冬の記憶
「大昔の、絵を発見したわ」
ホウプは喜びに満ちた妻の声を聞いて、読んでいた雑誌から顔を上げた。今さっき仕事から帰宅した妻が目の前で誇らしげに立っている。
思わぬ報告に、ホウプも興奮を隠せず、
「へえ。ついに大発見というわけか。やったじゃないか。普通の勤め人だった君が古代文明の発掘調査に参加したいと言ったときは、さすがに僕もあっけにとられ驚いたものだが。一体どこで発見したんだい」
思わず椅子から身を乗り出す。
「N地方の山奥よ。地面を掘り進めていくと、頑丈な扉をまず発見したの。今の文明では使われていない材質でできていて、解読不明な文字らしきものが並んでいたわ。だけどいくら頑丈といったって、所詮は大昔の代物。強度が落ちていたみたい。なんとかこじ開けて中に入ったわ。中は広い空間になっていたのだけれど、それはもう、恐ろしいくらい寒くて寒くて、防護服がなかったら調査隊皆死んでいたわ」
ホウプの妻、トリムはそのときのことを思い出して、身震いした。
「おいトリム、あまり僕に心配をかけさせるなよ。君に死なれたら、僕は」
ホウプは立ち上がり、トリムの肩を抱いた。
「馬鹿ね、ホウプ。貴方を置いて死んだりしないわ。それより、その発見した空間は大昔の地下シェルターじゃないかって、専門家の間では推測されていてね、何かのはずみで室温調節機能が狂ったんじゃないかって。シェルター内には何もないのよ、誰かいた痕跡もない。きっとあの凄まじい寒さでみんな朽ちてしまったのよ、一枚の絵以外はね」
「そのシェルターの中に絵が? 絵だけが無傷で無事だったというわけか。おかしな話だね。それでその絵は一体どんな絵なんだい」
トリムは絵を思い出すかのように空中を見つめ、少し考えてからこう言った。
「それほど大きくない、けど、なんの絵だかさっぱり分からない。風景画のように見えなくもないけれど、地球上にはあんな場所は存在しないと思うし」
「なんだそりゃ。本当に大昔の代物なのかい、それは」
「絵を構成している全てが今の文明では未知のものなのよ。それに」
トリムはそこで目を細めて遠くを見つめた。
「その絵は、何を描いたのか分からなくても、見ていると、とても懐かしいのよ。なぜかしら。その場にいた仲間もみんな同じことを感じていたわ」
トリムは一生、その絵に描かれているのが雪の風景だとは理解できない。
トリムやホウプは雪とは無縁だった。なにせ今の地球の平均気温は五百度なのである。ホウプ達人間は、今やその環境に適応した姿に進化していた。
大昔、ある老画家が、日に日に熱を増す地上から逃れるため、地下シェルターに逃げ込み、幼い頃の記憶(その記憶さえ、記録映画から得たものであった)の中の雪景色をキャンバスに描いた。仕上げに、その時代の最高精度の耐熱加工と、腐食加工を施して。
ほどなくして画家は死に、シェルターは気の遠くなるほどの長い年月のあいだ、上がり続ける地球の熱に耐えられなくなった。
トリムがシェルターを開けたとき、中は三百度ほどになっていたのだ。耐熱加工を施された一枚の絵以外は、全て燃え尽きたあとだった。
「発見された絵は、シェルター内と同じ温度で今も研究施設に保管されているわ。そのうち、美術館で公開されるでしょうね」
「それはいい。僕もその絵をぜひ見てみたいよ」
ホウプもきっと、トリムと同じように、心の奥底から湧き上がってくる、憧憬に似た懐かしさを、その絵に感じ取るだろう。
それは、遠い遠い昔の、地球の冬の記憶。
「近いうちに研究施設にいらっしゃいよ。見せてあげる。発見者である、わたしの権限でね」
「君も偉くなったな」
ホウプとトリムは肩を寄せ合い、頬を擦りよせ、仲良く笑い合った。
「500度の地球(笑)」最早温室効果ガスだけのせいじゃないな。きっと太陽が膨張したんだ、水星とか金星はもう飲みこまれた(笑)どんだけ未来なのか。
500度でも人間は頑張って生きてます、形はかなり変わってるだろうけど。
いろいろおかしいところはご指摘いただけたら嬉しいです。シェルターの耐性とかもよくわからない。