挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
三題噺 作者:雲鳴遊乃実
4/5

第四題「大砲/川/捕まえる」

 その街の北には川が流れていた。向こう岸は霧のためにぼやけて見通せない。川は国境となっているが、北の隣国とはもう十数年も断絶していた。
 国境警備兵となって早半年。仕事は単調だった。
 国境警備兵は渡航手続きを経ていない流れ者を捕らえるのが仕事だ。まして国交のない北の国相手となると警備は常に求められた。しかし現実に 捕物とりものが行われることはなかった。なぜか北からの流れ者は必ず空を飛んできたのだ。彼らは川に落ちるか岸に激突するかしてあっけなく命を落とした。 稀まれに生き延びる者がいても顔の骨が砕けてしまっていた。私が任についてから流れ者は何人か見たがそのうちの誰とも言葉を交わせなかった。
 人が無遠慮に飛来するわけを知る者はいなかった。噂によると北の国にとって不必要な人間は沿岸に並ぶ大砲納めらてこの国に捨てられるのだという。扱いがぞんざいすぎるようにも思われたが、実際に流れ者は何人も空を飛んできていたし、北の国の政府がどれほど人を 蔑ないがしろにするのかも 皆目かいもくわからなかったので否定はできなかった。
「自殺なんだよ」
 私よりも一年早くに国境警備兵に配属された先輩が言った。
「北の国での生活は相当酷い。年中凍りづけの土地には草木もほぼ育たず、それを食べる動物も絶えた。土地は 痩やせ細り、海は凍る。生活が立ちゆかなくなるのも無理はない」
「しかしなぜ空を飛ぶんですか」
「川をちんたら泳いでいたら簡単に自国の兵士に見つかってしまうからだ。捕まれば死んだ後も凍土の下。せめて暖かい地面で死にたくて川を渡るのさ」
 先輩が事細かに説明できるのは、流れ者と言葉を交わしたことがあったからだ。その者は三日目に脳が潰れ、今は無縁仏として墓にいる。夏になれば柳が青々と生い茂る墓所だ。

 ある夜、どんという強い音とともに地面が揺れた。繰り出た国境警備兵たちが一斉に流れ者の捜索を初めた。
 やがて私の灯りが悶える流れ者を捉えた。息があった。
「きこえるか」
  逸はやる気持ちを感じながら呼びかけた。 襤褸ぼろを着た女だ。短く刈り込まれた髪は血で汚れ、薄く開いた目の周りを染めていた。
 女は私の問いかけに応えず、手をつと私の腕に絡めてきた。私が振り払うより速く女の口が動いた。
「着いたのね」
 両の瞳が私の背後の星を映して輝いていた。
 言い終わるのと同時に女の首が垂れた。絶命していた。
 私は女を抱えた。同僚の呼び声がする。運ばなければならないのに、なかなか足が動かなかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ