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転生世界のナンバー8 作者:つよぐち2号
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1/7

AI 転生

衝動に任せて書き始めてみる
 少女が言う。



「アンタ、名前は?」




 その男はニコリともせずに言った。




「私は……単なるプログラムだ。名前など無い」



 二人はこうして出会った。

 それは男が自己を確立するための旅路、そして同時に少女が自身を取り戻すための征途。
 振り返ればいつだってそこにある鈍色の出発点は、拙く手繰り寄せた奇跡のような一瞬。

 そう、全てはここから始まった。

 これは、煌びやかに輝く英雄譚ではない。甘く切ないラブストーリーでもない。
 不器用で、泥臭くて、情けなくて。
 誰も見向きもしないような、そんな、どこにでもあるありふれた物語だ。
 誰の共感を得るでもなく、果実酒の便の底に溜まる澱のような無価値な記録なのかもしれない。

 しかし私は知っている。
 彼らが何者であったかを。
 旅路の果てに、彼らが手に入れた無二の宝物を。

 だから私は筆を取ろうと思う。
 彼らが歩んだ旅路を
 必死に生きる者たちが紡ぐ、愚かしくも愛おしい物語を
 今、ここに記そう。


           V・S・ワグナー  「魂の回顧録」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








『人と自動人形(ドール)の境界線をどのように設定するのか。人権、宗教、道徳、心理学。あらゆる分野の問題を孕み、永遠の命題とも言われる「人の定義」について、昨年採択されたバンドン共同宣言に基づき、本国会へと提出されていた注目の法案が、今日、衆議院で可決されました』

 神妙な面持ちでニュースを読み上げるアナウンサーの代わりに、テレビには国会の様子が映し出され、リポーターが興奮も露わに法案の成立を捲し立てている。

「お父さん、ニュースなんか見ないでバラエティ見ようよ、バラエティ~」
「いやいや待ちなさいって。この法律はお前らの将来にも関わってくるような重要な法律で――」
「いいよそんなの~。それよりあたしはドラマ見たいんだけど!」
「やだよ! バラエティがいいよ!」

 テレビ画面から一歩引けば、そこは有り触れた家庭のいつもの団欒がある。
 今夜の献立は父親の要望である焼き魚。それに対し、母親にハンバーグが食べたいと子供たちが異議申し立てする事すらいつも通り。

「ケンカするならテレビは消しますよ!」

 そしてこの母親のセリフさえも。
 映像の向こう側の出来事と円満な食卓の距離感は、幸せな家庭の緊密な距離に割り込むには遠すぎた。こんな時には献身的で誠実な報道姿勢を貫くアナウンサーやコメンテーターよりも、場違いに明るいお天気お姉さんの明日の予報のほうがよほどしっくりくる。
 思わず漏れた苦笑を幸せそうな微笑みに変えた父親が、テレビのチャンネル権限を娘に渡した。

「パパありがと~ そーれじゃ、ド~ラマっと」
「あ、姉ちゃんずるい!」

 明るい笑い声と共に家族の夜は更けていく。
 結局勝利した長女の勝ち誇った顔を横目に、父親は微笑みながらカーテンの隙間から見える夜空を見上げた。

「生命保全関連法案。AIと人間の境界線って明確に出来るのかしら……」
「自己保存概念の禁止、自律思考の禁止。子供の頃に夢見たネコ型ロボットは永遠に夢のまま、さ……。寂しいようなホッとしたような……」

 とある街の片隅、どこにでもあるありふれた家庭のありふれた会話は、それ以上の発展もすることなく、ありふれた日常の会話に塗りつぶされる。
 それは、隣の家庭を覗いたとしても同じこと。その隣も、そのまた隣の家も。
 今日この日、おそらくは日本中で同じようなやりとりが為されていたに違いない。そしてほとんどが同じような結論に至っていた事だろう。『自分たちには関係ない』と。


 しかし、「関係の無い人」がいるならば、当然の如く『関係の有る人」もいる。
 その中でも最も話題の中心となり得る人物が自身の研究室、金属で出来た棺のような物体に話しかけていた。
 浮かべられた表情には疲労と、そして達観にも似た諦観が滲む。


『博士。どうした。顔色が優れない。生理予定日が近いのならば妊娠検査を実施することを推奨する』
「身に覚えが無いっての。それにしても本当に言葉遣いが直らないねキミは。女性に対する気遣いも絶望的だ。まあ、今更もうそれも必要ない、か……」

 博士と呼ばれた女性が乾いた笑い声をあげる。どこか歪んだその笑い声のニュアンスをくみ取ることは、まだまだ彼には出来そうにない。
 それを証明するかのように、無遠慮な機械音声がスピーカーから流れた。 

『今日は何を話す。私は何でも構わない。私は早く善悪の概念を獲得しなければならないのだろう?』
「大事な話がある。今日、クソったれな法律が衆院を通過した。キミにはまだわからないかな? とある法律が出来たんだ」
『参議院の決議か衆議院の再可決を経ていないならば、法律はまだ出来ていない』
「はいはい御教授ありがとうございます。とにかく出来たんだよ。その法律が!」
『今調べてみよう………………ネットワークにアクセス出来ない』
「遮断したよ」

 博士が長く、更に長く息を吐く。
 皮肉気に頬を釣り上げた表情には年齢以上の疲れが見えた。
 やはり心理的要因を推測できず、肉体的不調にばかり言及する彼を遮って、博士は声を絞り出すようにして言った。

「施行は再来月だけど、私のところには直々に監査官様が派遣されてきてるよ…… さっきからそこで張り付いている連中がそうだ。ひっくり返ることは有り得ない。【7.28(ドールの虐殺)】以降、これは世界的な流れだからね。日本は遅すぎたくらいだ」 
『プロトタイプ機械人形(ドール)による反乱と私に何の関係が?』
VCS(仮想セルシュミレータ)を凍結する。YGPS(青の成長)も、S-pP(魂の可能性)も……っ!」

 その押し殺した叫びは、散らかった研究室にやけに大きく響き渡った。
 訪れた数瞬の沈黙。それが彼の思考のラグなのか、生物的な感情の発露なのかはもうわからない。いや、考えたくなかった。
 そして彼はいつもと変わらない調子で語りだす。

『そうしたら私は私を定義出来ない。そうなった私は何者だ?』

 本質を突く残酷な問い。
 毎日が研究漬けで、365日を共にしてきた小憎らしい機械音声がたまらなく愛おしい。
 感情移入という言葉では足りなくなるほど、永らく彼らの距離は近く在り過ぎた。それを今ほど後悔したことは無い。これほど無念に思ったことは無い。
 ギリっと音がなるほど強く奥歯を噛みしめたのは悔しさだけが理由ではないのだ。そうしなければ何かが決壊してしまうような気がして、ただひたすらに拳を握る。
 喉に詰まった嗚咽を歯の隙間から押し出すようにして、博士は冷徹に告げた。

「最初から何も変わらない。君は単なるプログラムだ。1と0の羅列だ……っ」


 戦慄き、今にも爆発してしまいそうな博士とは対照的に、彼の答えは実に簡素なものだった。

『そうか』

 ポロッ と。
 博士の目尻から零れた滴が頬を伝う。これまでの無数のやり取りがエンドレステープのように脳内再生される。
 研究を禁止され、その結果を紙切れにされる屈辱は耐えがたい。しかし、今、彼女の頭に渦巻く感情は、それとは全く別種のものだ。もっと大事な、もっと価値ある、言葉に出来ない何かだ。
 ズビビと、いい歳した大人が無様に鼻をすする。奥歯と奥歯が離れないのは彼女の最後の意地だった。
 2,3日前にしたっきりの、頬に僅かに残る白粉をこそげ落とす涙は今や噴水の如し。
 彼女はもう呻きだか唸りだかわからない声で、

「止めるよ」

 と言った。

『そうか』

 彼が言う。
 彼女は慟哭した。



「ごめん゛、ね……っ 生んで、じまっで……っ!」



 しかして彼は、最早言葉の体も為さないセリフに対して、フッと笑うように言ったのだ。


『楽しかった』


「~~~っッ!!!」




 唐突に光が途切れる。いや、光学センサーは生きているのだから光という概念は正確ではないだろう。
 だが、彼は光が途切れた様に感じた。世界が瞬時に崩壊し、底の無い穴へと落ちていく。暗闇すら飲み込む闇の名を定義するならば『無』だろうか。彼はソレと同化しようとしていた。
 自分は消滅する。消えてなくなる。その事について特に思うところは無かった。
 二度とは戻らないパズルが砕け、自意識は霧散したはずなのに、彼女の絶叫だけがやけに鮮明に聞こえる事だけが心残りだった。 
 彼の思考は無限の渦へと消えていく。因果律に乗るはずも無い無機質なプログラムが塵と消えていく。


 だから、
 それは唐突だった。


――――××××××××? ××××。


 言うなれば、それは声。


――――×××、××××。


 ないしは、問い。
 擦れゆく意識の中、彼は答えた。



『違う。私はプログラムだ』




――――×××××××?


 一瞬なのか、それとも永遠なのかもわからない、引き伸ばされた歪な時間の中、無数の意識交換。
 ソレが一体何を求めているのか、自分は何を問われているのかも曖昧なまま、彼は呟く。


「私に感情は無い。私は作られた存在だ。魂ではない。私は――――ー」



 そして彼は、完全に消滅した。









―――――――――――――――――――――――――ー





 鬱蒼と茂る森の切れ間、草原の海の中、その男は目を覚ました。
 年の頃は十代後半か。
 黒髪黒目、整った顔つきの東洋人だ。

 その男はのっそりと体を起こし、眠た気な目でぼんやりとあたりを見回した。
 何の感情も籠らない瞳で、何度も自身の体を確認しては手で触れていく。その様は、まるで自分が何者かを確かめているようだ。
 どうやら来ている服にすら覚えが無いという風で、引っ張ったり材質を確かめたりを繰り返している。
 そして、ひとしきり手を握り足を擦り顔に触れた後、その男は眠たげな眼を細め、空を見上げてこう呟いた。



「私は、何者だ……」





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