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転生世界のナンバー8 作者:つよぐち2号
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「……空を、見ている」

 青年の足元にカエルのような格好でゴブリンが倒れている。血も流さず時折痙攣している様から見るに気絶させたのだろうか。
 丸腰でゴブリン2体を斃すことが難しいとは言わない。自分でも出来るだろうし大抵の冒険者なら普通に出来るだろう。少女が驚いたのはそこではない。

「何で突っ立ってんのよッ!!」

 報告が無かった事はいい。闘えることを言わなかった事も別にいい。しかし、後ろでは命がけの駆け引きをしてるというのに、ただ『ぬぼ~』っと突っ立っているのはいただけない。
 終わったらさっさと加勢してくれればいいではないか。それなのに『空を見ていた』とは一体何なのだ。
 少女は正面を見て、すり寄ってきていたゴブリンに『シャ~ッ!』と威嚇。ビクリと後退ったゴブリンを確認してから再度青年を睨みつけた。 

「……指定された対象の無力化を確認した。命令は遂行した」
「何で殺さないの!?」
「……過度の有形力行使は『悪』であると博士は言った。それに私は殺せとは命令されていない」

 ボソボソと陰気な声音に、頭を掻き毟りたい衝動をぐっと抑える。
 殺さなければ殺される。ゴブリンは手心を加えられた事など理解しないし、理解したとしても恩義を感じて去っていくなんて愁傷な性格はしていない。ラッキー程度にしか考えないだろうし、意識が戻った瞬間に飛びかかってくるに違いない。
 少女が軽く地団太を踏みながら叫んだ。

「ああ、もう! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! いいから手伝いなさいッ! 左側のやつをお願い!!」
「……了解した」

 青年が振り返り少女の横に並ぶ。そしてそのまま無造作に前進し、キョトンとしているゴブリンの腕を掴でくるりと捻る。ただそれだけでゴブリンが頭から地面に突っ込んだ。打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かなくなるゴブリン。
 あんぐりと口を開けているのは少女だけではない。ゴブリンたちも同様だ。
 覇気も無く、武装もしていない人間一匹。だからこそ彼らは手強いと思われる少女を取り囲んでいたというのに、訳のわからない体術で次々と無力化されている。

 青年はスタスタとゴブリンに近づいて手を掴むと、またくるりと投げる。
 動きが速いわけでもない。凄まじい膂力を秘めているわけでもない。ましてや油断していたわけでもなかった。完全に虚を突かれた形である。
 左側にいた2体があっという間に無力化され、呆けているゴブリンたちを横目に青年が少女を振り返った。

「……左側を、手伝った」
「え、あ、うん、ありがと……」

 そして再び棒立ちになり、ぼんやりと空を眺め出す青年。
 ビョウッと空っ風が虚しく吹き抜け、街道の土を巻き上げた。なんだこれは。
 すると、ハッと我に返ったホブが叫ぶ。

「ギェッ ギェェ~っ!!」

 少しだけ躊躇した手下のゴブリンが青年に突進を開始。だが気付いているはずなのに彼が避ける素振りは無い。 
 間一髪、ゴブリンが振り上げた小刀が青年に届く寸前、駆け付けた少女がそのゴブリンを横に薙いだ。
 耳障りな断末魔と共に小鬼が血だまりに沈む。後に続いていたもう一体のゴブリンに向かって一歩踏み出すと、慌てて後列に戻っていった。それを確認して、戦闘中だというのに青年を睨みつけた少女が叫んだ。

「何やってんのよッ!! 死にたいのッ!?」

 攻撃が直撃する寸前に奥義が飛び出す予定だったとか、またあの奇怪な技で敵を沈めるとか、そんな気配は一切無かった。そんな発想すら無い様子だったのだ。
 確実に刺されていた。そしておそらく死んでいただろう。
 ぼんやりと眠たそうな目を、面倒臭そうに少女へ向けた青年がボソリと一言。

「……命令は遂行したぞ?」

 少女が激高する。

「そんな事聞いてないのよ! 馬鹿じゃないの!?」
「……そんなはずはない。私に使用されているCPUはVCSーX3でこれは地球の裏側の瞬間的な気圧差だけで日本の天候を予測するレベルの――――」
「うっさい! 黙って戦え!」

 敵を確認するともう残り4体。その中にデカブツがいるにはいるが、当初想定していた死闘とはかけ離れた掃討戦の様相を呈してきていた。
 戦闘なんて時の運だ。全てを賭けたギリギリの戦いを覚悟して臨んだのにあっさりと終わることもあれば、負けるはずの無い戦いでボロボロにされるときもある。
 敵は指揮系統を持っている。本来の活動範囲外で不利と見たら一目散に逃げだすだろう。
 簡単な話だ。司令塔であるホブを殺すか心を折るか。

「一気にカタをつけるわよ! アンタも―――― ッ! 危ないッ!」

 突撃しようと足を一歩踏み出した時、丘の上から風切り音が飛来した。仲間に当たることも恐れずに弓兵が一斉に撃ってきたのだ。
 苦し紛れに放たれたソレを少女が剣で矢を払ったところで、青年を貫く軌道を描く矢が見えた。
 ソレは醜い射手から放たれたとは思えないほど美しい弧を描いて青年の側頭部へ。
 叫んだところで青年が気づく様子も無い。逆に矢ではなく、少女の方を振り返ろうとすらしている。

 
―――――間に合わない!


 反射的に伸ばした腕が空中の矢に届くはずもなく、無情なまでに完璧な軌道で青年の頭部に――――


――――パシッ


「え、うそ、掴んだ……」


 あほみたいに少女のアゴがカクンと落ちる。
 まるで後頭部に目があるかのように、チラリとも矢を見る事無く青年が矢を掴んだのだ。

 ありえない。

 貧弱と言えども打ち下ろされる矢のスピードは相当なもので、全く目を向けることも無く掴むなんて芸当は達人クラスの技だ。少女も剣で払ったり避けたりは出来るが、同じことをやってみろと言われても出来る気がしない。それ以前に、そんな事をして命を危険に晒したくない。
 動きが特段早いわけでもなく、強力な魔力を有しているわけでもないし、とても武を修めている者の雰囲気も無いというのに、そんな絶技を簡単にやってのける
 しかも男の表情に得意げな色は一切無く、ホッとした雰囲気も無い。
 矢が飛んできた。だから掴んだ。ただそれだけだ。
 少女もゴブリンたちも茫然としていると、何も起こらなかったと言わんばかりの鉄面皮が口を開いた。

「……私の演算能力を甘く見るな」
「え、えん、ざん? 意味わかんないケド……」
「……CPの事だ。わからないか? 速度と角度、風力、その他の因子を構成要素に複合的アプローチで座標と時間を特――――」
「わ、わかったから! 後で聞くからとりあえずアイツらを倒すわよ! 片っ端から全部よ!」
「了解した」

 未だ動揺しているゴブリン3体とホブが1体。
 少女が一息で踏み込んで一体の喉を突く。噴き出す体液を靴裏に浴びながら蹴って剣を抜くと、上段から真っすぐの振り下ろしでもう一体を屠る。
 青年が1体を無力化している間にホブに肉薄。
 ブンッと振られる槍を受け流して手首を切りつけた。
 ホブは2,3歩後ろによろめいたと思ったら、そのまま叫び声を上げながら逃走を始めた。
 弓を捨て、丘から走り下りてきていたゴブリン達が慌ててUターンし戻っていく。
 上手く踏ん張れずに転がり落ちてきたゴブリンに剣を突き立て串刺しにした。

「グォォッ グォッ!」
「ギィ ギィィィ!!」

 奇声を上げながら必死に逃げていく彼らを追う気力はとうに無い。
 そもそもここで彼らを殲滅しようがしまいが魔窟(デミアン)が消えて無くなるでも無し。生き残っただけで御の字なのだから無理をする場面ではなかった。意味も無く追い込んで返り討ちにあったりしたら目も当てられない。
 疲労は既に限界だし、奴等の背中が見えなくなった瞬間にへたれ込んでしまうという確信があった。
 どちらにせよ、生きるか死ぬかの鉄火場。無傷で切り抜けられたのは青年がいてくれたおかげである。礼の一つでも言わなければ単なる人でなしだ。
 少女は深く細い安堵のため息を吐いて横を向いた。

「助かったわ! ありがと――― え、居ない……ッ!?」

 横にいたはずの青年がいない。視線の先で寒々しいつむじ風が、ビュオォと寒々しく土埃を巻き上げる。
 焦って周りを見渡すと、すぐに青年の姿を発見した。
 あろうことか、青年はゴブリンを追いかけていた。

「ちょッ ちょっと! アンタ何で追いかけてんのよッ!」 
「……片っ端から全部倒すという命令だ。まだ命令を遂行していない」
「それはもうわかったからッ! 戻って! いいから戻ってきなさいッ!」
「……同時達成困難な命令を確認。この場合は後者の命令が優越す―――」
「うっさい! さっさと戻って来いアホンダラ!」   

 青年がくるりと振り返って戻ってきた。振り上げた拳がそのままなのが若干の同情を誘う。
 全く感情の見えない無表情で足取りも普通だというのに、まるで叱られた子犬のような情けない空気が青年から滲み出ていた。犬であったら耳をしんなりさせている状態だ。
 もうとっくにゴブリンの影は消え、とりあえずの危機は去ったと言ってよい。
 気を抜くとすぐにでも座り込んでしまいそうなのをグッと堪えて、少女は生意気そうな胸を生意気に張り、青年が戻ってくるのを腕組みして待った。
 そして青年が戻ってきた。スタスタと普通に歩いて少女の前に立つと無言で少女を見下ろす。
 それを少女が迎え撃つように見上げた。

「……戻ってきた」

 青年は真顔で言う。

「アンタ馬鹿なの?」

 少女も真顔で言った。
 青年の眉がピクリと動く。

「……私のスペックは先ほど報告しただろう。私に搭載されたCPUは―――」
「はいはい、もうそれはいいから」

 切って捨てられた青年は無言である。
 表面上、何事も無かったような表情だが何となく凹んでいる気配。
 少女が「まったくもう……」と呟いてため息を吐いた。

「お礼を言うわ。助けてくれてありがとう。アンタ、名前は?」

 とても感謝を伝える様な態度ではない事は本人も理解しているが、どうもこの青年相手だとこうなってしまう。
 普段の彼女を知っている人間ならばさぞかし驚いた事だろう。彼女はいつだって他人との間に壁を作り、
こんな距離感で人と話したりはしないし、相手の名前を聞くことなどほとんど無いのだ。

「あ、名前を聞くときは自分からってね。あたしはセシル。ただのセシルよ。アンタは?」

 そして、青年はニコリともせずに言った。

「私は……単なるプログラムだ。名前など無い」


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