりそうだ。
野宿とはいえ、夜襲されると困るからそこまで騒ぐわけにはいかない。
そもそも第二王女の奴……ラフタリアにはさん付けなのに、俺は呼び捨てか。
だが、コイツに様付けで呼ばれるとビッチを思い出す。
あのビッチは勇者様だったが。
うん、まあコレでいいか。
「わかったよ。メルティ。これで良いか?」
「絶対に守りなさいよ!」
「はいはい」
まったく、最近不機嫌だったのは俺が第二王女と呼ぶからか。
面倒な奴だなぁ。女はこんな奴ばかりなのか?
「フィーロ、ビックリした」
うん。コイツは騒がしいがヒステリックとは違うな。
なんというのか、子供特有の騒がしさだ。
フィーロにも似た部分がある。要するに歳相応って事だ。
「メルティ王女様も気になさっていたのですね」
ラフタリアは……どうなんだろう。
何時の間にか俺の事を名前で呼ぶようになっていたし。
「お前は手が掛からなくて助かる」
手がかかったのは最初の頃くらいで、後はそこまで自己主張せずに付き従ってくれている。
フィーロと違って堅実な戦いをするので、盾である俺ともやはり相性は良い。
何より行商では俺の代わりに商売をさせたり、逃走生活では偽装したりとかなり役にたっている。
「褒め言葉なんですか、それ?」
「違うのか?」
「本気で言ってますよね……はぁ」
ラフタリアも何か面倒な所でもあるのか?
変に悩ませてしまったような気もする。
「さて、明日に備えて今日は早めに寝るとするか」
「わかりました」
「はーい」
「うん」