かぐや姫に例えた10のお題
ある朝、水筒が金色に光っていた。
「いやー、ないっしょ」
疲れているに違いないと目をこすり、もう一度よく見てみる。そうしたらほら、
「水筒は今日も元気に光って……えー?」
この水筒、そんな便利機能が付いていたの?
などと思うことにして慎重に(決して怖がってなどいない)水筒を開けてみる。
「おぎゃー!」
お父さん、お母さん。恋人はまだいないけど家族が増えました。――って、俺はこれからどうすればいいの?
誰か助けて。
● 竹の中から赤子。
「おとおさん、おいてー」
次の日、赤子が喋っていた。
「……そう言えば女の子の成長は早いと言うし……早すぎだよ!」
「ひゃひゃすぎだー?」
なんとも言えない気分で呟くと、女の子が自分の真似をする。おかっぱ髪が揺れる様は可愛らしい。のだが
「とにかく服を買ってこないと、だな」
ほぼ素っ裸なその姿にいたたまれない。それにあらぬ誤解を受けそうだ。
「……明日また大きくなってたりしない、よな?」
はい、ありえそうですね。
● 急成長する女の子。
一週間後、女の子は女性になっていた。
「……もう俺は驚かないぞ」
「お父さん? どうかしたんですか?」
天井のシミを見つめながらそう言うと、女性が艶やかな長い髪を揺らした。見た目年齢がそう変わらない女性にお父さんと呼ばれるのは、なんだかこそばゆい。
いやしかし、それ以上に最近こそばゆくて堪らないのは。
「君も中々やるねぇ」
「あの子を逃しちゃいけないよ」
近所の人から向けられる、なんとも生ぬるい優しい目線の方だ。
● 美しいという噂。
「あの、本当に困ります」
とある日、聞き覚えのある声が困っていた。
振り返ると買い物袋を両手に提げた女性と立派なスーツの男。
「でもっ僕の方があなたを幸せにできるはずです! 給料だって絶対」
男の言葉に、ぐさっと刺さってなんかいない。
「何してんだ?」
でもイライラしつつ声をかけたなら、女性が嬉しげな顔を浮かべたので
「おかえりなさい」
「ただいま」
今だけは優越感に浸ることにしよう。
芽生えた何かにしっかり蓋をして。
● 求婚者達は愛を告げる。
「頼みがあるんだ」
ある日、友人に頼みごとをされてしまった。
「……まじか」
手には高そうな封筒に包まれたラブレター。もちろん俺宛てじゃない。家にいる女性に向けてだ。
友人は俺と女性の関係を正確に知っていた。水筒の中に赤子がいた、という話を信じてくれた大切な友人。
「これ、あいつから」
手紙を渡して、中身を読む女性から目をそむける。
「あいつはいい奴だよ」
誤魔化すようにそう言ったら「知ってます」と女性が泣いた。
● 彼女への文を運ばせて。
「なんで素直にならないんだ?」
ある晩、飲み屋で友人にそう言われた。
「なんだよ急に。俺は素直に生きてるよ」
友人の言葉に、何かが刺さってなんかいない……って前にもあったな。
「俺に気兼ねしてるんなら」
情けない顔をした友人に、「違うんだ」と話しだす。
「幸せになって欲しいんだよ」
友人が怒った顔をした。鋭い奴。半分嘘だと気づいてる。仕方がないかとホントを口にする。
「だってさ、『かぐや姫は月に帰る』ものだろ?」
● 結婚出来ない理由がある。
ある晩、女性が月を見上げていた。
「……何かあったのか?」
悲しげな横顔に思わず声をかける。月明かりを浴びた女性は美しかったが、その姿はあまり好きじゃない。
「私の故郷があちらにあるのです」
ああ、やっぱりそうなのか。
思い浮かんだのは納得で……いや、納得が湧いたと思いこませる。
「帰りたいか?」
否定の一言を聞きたいためのズルイ質問に
「私に帰って欲しいですか?」
そんな問いが返ってくる。
俺は、答えられなかった。
● 毎夜彼女は月を見て泣く。
「私をあなたの妻にしてください」
ある朝、女性がそう頭をかげてきた。
「……とりあえず落ち着け」
何か言いたそうな女性を制し、そういえばいつから俺のことを「お父さん」と呼ばなくなったんだったか、と思った。
「悪いが、君と結婚はできない」
「どうして?」
俺にも分からない。いつから君の呼び方が変わったのか。君が自分のどこを好きになってくれたのか。
誰か俺に教えてくれ。
どうしてこんなにも、俺は君のことが好きなんだ。
● 彼女の望みを叶えられず。
満月の夜、女性が家を出て行った。
「自動車とか」
不思議な乗り物ではなく。高級そうな自動車でどこかへと去っていく。
「絶対空飛べるんだぜ、あの車」
軽い口調で言ってみるが、自分でも分かった。俺は今、泣きそうな顔をしている。
「空なんか飛ばれて行ったら追いつけないな」
それでいい。追いつけないから諦められる。
「……だからこれで良いんだ」
言葉の途中で頬がひんやりした。身体は素直で笑えてくる。
「良いわけねーよ!」
● 変えられない月の運命。
「おいっまだ空飛ぶなよ!」
満月の夜、俺はそんなことをバイクに乗って叫んでいた。
一体俺は何やってんだと思いつつ、それを言うなら今までの俺は何をやってたんだと思いなおす。
「どうして」
驚いた顔の女性が、窓越しにそう呟いたのが分かった。
「分からねーよ」
そう、俺は馬鹿だから。分からないことだらけだ。でもそんな馬鹿な俺にも今何すべきかは分かる。
「君が好きだ! 結婚してくれ」
ずっと言えなかった気持ちを伝えること。
● やがて使者は姫を攫う。
竹じゃなく水筒ですが気にしない。
最後の使者は月からの、とないので地球からの使者でもいいよね、とこんな感じに。
お題を見てすぐに思いついた『水筒に赤ちゃん』というのから一気に書き上げて見ました。
使用お題は【Abandon】様よりお借りした『かぐや姫に例えた10のお題』です。
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