真実を知っているのは
クリスマスイヴの工藤邸には、小学生が3人と見た目だけの小学生が1人、高校生が1人に、そして年齢不詳の白装束が1人。
「紅茶でいいかしら?」
「あ、おかまいなくー」
七時半を廻った頃現れた突然の来訪者は、勧められたソファーで哀が容れた紅茶のカップを両手で包み込むようにして香を楽しんでいる。なかなかにシュールな、それでいて当の本人達だけが和んでいるその光景は、優秀な筈の新一の頭脳を停止させるには十分だった。
突然身体が小学生サイズに退行しても、多少なりとも抵抗はあったにせよ普通に小学校に通えてしまうくらいには、順応力が備わっていると自負していたつもりだったのだが。目の前で繰り広げられているドッキリ企画さながらの珍事には、どうやら自分は着いていけていないらしい、と新一は一人壁にもたれながら何処か他人事のように思った。同時に哀の、いつになく楽しそうな(それこそ何やら裏のありそうな)微笑が少し気になってもいる。
怪盗と哀だけが楽しげに談笑しながら刻々と時が過ぎていく。どうしようもない違和感に痺れを切らしたのは光彦だった。
「あなた、本物の怪盗キッドじゃありませんね!キッドならもっと気障な言い回しをします!」
冗談みたいなその空間に確実にひびを入れた彼の勇姿に背中を押されて、元太と歩実も必死に頷いて同意を示す。
「そ、そーだ!俺達、本物に会った事あるんだぜ」
「キッドは『哀ちゃん』なんて言わないよー!」
一瞬の沈黙が舞い降りる。しかし言われた当人は、尤もな指摘に動揺するでもなく楽しそうに身を乗り出して子供達の顔を覗き込んだ。素顔を隠す気など微塵も感じられないドアップに子供達が怯むと、くすくすと笑いを零しておどけたように言う。
「でもよ、本性はこんなんかもしれないぜ?気障なのは演技だったりして♪」
ぐっ、と言葉に詰まる二人を余所に、尚も光彦は食いついた。
「でもキッドは18年前から犯行を続けてるんですよ?お兄さん若すぎです!」
「ほら、怪盗キッドは変装の名人だって話、有名だろ?見た目なんか当てにならないんじゃないかな?」
白い指先で自分の顔を示して告げた怪盗は、しかし光彦の次の台詞に口角を引き攣らせた。
「…で、でもキッドはもっと違う感じが…、お兄さんオーラないです!」
「……ぷっ」
言外に馬鹿にされている怪盗が可笑しくて、新一はつい吹き出してしまった。すぐに恨めしげな怪盗の視線が突き刺さり、咄嗟に背を向けたが小刻みに震える肩は止まらない。光彦の言動が筋の通ったものであったから尚更可笑しかった。第一、どこの世界に探偵宅を訪問する犯罪者がいるというのだ。
そう考えてみるとソファーで不機嫌顔を晒している彼は、もう偽者にしか見えなかった。昼間会った少女の知り合いか何かなのだろう。
「本当に来たのね。彼、貴方の言ってた白い魔法使いさんでしょう?」
はいどうぞ、とブラックコーヒーを差し出した哀が、そのまま新一の隣の壁に寄り掛かった。時の止まっていた玄関口で新一や探偵団を見兼ねて、この怪盗を家に招き入れたのは外ならぬ彼女である。。パッと自分の靴を消してから上がり込んだ怪盗に少々目を丸くしたようだったが、その後は全くと言っていいほど動揺の見られない哀に、ちょっぴり感心しつつ新一はコーヒーを一口啜った。
「ありゃ、本物じゃねぇだろ。光彦の言ってた通りだと思うぜ?歳については何とも言えねぇけどな」
クスリ、と笑うだけの哀の視線の先には小学生3人組と、彼等によって偽物と断定されたらしい怪盗が早速打ち解けている。白い手袋に包まれた長い指から小さな赤い花が鮮やかに現れ、途端に上がる歓声。初歩的なマジックではあるが、それを感じさせない見事な腕だった。
「昼間の子に雇われたプロのマジシャン…とかな?」
思わず目を奪われて咄嗟に零した推測だったが、一番ありそうな展開だと思った。今夜はイヴだ。特別に仮装を引き受けたとしても別段おかしな事ではない。
花をキャンディーに変えた怪盗は、ふと立ち上がり新一を振り返って思い出したように告げる。
「あのさ、工藤君」
元々怪盗を穴が開きそうなくらい凝視していた新一は、瞬時にぶつかった視線に一瞬怯んだ。その様子に気付いてか、子供達にキャンディーを配ってから怪盗はフワリと笑う。
「実は依頼を請けててさ、此処にはマジックショーをしに来たんだけど…」
いいかな?と小首を傾げる姿はどうしようもなく違和感バリバリだった。その衣装でソレはやめてほしいと切実に思ってしまう。よく見れば背格好も似ているし、シルクハットに隠れた顔は、はっきりとは見えないがそれなりに若いようだ。おまけにマジックができて…
違うのは気配くらいだよなぁーなんて、知らず怪盗をガン見していた新一に軽い調子の声が飛んだ。
「あのぉー?」
そんなに見つめられると照れるなー、などと何処までもふざけた様子で怪盗が笑っている。
「バ、バーロ!誰がっ……じゃなくて、マジックショーの話だったな。お願いするよ、そいつらも楽しみにしてるみたいだし」
からかいの言葉に乗せられそうになる自分を抑えて了承の意を伝えれば、子供達が嬉しそうに騒ぎだす。それを満足気な笑みで見た怪盗は、
こほん
ひとつ咳ばらいの後シルクハットに手をかけ、優雅に一礼した。途端に彼の周りの空気が透明な緊張を纏う。突然の澄んだ気配にあてられて新一は思わず身体を強張らせた。
「……っ!!」
しかしそれも一瞬の事で、怪盗が白いマントを翻した時には冷涼な気配は跡形もなく消え失せてしまっていた。
「Ladies and Gentlemen!今宵限りの魔法、どうぞお楽しみください」
シルクに包まれた指先がパチンと小気味よい音を発する。一瞬のうちにその腕には一羽の銀鳩が現れ、バサバサと羽音をたてて飛び立ったそれは白い羽を数枚だけ残して軽い音と共に消える。ヒラヒラと舞う羽の1枚を空中で捕らえた怪盗の手の中には、いつの間にかシンプルな携帯電話が一つ納まっていた。
「なっ…!!」
見慣れたストラップに気付いて慌ててジーンズのポケットを探る新一。それをチラリと一瞥してから、小さな破裂音と共に怪盗は携帯電話をトランプの束に変えてしまう。
「あっ!オイ!」
新一の抗議の声は、子供の声高な歓声に虚しく掻き消された。
「すっごーい!お兄さん何でも出せるんだね!」
「キッドよりうまいんじゃねーか?」
飛び交う賛辞を怪盗が満足そうに聞いている間にも、パラパラと落とされたカードは床に見事なタワーを建設していく。
「眉間に皺が寄ってるわよ、探偵さん?」
隣で黙って腕を組んでいた哀がボソリと呟いた。怪盗に向けていた睨むような視線をはずし振り返れば、哀の弧を描く口許が目に入って何とも言えない脱力感に襲われる。
「灰原…オメーいつから気付いてた?」
「あら、何の話かしら?」
つれない返事に、新一の目が半目になる。
「…だから、あいつが正真正銘ホンモノだって事だよ」
「私そんな事言った記憶ないのだけど?」
あくまでしらばっくれる哀に、小さな溜息を一つ落として新一は腕を組み直した。視線はまた怪盗に戻しておく。
「気付かなかった俺も俺だけどな…。考えてみりゃぁオメーが初対面の一般人にあんなに猫被る訳ねぇし」
「工藤君ってホントに失礼よね」
隣の少女から尖った気配が渦巻くのを感じ、新一は彼女から僅かに距離をとった。その様子に、今度は哀が溜息を一つ落とす。
「まぁいいけど。いつまで此処でこうしてるつもりなの、探偵さん?」
「それは…」
「窃盗は現行犯が基本。確かな証拠を抑えてないからって黙って見てるんでしょうけど、彼がそう簡単に尻尾を出すかしら?…マジックが終わった瞬間に彼、逃げるんじゃない?」
「…んなこたぁ分かってるよ」
そう言って怪盗を強く睨めば、次々と奇術を繰り出す彼の気配が僅かに揺れる。予想通りの反応に満足の笑みを漏らした時、光彦がこちらを振り向いた。
「灰原さん、もっと近くで見ないんですか?新一さんも。本当にすごいですよ!」
言うだけ言って、彼の意識はもう完璧にマジックの方に向いている。
「それじゃあ、そうさせてもらおうかしら。…あぁそれと、これ博士から預かってたの忘れてたわ」
一歩踏み出したところで振り返って哀が差し出したのは、隣家に整備に出していた腕時計型麻酔銃。そのまま子供達の輪に入っていく哀を目で追えば、その先には白い怪盗の横顔が見える。
受け取ったばかりの麻酔銃をそっと構えた。距離は遠くない。それに、標的はその場で立ち尽くしたままマジックを披露しているのだ。これほどまでの好条件はないだろう。怪盗は新一に対して横向きに立っているから、この位置から狙うなら首か、とゆるゆると照準を合わせていく。
当たんねーだろうな、なんて漠然と思いながら発射された針は、やはり怪盗には届かず、本人によって突然外されたシルクハットに刺さった。予想していたとはいえハットを自分の顔のすぐ横で持って、バサバサとお菓子を出している姿に思わず舌打ちが漏れる。
こんな至近距離でどうしてそこまでタイミングが測れるのか、あらためて相手の規格外な能力に感心しながらも呆れてしまう。煌々と光る照明のもとでシルクハットを外したにも関わらず、新一のいる所からは絶対に素顔が見えないようハットを上手く操る器用さ。至近距離からの攻撃を見切る身体能力。よく観察すれば、彼が本物かどうかの判断材料なんていくらでも見つかるというのに、なぜ気付けなかったのか。
『マジックが終わった瞬間に彼、逃げるんじゃない?』
先程の哀の言葉が脳内でこだまする。
「誰が逃がすかよ…」
呟く新一の表情には探偵の笑みが浮かんでいた。
「お楽しみいただけましたでしょうか?次で今宵最後のマジック…」
「ちょっと待て」
消失マジックという名の工藤邸からの脱出を阻止してくれちゃったのは、先程まで壁に懐いていた名探偵だった。その手はしっかり白い衣装を掴んでいる。
「…あのー、工藤君?」
快斗は、掴まれている腕を目の高さまで持ち上げヒラヒラと振ってみせる。それと同時に腕の向こう側でカチリと合わさった探偵の視線が、それはもう好戦的に光ったのを快斗は見逃さなかった。
あぁ、マズイな…
乾いた笑いが零れる。
「悪ィな、おめぇら。マジックショーはここまでだ。ちょっとコイツに用があるんでね」
騒ぐ子供達に嘘臭い笑みを向ける探偵。とうの昔に快斗によって危険人物のレッテルをべったりと貼られているだけあって、その無言の圧力は小学生にも有効らしい。
大人しくなりながらも残念そうな顔を隠しきれていない3人に、料理の皿を両手に抱えた哀が示し合わせたようなタイミングで声を掛けた。
「それじゃあ、今から隣の家でゲームでもしましょう?博士の新作があるのよ。夕食は向こうでもいいわよね、工藤君?」
「あぁ、あとで行くから」
ゲームにつられた探偵団に皿を持たせて、哀はさっさと退室していく。部屋を抜けた先で目が合った快斗に向けてニコリと微笑んだ彼女の背後には、小学生らしからぬ悪女のオーラが見えた気がした。バタン、と扉の閉まる音がして子供達の声が次第に遠くなっていく。
「危うく騙されるところだったぜ?コソ泥さんよぉ、いったい何が目的だ?」
室内に静寂が訪れたのを見計らったかのように、新一が口を開いた。
「何のことだよ?俺は依頼を受けただけの唯のマジシャンだっての」
感情を綺麗に封じて、意味が解らないとでもいうように肩を竦めてみせれば、当の探偵は極悪面をさらに黒くするばかり。今更こんなごまかし無駄なんだろうなとは思っていたが、ここまで確信を持たれていると、いっそ清々しさまで感じてしまう。
僅かな沈黙のあと、不意に掴まれていた手を離され、意図が読めずに相手を見遣れば楽しげに揺れる瞳とかち合った。
「ふーん…。じゃあお前、名前は?」
「…は?」
何か酷い空耳を聞いた気がした。
「だから名前だよ、な・ま・え。別に唯のマジシャンに名前聞いたって何の問題もねぇだろ?」
歳は?まだ学生か?近くに住んでんのか?
そう言って目の前で笑う確信犯は、どうやらどっちに転んでも立場の悪い快斗をからかう気であるらしい。端から本名など期待していないだろう相手に偽名を唱えるのも虚しいだけだ。性格悪ィなオイ、とはさすがに口に出来なくて、
「悪いけど、個人情報は公開しない主義なんだよね」
にっこり笑い返しながら、シルクハットを下げて顔を隠せば、尚も探偵は面白そうに口角を吊り上げる。
「へぇ…?こんな腕のいいマジシャン滅多にいねーから興味あったんだけど。そうか、残念だなぁ」
「………」
てめぇ白々しいったらねぇな、とハットの下で思わず半目になっている快斗を余所に、探偵はさらに意地の悪い冗談を次々吐きつつさりげなく入口のドアに寄り掛かっている。ちゃっかり退路は塞いでくれる辺り幾分かは探偵らしさが垣間見えなくもないが、今の彼は恰好の玩具を見つけた子供のように愉しそうで。『KID』の名を進呈したいくらいだと、快斗は半ば本気で思ってしまった。
軽い現実逃避をしてみたところで、両者とも偽りの笑みを崩さないエセ和やかな雰囲気がだらだらと続くこの場の居心地の悪さが改善される訳もなく。
「ま、せっかく来たんだし。ゆっくり話そうぜ?」
いろいろと聞いてみたい事もあるしな?
探偵の含みを持たせた口調に、冗談じゃないとばかりに直ぐさま断りの意を伝えれば、
「まぁ、そう言うなって。飯でも食いながら…あぁ、そういや最近事件で知り合った人が近くで寿司屋やってんだ。結構評判良いんだぜ。なんなら今から電話して……」
「……っ!!」
そろそろ本気で脱出の算段を立てていた快斗に返ってきたのは、予想外も甚だしい提案だった。今が旬だという『さ』で始まる海洋生物の名前をずらずらと並び立てる非情な探偵の声が、ぐわんぐわんと頭に響いて視界が揺れる。
さ〇な嫌いを知られたら怪盗生命は終わったも同然、激しく危険である。なんてったって飛んでる相手に麻酔針やら殺人ボールやらをプレゼントしてくれる程容赦のない彼なのだ。現場をアレで埋めるくらい嬉々としてやるに違いない。
生臭さで満たされた現場…。うっかり想像してしまった更なる恐怖に身を震わせながらも、くらり、と遠退く意識を、怪盗としてのプライドと根性を総動員して何とか引き留めた。
てめぇわざとじゃねーだろうな!?と吠えるのは心の中でだけ。そんな訳ない、唯の冗談だと判ってはいても、あまりに脈絡のない言動と受けたダメージの大きさを考えるとついそう思いたくもなってしまうのは仕方のない事だった。
悍ましい想像を記憶から抹殺してふと我に還れば、静寂が辺りを支配していた。探偵の言葉を途中から意識的にシャットアウトしてしまったため、どんな経緯を経てこの状況になったのかがサッパリ分からないのは致命的だ。
この人物の前では一瞬の油断でさえ命取りだと身をもって知っている筈なのに随分と気を散らしてしまっていた自分に、常にはありえないペースの乱れをヒシヒシと感じる。その要因は、この衣装でキッドを演じていなかった己の行動の奇異さのせいでもあるのだろうが、やはり多分にこのいじめっ子のせいだろう。
静かな空間で探偵が小さくついた溜息がやけに響いた。同時にそれまでのふざけた雰囲気が掻き消え、伏せられていた瞼が上がれば月下で対峙した時と同じ、罪人を追い詰める慧眼が現れる。鋭い視線に晒されても、自分の立場が悪くなった事より、アレについて話が展開しなかった事に対して安堵の息をついた快斗はやはり何処かズレていた。
「まぁ、冗談はこのくらいにして…。此処に来たからには覚悟してもらうぜ?」
射殺さんばかりの眼光を見せて探偵が言い放つ。お遊びは終わりだと暗に示す彼の言葉のお返しに、いい加減精神的疲労がピークに近かった快斗は演技を放棄し、シニカルな笑みを口許に刻んだ。
「そこまで人の正体を決め付けてくれるからには、名探偵にはそれなりの言い分がある訳だ?」
お聞かせ願いましょうか、と彼に対する呼称を変えて怪盗の気配を匂わせれば、探偵の笑みはますます深くなる。
「自ら敵地に、それもそんな目立つ格好で突然現れる犯罪者なんて普通は考えられねぇ。まして怪盗キッドの素顔はトップシークレットの筈。本物だと信じろって方がまず無理な話だな」
だが逆にそれを利用するってんなら話は別だ。
淀みなく話す探偵の顔には、先程までとはまた違った色の楽しげな笑みが浮かぶ。
「今夜はクリスマスイヴで、此処では子供達がパーティーを開いてた。ここまで状況が揃った上で堂々と正面玄関から訪問し、軽い口調と雰囲気でわざと怪盗と対極の人柄を演じれば、マジシャンが誰かに依頼されて仮装してやってきたと思わせる事は容易い。そして、本物だと認識させる事にウエイトを置かないのであれば、この状況はかえって好機って訳だ」
「…けど、それだけじゃ『仮装したマジシャン』と『怪盗キッド』の確実な線引きはできないだろう?」
快斗の指摘にも余裕の表情は崩れない。
「確かに、決め手となる証拠を掴ませない所は流石と言うべきなんだろうが…細かく突き詰めていけば見えてくる事はあるもんだぜ?例えば玄関で靴を消したのは言わずもがな逃げ道を一箇所に絞らない為、好青年演じてた割に灰原のいれた紅茶に口を付けなかったのは必要以上に此処に痕跡を残さない為だと考えれば…」
ま、その前に、マジックを始める時の気配とか、麻酔針を見切った身体能力なんかが、一般人の枠から大きくはみ出してる事を自覚するべきだけどな。今夜はいつになく計画に粗の目立つステージだったんじゃねぇか?
なぁ、完璧主義者の怪盗さん?
探偵の最後の方の言葉がグサグサと心に刺さる。名探偵の家などとはつゆ知らず、脅迫まがいの電話一本でのこのこやって来たのだから計画もなにもあったもんじゃないが、"粗の目立つステージ"とはショウマンとしてちょっと頂けない。
「まさか名探偵殿がお相手とは思ってなかったからな」
次回に期待してくれ、との皮肉気な笑みを浮かべて返せば、一瞬眉を顰めながらも言質は取ったとばかりに探偵はなにやら物騒なものを構えた。
麻酔銃の照準がピッタリと合わせられる。
ドアは危険物所持の探偵の後ろ、他の脱出口は施錠済みの窓くらいだが今動けば針が飛んで来るのは確実だ。避け切れないことはないだろうが、狭い室内では万が一ということもある。わざわざ危険を侵すこともないだろう。閃光弾や煙幕を使ったとて、己の視界をも奪った状況で針を乱射されれば危険なことには代わりない。視線だけで周囲の状況を確認し、一瞬で打開策を考える。
ならば、と袖口をそっと探った時、探偵が口を開いた。
「お前、何しに来たんだ?」
途端、快斗はピタリと手をとめて探偵の言葉を反芻する。
「ここにお前が狙うようなビッグジュエルはねぇし、第一予告がでてない。マジックに託つけて俺の携帯を消したのは警察に通報させない為だろう?そうまでして此処に留まった理由は何だったんだ?それに、さっきのお前の発言…、此処が誰の家か知らずに来たような言い方だったよな」
まさかホントに魔女が関わってるなんてふざけた事言わないよな?
本物だとバレた以上尤もな意見だとは思うが、そんなこと聞かれても困る、というのが実際のところ快斗の本音だ。"ふざけた事"とまで言われて正直に
「魔女に脅されたから」なんてあまりにお粗末な事、言えるわけがない。というか言いたくない。
「…自分で推理したらどうだ、名探偵?」
"名探偵"の部分を強調して、とりあえず返事を丸投げしてみた。謎を残すのは怪盗の特権。その謎が一生解けまいが知ったこっちゃない。案の定不機嫌そうに顰められた眉に内心苦笑していると、納得できる答えが得られなかった探偵は、針の発射ボタンに手をかける。
空を切る音が聞こえて、目の前ギリギリを銀色の光が過ぎていった。チッという舌打ちを聞きながら、飛来物を認識するより早く半身を翻した己の身体能力に感謝する。が、ここで快斗はある事実に気がついた。
袖口に仕込んでおいた筈の痺れ薬がない。いや、痺れ薬どころか煙幕も閃光弾も催眠ガスもない。
快斗の周りの空間に疑問符が飛び交った。しかし、何故と考える暇を探偵が与えてくれる訳もなく、再び銀色の光が向かってくる。
それをマントを翻すことで避け、素早く新たな策を練る。一度使った手だが、手持ちが殆どない以上この際構っていられない。探偵が罠にかかってくれることを願って、快斗は少々強引な手段を選んだ。 |