字がすり減って解読不能な表の看板を無視するように古ぼけたコートを羽織った老人がズルズルと四肢の獣を引きずりながら場末のバーに入った。店の奥には年季のはいったビリヤード台が埃をかぶりあてもなく客を待ちわびていた。
「客さん。そんな気味の悪いモノを店に持ち込まれたら困るんだけど……」
ガラスコップを磨いていたマスターが当然のごとく不満を口にする。
「これを外に置いていたら盗まれてしまう。なにせこれには一〇〇万ドルの賞金がかかっているからな。いいじゃないか他に客はいないし、仕留めたばかりだから腐ってもいない」
「するとそれは……」
「そうさ、狼男さ」
老人は得意げだ。
「どうやって捕まえたんですか?」
マスターは驚きを隠せない。
「簡単さ。銀の弾を撃ち込んでやったのさ」
老人の発言のあと、マスターは背伸びをしてカウンターから赤褐色の毛並みをまとった狼男の亡骸を確認した。
「マスターこの店で一番高い酒をくれ!」
「はい」
老人はライフル銃をコートの内側から出すとカウンターに立てかけ、椅子に腰を下ろした。
カウンター内にいるマスターは背後で酒瓶がずらりと並んでいる棚からではなく隅に置いてあった小さな木箱から色落ちしたラベルが貼られたお酒を出した。
「グレングラッサです」
褐色の液体がコップに注がれると芳醇な香が老人の鼻を刺激した。一気にあおりすぐにおかわりを要求した。
「よく狼男の居場所がわかりましたね?」
酒を注ぎながらマスターが尋ねる。
「執念さ」
「執念?」
マスターが訊きかえした。
「二十年前の満月の夜に妻と娘を狼男にかみ殺された。それからずっとコイツのことばかり考えて生きてきた。最期に仕留めた弾は妻の形見でもある銀製の十字架を溶かしてつくったものなんだ」
「それはお気の毒に」
マスターは同情して眉を垂れ下げる。
「この村を見つけるのに苦労したぜ」
「でしょうね」
「余計な心配かもしれないが、こんな田舎で店を続けていられるのかい?」
老人のからかうような質問には裏があった。周りに民家はあるが子供たちの明るい声は聞こえてこない。年寄りだけが取り残された過疎の村に外でお酒を飲む習慣のある人たちが皆無なのは安易に想像できた。
「あなたのようなお客様が来てくれるので見かけよりも結構繁盛してるんですよ。いまはたまたま常連さんが来ない時間帯なだけです」
マスターが白い歯をチラリと見せた。
「ということはおれのような命知らずがたびたびここを訪れるのかい?」
「はい」
マスターは即答した。
「狼男を仕留めた奴をどれだけ見た?」
「一人もいません」
「どういうことだ?」
老人は首をかしげる。
「狼男はとてもしぶといんですよ。ちゃんと死んだのを確認しないとあとでえらい目に遭いますよ」
マスターはニヤッと笑い視線を老人の後ろへ逸らせた。老人は背中に寒気を感じて振り向いた。すると、さっきまで死んでいたはずの狼男が黄色い眼を怪しく光らせ、ゆっくりと立ち上がった。
老人は素早くライフル銃を取り上げ、飛びかかってきた狼男の口へ銃身を突っ込み、引き金をひいた。口の裏側に風穴が開いた狼男は倒れると見る見る毛が抜けて端整な顔立ちの青年へと変貌していく。
マスターが息絶えた狼男を見て忠告するように言った。
「狼男は人間の姿で死んだときが本当の死を迎えることができるんです」
「うかつだった」
老人は頭を掻いた。
「すごい腕前と勇気だ。ちょっとそのライフルを見せてもらえませんか?私もそろそろ護身用に銃を買おうかと思っていたところなんです」
マスターはライフル銃を手に持つとへぇーとかほぉーとか関心を示し、老人を賞賛する言葉を連発した。
「いやー、本当にすごい。こんなに重たい銃を持ってあんなに俊敏な動きができるなんてまさに神業だ!」
「運動したらお腹が減った。なにか作ってくれないか?」
老人は照れ隠しのために注文した。
「すいません。この店はいっさい調理をしないんですよ」
「少しでも売り上げに協力しようと思ったのに残念だな」
「ただし、生肉なら目の前にありますけどね」
マスターは銃を後方へ放り投げ、ガルル……と唸り、筋肉を隆起させ、服のボタンを弾き飛ばすと体中に赤褐色の体毛が生え、顎が伸びて醜い乱杭歯から粘性の涎を滴り落とした。
<了>
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