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盾の勇者の成り上がり 作者:アネコユサギ

盾の勇者の成り上がり

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理想論

 フォウルが騒がしくてなんとなく目が覚めてしまった。
 だからラフタリアを家に残して夜の村を軽く散歩しようと思って外に出る。
 すると樹がバイオプラントで作った家の前で座っていて、夜空を見ていた。

「どうしたんだ? こんな夜遅く」

 一人でポツンと樹は佇んでいる。
 リーシアは寝ているのか?
 一応監視役のはずなんだが……まあこれまでの反応から樹を多少は信用してもいいけどさ。

「ああ、尚文さんですか」

 樹は夜空から俺に視線を移して答える。
 なんか……こう、最近の樹って静かすぎて不気味なんだよな。
 従順と言えば聞こえが良いが、裏で何を考えているのかわからないし。

「月が綺麗だと思って見ていたんですよ」
「そうか」

 そういや異世界でも月はあるんだよなぁ。
 まあ、狼男がいる世界だし、フォウルにしろキールにしろ、変身する亜人はいるもんな。

 ……狼人ってのは何故全部漢字に俺は聞こえるのだろうな?
 奴隷商が紹介した時にはそう読めた。
 この場合は、口で言うとそう翻訳されるとかなのだろうか?

 水晶で読ませられたあの時のステータスを鑑みるに、翻訳されていたんだろうなぁ。
 多分、奴隷商の紹介って全世界共通でわかるようにする道具だったのだろうし。
 まあ、その紹介範囲も一定の文字までとか何だろうけどさ。

「……」
「……」

 沈黙が俺と樹との間に続く。
 このまま立ち去るか?
 そう思った時、樹が沈黙を破って喋り出した。

「尚文さんはわかっていらっしゃるのですよね?」
「何が?」
「僕の……呪いが殆ど解けている事を」
「……ああ」

 俺だって馬鹿じゃない。
 いつまで経ってもリーシアと一緒に居て自己主張しない樹を疑わないはずが無い。

「やっぱりそうですか……」
「そりゃあな」

 しかも最近ではイエスマンではなくなりつつある。
 良くなっているアピールではあったんだろうけれどな。
 それでも俺の質問には素直に答えるのはどういう心境の変化なんだろうな?

「少し前に尚文さんが、波の正体と転生者に関する話をしていましたよね」
「そうだな」
「僕は……答えが出てきませんでした。しかも思いだしたのはゲームでそう言う事をしてくれるNPCの話で……」

 そう言えば、樹はそう言う事を言っていた。
 多分、開発者が意図的に残したチートとかそう言うゲームの話なんだろうな、とは思っていた。

「僕がなんで呪い解けて良くなっているのに尚文さんの所に居るのかと言うと」

 話が飛んだぞ。
 やっぱりまだ完治していなさそうだ。

「……僕は自分が間違っている。尚文さんが正しいと……言う勇気が無かっただけだと思ってました」
「違うのか?」

 俺もその可能性は考えていた。
 現に樹の部下共は国家転覆を狙っていたし、処刑された。
 ヴィッチとも結託していた。洗脳の力を使っていた事をリーシアからちゃんと聞いたはずだ。
 イエスマンだったのだから、人の話はちゃんと聞いただろう。

「今はその状態だったのでしょうね。勇気を……振り絞っていますよ」
「ああ、そう」
「ただ、僕を……絶対に信じないでください」
「最初から信じて無い。リーシアが保護しているからだ」

 これはリーシアとの約束な訳だしな。

「じゃあ信じなくても良いですから話を聞いてください」
「わかった。で? 何を話したいんだ?」
「まず……僕の呪いによる進行状況です」
「治ったんじゃないのか?」
「判断できません。治ったと思っていたのに、治っていない個所が見つかるんです」

 まあ、樹の呪いって自己の喪失みたいな物だったしなぁ。
 何処かで違和感を、周りが気づかないけど、本人が気づくと言うのもあるのだろう。

「僕は判断力や意思、様々な物が呪いで喪失していました。ですが……その中に記憶もあったみたいなんです」
「何だと?」
「まだ……元の世界にいるはずの家族の顔が思いだせませんし、ゲーム知識も、ネットで読んだ小説も思いだせない所があります」
「そんな事言って無かったじゃないか」
「言われるまで……気づかなかったんです。あくまで判断力が無い時は概要的に思いだせた気になっていましたが」
「……」
「尚文さんの世界のネット小説の話を聞いて、そう言う話もあるんだなぁと思っていたのですが、今日カルミラ島の温泉に浸かっていると……僕の世界にもあるのを思いだしました」
「そう……か」

 部分的記憶喪失で、違和感を持たずにいたと?

「でもなんでだ?」

 今更になって気づくってやはりおかしい。

「両親を思いだせないって相当の重傷だろ?」
「思いだせない訳じゃないんです。どういう人だったとか出来事は出てくるのですけど、ポッカリとド忘れしたみたいに出て来ない所があると言いますか」
「そんなのは当たり前じゃないのか? 何が問題なんだ?」
「ゲーム知識でもそうなんです。僕の世界にあったディメンションウェーブと言うゲームの話をしました」
「ああ」
「おかしく思いませんでした? コンシューマーゲームで続きが出るなら、次回作の情報を調べたりしなかったのか、とか」

 そう言えば……そうだ。
 幾ら嵌っていたと言っても気に入ったゲームで続編が出るのが確定しているなら概要くらいは調べるはずだろう。
 にも関わらず、樹は何もしゃべらなかった。
 いや、喋れなかった?

「もちろん、波の正体とかは……説明されないでしょう。ですが、どんな波があるのかとか、色々な新システムの説明くらいはあっても良いはずです」
「そ、そうだな」
「まあ、思いだしたのはシルトヴェルトに位置する国への来訪とか、行けなかった範囲での話ですけどね。それだけじゃないんです」
「なんだ?」

 遠回りし過ぎて良くわからなくなってきた。
 ただ、それが重要な何かになりうるのだけは理解できる。

「次回作の波……応竜を倒した先のディメンションウェーブでは……波で繋がる新世界へと行ける! と言うシステムがある! と僕は、待っていたのを……思いだしました」
「それってもう……」
「はい……後の祭りですね」

 グラスは波毎にひょいひょい移動してくるがな。
 こっちの人間はどうなんだろう?
 後で聞いてみるか。

「幾らなんでも遅すぎだろ」
「……わかっています。ですが……まるで意図したように、波に関する知識が重点的に……なくなっています。これも、敵の暗躍なのでしょうか?」
「知らん」

 そう言えば樹が手に入れた呪いの武器は、過去の勇者が世界支配しようとして使っていた物の破片と言う話だった。
 もしも神の息が掛った奴で、その影響を受けていたのなら樹は、神を僭称する物に取って不利益になる記憶を抹消させられていた可能性を捨てきれない。

「ですから、僕は……もしかしたら敵に操られるかもしれません。呪いの武器が完全に解けたのかわかりませんから」

 ああ……そう言う事をずっと考えていたのね。

「だから、僕が尚文さん達に攻撃するような事があったら迷わず……僕を殺して下さい」
「俺は出来ないが、他の奴に任せていいのか?」
「はい。本当はリーシアさんにしてもらうべきなのはわかっていますが……彼女はそこまで非情になれないと思うので」
「わかった。お前と俺の約束だ」

 錬といい樹といい、物語だったら死亡フラグ臭い事を俺に言いやがるなぁ。
 なんて考えていると樹は村を見て答えた。

「良い村ですよね。尚文さんが一から作った、羨むべき場所です」
「住み心地は悪くないな」

 海も近くて、バイオプラントの実が生っている、食うには困らない。
 クレープの木は……微妙だが、住むには良い場所だな。

「今ならわかります。尚文さんは悪くない……一方的に悪い情報ばかり集めていたら聖人だって悪人に見える事だってあると」
「俺は悪人さ」

 ……自責の念で村を再度見つめる。
 俺の所為で村の連中は喜んで死地、戦場へと行く気概を抱いてしまっている。
 商売とは喜んで金を出させるのが一番儲かると今でも思っている。
 だが、喜んで戦いの場に身を置く連中を作り出した奴が良い奴とは、俺には思えない。

「ここの奴らに戦いの悲惨さを教えなかった」
「でも……死なないように守ろうと常にしているではありませんか」
「……守れなかった」

 そう、俺は村の連中を守り切れなかった。
 アトラに始まり、鳳凰戦でも犠牲者はいる。
 フォーブレイとの戦争だって犠牲者は限りなく低かったが、居ない訳じゃない。

「昔の僕なら、無責任に断罪をしようとしたでしょうね……ですが、今の僕ならわかります。戦う術を知らずに、尚文さんだけに任せる村よりも、自らも戦えるように、尚文さんの力になりたいと思う人達の村の方が輝いていると」
「詭弁だ」
「ええ、詭弁です。ですがリーシアさんや錬さんが、尚文さんが必死に頑張っていると僕に言った意味が、今ならわかるんです」
「村の連中の奴隷のようにって奴か!?」

 必死に違うと言っていたのに、二人揃って熱弁していたアレだな。
 アレ程微妙な気分になったのは今も昔もない。

「僕達勇者は……自己満足だけではいけないんです。尚文さんは色々な所で僕達が至らなかった所為で起こしてしまった問題を取り除いてくれた。本当は……僕達も尚文さんのように、人々が真に喜び、腐らないようにする必要があったんです」
「腐る?」
「危険が迫っている人に例えます。守り続けるだけでは、守ってもらえるのが当たり前になって、感謝をいずれ……忘れます」

 ……わからなくもない。
 当たり前と言うのはそう言う物だ。
 縁の下の力持ちは居なくなった時に気づく。
 この場合は、後の祭りなんてのも同じ意味だよな。

「だから尚文さんは必ず元の世界に帰っても、お前達が生活できる場所を作っているだけだと言うんですよね」
「一番の奴隷だったラフタリアへの礼のつもりだったんだがな」
「それでもです。みんな、守ってもらう、守る事の大変さを守ることで、強くなることで実感している。だからこそ、この村は良い所なんです」
「……力も使いようだけどな」

 強くなったからと言って、復讐や略奪をして良い訳じゃない。
 村の連中の中にはその感情を持っている奴はいると思う。
 悲しみは憎しみへ続き、憎しみは争いへ続く……そこに手段として力を得たらどうなる?

 答えは簡単だ。
 俺みたいになるんだ。
 それこそ自己満足だが、アイツ等に俺はそんな風になってほしくない

「そこは……錬さんとウィンディアさんの関係を見て、皆さん学んでいます」

 錬と谷子か。
 そう言えば、村の連中も知っているんだよな。
 親を殺した相手との付き合い方。
 谷子もなんだかんだで復讐はしないと決めていたみたいだ。

「それに……悪い人ばかりでは無い事を、みんな知っています。行商は人々の理解を深める意味もあったのですよね?」

 いや、俺は金が欲しいからさせてただけ。
 とは思うが、なるほど。
 行商によって人気がある盾の勇者の店と、村の連中は憎むべき敵だった亜人を理解する。
 間接的に親を殺されたり、虐待された奴隷共は人間にも善人が居ることを行商を経由して学ぶと言う事か。

 何が幸いするか分からないなぁ。
 無理解が争いを呼ぶなんて良く聞く話だ。
 まあ、亜人と長い事戦争をしていた国だから、虐待奴隷なんてある国だしな。

 それも少しずつ廃れつつあるのなら、喜ばしい事なんだろう。
 今ではメルロマルクとシルトヴェルトは同盟を結んでいる。
 過去の大戦を見たらきっと驚異的かもしれない。

「僕だったら……きっと亜人で敵対する者は倒すべき悪とか思っていたでしょうね。人間でさえ罰していましたから」
「本当の悪人もいる。一概に言えないさ」
「一人の一存だけで決めてはいけないと……僕は知ったんですよ。あの転生者みたいに僕はなっていたかもしれない。もっと悪人に見える相手とも話をするべきだと思うんです。じゃなきゃ転生者の二の舞です」
「じゃあ……神を僭称する者にも何か理由でもあるとしたら?」
「……その為に大勢を殺す必要があるのなら聞いてみたいですね。あんな人を送りつける意味を」

 世界を滅ぼす意味か……。
 どうせ碌でもない理由だろう、と俺は思うがな。

「波から世界を守るために世界人口の三分の二を犠牲にするようなモノか? そいつらに取ってそうしなければならない理由があるとか」
「様々な世界には限界があって、不必要と思われる世界を滅ぼすと言うのならわからなくも無いですが、それで殺された方はたまったものじゃないと思います。もっと良い方法を探したい。いえ、探すべきです。それをしないのなら、僕達は抵抗します」

 ふむ……理想論だが悪くはない。
 無論、最終的には犠牲を強いる事になるかもしれない。
 そして、俺達はその選択をしなければいけない。
 だが、最後の最後まで抗うのは当然だ。

「リーシアさんは言うんですよ。誰かを間違っていると言うのは立派な勇気だと、だけど正義を押し付けるのは、たぶん違うと」
「リーシアらしいな」

 リーシアが樹にそう言う事を言う様になったとは、情けないのがウソのようだ。
 最後のたぶんって所が実にリーシアらしい。
 ふぇええ、とか言いながら入水自殺しようとしていた奴とは思えないな。
 あれ? さすがにあの叫びを上げながら飛び込んだんだっけ? 忘れた。
 まあリーシアは未だにふぇえふぇえうるさいからな、イメージが先行しているんだろう。

「自分の欲望を叶えるために嫌がる人から物を奪うのは悪です。ですが、弱者を守るために嫌がる人から物を奪うのは? その人は自分の欲望では無く、誰かを救う為に私腹を肥やしていた貴族から物を奪っていたら?」
「難しい問題だな」

 この嫌がる人がどのような者なのか、どうして弱者を守るために奪わねばならないのか?
 そう考える必要が出てくる。
 結局は定められたルールを守るのが正解だとなる。
 だけど、ルールなんて誰かが作った物で、時には適応しない。

「だから僕は……一方の言葉だけではなく、敵対するべき相手の話こそ聞いて状況を理解し、その先で決断すると決めました。今までの僕は一方の相手の話だけを聞いていました。痛めつけられているから弱者で守るべき相手だと決めつけていました」
「樹、その話は答えが出ないと思うぞ」

 きっと相手は都合の悪い事は隠す。
 話し合いなんて通じない場合だってあるんだ。
 あるいは……どちらも、どうしようもない位腐っている、なんて事もありえる。

「……でしょうね。ですが、もしも最初に戻れるのなら尚文さんとヴィッチさん、双方の話を聞き、真偽を確かめたいです。そこに男も女も関係ない。どうしてそんな事をしたのか、そしてヴィッチさんが尚文さんを貶めようとしていたのなら、何故そんな事をしたのか、それをしっかりと尋ねてから考えたいです」
「そうか、そういう事を言える奴があの場にいれば、少しは良い方向に転がったかもしれないな」

 もはや過ぎた事だ。
 だが、樹は自分が間違っていたと気付き、そして過去の俺を助けたいと言ってくれた様なものだ。
 その気持ちだけは信じても良いと思った。
 まあ……口でなら何とでも言えると考えるのが俺の悪い所か?

「本当に、正義は……こんなにも難しい事だったんですね。なのに誰かを断罪する喜びに酔ってしまった……」
「じゃあ、お前は波が終わったらどうするんだ?」
「僕は、この世界に残って旅に出ようと思っています」
「旅って……お前どこへ行くつもりだよ。というか、何をするんだ?」
「困っている人の力になりたいんです」
「また傲慢な正義を?」
「そうかもしれません……ですが今度こそ、自分ではなく皆が満足できるように頑張ろうと決めました。悩み続ける道を選ぼうと。その結果、石を投げつけられる事があっても僕は言い訳をしません」

 こりゃあ病気だな。正義病が再発している。
 だけど前の樹にあった、傲慢と言うか自己弁護が少しだけ少ない気がした。
 前進していると思いたい。
 確かに樹の行動は、問題こそ多くあったが救われた者がいるのも事実なんだよな。
 リーシアがその代表だ。その後の対処が最悪だったけどさ。

「まだ言っていないんですが、その時になったらリーシアさんに、もしも僕がまた間違えたら止めてくださいと言おうかと思っているんです」
「お前な……それ死亡フラグじゃないか?」
「死亡フラグですか。言われてみればそうですね」
「まあ現実じゃ死亡フラグなんてそうないとは思いたいがな。どちらにせよ不吉だから、言い方には気をつけろよ。錬なんて、この戦いが終わったら……をかましてやがるからな。まあ原因は俺な気もするが」
「では、錬さんに死亡フラグを回避する様に言っておきます」
「いや、死亡フラグって意図的に回避できるのか……?」

 やっぱり以前より少しおかしい樹だった。

 どちらにせよ、樹も変わっているんだな。
 正しい事なんて無い修羅の道を樹はいずれ歩むと決めた訳か。

 その果てに幸せがあるのを願うしかないな。
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