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  NOAH 作者:緑川海月
相反する心─1─
結局、この世界ではどこにも行き場はなく。
無理やり陽央に連れ戻された黎は、櫻井家の自室に閉じこもった。
時々陽央や聖が様子を見に来てくれるが、一切言葉は交わさなかった。
李苑が食事を運んできてくれても、それに手を出す事はなかった。
 
浅い眠りについても、見る夢は同じ。
愛しいノアの最期。

『──……』
 
何かを訴えるような、そんな瞳。

(何て言ったんだ)
 
ノアは、何を伝えたかったのだろう。
薄く開いた唇で。
何か、言葉の形を作っていた。

(一緒に逝こうって……言ってくれよ……)

 
そうして、目が覚める。
頬を伝う涙は、枯れる事がない。
そんなことを何回も、何回も繰り返した。徐々に“現実”がなんなのか、分からなくなるほどに。

そこに、夢見心地の世界にいた黎を引っ張り出す声が響いた。

「まーた寝てる〜!」
 
バタン、と勢い良くドアを開け、部屋中にキンキン声が響いた。

「もう夕方だよ! 起きて起きて。カーテンも引きっぱなしじゃ余計に気分落ち込んじゃうよ〜?」
 
と、シャッとカーテンが開け放たれる。
傾きかけたオレンジの太陽の光が、部屋の中いっぱいに飛び込んできた。

「れーい、おーきーてー!」
 
容赦なく体を揺さぶられる。
はじめは無視を決め込んでいた黎だが、あまりの喧騒にガバッと飛び起きた。

「やーっと起きた!」
 
ぶう〜っとむくれながら、目の前の少女は言う。そして、次の瞬間にはパッと明るい笑顔を見せる。

「おはよう! 黎!」

何の悪びれた様子もない乃亜は、制服姿だ。きっと学校帰りに直接ここに来たに違いない。

「やっと中間終わったんだ。しばらく来れなかったから寂しかったでしょ? はい、これね、テストの問題。気分良くなってからでいいから提出しろって先生が。あとね、これが……」
 
まだカバンをガサガサやっている乃亜を尻目に、黎は立ち上がり、部屋を出て行く。

「あっ、ちょっと、まだ渡すものが──」
 
追いかけてくる乃亜。
黎は無視して、階段を下りていった。
そして、この二年で染み付いた癖なのか──リビングへと入っていく。
 
リビングには李苑と雛がいた。
テーブルの上に散らばった色とりどりのクレヨンと白い画用紙。

「できた〜!」
 
雛が嬉しそうに一枚の画用紙を持ち上げた。

「上手に出来たわね、雛ちゃん。……あら、黎くん、おはよう」
 
李苑はにっこりと笑う。

「ちょうど良かったわ、今雛ちゃんが黎くんの似顔絵を描いていたのよ。見てやってくれる?」

「れいくん、みて〜! ひなね、れいくんかいたんだよ!」
 
雛はその絵を持って、黎の元にやってくる。

画用紙いっぱいに顔が描いてあり、その周りには赤や黄色で花らしきものがたくさん描かれていた。

「これがチュリプーで〜、これがしゃくりゃで〜、これがひまわい! れいくんお花のおせわしてるの〜」
 
記憶がなくても植物には興味があった…。
良く花壇の手入れをしたり、植物園に出かけていたのを雛は見ていたのだ。
無垢な笑顔に、思わず表情を崩しかける。が、そこに乃亜が来たので、パッと身を翻し、玄関へ向かった。

「あっ、黎ってばー!」
 
バタン、と扉の向こうに黎は消えた。
乃亜はふう…と溜息をつく。

「…うるさくし過ぎるかなあ…」
 
落胆の色を隠せない彼女に、李苑は優しく微笑みかける。

「ありがとう、乃亜ちゃん。黎くんには……もう少し時間が必要なのかもしれないわね」

「はい…」
 
しばらく沈んでいた乃亜だが、「よしっ」と頷いた。

「李苑さん、私、頑張ります! 明日も来ます! それじゃあ!」

「はーい」

「のあちゃん、バイバーイ」

「バイバイ、雛ちゃん」
 
 
笑顔で乃亜を見送った後。
李苑は顔を歪めた。

「いたた…」
 
と、大きくなってきたお腹をさする。

「おかあしゃん、ぽんぽいたいの?」
 
雛が駆け寄ってきて、心配そうに李苑のお腹に手を当てる。


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