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  安奈 作者:ナガス
第四十九話;孤独
 検査入院というものは本当に読んで字のごとく、検査ばかりをやらされる。
 脳波に乱れが無いか。骨は折れていないか。心肺に異常は無いか。それに加え尿検査に血液検査にMRI。軽い計算ドリルさえもやらされた。俺は一体どんな理由でこの病院へ運び込まれたのか、解らなくなるほどに頭の傷とは無関係な事をやらされた。色々な検査をして、それを理由に俺から金を引っ張ってこようとでも思っているのか? などと考えてしまう。
 何か病気でも見つかったのか?と看護士にたずねてみても「念のための検査ですから」と冷たく乾いた声でこうとしか答えてくれない。
 正直言って、かなり不安になったし不機嫌になった。なんの説明もしてくれないばかりかたずねてみてもあの対応。どうかしていると感じる。最近医療問題でマスコミが騒いでいるのが理解できた。こんな対応、信じられない。

 俺はあらかたの検査を終えて、不機嫌な表情を浮かべながら看護士につれられベッドへと戻ってきた。ベッドの隣に置いてある時計を見てみると時刻はすでに十二時をまわっている。
 俺は舌打ちをしそうになる気持ちを必死に押さえ、どうせ明日で退院なんだからと自分を納得させ、パイプベッドに腰をかける。その時にベッドがギシという音を立てた。その音が妙に静かな病室に響く。
 昨日はお見舞いに来ていた人達が多く話し声がそこら中から聴こえていたからか、今日は特に静かに思えた。
「……」
 それにしても、昨日は失敗した。別に啓二君を否定するつもりは毛頭なかった。むしろ少年らしく、若々しい所を褒めるつもりだった。安奈と俺の間にさえ入って来なければ楽しく会話が出来そうな良い奴だという印象なのに。
 安奈の事となると、熱くなってしまう。安奈と向き合う俺の姿勢を否定されると、どうしても許せなくなってしまう。安奈の事を俺がどれほど想っているのか、他人にはわからないというのに。
「そうなんだよな」
 そうなんだ。俺は元々暗いから、会話というものが苦手。安奈以外の人間とコミュニケーションを取るという事はここ最近あまりしていなかった。
 高校時代はよく話をしていた記憶もあるが、どんな風に話をしていたか思い出せない。どんな声で、どんな態度で、どんな内容の話をしていたのか、思い出せない。
 ましてや昨日の相手はほぼ初対面のような人間。どう話していいのか解らず、熱くなってしまった。
 ……可能性は低いとは思うが、もし今日もお見舞いに来てくれるようなら、しっかり謝ろうと思う。

 少し遅い昼食をとった後、俺はじっとしている事が出来なくなり、四階のフロアをウロウロとする。簡易食堂やら売店やらトイレなんかを何の目的も無く歩いていた。
 今日はまだ安奈達は来ていない。時間は13時を過ぎたあたり。確かに検査があるから午後から来てくれと伝えてはおいたのだが……遅い。
 彩子も居る事だし、道に迷っているはずは無いとは思うのだが。ものすごく不安になる。
 ウロウロしながらも入れ違いになったのかも知れないと思い、自分の病室を何度となくチラチラと覗きに行った。しかし何度覗いてみてもそこには誰の姿も見えない。カラッポのベッドだけがポツンと置いてあった。
「……チッ」
 つい出てしまう舌打ち。いつの間にか掻いてしまっている耳。イライラしている。
 あの看護士の態度や病院側の対応にも出なかった舌打ちだというのに。掻かなかった耳だというのに。なんなんだ、この気持ちは。この衝動は。
「……早く来いよ」
 俺は誰に言うでもなくそう呟き、また四階のフロアをウロウロと歩き出した。

 しかし、まさかこんなに寂しい気持ちになるものだとは思っても見なかった。これほどの寂しさは彩子と連絡が取れなくなった時以来……いや、もっとだ。あの時よりもっと寂しい気持ちになっている。
 少し前までは一人でも全然平気だったのに、今では一人がものすごく辛い。心が贅沢になってしまっているのだろうか。今の俺の心は何かが足りていない感覚がする。
 ほんの少しの期間だと言うのに……孤独が、怖い。
 安奈、早く来てくれ。寂しくて、耐えられない……
 そう思った刹那、心臓が一度ドクンという音を立てながら跳ねあがったような感覚が俺を襲った。

 寂しい……孤独……一人……
「安奈……」
 安奈……安奈は、ずっとこんな気持ちを抱いていたのだろうか?
 野良をやっていた頃はもちろん、俺と同居をした時も、こんな気持ちを抱いていたのだろうか?
 今まで、解っているつもりではいた。安奈の事を理解しているつもりではいた。もう寂しい思いはさせまいと思っていた。一生、大事にしようと、決意していた。
 だけど実際自分が味わってみると……これは……耐えられるもんじゃない。俺の決意はまだまだ足りないとすら思えるほどに、どうしようもない感覚。
 耐えられるか、こんな感情。我慢できるか、一人なんて。我慢したらおかしくなってしまいそうだ。おかしくなって……
 おかしくなって……
「狂って……しまいそう……?」
 狂ってしまいそう。
 そうだ、狂ってしまいそう。
 俺はまだ良い。明日で退院だってわかっているから。先が見える事によって狂う事はまず無いとは思う。
 だけど安奈には、あの絶望的な状況で先が見えていただろうか? 希望を抱けたのだろうか? 何を目標に生きていたのだろうか?
 ……きっと、何も無い。だから安奈は、狂う事を選択したのだ。もちろん狂った理由は他にもあるのだろうが、これは、相当重い。
「……安奈……」
 会いたい……抱きしめたい……安奈、早く来てくれ。そして心で聴いて欲しい。心に伝わって欲しい。
 愛しているんだ……安奈……ずっと側に居てくれ……安奈……


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