逆ハーヒロインの弊害
三葉高等学校の生徒会OBが卒業して、6年振りに母校に集まった。
彼らは、この三葉高等学校にて伝説の生徒会と呼ばれていた。
今では、社会人になった者、親の会社で勉強している者、起業した者、大学にはいった者など、全員が揃うのは、ある女子生徒の卒業式以来のこと。
全員が揃って、近況報告などしている時に、ある一言で場の空気が固まる。
「会長ー 愛菜ちゃん、元気?」
ーーーー愛菜。
その名前を聞いて、ビクッと肩を揺らす者、目線を泳がせる者、空々しく鞄の中身をチェックする者、と皆が皆、挙動がおかしく、質問した元書記の四条でさえ、内心は穏やかではなかった。
かつて、彼らは百瀬 愛菜を取り合うライバルだった。
最終的に愛菜と結ばれた勝利者は、元生徒会長であった一ノ瀬である。
一ノ瀬に他のメンバーの視線が集まる。
遠い昔、愛を語った少女は、今どうしているのか。
幸せなら嬉しい? でも、もし不幸なら? 知りたいようで知りたくない答えを、息をのみ待つ。
一ノ瀬は、大学にはいってからかけ始めた眼鏡を一旦外し、眉間を押さえて解した。
そして、再度眼鏡をかけなおしてから、低い声で答えた。
「……別れた」
予想外の答えに、元会計の三橋は、噛み付いた。
「一ノ瀬さん! 愛菜を泣かしたんですか?! 俺、一ノ瀬さんだから、引いたのに!」
三橋は、愛菜と同級生で、いつも文句を言いながらも彼女を優しく見つめていた。
家庭環境が複雑だった三橋を、愛菜だけは優しく包み込むように受け止めてくれたから、彼女がもし、一ノ瀬のせいで泣いたのなら、許されるものではなかった。そんな彼女が一ノ瀬を選んだ時には、身に潰されるほど心が痛かったが、愛菜の前では笑い祝福した。そして陰では一人、身体中の水分が無くなるほど泣いた。もう恋なんて……。愛菜以上に好きになる子なんていないと思っていた。
「三橋、あなたは黙りなさい。 一ノ瀬、どういう事か教えて頂けますか?」
「……二ノ宮さん」
元副会長 二ノ宮は、学生時代と変わらない冷静さで、三橋をたしなめる。
二ノ宮にとって、愛菜は、可愛い後輩で愛すべき少女だった。他人には気付かれなかった自身の孤独を気付いてくれ、心から笑えなかった自分を、また笑えるようにしてくれた少女。彼女に選ばれなかった時には、身がさかれるほどの痛みを感じたが、彼女にあんな笑顔をさせられるのは、自分ではないと気付き身を引いた。
「……」
言い淀む一ノ瀬に痺れを切らせたのは、五十嵐だった。
「僕は、一ノ瀬さんを信じていたんです」
元庶務の彼は、愛菜よりも一つ下の後輩。優秀な兄達に気を遣い、自分を偽り、周りの目を気にして、自分を押し殺していたのを愛菜に救われた。 自分自身、ありのままでいいと教えてくれた先輩。愛菜のそばにいるだけで、自然な自分でいられた。全てが解放された気持ちになれる五十嵐の初恋の相手だった。
「ちょっと、待って、待って! 何? この殺伐とした空気。 入れ替えよう? 会長も、勿体ぶらずに早く教えてくださいよ。 みんな、身を引いたけど、まだ愛菜ちゃんの事、引きずっているのはわかるでしょ?」
最初に、この空気の原因を作った四条は、持ち前の明るさで空気を変え、一ノ瀬に答えを促す。
しかし、明るいトーンの声とは裏腹に、目は鋭く一ノ瀬を見つめていた。
元書記の四条も愛菜に救われた一人だった。これまでの四条の人生は順調と言っていいほどのものだった。家は裕福で、四条自身も努力もせずに大概の事はうまくいったが、彼には心がなかった。何も好きではなかった。普段、明るいキャラの四条の心の闇に気付き、救い出してくれた愛菜。愛を教えてくれ、世界を色付けてくれた。
「そばにいるのが、辛くなった」
先ほどから、俯き表情を消した男。 元生徒会長の一ノ瀬は身体が震えようとするのを耐える為に、ぐっと力を込めて手を握る。
かつて、この手をギュッと握ってくれた掛け替えもない女性――愛菜。
元々病弱だった彼には、過保護な母親がいた。何をするにも、干渉され、時には暴力をふるわれ、その後に泣いて謝られるのだ。18歳を過ぎても、母親に幼い子どもとして扱われて、心が悲鳴をあげそうだった。極限状態だった一ノ瀬に、手を差し伸べてくれたのが愛菜だった。
愛菜がそばにいるだけで、心が安定した。愛菜の笑顔は、一ノ瀬の長年凍りついた心を溶かし春を届けてくれた。
しかし、愛菜が他の男と話していると、彼女を監禁し閉じ込めてしまいたいという薄汚い欲望があらわれ苦しむことになった。まるで、自分の母親のようだと。母親にされた“自由を奪う暴力”を彼女にふるおうと考えた自分に恐怖し、一時は自ら身を引いた。しかし、彼女はそんな一ノ瀬を追いかけ受け入れてくれた。手を握りしめ「ずっとそばにいる」と誓ってくれた。
「なっ! 俺は、そばにもいられなかったのに! 何を言って!」
「三橋、だからあなたは落ち着きなさい。一ノ瀬もちゃんと納得できる理由を」
「そうですよ。 僕なら、絶対先輩のそばを離れたりしない。そんな幸運を自ら捨てるなんて!」
三橋、二ノ宮、五十嵐の順に、俯き何かを耐えているような一ノ瀬を、どうしてやろうかと再度口を開きかけた時、四条の言葉で打ち消される。
「……俺にも、チャンスがまわってきたってこと?」
四条の言葉に、三橋、二ノ宮、五十嵐の3人は体を震わす。
そうだ……今、彼女を慰めれば?!
甘い誘惑にも似た、悪魔の囁き。
でも、その囁きは一ノ瀬の 嘲嗤うような話し方で簡単に消された。
「無駄だよ。 彼女の周りには また新しい、男の輪が出来ている」
「また?」
「男の輪?」
一ノ瀬を始め生徒会メンバーの5人は、優秀な上に全員美形で女子生徒から莫大な人気があった。
でもその5人を虜にした少女 百瀬 愛菜は、高校入学当時こそはパッとしなかったが、徐々に華開き、高校卒業の時には誰よりも輝きを増していた。 誰にでも親切で、優しく、どこか頼りげのない美少女。笑うと天使が舞い降りたように周りを幸せにする。才色兼備で完璧な少女が、ちょっと天然で鈍感なところで、隙があるのがますます、老若男女問わずに虜にしていた。
ーー例え、隣に彼氏が居たとしても。
高校を卒業して、愛菜は一ノ瀬と同じ大学に入学した。
入学して、数ヶ月で大学で噂されている“美形”と囁かれている生徒、教授までもを取り巻きにした。
一ノ瀬は嫉妬で狂いそうだったが、愛菜は他人からの好意に気付かない鈍感で、そして無自覚に過ごす。
彼女は、誰にでも優しかった。それが、自分の薄汚い独占欲が一ノ瀬を苦しめた。
(誰の目にも触れさせたくない)
でも、 それは出来ない。それをされた側の傷を一番知っているのは一ノ瀬本人だから。
苦しみ抜いた、3年間が過ぎ、就職し、落ち着いたらプロポーズをするつもりだった。
しかし、ここでも一ノ瀬は苦しめられる事も知らず。
愛菜は、1年遅れで一ノ瀬と同じ会社に勤める事になった。
1年が過ぎ、そこでも新たな“男の輪”が出来ていた。
後輩の犬のように愛菜にまとわりつく男。
同期のやたらツンツンしている男。
指導係の先輩で敬語男。
部長で野獣系の男。
ーーそして
秘書に移動した愛菜は、最近、九十九社長に猛烈にアタックを受けているという噂を聞いた。
愛菜の周りには、会社でも有名な“美形”が集まっていたのだ。
一ノ瀬は、荒れ狂う心を抑えて、愛菜に九十九社長たちとの関係を聞いてみた。
「そんなことないですよ? みなさんモテますから、私なんか相手するわけないじゃないですか」
と、高校時代や大学時代にも聞いたような答えがかえってくるだけだった。
(違う。 みんな、お前を好きなんだよ。なぜ、気付かない)
愛菜は、残酷だった。
恋人であるはずの一ノ瀬と、他の男たちとの態度を変えなかった。
みんな、平等。
みんな、大好き。
みんな。
みんな。
みんな。
「一番そばにいる筈なのに、一番心が遠く感じるんだ。 愛菜は、“みんな 好き”なんだ。俺、一人だけじゃない。俺を特別にはしてくれない。愛菜は俺のそばにずっといてくれると誓ってくれたが、本当に……そばにいてくれるだけなんだ。それじゃあ、俺はずっと苦しい。ずっと片想いをし続けなければならないし、ずっと、愛菜の男たちの陰に嫉妬し続けなければいけない」
愛菜に別れを切り出した時、彼女は判らないという顔をして俯いた。
沈黙が続く…。
その間、一ノ瀬は己との葛藤で息苦しかった。
もし、彼女が「嫌だ」と言ってくれたら?
もし、自分を引き止めてくれたら?!
そうなら、絶対、彼女を抱きしめて一生離さないのに。
一ノ瀬の願いは虚しく、顔を上げた彼女は、少し笑って「はい」と承諾した。
その笑顔が―――泣き笑いだった事だけが、一ノ瀬の救いであり慰めだった。
重い空気の中、軽快に扉が開く。
ガラガラガラ
「遅くなってすいませんでした!」
三様高等学校の現役の生徒会メンバーがこぞって現れた。
元生徒会メンバーは、彼らに呼び出されていた。
『三葉高等学校 創立100周年記念祭』について、もはや学校の伝説化していた生徒会メンバーの彼らに相談をしたいという、可愛い後輩たちの頼みを聞くために。
元生徒会メンバーも、気持ちを入れ替えようと、彼らに笑いかける。
そして、彼らの後ろに、一人の女子生徒がいた。
まるで……彼らに護られているかのように。
「その子、誰? 彼女も役員?」
四条が、なんでもないかのように聞くが、その目線は女子生徒に釘付けだった。
すると、現生徒会長が、頬を赤らめて答えた。
「百瀬 京さんです。 その……彼女もとても優秀で、生徒会をよく手伝ってもらってます」
「は、初めまして!! 百瀬 京です。姉が卒業生だったので、もしかして先輩たちと会っているかもしれません。あの、不束者ですがよろしく…… ゴチッ!! い、痛い!!」
『よろしく』の部分で、勢いよく頭を下げたのが、テーブルにぶつかり涙目になっている少女。
その少女を取り囲むように、慰める者、彼女のおでこを触る者、 それをバシっと叩く者、ただオロオロする者など、現生徒会メンバーは彼女を取り囲んで 虚勢しあっていた。
「「「「「…………」」」」」
「なんか、デジャブった」
「俺も」
「私もです」
「僕も」
「……」
6年前、かつての自分たちの様子が目の前に拡がっていて、懐かしいような、蓋を閉めて埋めたいような、劇中劇を演じられているようで、5人が5人、気まずい空気を出していた。
そんな先輩たちを、少女は無邪気に微笑みかけた。
「先輩方、よろしくお願いします」
――勿論
天使の笑顔で。
**登場人物紹介**
一ノ瀬 会長
二ノ宮 副会長
三橋 会計
四条 書記
五十嵐 庶務
*百瀬 愛菜に、適うのは 一から五では頼りない。
九十九では、一つ足りないので、きっと彼女と結ばれるのは
『千堂』さんとかそんな人。
そして、愛菜の妹が一番最強の逆ハー女子かもしれない。