生物兵器って響きがちょっと格好良くね? とかそれなんて厨二病
遊森謡子様企画 春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
詳細は遊森謡子様の3/20の活動報告
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/
をどうぞ。
夕暮れの乾いた風が吹いて、伸びて不揃いになった私の髪をかき乱した。三百六十度見渡す限りの荒地に色づく色彩はそのままセピア色の写真のように単調で、明暗以外の変化が見られない。
ボサボサの頭を手櫛で梳きながら、この景色の中で生きて動いてる唯一人の人間である私は足を速める。日が暮れる前に皆の待つ野営地へ合流しないと――。
私がいわゆる異世界に召喚されたのは一年ほど前のことだ。テレビゲームのRPGのようなお約束の「世界の危機」、つまり魔王が現れてーの魔物が蔓延ってーのと大騒ぎになった挙句、神の恩恵を受けた者でないと倒せないことがわかり、さらに気まぐれな神様はこの世界の人間を神子に指名することはなかった――いや、本当は神子に与えられる大きな力と引き換えに奪われる人としての大事な何か、生涯続くであろう苦しみをこの世界の人間に与えたくなかったのかもしれない――そうして、私は召喚されたのである。
この世界へと降り立ったとき、私に特殊な能力が与えられたらしい。
「貴女には特別な力が与えられたのです」
何卒そのお力で我々をお救い下さい、といきなり変わった目の前の風景に呆然としている私に向かって神官は頭を下げた。
「詳しいことは私にはわからないのですが”隠れているお方”の仰るところによると、神子様が不得手にしている技を能力として特化したとの事です」
”隠れているお方”というのはこの世界の神様のことらしい。ああ。と私は合点し、次いで絶望した。確かに私には周囲に評判の悪い特技がある。歩く迷惑とか公害呼ばわりされたこともある。だがしかし、何故異世界に来てまでそのことがついて回るのか、と。
打ちひしがれる間も無く、私は町外れの森に連れて行かれ、そこで極小型の魔物と対面させられた。魔物といえどこれ位のサイズだと闘争本能よりも防衛本能が勝るようで、怯えて逃げようとする姿に胸が少々痛んだが練習台として有難く私の能力を試させてもらった。能力――そう、私の歌を。
恐怖と緊張から普段以上に破壊力が増していたらしい。一小節も歌わないうちに、キュウ、と小さく呻いて瓜坊に姿も大きさも酷似した魔物は事切れた。可哀想だが仕方ない、これも神子としての務めなのだと動かなくなったニセ瓜坊に心の中で手を合わせた。そして、せっかくなのでニセ瓜坊を引きずって持ち帰り、夕飯の材料にした。勿論私は神子なので料理などはしない。そういうことをするのは一緒に付いてきた(ニセ瓜坊との対決のときは、私の声がうっかり聞こえないよう遠く離れた場所で待機していた)後方支援部隊の人たちである。
ニセ瓜坊の肉はちょっと獣臭かったが、肉質は中々柔らかく旨味もしっかり出ていた。私は肉と共に、与えられた特殊能力の屈辱を噛み締めた。
こうして私は魔王討伐へと旅立った。
私に与えられたのは、歌による特殊能力で、それが全てでありそれ以外には何もない。魔物のいる場所の手前で仲間と別れ、一人徒歩で向かっていく。歩くのが面倒だから乗馬を教えろ、馬に乗って魔物の溜まり場まで行きたいといったら、馬が犠牲になるから止めてくれと青い顔で却下された。
ところで、音の聴こえない魔物に私の歌は通用するのだろうかと疑問に思ったのだが、音というのは空気の振動なのだから聴こえる聴こえないは関係なく作用するのではないか、もしくは異世界のことであるから物理的だけでない現象が起きているのだろう、と同じように召喚されたドイツ人のオットーがそう考察していた(異世界召喚のお約束で、私たちはなぜか言葉が通じるがそこはお互い気にしていない)。
私の歌を聞きながらも生き延びた魔物もいたが、一様に精神をやられ――おそらく中枢神経をも破壊されたのだろう――すぐに絶命した。
ちなみにドイツ人のオットーの特殊能力は静電気体質を生かした電撃攻撃であるが、この世界の魔物が絶縁体質だったため役に立たず、現在は私の生命線とも言うべきiPodの充電が主な任務である。これは大変に重要な任務だ。なにせiPodが無かったら一人カラオケ状態で何時間も戦えない。うろ覚えの歌唱は攻撃力があがるのだが、歌詞詰まりによる弾切れを起こす可能性があるのでよほどのピンチのときにしか使えない、というか使いたくない。召喚された勇者としての華やかな戦いの表舞台から一転して地味な仕事ではあるが、オットーは文句も言わずに協力してくれる。いい男だ、ちょっぴり腋臭だが。
私の一日は朝起きて朝食を摂り、野営地を出発することから始まる。十分に離れた後、歌いながら魔物のいる場所を目指す。歌いながら歩くなんて、まるで熊に出会わないように鈴を鳴らしながら山に入る人のようだ。まあ熊も魔物も恐ろしいうえに出会ってしまったらほぼ死ぬという点では変わりないのだが。歌以外は普通のひ弱な現代っ子なので、出会う前に出来るだけ倒しておかないと身を守れない。そして周辺の魔物を残らず殲滅すると、皆のもとへ歩いて戻る。時には昼食を摂りに戻ったり、携帯食料で昼食を済ませてそのまま歌って回ったり。夕方まで任務をこなすと、夕食を食べてお風呂に入って寝る。その繰り返しだ。
肩掛け鞄の中には水筒、蜂蜜と油の入った小瓶が一つずつ、包帯と携帯食料その他の物資。最初は蜂蜜と油はラインナップに入っていなかったのだが、長時間にわたる歌唱生活を重ねていくうちに喉の保護に対するノウハウが蓄積されていった結果、早い時期にスタメン入りを果たした。初めのうちは油を飲むなんて気持ち悪い行為、とてもじゃないけれど考えられなかったのが、蜂蜜や水分だけでは補いきれない喉のざらつきを癒す術を求め、油に辿り着いた。水筒の中身も以前はお茶だったのだが、渋みで喉が収縮するような気がして、今では湯冷まし、つまりただの水である。
旅に出た初めの頃は、声も小さく一時間も歌うと喉が疲れてしまっていたが、今では舞台女優のように大きな声で数時間歌っていられる。それに合わせるかのように、魔物のほうも魔王城が近くなってくるとパワーアップして数も増大していった。
「君が来てくれて良かったと思うよ」
旅を続けて暫く経った頃、オットーがしみじみとそう口にした。たしかにオットーの電撃は流し打ちするにしても、相手がいることを認識しない限りは攻撃しにくい。姿の見えない魔物や森の中などはなかなか難しいだろう。私は姿が見えようが見えまいが、障害物があろうが関係なくダメージを与えられる、毒ガス並みの範囲攻撃だ。お互いの能力を上手く生かせたから良かったね、とその頃には笑えるようになっていた。
後方支援部隊の人たちは女の私一人に戦わせていることについて忸怩たる思いがあるのか、大変に気を使って優しくしてくれている。特に料理とお風呂に関しては気合を入れているようで、露営地なのにかなり頑張って焼きたてのパンだとか、食後のデザートなども欠かさないようにしてくれた。
召喚されてからのことをつらつらと振り返りながら、歩を進める。今日、やっと大仕事が終わった。魔王を倒したのだ。
今までの怒り、鬱憤、そういった感情を全て、魂の叫びとして思うさま歌に乗せつつ魔王城の中を魔王目指して歩いていった。魔王と対峙したときには、既に魔王以外の魔物は全て倒れ伏していた。
「あなたのために、心を込めて歌います!」
人生の中で、かつてこれほどまでに心をこめて歌ったことはない、という位に気持ちを込めて歌った。こぶしも入れた。伴奏部分もスキャットで歌った。
音痴だのジャ○子リサイタルだの怪音波だのとからかわれ、音楽の授業やテストでは先生から気の毒そうな視線を向けられ、クラスの合唱コンクールでは指揮が私の定番ポジションだった。挙句の果てに異世界に召喚され、晒し者のように世界各地を回りながら魔物退治をしていく。既に各地で私のことが伝説になっているらしい。なんという辱めだ。
魔王にとっては完全に八つ当たりに思えるだろうが、そもそも魔王が存在しなければ私も召喚などされなかったわけだから、当然の報いといえよう。
10分にわたるメドレーを歌い終えたとき、無念といった顔で魔王が崩折れた。しかしまだ死んだわけではなかった。さすが魔王だ。私の歌を聴いても死んでないことに私は嬉しくなった。死体ではない状態で聴いてくれる人――魔物だが――がいる、心が喜びに溢れた。
「アンコールいくぜ!」
アップチューンなナンバーを振り付きで歌い踊ると、魔王の息の根が止まった。これで唯一の聴衆を永遠に失ってしまったのだ。私は少し悲しくなった。魔王に涙を一つ零すと、生命の死に絶えた城を後にした。
ほの暗くなった道の先に、篝火の灯りが見える。向こうもこちらを見つけたらしい。松明を大きく振り回すのはオットーだろうか。嬉しくて思わず鼻歌が出そうになり、あわてて心を静めた。
結局、私とオットーは元の世界に戻れなかった。神様曰く、神としての能力が足りないらしい。本当に悪意しか感じられない神様だ。使えないにもほどがある。
数年後、オットーが夫になった。こんな冗談が通じる相手がいないのは寂しいが、概ね満足している。
子供も産まれた。元気な男の子だ。今も揺りかごで眠っている。
……子守唄を歌ってやることは出来ないが。
魔王視点の短編「神子が来たりて歌を歌う」をアップしました。よろしければご覧下さい。