ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  安奈 作者:ナガス
第七話:混沌と、光明
「ねぇ松本さん、何が食べたい?」
 私は松本さんの右隣に居る。
「何か、作れるものあるのか?」
「ん〜……料理はあんまり、した事ないなぁ」
「出来るもんでいいよ」
 私と松本さんはアパートから歩いて二○分の場所にあるスーパーへとやってきていた。
 ここのスーパーには良く一人で来ている。というより、近所と呼べる場所でスーパーはこのお店以外には無い。
 いつも一人でやってきて、大体三日ぶんの食料であるお惣菜と冷凍食品を買っていき、いつも一人で帰っていた。
 いつも、いつも、一人だった……けど、今日は違う。私の左は、暖かい。
「いつも、ごめんねぇ。安売りのお惣菜と冷凍食品ばっかりだったよね」
 この機会に料理でも始めようか……と私は思う。

「……よし、今日はお鍋にしません?栄養いっぱいだし、暖かくなるし」
 私はキムチ鍋セットの前で立ち止まる。
 キムチ鍋に必要な材料すべてが揃っていて小型のお鍋もついてきて二○○○円ちょっと。少々高い気もするが、カップラーメンを作るためのヤカンしかあのアパートには調理器具と呼べるものは置いていない。これくらい増えても邪魔になる事は無いだろう。
「そうだな、作るのも簡単そうだ」
「んじゃ、今日はお鍋ね」
 私はキムチ鍋セットを持ち上げようと力を込めたが、これがなかなか重たい……
 私の腕はお世辞にも太いとはいえない…むしろ虚弱を絵に描いたような腕をしている。
 今までの買い物だって、この鍋セットよりはるかに軽い荷物なのにいつもヒィヒィ言いながら荷物を運んでいた事を思い出した。
「お……重」
「いいよ、持つ」
 松本さんはそう言い、左手に持っていたカゴを私に預け、キムチ鍋セットを軽々と持ち上げた。
「なんだ、言うほど重くないな」
「……そうなんだ。あはは、なんかすみません」
「謝る癖は、直らないんだな」
「……あはは」
 そう言われて、私は苦笑いを浮かべた。

 そういえば、今日でちょうど一週間が経つ。私と松本さんが喧嘩して、ちょうど一週間。
 私と店長の性行為を、松本さんに目撃されて、ちょうど一週間経った。
 その時の私は、謝ってばっかりだった気がする。

 あの時私は、松本さんに、すべて打ち明けた。
 店長には、松本さんと関係を持つより前から、抱かれていた事。
 それは店内に正美さんが居ない時限定で、月に一、二回だったという事。
 はじめは働く条件として、その後はすべて脅されて……仕方なく抱かれていた事。
 私が松本さんを誘ったのは、もちろんあのアパートに居つくためでもあったけど、一番の理由は、浄化して欲しかったから……罪滅ぼしの意味もあった、という事。
 どうせ私の心は汚れている。いろいろな色を合わせた、混沌に、真っ黒に。
 だから最初は店長に抱かれるのも、実はそんなに抵抗は無かった。むしろ「当然」だと思っていた部分もあった。
 だけど、松本さんとの生活は、私の心を少しずつ綺麗にしていったようだ。
 店長に抱かれるのが、この上なく嫌になっていってる自分に気が付いた。
 店長に抱かれてる時は「汚されてる」と感じるようになり、松本さんに抱かれてる時は「浄化されている」と感じるようになっていた。
 そのすべてを、打ち明けた。
 松本さんはこんな話を聞かされているにもかかわらず、声を荒げるような事はせずずっと「うん」と「それで?」とだけ言っていた。私はその素っ気無さから「あぁ、私は捨てられる」と思って、話の節々で泣いていた。
 だけど松本さんの判断は「しばらく大学は休む」という事と「しばらく家から出ないで安奈と一緒に居る」というものだった。
 私は、謝りながら大泣きした。

「もう、あんまり謝るな」
 松本さんは、少しだけ頬を赤くして「次、いくぞ」と言って歩を進める。
 私は満面の笑顔を作って「うん。やっさしぃ、松本さん」と言い、松本さんの右腕にしがみついた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。