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運命の出会い
辣腕弁護士現れる
帰省し旅館業務に忙しくしていたある日のこと。

浜辺のある漁村付近で狂暴な殺人事件が発生した。事件そのものは簡単で犯人(ホシ)は瞬く間に警察に逮捕され一件落着である。

犯人の公判が始まると弁護士が後見人としてついた。
弁護士は事件のあらましを再確認したいと利便性のよいこの旅館に長期滞在を決める。

弁護士は一中-一高-帝国大学法科出身だった。

弁護士が旅館につくと老夫婦に挨拶をする。

「すいませんね。とんだ事件の公判に巻き込まれてしまいまして」

弁護士の浜辺での滞在は新聞でも報じられていた。

「こちらの田舎の旅館はのんびりできるとよいのですが」

新聞社やマスコミが公判を嗅ぎ付けてこちらに押し掛けたりする。

「裁判が長引くと迷惑をおかけするかもしれません」
弁護士は宿泊代金にチップを上乗せして支払う。

弁護士は宿帳に名前を書くとさっそく出かける。

弁護士の書生さんが2~3人お供につきお抱え運転手の車で事件現場を精力的に走りまわっていた。

帰宅は決まって夕方である。

弁護団の一員らは夕食を食べるか風呂に入るかと忙しない。

一刻が惜しまれるようだ。
夕食をかきこむと部屋に机を並べる。一日調べた犯行の信憑性を書生らと検討する。時には深夜まで激しく議論を闘わせることもあった。

深夜の2時頃まで灯りがつくことを知る。老夫婦は弁護士らに夜食を提供することにした。

毎晩遅くまで弁護士は大変であると思い老夫婦がサービスをする。

出しものは磯の香りのする漬物(旅館のオリジナル)とおにぎり。

深夜には孫が部屋まで運んだ。

「失礼致します。当旅館のおにぎりでございます。ご所望ください」

障子の隙間をちょっと開けおにぎりを書生さんに手渡す。

「簡単な有り合わせでございますがご所望ください」
障子の隙間をちょっと開けおにぎりを書生さんに手渡す。

深夜となれば若い書生と言えどもグロッキーである。初老の弁護士だけが頑張ってあれこれ書類にペンを走らせていた。
「ああおにぎりを差し入れとは有り難いね。お腹が減ったなっと思っていたんだ。どうだろうみんな」

手を止めて休憩にするか。
「おいお茶を淹れてくれないか。うまそうなオシンコがあるぞ」

弁護士の一声で眠そうな書生がムクッと起き上がる。
弁護士を中心にパクパクと食べ始める。

「うまいなあ。このオシンコは旅館の特製だね。実はうまさは知られていてね有名なんだ。知人が泊まった際に大変に美味しいと言っていたんだ。お婆さんが作ったのかい」

堅物と思われていた弁護士だった。

あれこれと孫に世間話をするようになる。

書生たちに混ざり部屋に入ることも許してもらう。

「へぇっ君は(旧制)一中の学生なのかい。賢い顔していると思った」
弁護士は"一中の学生"と聞いて上機嫌である。

「エヘンっ!私はこう見えても君の先輩になるんだぞアッハハ」

弁護士は一中の様子を尋ねる。

「卒業してどのくらいになるのかなあ」

さらに一中生時代は常にライバルとの争いがありA組を保って卒業したと自慢だった。

一中先輩の弁護士との出会いが将来の人生設計のキッカケとなっていく。

「君は一中の4年なのか。学校はA組だろうなアッハハ」

成績は良いのかと単刀直入に聞く。

辣腕さが取り柄な弁護士は話が早い。

「はいっ1年からずっとです。首席の成績は誰にも譲るつもりはありません」

一中で首席を保つ。

これには先輩も驚きである。

帝国大学法学部卒業の弁護士でも首席を記録したことはなかったのだ。

改めて孫の顔を見た。冗談ではなく賢い面構えであると思った。

言葉悪い表現ならばインテリの雰囲気のある詐欺師のような面構えに思えた。(第一印象の例)

弁護士は学校の成績が素晴らしいとわかると進学に興味を示す。

「どうだい君は高校に行くんだろ。来年は一高を受験してみろよ。4年での受験は大変だろうけど受からないこともない」

孫は正座を崩さず弁護士の話を聞く。

奇しくも中学校の先輩の言葉である。

一高進学をする。

帝国大学法律に進学。

片田舎の中学生にしてみたら夢の夢の話であった。

「秀才が集まる一中で首席なんだろ」

首席は並大抵なもんじゃあない。

「僕だって目の色を変えて一生懸命に勉強したんだ。首席なんざ無縁だった」

一高に進学を果たせば下宿しなくてはならない。

「いいよっ僕の法律事務所に書生として来るがよい」
弁護士は将来の書生まで約束してしまう。

だが夢物語には賛同しかねた。

「中学校を出たら旅館を手伝わなくてはいけない身分です。老夫婦はいつまでも元気なこともないですから」

世にある家庭の事情というやつか。

「先生のおっしゃるように高校へは進学をしたいとは思います」

ですが

「旅館のこと。おじいさんおばあさんもございます。身勝手な進学は到底できません」

弁護士にせめては(旧制の)経済専門学校にぐらい行きたいと考えていると付け加えた。

「君は働かなくてはならないのか。この料理旅館は経営が順調だと会計士から聞いた」

営業実態が安定しているのだからなにもそんなに焦って早くから働かなくてもいい。

「名門の一中卒業生に旅館はもったいないぜ」

弁護士はポイッと口に漬物を入れた。

ポリポリと音を立てると公判書類に目を落とした。

公判までの時間が欲しい。
「ごゆっくりくださいませ。失礼しました」

孫は頭をさげ部屋を後にした。

「弁護士とはどういう世界なんだろうか」

机の上に置かれた分厚い六法全書が記憶に残った。
旧制一中から旧制高校に進学することは夢のまた夢物語である。

偶然知り合いになる辣腕弁護士をみて孫は「弁護士になることも夢物語」となっていた。


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