現実─3─
「楽になるだって…? …お前がそうだからか? 一緒にすんな!! 俺とお前では違う!!」
「アタシだって辛かったわよ! でも……確かに、アタシは記憶喪失のアンタを抱えていたし、環境のまったく違うこの世界に戸惑う事が多くて、どっぷり悲しみに浸っている場合じゃなかったから、立ち直りも早かったんだろうと思うけど…。でも、大切な人達を失った悲しみを、忘れたわけじゃないわ…」
陽央はなるべく落ち着いた口調で、黎に語りかける。どれだけ悲痛な想いを抱いているのか、それが解るから。そして“遺言”を守りたいから。
「今でもリトゥナの夢にうなされる事もある。でもね、アタシはこう考えてるの。ここに来たのは偶然なんかじゃない。…ノアと、黎のお母さんが、ここに導いてくれたんだって」
「…!」
黎の瞳が大きく見開く。
「ここでアンタを見ていて本当にそう思ったわ。だって…」
「ああ、そう」
黎は陽央の言葉を低い声で遮る。
「じゃあ何か? この場所に飛ばされて、“乃亜”に出会って、優しい家族の中で笑っていられたのは、皆ノアのおかげだって言うのかよ! …冗談じゃねえよ!」
この二年間の記憶は鮮明に覚えている。
優しい兄夫婦とかわいい姪っ子。隣には“乃亜”がいて。ほのかな想いまで抱いて。キラキラと輝くような幸せの中にいたのだ。
横暴な父の代わりに。
一度も傍にいてくれなかった母の代わりに。
敵意しか向けない兄弟の代わりに。
──最も愛しい存在の代わりに。
無意識の内に望んだもの、全てを手に入れて。
緑溢れるこの美しい世界で、何もかも忘れて生きることが……それが彼女の願いだったとでも言うのか!
何も知らないで、幸せになることが。
願いだとでも言うのか……。
黎は大きく頭を振った。
(認められない)
誰が認めても、自分だけは。
(こんな、現実!)
ノアのいない世界など。
「ノアはあの時……一緒に死んでもいいって言ったんだ! なのに俺一人置いて、幸せを願うだなんてありえねえ!」
「そんなこと! だってノアは最後に『助けて』って言ったのよ! だからアタシはアンタをここに連れて来た!」
「そんなの知らねえよ!」
「黎! 聞いて、本当のことよ。ノアはアンタに生きていて欲しかったのよ!」
「黙れ!」
黎は陽央から逃げ出す。
真実などどうでも良かった。
ただ、ここに一人で幸せでいることが耐えられなかったのだ…。
徐々に暗くなってきた空からは、冷たい秋雨が降り注いできた…。
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野いちご版「NOAH」
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