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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第一章 蒼碧の慈愛
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第八話 『他の奴の事なんて』

 約束の日がやってきた。


 今日は定期的に行われる、討伐隊による魔物掃除の日だ。

 魔物が多く発生するタイミングは決まっているらしく、その日に合わせて掃除が行われる。

 朝、アリネアとドッセルが貴族かぶれのような気合いの入った服装をして出かけていくのを見かけた。

 今回の討伐には貴族の領主様が来るから、張り切っているのだろう。


「タイレス様が来るから、いいところを見せねば」


 みたいなことをドッセルが言ってたしな。タイレスというのは領主の名前みたいだ。

 この領主が討伐隊に参加するのには、しっかりとした理由がある。

 なんでも、最近この世界の各地で魔物の発生が少しずつ活発になってきているようだ。

 領主はこの村にやってきたついでに、討伐隊とともに異変が起きていないかを確認しにいくらしい。


 異変か……。

 前の《黒犬》達は、もしかしたらその異変だったのかもしれない。

 あれだけの魔物が森の浅い所に出てくるのは、滅多にないことだからだ。


 ……まあ、それは大人達が調査してくれるだろう。

 それよりも今は、やらなくてはならないことがある。

 

 ドッセル達が出て行ってから、一時間ほど経過した頃だった。

 こんこん、と家の扉が控えめにノックされた。

 扉の近くで待っていた俺は、すぐに扉を開く。


「おはよう、ウルグ」 


 外に、テレスが立っていた。

 いつもの動きやすい軽装とは違い、今日はお洒落な服装をしている。


「いらっしゃい」

「う、うむ」


 家にあがったテレスは、落ち着きがなかった。

 どこかソワソワとしており、視線をキョロキョロとあちこちに向けている。

 緊張でもしてるのか?


「うーん。せっかく来てもらったけど、家にはなんにもないぞ?」

「……それでもいい」


 遊べるようなモノもない。

 というか、家に友達を呼んだことが一度もない俺には、何をしたらいいのかさっぱり分からない。

 ……そういえば、セシルに連れて来いって言われてたな。


「ウルグ以外は誰もいないのか?」

「いや、二階に姉がいるよ。……会ってみるか?」


 会わせると暴走しそうで怖いが、会わせないとそれはそれで怖い。


「おお、ぜひ会わせて欲しい」


 テレスは興味津々といった様子で頷いた。


「何か用事でもあったのか?」

「あ、あれだ。お姉さんに挨拶するんだ」

「そんなかしこまらなくてもいいけど……分かった」


 いくらセシルとはいえ、そこまでおかしなことはしないだろ。

 最近はほとんど外に出ていないし、家族以外の人と話すのは良い刺激になるかもしれない。


「姉様、前に言ってたテレスを連れて来ました」

「入っていいわよ」


 ノックして許可を取った後、部屋の中に入る。

 前にノックなしで入った時に、俺の服を顔に押し付けて暴れていたからな。ノックは重要だ。


「お、おじゃま、してます……」


 テレスは緊張して、かなり硬くなっていた。


「いらっしゃい。貴方がテレスちゃんね?」 


 それをほぐすように、セシルが優しく声を掛ける。

「ウルグはお前になんぞ渡さん!」とか言い出したりしなくて良かった。


「……あら?」


 テレスの顔をじっと見て、不意にセシルが声を漏らす。


「――――」


 そして一瞬だけ目を細めると、小さく息を吐いた。


「……姉様?」

「ううん、何でもない。それよりテレスちゃん。ウルグと仲良くしてくれてありがとね?」

「い、いえ……。私の方が、仲良くしてもらってるので……」

「そうなの? こんな可愛い子と友達になるなんて、さすがウルグね?」


 からかうような言葉に、テレスが顔を赤くしてうつむく。そんな様子に「うふふふ」とセシルは笑った。


 それにしても、少し驚いた。

 いつも「~だ!」みたいな喋り方をしているテレスが敬語を使うなんてな。

 服装といい、魔術が使えることといい、たどたどしいとはいえ敬語が使える所といい、テレスは結構いい所のお嬢様だったりするのかもしれない。

 もしかしたら、アルナード家のお嬢様だったりな。


 ……まあ、それはないだろう。

 もしそうなら、こんな自由に外に出歩けないし。


 それからしばらく、セシルとテレスは楽しそうに話をしていた。

 傍に本人がいるっていうのに、俺の話で盛り上がっている。

 ……なんか気恥ずかしい。


 それにしても……こうして見ると、セシルもテレスも美人だな。

 二人共、外国のモデルみたいだ。

 この世界の人間は皆顔の彫りが深い。

 俺も外見に前世の面影があるが(主に目)、全体的に彫りが深くなっている。


「ありがとう、テレスちゃん。お話しできて楽しかったわ」


 しばらくして、二人の話は終わったようだ。


「ウルグはこう見えて寂しがり屋なの。だからね、これからもウルグと仲良くしてあげてね」

「は、はい! もちろんです」

「じゃあ、ウルグ。私は一眠りするわ。テレスちゃんと仲良くね」

「……はい」


 去り際、何度もウインクしてくるセシルに苦笑しつつ、俺達は部屋の外に出た。


「お前、敬語とか喋れたんだな」

「当然だ。私はやればできる子だからな」


 特に行く所もないので、向かったのは俺の部屋だ。

 ドアを開けて、中に入る。


「ここがウルグの部屋か……」


 ベッドや机などの家具と服が置いてあるだけの簡素な部屋だ。

 興味深そうに部屋の中を見回すテレス。


「何もなくて悪いな。まあ適当に寛いどいてくれ。お茶を持ってくる」


 テレスを部屋に置いて、一階の居間へ降りる。

 お茶を出すくらいならドッセル達も怒ったりはしないだろう。

 客用の紅茶を二人分入れて、二階に持っていく。

 テレス、紅茶飲めるだろうか。


「……ん?」


 部屋の前にやってきたが、やけに中が静かだった。

 テレスは何をしているんだ?

 そっと、扉を開いて中を覗いた。


「――――」


 テレスが俺のベッドで寝ていた。

 シーツに顔を埋め、毛布を全身に巻いている。


「んー」


 一人で、唸り声を上げている。

 何の現場だ、これは。

「……おい、何をしている」


「ひゃあ!?」


 声を掛けると、恐ろしい勢いでベッドから跳ね上がった。

 宙でクルリと回ると、華麗に地面に着地する。

 そして何事もなかったかのように、「おかえりウルグ」とこちらを見てくる。


「喉が渇いたな。お茶をくれ」

「おい、誤魔化されんぞ。何をしていた」

「何のことだ?」

「いやだから」

「な、ん、の、こ、と、だ」


 ……これ以上の追及はやめておこう。


 凄まじい殺気だ。これは触れない方がいい。

 命が危ないと判断し、黙ってテレスにお茶を渡すことにした。

 しばらくそれを二人で啜る。


「なあ。前から気になってたんだけど、テレスはどの辺に住んでるんだ?」


 結構離れた所に住んでいそうだ。

 金髪の女の子が近所に住んでたら、すぐに分かるからな。


「……内緒だ」

「内緒って……。別に隠すことないだろ」

「嫌だ。秘密だ」


 ツン、とそっぽを向かれてしまった。


「そうか……。俺には教えられないんだな……」


 がっくりと肩を落とし、落ち込んで見せる。


「べ、別にウルグが嫌いだからじゃないぞ?」


 釣られたテレスが、慌ててフォローしてきた。

 よし。


「じゃあ……どうしてだ?」

「ひ、秘密!」


 喋ってくれないか。残念。

 どうしても、教えられないらしい。

 まあ、人に言えないことの一つや二つはあるだろう。


「それより……。どうしてウルグは、毎日あんなふうに修業してるんだ?」

「《剣聖》になるためだよ」


 そう答えると、驚かれた。


「……そうだったのか。じゃあ、ウルグはいつかこの村を出て行くのか?」

「ああ。村の外で、もっと強くなりたいからな。とりあえず、魔術学園にでも通おうかと思ってる」

「学園……。ウルキアス……の学園か」


 学園の名前を出すと、露骨に嫌そうな顔をするテレス。

 勉強、あんまり好きそうじゃないからな。


「あそこは勉強する所なんじゃないのか?」

「それもあるけど、あそこは剣術も教えてくれるみたいだからな。俺は勉強するために行くというよりは、強くなるために学園に通いたいんだ」


 首を傾げられた。

 やっぱり、テレスにはまだ難しいだろうか。


「……どうして、ウルグは《剣聖》に……そんなに強くなりたいんだ?」

「どうして……か」


 前世で俺は、あと一歩で最強に手が届かなかった。

 弱いから、誰にも認められなかった。

 だから今度の世界では最強になって、皆に認められたい。

 それが俺が《剣聖》を目指す理由。


 単純で馬鹿げているかもしれないが、それが唯一の理由だ。


「……最強になりたいんだ。最強になって、いろんな人に認めてもらいたい」

「んん? ウルグはもう十分強いと思うぞ」

「足りないんだよ。こんなんじゃ」

「……よく分からないな」


 また、首を傾げられた。

 俺の言い方も、漠然とし過ぎてるからな。


「でも、ウルグは学園に通いたい、ってことは分かった」

「……ああ。でも、実は勉強の方にもちょっと興味があるんだ」


 嫌な顔をされた。

 だけど、勉強することは大切だ。

 知識があって困ることはないからな。

 それに、純粋に楽しいというのもある。

 魔術や魔物なんかは、前世では創作物の中にしかなかったものだ。

 それが実際に存在しているのは、興味深い。


「勉強する必要なんてあるのか……?」

「ああ。何かに困った時に、勉強で身に付けた知識が役に立つ時が来るかもしれないだろ?」

「そんなことがあるのか?」

「少なくとも、俺にはあったな。だからとりあえず、勉強をしておいて絶対に損はしないよ」


 俺も前世では勉強は好きじゃなかった。

 剣道をするのに勉強は必要なかったし、むしろ練習の時間が減って邪魔だった。

 だが、こっちの世界では生きていくための知識が必要だ。


 地形、生息する魔物の特徴、魔術の仕組み。

 ただ剣を振るだけなら必要のない知識だが、最強を目指す上ではいつか役に立つかもしれない。

 だから俺は本を読み、必要な知識は頭に取り込んである。


 セシルに聞いたところ、この世界では字が読めない者や簡単な計算ができない者が多くいる。

 そう言った人間は非常に騙されやすい。騙されないためにも、勉強は必要なのだ。


「……ウルグは凄いな。嫌なことにも一生懸命になれて」

「俺は別に嫌ってわけじゃないんだけどな。目標を達成するためって考えれば、しんどくても続けられるよ。テレスだって魔術習ったりしてるんだろ?」

「ウルグに勝つため、だ」


 おお、初耳だ。

 俺が理由になっていたのか。


「そう、そういう目標があれば頑張れるんだよ。最近テレスはみるみる強くなってきてるしさ」

「むう……」


 テレスが唸る。

 イマイチ納得できていないようだな。


「俺はさ……昔、ある人に認められたくて頑張ってたんだ。褒められたくて、頑張ったなって言ってもらいたくてさ」


 結局、一度も認めてはもらえなかったけどな。


「……テレスにはそういう人いないのか? 家族とか」


 テレスはこちらから視線を逸らすと、おずおずと言った。

「……家族ではないが……いる」

「じゃあ、その人に認めてもらいたいっていうのも目標の一つになるだろ? 褒められるために頑張るって思えば、嫌なことでも一生懸命できるんじゃないか?」

「うん……。頑張れる」


 納得してくれたようだ。

 しきりに頷いている。

 しかし、テレスは理解できているみたいだけど、よく考えれば結構難しいことを言ってるな。


「なぁ、テレスって今何歳だ?」

「七歳だ」

「やっぱり、同い年だったか」


 外見から、だいたい同い年ぐらいだと思ってた。

 それにしても、七歳にしてはずいぶん大人びた喋り方だな。

 頭の回転も速い。

 俺が七歳だった頃は、もっと馬鹿だったと思う。


「おお! ウルグも七歳なのか。七歳なのに、ずいぶんと大人っぽいな!」

「テレスには言われたくないな」


 こんな風に、紅茶っぽいお茶を啜りながら、テレスと他愛もない話をする。

 誕生日はいつだとか、好きな物はなんだとか。

 前世では、こんな経験はなかった。

 ……これが、友達か。結構、いいものだな。

 しかし、こうして話してみると、俺はテレスのことをほとんど何も知らないことに気付く。

 どうやらテレスは、俺に家庭のことを知られたくないらしい。

 身内に関しての話になると、途端に話題を逸らされてしまう。

 それなら、俺も詮索はしまい。

 それから、話題がセシルのことに移った。


「ウルグとあのお姉さんは全然似ていないな」


 まあ、血は繋がっていないからな。


「髪の色も、全然違うし」

「……っ」


 なんてことはないというように、テレスは髪について口にした。

 今の俺は、帽子で髪を隠している。

 髪の色に触れたということは、やはりテレスはあの時、帽子の下を見ていたのだ。


 怖い。テレスに嫌われたくない。

 だけど……テレスに、黒髪の俺を見て欲しいという気持ちがあった。


「……なあ、テレス」

「ん?」

「お前は俺の髪の色を、知っているのか?」


 恐る恐る、そう聞いた。

 それに対して、テレスは「ああ」とあっさりと頷く。


「……どうも思わないのか? 他の奴は、みんな不気味そうにしてくるぞ?」


 あの三人組には、いつもからかわれる。 

 親であるドッセル達だって、気味悪そうにしていた。


「ふん」


 テレスは大きく鼻を鳴らすと、


「――どうも思わない」


 そう、キッパリと言った。


「――――」

「たしかに、最初はびっくりした。だけど、ウルグは良い奴だ。私を怒ったり、慰めたり、助けたりしてくれた。だから、髪の色なんかでウルグを不気味なんて思わない」

「テレス……」


 テレスはポンと俺の頭に手を乗せると、優しく言った。


「誰かに何か言われたのか? そんなの気にしなくても良い。そいつらは、ウルグのことを何にも知らないんだ。ウルグは目付きは悪いけど、良い奴だ」


 泣きそうになった。

 まさか、年下にこんな感動させられるなんて。

 ……目付きが悪いは、余計だけどな。


「それに、ウルグはこの私が認めているんだ」


 胸を張り、テレスが偉そうに言う。


「――他の奴のことなんて、気にするな!」


 多分俺は、この言葉を忘れないだろう。

 こんなふうに言ってもらったのは、初めてだから。

 どうしようもなく、嬉しかった。


「あと、な。もしウルグが同じ状況の人を見つけたら、その人を助けてあげて欲しい」

「俺と同じ状況……」


 見た目で判断されている、という意味だろうか。


「私の好きな格言にこういうのがあるんだ。『人を助けることは自分を助けることだ』」


 聞いたことがある。

 確か、魔神を封印した四英雄の一人、メヴィウス・アルナードが言った言葉だ。

 誰かを助ければ、巡り巡って自分を助けることになる。そういう意味だったと思う。


「良い、言葉だな」

「ああ! 昔、母様に教わったんだ」


 嬉しそうに、テレスが頷く。


「……ありがとう、テレス」

「ふふん、気にするな!」


 ――他の奴のことなんて、気にするな。

 ――人を助けることは、自分を助けることだ。


 テレスから聞いた言葉を、俺は胸に刻んだ。

 もう、黒髪であることを悩まない。

 セシルに、テレスに認めてもらえたのだから。


 その後、テレスとたくさんのことを喋った。

 そろそろ、討伐隊が一段落する頃だろう。

 テレスも、そろそろ帰らなくてはならない。


「ウルグ、今日は楽しかった。ありがとう」

「ああ。また、親がいない時にでも来てくれ」

「……ああ」


 頷くテレスの顔は、どこか寂しそうだった。

 その理由を俺が知るのは、何年も先のことになる。



 領主と討伐隊は、特に大きな異変を発見できなかった。

 ただ、やはり例年よりも遭遇した魔物の数が多かったらしい。

 今回の調査で、警戒を高めるということが決まったようだ。

 

 テレスが遊びに来てから、二日が経過した。

 あれから、テレスは森に来ていない。

 魔物への警戒が高まったのが原因だろうか。

 別段、森の見張りが増えたとかはないのだが……。


 理由は分からないが、久しぶりに一人で修業をすることになった。

 森までジョギングして体を温め、剣を取り出して素振りをする。


「……はッ!」


 頭を上下させない。

 無駄な力を入れない。

 剣を振る時に重心を崩さない。

 手首を柔らかく使う。

 剣を真っ直ぐ振り下ろす。

 以前、テレスに教えたことだ。

 それを自分ができているか、確かめながら素振りを行う。


「――――」


 その後、《魔力武装アーマメント》の魔力調整の修業を行う。

 実戦を想定した打ち込みをしながら、即座に目的に合った魔力量に調整する。

 体を動かして、相手の動きを考えながら魔力量を調整するのはかなり難しい。

 同時にいくつものことを考えなければならないからだ。


 だが、テレスとの勝負のお陰でこの調整がスムーズに行えるようになっていた。

 テレスの放つ魔術の威力を考えて、魔力量を調整して剣を振っていたからだ。


「……よし」


 頭で考えずとも、、感覚で調整できるようになってきている。

 実戦では緊張や焦りで、修業のように余裕を持って魔力調整を行うことはできない。

 だからこそ、無意識に魔力を調整できるようになるまで、繰り返し修業を行うのだ。

 こうして、日が暮れるまで俺は剣を振った。

 少し、一人での修業が寂しいなんて思いながら。



 翌日に、テレスがやってきた。

 その表情にはいつもの覇気がなく、何か落ち込んでいるらしい。

 いつもなら耳が痛いくらいの声量で「来たぞ!」と叫ぶが、今日はそれがない。


「どうかしたのか?」


 無言で、テレスは首を振る。

 沈んだ表情のまま、しばらくの間、俺の素振りをジッと眺めていた。

 本当に、どうしたのだろう。

 体調でも悪いのか?


「……ウルグ」

「どうした?」


 ようやく、テレスが話し掛けてきた。


「勝負を、しよう」


 いつもとは違う、どこか鬼気迫る表情だった。


「……分かった」


 気迫に押され、俺は頷いた。


「…………」

「…………」


 いつものように向かい合って、お互いに木刀を構える。

 開始の合図はなく、いつもどちらかが先に動く。

 今日、先に動いたのはテレスだった。


「《旋風ホワールウィンド》!」


 下級の魔術を放ってきた。

 さらにテレスは自分で放った魔術にピッタリとくっつき、向かってきた。

 俺が《旋風》に対応した瞬間に、そこを斬りつけるつもりだろう。


 横へ跳び、魔術の軌道から出る。

 そして、間髪入れず、魔術の後ろにくっついていたテレスへ突っ込む。

 その時、テレスの口が小さく動いていることに気付いた。


 ……来る。


「――《風刃ゲイルスラッシュ》!」


 勢い良く、風の刃が放たれた。

 速い。

 だが、対処できる。

 踏み込み、《風刃》を切断する。


「……!!」


 直後、視界からテレスの姿が消えた。

 どこにいるのかはすぐに分かった。


「……上か」


 テレスは風を地面にぶつけ、その反動を利用して空中に飛び上がっていた。

 真上から振り下ろされた刃を、バックステップで回避する。


「逃がさん!」


 避けられることを予想していたのだろう。

 テレスはすぐに次の攻撃に移ってきた。

《旋風》を木刀に纏わせて、速度を上昇させて斬り掛かってくる。

《魔力武装》が使えないのを、風の魔術でカバーしているのだろう。


「はぁああ!」


 見切れないほどではない。

 だが、最初に剣を教えた時とは見違える動きだ。

 単調な振りしかできなかったテレスが、今はフェイントを交えながら様々な方向から斬り掛かってくる。


 おそらく、テレスには才能があるのだろう。魔術と剣術、両方の。

 だがそれ以上に、テレスは努力しているのだ。

 動きを見れば、どれほどの修業をしたのかが分かる。


 ……だから。


「俺も、負けていられないな……!」


 風による加速を利用した、怒涛の連続攻撃。

 テレスの攻撃に、後退させられている。

 すぐ背後に樹が迫っている。 

 もう、後がない。


「終わりだ!」


 そのタイミングを見計らっての、渾身の一撃。

 喉元を狙った、強烈な突きだ。

 下がることはできず、まともに受け止めるのも難しい。


「……!!」


 ――だから俺は、逸らすことにした。

 テレスが突き出した刃に、自分の刃を重ねる。

《魔力武装》で強化した腕力を使い、渾身の一撃の軌道を逸らす。


「な……」


 驚愕に目を見開くテレス。突きが外れ、その体勢が大きく崩れる。

 ――そして。


「私の……負けだ」 


 体勢を崩したテレスの喉元に、俺が刃を突き付けていた。

 勝敗が決した。



「……やはり、ウルグは強いな」


 切り株に座ったテレスが、どこか嬉しそうに言う。

 金色の髪が汗で濡れ、艶やかに輝いている。


「……いや、テレスも強かったよ。魔術も剣術も、見違えるくらい上達したな」

「そ、そうか? ふふ……家で頑張って練習したんだ」


 森に来なかった間、家で修業していたのだろうか。


「それにしても、魔術で空に飛んだのは驚いたよ。あんな使い方があったなんてな」


 あれは、完全に不意を突かれてしまった。

 やはり、魔術が使えると戦いの幅が広がるんだな。

 魔術師を相手にする時は警戒しなければ。


「私も驚いたぞ。最後の突き、絶対に勝てると思ったのに……」


 最後のあれは、結構ギリギリだった。

 剣道の技術が役に立ったな。剣道には、相手の攻撃を逸らす技術がいくつも存在する。俺はそのうちの一つを利用したにすぎない。


「いや、かなり危なかったよ」

「むう……悔しいな」


 そう言いながらも、テレスの表情はどこか嬉しそうだった。


「なあ、ウルグ」

「なんだ?」

「ウルグは魔術学園に、通うんだな」

「ああ、そうだな。そのつもりだ」

「そうか……うん……分かった」


 テレスが、コクリと頷いた。


「何が分かったんだ?」

「何でもない」


 やっぱり、今日のテレスは様子がおかしいな。

 どこかソワソワしている。

 何かに、焦っているようだ。


「……なあウルグ。一つお願いしてもいいか?」

「ん?」


 また、家に呼んで欲しいとかだろうか。

 しばらくは親に外出の予定がないから、厳しそうだ。

 しかし、テレスのお願いは予想とは違うものだった。


「あの、な。……頭を、撫でて欲しいのだ」


 透き通るように白い肌を、真っ赤にしながらテレスはそう言った。


「は……」


 その可愛らしい姿に一瞬ドキリとしたが、すぐに平常心を取り戻す。

 七歳の女の子にドギマギさせられてどうする、俺。

 精神年齢を考えると、親戚の姪とか、小さな妹を相手にしているようなものだ。

 ……どちらも前世で俺には居なかったけどな。


「今日はお前、なんか変だぞ?」

「……そんなことはない。いつも通り……だ」


 明らかにおかしいが、触れて欲しくなさそうだ。

 なら、詮索するのはやめておこう。

 しかし、頭を撫でる……か。


「……駄目か?」


 不安げに、上目遣いで聞いてくる。


「…………」


 テレスの短い金髪に手を乗せる。

 うわ、汗でびっしょりだ。


「……っ」


 テレスは真っ赤な顔で目を瞑っている。

 さすがに、汗がどうのは言えないな。


「…………」

「……んぅ」


 小さく息を漏らすテレス。

 少し撫でてから手を離そうとすると「もっと……」と言うように上目遣いで見てくる。

 仕方ないな。 

 そのまま、撫で続けた。


「……えへへ」

 いつもは見せないような、とろけるような笑みだ。

 なんだか、撫でているこっちが落ち着く。

 妹がいたら、こんな気分だったんだろうか。

 テレスの頭を撫でながら、ふとそんなふうに思った。


 しばらく撫で続け、手を離した。

 名残惜しそうな顔をしたが、何も言っては来なかった。


「……ありがとう」

「ああ」


 手が汗で湿っている。

 が、男の汗のような刺激の強い臭いではなく、ふんわりと甘い匂いがする。

 何で男と女でこんなに匂いが違うんだろうな。


「……あ」


 と、そこで俺も結構汗をかいていることに気付いた。

 それも、テレス以上にびっしょりだ。

 手汗も半端ない。

 汗臭くなかっただろうか。


 不安になってテレスの方を見ると、


「いい匂いだったぞ」


 とイタズラっぽく言われた。

 ……完敗だ。


 それからしばらく休憩していると、テレスが立ち上がった。


「じゃあ……私はもう帰る」

「ああ、お疲れ」


 そう言いながら、テレスは帰ろうとしない。

 森をグルリと見回した後、ジッと俺を見つめてくる。


「どうした?」

「ウルグ。また一緒に、修業しような」

「……? ああ」


 頷くと、テレスは安心したように笑い、帰っていった。


「……また、な」


 翌日、テレスは森に来なかった。

 次の日も、その次の日も。

 それっきり、テレスがこの森に来ることはなかった。


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