憤怒の盾
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
咆哮に張り合うように叫び、影の腕を盾で受け止める。
痛くも痒くもない。
「GYA!?」
黒い影の奴、俺をあざ笑っていたくせに、驚愕に口元を歪ませている。
滑稽だ。
「死ね!」
俺が受け止め、そのまま黒い影を投げ飛ばす。
黒い大きな影は驚きの声を出しながら飛んでいった。
「GYAOOOOO!」
しかし、黒い大きな影は俺の攻撃など物ともせず、直ぐに起き上がって俺の方へ駆けて来る。
……この盾でも敵を攻撃することは出来ないのか。
使えない。
黒い影は懲りずに俺に腕と、後ろから尻尾を伸ばして叩き伏せる。
「きかねえよ!」
ガインという音と共に黒い影の攻撃は全て俺に効果が無い。
「はは……馬鹿じゃないのか?」
しかし、倒す手段が無いな。
そう思った直後、俺を中心に黒い炎が巻き起こり、黒い大きな影の腕と尻尾を焼き焦がす。
「GYAOO!?」
影はその事実に驚き、転倒した。
「へぇ……ここまで攻撃力のある反撃効果があるのか」
怯えるように俺から距離を取ろうとする影。
「は、今更命乞いか? 許すわけねえだろ!」
俺は徐にスキルを唱える。
「アイアンメイデン!」
しかし、スキルは発動せず、俺の視界にスキルツリーが浮かび上がった。
シールドプリズン→チェンジシールド(攻)→アイアンメイデン。
発動条件か?
面倒だな、こうなったらワザと影にぶつかってカウンター効果を発動させるとしよう。
「待ってろ……必ず殺してやる……」
近づいてくる俺の向ける殺意、怒りに、影が怯えた様に腕を振り回す。
それに盾をぶつけて黒炎を影に燃え上がらせる。
肉を焼き払い、骨を溶かす。
火力が足りない……存在その物を消滅させたい。
「――――っ!」
なるほど……憤怒の盾とやらは俺が怒り狂えば狂う程、力が増すらしい。
ソンナコト簡単ダ。
アイツ等に抱いている感情を思い出せば良い。
マイン=スフィア……本名はマルティだったか。
名前を思い出すだけで怒りが込み上げて来る。
次にクズ王、元康、錬、樹。
コイツ等から受けた物を一つ一つ思い出す。
憎い……殺したい……。
真っ赤な盾に俺の怒りが溶け出して、黒く染まっていく。
「今度コソ殺ス……全員……」
影の腕を受け止めて、憤怒の炎で全てを消し炭にする。
瞬く間に炎は影全体を包み込み、何もかもを飲み込む。
そこで俺の手に誰かが触れる。
ドクン……。
それは……あの時と同じ優しい何か……。
「世界中の全てがナオフミ様がやったと責め立てようとも、私は違うと……何度だって、ナオフミ様はそんな事をやっていないと言います」
……え?
黒く歪んでいた視界が僅かに揺らぐ。
心のどこかで、怒りに任せていてはもっとも大切なものを失うと心がざわつく。
否定したい。だけど……。
「どうか、信じてください。私は、ナオフミ様が何も罪を犯していないと確信しています。貴重な薬を分け与え命を救い、生きる術と戦い方を教えてくださった偉大なる盾の勇者様……私はアナタの剣、例えどんな苦行の道であろうとも付き従います」
声が俺に囁きかける。
このまま殺意に飲まれてはいけない。
守らねばいけない。
イカリをワスレタノか?
……忘れない。だけど、それよりも俺は自分を心から信じている者に報いたい。
ワレニサカラウノカ?
命令が気に食わない。俺は俺自身で道を決める!
……イツデモワレガ隙ヲ狙ッテイルトオモエ……。
黒い声がスーッと引いていき、視界が少しだけ鮮やかになる。
「ゲホ! ゲホ!」
気が付くとラフタリアが咳を必死に堪えながら俺の手を握り締めていた。
「だ、大丈夫か!?」
酷い火傷を負っていた。
ここには炎を使える敵なんていない。
一体……何が……。
あ……。
憤怒の盾の専用効果、セルフカースバーニングに巻き込んでしまったんだ。
「ラフタリア!」
「ゲホ――」
崩れ落ちるようにラフタリアは微笑んで倒れる。
俺の……所為でラフタリアが重傷を負ってしまった。
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
俺の魔力が尽きるまで、俺は魔法を唱えるのをやめない。
ラフタリアは……ラフタリアは俺を唯一信じてくれた大切な人なんだ!
酷い火傷だ。治療するには初級の回復魔法では足りない。急いで馬車の方へ行ってヒール軟膏を使わねば。
「GYAOOOOOO!」
振り返るとドラゴンゾンビが咆哮をして、俺達に向けて焦げた腕とは反対の腕をブレスと共に降ろす瞬間だった。
「邪魔をするな!」
腕を振り上げると、ドラゴンゾンビの攻撃は受け止められる。
盾が黒く光り輝き、セルフカースバーニングを発動させようとする。
「やめろ!」
俺の声に呼応するかのごとく、盾は沈黙する。
ここで盾が発動したら今度こそラフタリアも一緒に焼き殺してしまう。
そんな事をするわけにはいかない。だけど、こうしてずっと毒のブレスを耐えることはラフタリアの生命力から厳しい。
俺の意思に呼応したように、盾はセルフカースバーニングで毒のブレスだけを焼き払う。だが、本格的に敵を屠るには出力が足りない。
どうしたものか。
盾からは常に殺意と怒りが俺に供給され、飲み込まれまいとする意識でどうにかねじ伏せているが、いつまた怒りに飲まれるか分からない。
今は一刻も早く馬車に戻ってラフタリアの治療をしなくてはいけない。
俺の意思は辛うじて、ラフタリアを守ろうとする事で保たれていた。
「GYA!?」
そんな攻防をしている最中、突如ドラゴンゾンビはおかしな声を上げ、胸を掻き毟りながら悶え苦しみだした。
「な、何が……」
一体何が起こっているんだ? セルフカースバーニングの炎が侵食しているとでも言うのか?
「GYAOOOOOOOOOO!!!」
やがてドラゴンゾンビはピクリとも動かなくなり、元の骸に戻った。
今は、事態を観察している状況じゃない。
見ると、辺りをブンブンと飛んでいたポイズンフライの姿が無い。ドラゴンゾンビが暴れまわった所為でしばらくの間、どこかへ逃げたのだろう。
俺はラフタリアを抱えて馬車へ戻り、馬車の中にあるヒール軟膏と即席で作った火傷治しの薬草混合物をラフタリアの患部に塗る。
そしてラフタリアに解毒剤を服用させた。
「あ……ナオフミ様」
呼吸が静かになったラフタリアは目を開けて笑顔で俺に声を掛ける。
「大丈夫か!?」
「はい……ナオフミ様の薬のお陰で……」
それでも、やけどがかなり酷い。単純な火傷は薬のお陰で治っているが……黒い魔法的効果というのだろうか、黒い痕が残っている。少しずつ良くなっているのだけど、治りが悪い。
「わ、私よりも……早く……ドラゴンを」
「ドラゴンゾンビはもう動いていない」
「そう、ではなく……早く死骸の処理をしないと」
「……分かった」
ラフタリアの視線は強く、俺がドラゴンの死骸を処理しないといけないと注意していた。
「ここに置いていって大丈夫か?」
「自分の身を守る程度には戦えます」
「そうか……分かった」
俺は馬車から降りて、ドラゴンの死骸に向けて歩き出した。
あれを解体して盾に吸わせなければならない。
そしてフィーロ……せめて遺体だけでも引き摺りだして、墓を立ててやらないとな……。
死骸に近づくと、モゾモゾと内臓が蠢いているのが見て取れた。
これから一体、何が起こるというのか……。
今の俺には戦う術が辛うじて存在する。
憤怒の盾……。
この、心を侵食する危険な盾は強大な防御力と強力なカウンター攻撃を持っている。
さすがに常に出し続けるには俺の心が持たないために、今はキメラヴァイパーシールドに変えている。
でも、何時でも対応できるように常に構える。
そして死骸に近づいた。
蠢きが一箇所で止まり、腹を食い破って何かが現れる!
「ぷはぁ!」
そこには体中を腐った液体で滴らせた見慣れた鳥がドラゴンの死骸から体を出していた。
「ふう……やっと外に出られたー」
「フィーロ? 無事だったのか!? 怪我はしていないか?」
「うん。怪我なんてしてないよ」
「じゃあ……お前が食われたとき出たあの血はなんだ?」
「血? フィーロ、ドラゴンにパックンされた時にお腹を押されてゴハンを吐いちゃったの」
フィーロが食べていたのはトマトに似た赤い実……あれを吐いて血に見えたって訳か!?
確かに戦闘前に食いまくっていたが。
「驚かすな! お前が死んだかと思ったんだぞ!」
「あの程度の攻撃じゃフィーロ痛くもかゆくもなーい」
化け物かこの鳥。
いや、魔物ではあるのは事実だが……。
まったく……おどろかせやがって。
「ごしゅじんさま、フィーロのこと心配してくれるのー?」
「知るか」
「ごしゅじんさま照れてるー」
「今度は俺自ら引導を渡してやろうか?」
「やーん」
はぁ……無事だったなら良いんだ。
ニヤニヤしているフィーロに腹が立つ。後で覚えてろよ。
「それで何があった」
「うん。このドラゴンのお腹の中を引き裂いて進んでいったら紫色に光る大きな水晶があったの……」
「ヘー……」
もしかしてあれか?
ドラゴンゾンビの体を動かしていた大本がその大きな水晶なのか?
フィーロが出てきた場所は胸の辺り……心臓か。
しかしなんでそんなものが……。
ドラゴンだからか? 死んでも体に宿った魔力が死後の放置された骸で結晶化して動き出したとか……。
ありうる。
「で……その結晶は?」
「ゲッフゥウウウ!」
うん。この返答はアレだよな、食ったんだな。何か腹部が光ってるし。
こいつ……殴りたい……。
「少しだけ余ったの。ごしゅじんさまにおみやげ」
そう言って、フィーロはポンっと紫色の小さな欠片を俺に渡す。
……どうしたものかな。
一応、半分にして盾に吸わせた。
やはりツリーやLvが足りなくて解放されない。
「ラフタリアは怪我をしているからフィーロ、お前と一緒にこの死骸を掃除するぞ」
「はーい!」
まったく……本当にこの鳥は俺を驚かせる。
フィーロを見ていて思う。
あの時、怒りに任せなくて良かった。
フィーロの仇を討つ為に盾を変えたというのに後半は怒りで完全に我を失っていた。
ラフタリアが止めていなければ、俺はフィーロすらも燃やしていたはずだ。
憤怒……呪われた盾。
勇者の意識すら乗っ取って何をさせようとしていたのか……。
ただ言える事は、あのままだったら俺はあいつ等を殺しに向ったはず。
……少なくともあの時は、その事しか考えられなかった。
「いただきまーす!」
「こらフィーロ、その肉は腐ってる! 食うな!」
「お肉は腐りかけが一番おいしいんだよ、ごしゅじんさまー」
「腐りかけじゃない! 完全に腐ってるんだよ!」
なんだか緊張感の無いまま、ドラゴンゾンビの処理は終わった。
骨とか肉とか皮とか、色々とあった訳だけど、ツリーを満たせなかった。
それでもドラゴンゾンビの皮とかドラゴンの骨とかは素材になりそうで、一部を馬車に乗せることにした。