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Orange Dream Never End

作者:足軽三郎
もしもあなたが現状に夢を感じていないならば。
"Hello,ジーン!久しぶり、元気ですか?この前のメールから少し時間が経ちました。日本はすっかり秋らしくなり僕の町も例年通りハロウィンのドレスアップをしています。この時期は訪れる観光客も増え、活気がありますね。
これも全てジーンのおかげです、thank you very much!

またハロウィンの写真送ります、では。See u again!"



 スマホに送られてきたメールをチェックしたジーン=柏原=マッコイは僅かに表情を緩ませた。アメリカと日本の時差を考えると多分日本は真夜中だ。寝る前に思いついたかなと考えながらランチのハンバーガーの最後の一口をかじる。

「嬉しそうね、ジーン。誰から?」

 向かいの席に座る同僚のイザベラが問い掛けてきた。キッチュな黒ぶち眼鏡がトレードマークの彼女はジーンの良い友人でもある。

 オフィスから近いファーストフード店はこの時間いつも混んでいる。賑やかで騒がしくそれでいてアメリカらしい暖かさに支配された空間はジーンにとって馴染みのあるものではあったが、それでも会話をするには少々猥雑であった。



「ああ、日本の友人からよ。今は......ユニバーシティの学生」

「そうか、貴女ハーフだものね。その関係?」

「......関係あるといえばあるかな」


 イザベラがもう少し聞いてくるかと思ったが質問はそれで終わりだった。少しの安心と少しの肩透かしをハンバーガーの包み紙と共にクシャッと丸め、ジーンは席を立つ。

「早めに戻りましょう、午後三時からのプレゼンの最終チェックをしないと」

「All right!」

 働く女のランチは忙しい。特にこのロサンゼルスのような都会ではtime is moneyの格言が幅を利かす。それでもイザベラと並んで歩くジーンはさきほど見たばかりのメールをもう一度ちらりと見た。

 懐かしいような、暖かいような不思議な感情が秋の陽光に混じってジーンの心に躍った。




******



 七年前の夏の終わり。

 ジーン=柏原=マッコイは腐っていた。どろどろに煮詰まった現状に疲れた彼女を心配した両親の勧めにより、母の祖国である日本に訪れたのはちょうどその頃だった。

 生まれ故郷のシアトルから遠く離れた日本の地。12時間のロングフライトから解放されうーんと伸びをしたジーンの目に飛び込んで来たのは、日本語で書かれた空港内の看板だ。

「一応読めるけど難しいわね、本場の日本語は」

 ぽつりと呟くと隣のビジネスマンらしき中年男性が一瞬驚いたような顔をした。見た目は完全にアングロサクソンの自分がまさか日本語を話すとは思っていなかったのだろう。



 (久しぶり、Japan、いえ、日本。しばらく厄介になるわ)


 成田空港の入国審査を終えトランクをピックアップしたジーンはリムジンバスに乗り込んだ。目指す先は祖父母の住むK県だ。






 その日の夕方には祖父母の家で夕食を囲むことが出来た。六歳までは日本にいたジーンはその頃はいろいろと祖父母に遊んでもらったので、面識が無くはないがなにぶん子供の頃の記憶だ。

 それでも母の教育のおかげで日常会話くらいなら日本語が話せるおかげで久しぶりの祖父母との会話もそれなりに出来た。母に感謝しなくてはならない。


 シアトルの自宅とは違うベッドに寝転がる。日本家屋を改築した祖父母の家はまずまず快適ではあったが、自室ほどにはやはり馴染まない。

 一人になると不意に不安がこみあげてきた。本当なら今頃はバリバリ働いているはずなのに自分ときたら23歳にもなって自分探しだ。

「life is tough......oh」

 人生は厳しい、その意味が身に沁みたが涙はもう出し尽くしたからか、出なかった。窓を開けて外を見ると小規模な田園風景と町並みが月明かりの下、広がっている。

 (まあ仕方ないわ、ノンビリ行こう)

 布団に包まりジーンは目を閉じた。フライトに疲れた体は時差にもかかわらず睡眠を欲し、すぐに眠ることが出来た。




 翌日からジーンの日本での滞在が始まった。特にこれといって目的の無い滞在なので祖父母の営む家庭菜園を手伝ったり、町内会のちょっとしたイベントに出たりというノンビリした日々である。

 都会と田舎の中間点のような海を望むこのK県M浦半島の出石町。

 特に特徴の無いこの町にジーンのような外国人が来ることはほとんど無い。最初はおそるおそるという感じで接してきた町の人々であったが、気さくなジーンの人柄もあり馴染むのに時間はかからなかった。



「柏原さんのとこのお孫さん、いい娘さんよねえ」

「見た目完全に外国人なのに日本語上手よね。私、この前英語教えてもらったわ」


 ジーンが来てから一ヶ月もすると、そんな会話が井戸端会議でされる程度には彼女は町に溶け込んでいた。季節は九月の終わり、風が涼しさを増し実りの豊かさを予感させる時期である。





「グランパ、サツマイモ掘り終わりました!」

「おう、ご苦労さん。じゃあお茶の時間にするか」

 よく晴れたある日の午後、ジーンは祖父母の農作業を手伝っていた。昔は教師だったという祖父は引退後農業を始め、巨大な家庭菜園と呼べる程度の農地を持っていた。ジーンが手伝っていたのはその一角だ。

 ふう、と息を吐きながら汗を拭う。日本に来た時はワクワクしながらも不安もあったが、思っていたよりも周囲に溶け込めてホッとしていた。何よりアメリカにあのままいたら......刺々しいまま現状の問題にぶち当たり続けていたことを考えると今はこれでいいのだと思う。

 倒れた木を利用した天然のベンチに座り、祖母がいれてくれたお茶を飲みながら日本風のお菓子をつまむ。ジーンは最初は甘さが薄味だなと思ったが今は丁度よいと思う。舌が慣れてきたんだろうか。


「......グランパ、ありがとう」

「ん?なんじゃ、急に」

「長い間会ってないのに急に訪ねてきちゃって。でも優しくしてくれて」

 ジーンの急な言葉に祖父は何も言わなかった。ただ頭をかいて一言「かわいい孫じゃからな。当たり前じゃ」と答えただけだ。



 あのまますんなりと就職先が決まっていたら、こうして日本を訪ねる機会も祖父母と話す機会も無かっただろう。そのうち帰る前提ならば、この滞在はそう悪いものではない、とジーンは考えながらお茶で喉を潤す。心の中の小さな棘がちくりと痛むのはあえて無視する。


 人生のブレイクタイムかなと思いながらジーンは立ち上がった。彼女の長いダークブラウンの髪が揺れる。シャツとジーンズという軽快な服装の彼女はすらりとして見栄えがいい。

「今日のwork、おしまいでしょ?散歩してきていい?」

「ええよ、夕ご飯までには戻っておいで」

 祖父の返事、秋の陽射し。申し分ない。



******


 太平洋に面する出石町は関東地方の中では比較的温暖な方だ。黒潮の影響だとはジーンが来日してから調べて知った。彼女のホームタウンのシアトルは雨が多く、この時期は風情はあるもののやや陰欝さがあるのは否めない。


 顔見知りに軽く頭を下げて軽快に歩く。一呼吸ごとにアメリカで鬱積したものを肺の底から追い出すように。

 ノンビリとした町。密度の低い家並みと畑が混合した町はジーンは嫌いではなかった。だが一ヶ月もいると見えてくるのは良い面ばかりでもない。


 (高齢者が多いし、公共の建物が古いわね。シャッターが閉まったままの店もちらほら......)

 日本でもアメリカでも事情は同じらしい。地方の過疎化に伴う町の税収の減少、そしてそれが招く更なる過疎化......悪循環だ。緩やかにこの町は死んでいるのかなと思うとジーンは少し寂しくなった。スピードが全てに要求される現在は取り残された者は徐々に行き場を無くす。

(that's the way it goes、か)

 仕方ない。それも自然の摂理だと思い次のカーブを曲がった時だった。




「あれ?あそこにいるのタカシでは?」

 やや小高い丘の斜面を横切るように道は続いている。ジーンはそのカーブから斜面を見下ろした。視線の先、浅い斜面の底の方に見えるゴミ捨て場、そしてそこになぜか山のように積み重ねられたカボチャとその前に立ちすくむ少年。

 瀬戸隆司。柏原家の近所にある瀬戸家の長男とジーンは即座に思い出した。確かまだ中学一年生だ、何故あんなに途方に暮れたような顔をしているのだろうか

 柔らかい黒髪が印象的な横顔が見えた。どこか呆然としているな、と思ったジーンは声をかけるか迷ったがそれも束の間、聞こえるようにハッキリと大きな声で呼びかける。

「Hey、タカシ!what're u doing there?」

 ふとした瞬間にはやはり身に沁み着いた英語が出てしまう。驚いたような顔の隆司の方へ歩きながらジーンはほんの少しそれを悔やんだ、今更どうしようもないが。



「あ、ジーンさん。いや、何でもないよ」

「何でもないって顔じゃなかったけどね。これ、pumpkin、失礼、カボチャよね。なんでこんなに捨てられてるの?誰の?」

 ジーンの問いに隆司は困ったように眉を寄せる。まるで本当のことを言うか言うまいか迷っているように。
 だがその迷いは長くは続かなかった。少年らしいまだ声変わりしきっていない線の細い声で答える。

「うちの畑で取れたカボチャだよ。まあ、他の農家の分もあるけどさ。......収穫が多すぎたら売値が下がるからわざとこんな風に捨てるんだ」

「......へ?Really?」

 予想外の答えにジーンは間が抜けた反応しか出来なかった。その様子を見て隆司が説明を補完する。




 どこの農家も基本的には農業協同組合、略して農協に所属した上で農業を行っている。そして全ての農作物は農協が農家から買い取り市場に流すのだ。つまり農協が農家にとって唯一無二の顧客なのである。

 農家からの買い取り量が増えれば増えるほど在庫管理や流通が難しくなり、また市場価格も下落する。則ち農協にとって儲けが低くなるのである一定量以上生産された農作物が持ち込まれても農協は買い取りを拒絶するのだ。



「で、まあ余った農作物はこうやって廃棄されるんだ。俺も毎年見てきてはいるけど、せっかく作った野菜がこうしてゴミみたいに捨てられるのはやっぱり......悲しいね」

「へえ、そんなことがね」

 隆司の説明で原理は分かった。やむを得ずそうしなければならない事情がある、というのもジーンの年齢(今年で23歳だ)にもなれば分かる。だが、それでも嫌悪感は沸く。明らかに不良品ならば仕方ないが正常に育った農作物を経済的な事情だけで捨てるのはやはり抵抗はある。

「今年の廃棄量はこれだけってわけ。で、俺にはどうしようもないからさ、せめて腐る前にゴメンて言いに来たんだ」

 そう言って隆司はぷい、と向こうを向いた。照れ臭いのかもしれないとジーンは思いつつ、カボチャの一つを手に取りながら別のことを考えていた。

「タカシ。このカボチャ、少しもらってもいいのかな?」

「え、それはいいけどさ。ジーンさん、まさか食べるの?」

 意外そうな顔で聞く隆司にジーンは首を振った。その右手にはズッシリした重みを緑色の皮につつんだカボチャがある。

「いーや、ちょっとしたtrick artだよ。明日見せてあげる」



******


 翌朝。

 瀬戸家の門に一つの異様な物体が置かれていた。



 オレンジ色に塗装された外皮のカボチャが一つ、ごろりと。

 そこには人間の顔を模したのか三角形の穴が二つ開けられまるで目のように見える。その下部には三日月のように開けられた黒い隙間、多分これが口なのだろうか。

 中身はくり抜かれたのか見えない。ガランとした黒い空洞しかそのモンスターめいた不気味なカボチャの目や口の穴しかなかった。


「な、なんだこりゃ?」

 サッカー部の朝練に出かけようとしていた隆司が真っ先にこれを見つけた。正体がカボチャと分かれば特に怖くもないが、ユーモラスでありながらどこかホラーめいている。キモカワイイと言えばいいのか。

「多分、ジーンさんが作ったんだろうなあ、これ」

 そう呟きながら隆司はそのオレンジカボチャを持ち上げた。その下にひらりと一枚、紙切れが敷かれていたのを見つける。

"If you have free time, come to Kashiwabara house"

 やや癖のある文字でそう書いてある。ジーンに違いなかった。






「ジャックオーランタンというんだ?」

「ええ。正確にはあのカボチャはジャックオーランタンの顔でしかないけどね。ホントはあれに三角帽子を被せてマントを着せて人間ぽくして出来上がり。あれだけだと略式かな」

 その夜のことである。夕食後訪ねてきた隆司をジーンは居間に上げた。瀬戸家とは古い付き合いなので祖父母も特に何も言わない。

「あんなん初めて見たよ。えっとその何、ハロウィンていうお祭りで作られるの?」

「Yes.もともとはケルト民族が秋の収穫を祝って始めたお祭りだが今やヨーロッパやアメリカでは単なるエンターテイメントとしての色彩が濃い秋のお祭りがハロウィンだよ。それにはあのカボチャが欠かせない。中にロウソクを立ててランタンにもなるわ」

 昨日持ち帰り自作したカボチャオバケについて解説するジーン。どうも隆司はハロウィンというものを初めて知ったらしく、興味津々である。そんな彼にジーンはハロウィンとはなんぞや、あのカボチャオバケはどういう意味があって作るのかを自分が知る限り丁寧に説明した。

 ジャックオーランタンは言ってみればハロウィンの象徴でありマスコットである。あれを作り家の中や玄関に飾る。そして子供達はお化けの格好をして周辺の家を一件一件「Trick or treat」......いたずらかごちそうかと言いながら回り、おかしを貰うのだ。



 それを説明したジーンは笑いながら隆司に言った。

「せっかくだからちょっと面白いことをしようと考えていてね。あそこに捨てられたカボチャをあのカボチャオバケに変えて町中に飾ろうかなと。もとは廃棄された野菜だから誰も困らないし」

「それはまあ。むしろ喜びそうな気もするな。皆分かってはいるけど、野菜捨てることには抵抗あるから」

「All right、なら話は簡単ね。もしタカシの友達でハロウィンに興味持ちそうな子がいたら話してみて。幸いハロウィンは10月の最後の週がそれにあたるからまだ一ヶ月はあるわ、かなりのカボチャオバケは作れるはずよ」

 ポン、と手を叩いてジーンはソファから立ち上がった。隆司は向かいのソファに座ったまま、ちょっと眩しそうにそんなジーンを見る。

「ん?どうかしたの、タカシ?」

「いや、ジーンさん、生き生きしてるなあと思って」

「......ああ、ま、こういうfestivalは好きだからね」

 ほんとは会社の仕事として取り組みたかったけど、と自分の心の中で呟きジーンは隆司にカボチャオバケの作り方を教えることにした。



******


 ああ、そうそう。まず上の部分切り取って中身をくり抜くの。そして目と口に当たる部分をカットして、最後にカラースプレーでオレンジ色にペイント。言うのは簡単だけど実際にはくり抜くのが大変かな。



 ねえ、ジーンさん。前から聞きたかったんだけどさ、なんでジーンさん日本に来たの?なんか、こう留学とか目的があって来たようにも思えないし......



 ......そうね、話してもいいわね。
 タカシ、ユーマンショックって聞いたことある?アメリカのね、ユーマンシスターズという大きな投資銀行が破綻したの、去年ね。その影響は金融業界だけでなくたくさんの会社に広がったの。ちょうど私が大学卒業後に働く予定だった調査会社もその一つ。



 え、それってつまり......


 ええ、内定取り消し。泣けるでしょ?これでも西海岸ではそこそこの有名な大学でマーケティング専攻して成績もそれなりだったのよ。でもそれも今は、ね。

 で、自暴自棄になっていた私を見兼ねて母の実家がある日本で気分転換を兼ねてvacationしてきたらと薦められたのよ。



 ごめん、ジーンさん。あんまり言いたいことじゃなかったよね。



 いいの。それは、ほんとに。それにこんなことでも無ければ日本のグランパやグランマにも、出石町の人達にも、タカシにも会えなかったし。そう遠くない将来にアメリカには戻るけどこの日本行きは必要なステップなのよ、きっとね。

 ほら、手が止まってるわよ。



 あ、ごめん。うん、じゃもう一個作ってみるよ。


******


 ゴミ捨て場に無残に放り出されたカボチャの山。

 その前で立ちすくむ日本人の少年。

 ジーン=柏原=マッコイはその光景に心動かされたわけではない、とは言えない。



 立派に育っても市場にも出ずにその生命を終えたカボチャの山と、どこか鬱々としている自分を重ね合わせたわけではない......とも言い切れない。


 一見穏やかな日常の中に隠そうとしていた焦りはジーンの中でマイルドになりつつあったが、消えたわけでもなく、この機会に形を変えて燃え上がった。


(何かをしよう)

(癒されるだけでは前には進めない)

(たとえそれが些細な一歩でも)

 手を、動かす。
 一心不乱にカボチャオバケ、いや、最終的にはロウソクを中に設置したカボチャランタンを作り出すことに集中するジーン。





 一方、最初は面白半分で手伝っていた隆司やその友達も次第にカボチャランタンの作成に熱心に取り組むようになった。

 出石町の子供達は程度の差こそあれ、農業に何らかの形で関わりのある子が多い。実家が兼業農家だったり、親戚が農協で働いていたりとその関わり方は様々だが、それだけに余った農作物があっさりと捨てられる光景を幼い頃から見てきた。

 何か違うな、と思いながらも周囲の雰囲気から言い出せない。

 仕方ないと諦めつつも無念さを隠せない周囲の大人の顔。

 いつしか鬱積したそれらの記憶は、ジーンのもたらしたアイデアにより火をつけられ徐々に燃え広がっていった。



******


 そして現在。ジーンは思い出す。あのカボチャランタン作成から始まったオレンジ色の美しい夢を。






 最終的にその秋には出石町に100個を超えるカボチャランタンがディスプレイされることになった。町民の一人が悪戯心からその製作過程をビデオに録画し動画サイトに流したこともあり、興味を持った関東圏の観光客が少数ながらも10月末のハロウィンウィークに出石町を訪れた。

「かわいい!」

「日本で町単位でハロウィンが見られるなんて初めてかも!」

 ジーンに言わせればカボチャランタンを並べて適当にハロウィンのシンボルカラーのオレンジ色を町の各所に配置しただけではとてもハロウィンとは呼べなかったのだが、ほぼ0予算で行った割にはウケはよかったと言えるだろう。



 そしてそこから始まった。本格的なハロウィンイベントを町興しとして取り組む試みが。


 小さな成功に過ぎなかったが、それは火種となった。新しいイベントに餓えていた出石町の観光課がジーンに声をかけ、ほぼ同時期に廃棄野菜に頭を痛める農協の協力も得られたことにより事態は動き出したのだ。

 日本で本格的にハロウィンをメイントピックに据えた町はない。奇しくも観光客の言葉通り、それを叶えるべくジーンを中心にした"出石町ハロウィンタウンプロジェクト"がその冬発足した。

 インターネットを駆使したPR、町民一人一人のイベントへの意識改革、商工会議所の説得、金融機関からの融資引き出しの為の企画書作成......ありとあらゆることにプロジェクトチームは奔走しそして一年の月日が経過した秋、その努力は結実することとなる。



 来訪観光客数約四十万人。ハロウィンイベント月間として位置づけた10月に出石町観光課が記録した観光客の数だ。前年度まで大した実績のない街がこれ程集客したのはなかなか類を見ない。

「まさかここまで成功するなんてね」

 隆司がジーンに笑いかける。その髪の毛をくしゃくしゃと撫でながらジーンはトビキリの笑顔を返した。

 そこかしこに置かれたジャックオーランタン、仮装して観光客を出迎える町の住人達、交通課にかけあいこの期間だけは信号にもハロウィン用の飾りをつけることを了承してもらうなど細かい努力を重ねた成果だ。

「皆の努力のおかげよ。アメリカのハロウィンにも負けない本格的な物になったわ。ほら、タカシ、あのジャックオーランタン見て!子供達が泣いてる、ほんとreal!」

「あれはやり過ぎでは......」


 日中は家族連れをターゲットにした賑やかなハロウィンをメインとし、夜はカボチャランタンを使った幻想的なイルミネーションをメインとすることでカップルも取り込もうという貪欲な試みもひとまず成功といっていい。ジーンが大学で専攻していたマーケティングを理論の下敷きにし、それをプロジェクトチームがサポートした結果だ。





 やり遂げたという思い。確かに心に残る充足感。ジーンには思い残すことはもう無かった。

 周囲の人々の笑顔を見ながらこの一年で格段に上達した日本語で挨拶をする彼女は満足そうに笑い、そして誰よりも最後に祭りの場を後にしたのだ。


 アメリカに戻る、と決め隆司や祖父母、お世話になった人々にそれを告げた彼女にはもう迷いも気負いもなく、そして誰も止めはしなかった。ただその時の感謝の笑顔と涙が今も暖かい記憶となっているだけだ。

 最後に隆司が「俺、いつか絶対ジーンさんみたいに格好いい大人になるよ」と言ってくれた時に頬を赤くしていたのは、ひょっとしたら好意でも持ってくれていたのかな、と思わなくもないが。







 (日本からアメリカに戻ってもう六年かあ。早いなあ、月日が流れるのは)

 午後のプレゼンでまずまずの結果を収めたジーンはその日は早めに退社した。10月のロスアンジェルスは都会なりに秋の色合いを深めつつあり、街の各所に植えられた楓の葉も紅葉しつつある。

 アメリカに帰り、苦戦を覚悟しながら就職活動を再開したこと。しかし最初の面接で予想外に好意的に受け止められ、その場で面接官に言われた意外な一言がメトロの駅に向かって歩くジーンの脳裏に甦る。


「Japanで初めてハロウィンを成功させたと有名な新人とこうして話せるとは光栄だね」

 意外な一言に固まったジーンに面接官は手元のパソコンを操作して動画サイトを見せた。そこには"Great success of Hallowin in Izushi town"のメッセージが躍り、日本で地方のテレビ局にインタビューされたジーンが映っている。

「何ですか、これは」

「知らなかったの?君、結構有名人なんだよ。日本に初めてハロウィンでmoveを起こした人物としてね」

 仰天したジーンに面接官が答える。冗談だとジーンは思っていたが面接官の顔は真剣だった。

 他にも何社か受けたがどこでも好意的に受け止めてくれたことには変わりない。正式にオファーをもらった会社の中でジーンが選んだのは中堅どころの市場調査コンサルティング会社だった。日本について最も造詣が深いと感じたのが彼女が選んだ理由だ。







 (......人生は不思議だ)

 回想の回廊から戻りながらジーンは思う。

 もしユーマンショックが無かったら。

 もしあの時日本に行かなければ。

 もし隆司と捨てられたカボチャの山を見なければ。

 今の自分は無かったにちがいない。夢のようだ、と時々思うこともある。捨てられたカボチャとハロウィンと親切な人々が自分にくれた夢なのだと。



 メトロの駅に着く直前、ジーンは空を見上げた。そこには秋の夕暮れが広がっている。紅に一歩手前の空の色が自然と彼女にスマホを開かせた。


"Hi、タカシ。メールありがとう。そちらは朝?ロスは夕暮れ。綺麗なorange色の空よ。私を変えてくれた素敵な夢、あのハロウィンのイベントカラーと同じ色"
夕焼けの空を見上げるといいかもしれません。

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