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旧制中学
(旧制)中学生①~賢い息子
行方不明となった若女将の忘れ形見3歳の男児が残っていた。

三歳の幼い時に母親の姿はなくなっていたが心温かな老夫婦の愛情ですくすくと成長していた。

歳月は流れ初等の尋常小學校に入学する。

子供ながらも凛々しい男の子となる。同級生の誰よりも背が高く絣の着物もよく似合い賢い顔つきをしていた。

「おじいさんおばあさんただいま」

小学校から帰る。自ら率先をして旅館の手伝いをこなす。

子供心であるが老夫婦は他人であると知り遠慮があった。

一方の老夫婦は祖父母のつもりで男児に接する。

若女将が娘ならば男児は孫である。

「僕がいい子にしていたらお母さんは会いに来てくれる。僕を迎えに来てくれる」

おじいちゃんやおばあちゃんもお母さんの帰りを心配している。

お母さんが帰ってくるまで"他人の僕"を子供のように育ててくれている。

だから老夫婦のために働いてあげたい!

老夫婦はけなげに旅館の手伝いをする姿を見ては微笑ましく思う。

子供はいつも母親に会いたがっていると思うと人陰に隠れては涙をこぼした。

子供が優れているのは旅館の手伝いだけではなかった。

小学校の学業はずば抜けていた。

尋常科の低学年は江戸時代の寺子屋の延長のようなもの。読み・書き・算盤の世界である。

幼少から旅館の手伝いをしていた子供は手馴れたものである。

旅館の宿帳記入は物心のつく時から子供が毛筆(ふで)(したた)めていた。

泊客の名前を見よう見まねで漢字表記で書いてしまう。

「おばあちゃん(この苗字は)なんて読むの」

帳場に来ては初めて見る難解名を熱心に理解をしようとした。

祖母とて歳を取っていても漢字はどれもこれも読めるとは限らない。男の子は直接お客様に尋ねてまで疑問点を解決をした。

算盤は帳場の手伝いから覚えてしまう。おじいさんが算盤の手解き(加減計算)をしたらアッという間に足し算・引き算をマスターしてしまう。

尋常科の学年が進む。

高等科にあがると学業成績はメキメキで学校の中で頭角をあらわす。

男の子の凄さはみてわかる。

集中力が人並み以上である。後にわかるのだが博覧強記ぶりは桁外れであった。
授業は先生が教えたことはしっかりと1回で覚えてしまう。

記憶の良さは旅館の中でも折り紙つきである。一度泊まったお客様は名前と顔を記憶した。

二度目、三度目の宿泊はお客様が大喜びである。

「こんな小さな子供に名前を覚えてもらえたなんて。また来なくちゃあいけないやアッハハ」

頭をグリグリと撫でられてチップがもらえた。

記憶のよい子供も進学の時を迎える。

「おじいちゃんおばあちゃん。僕尋常の高等科を出たら旅館を手伝うよ」

尋常小学校(高等科)の次に(旧制)中学校があった。

漁村の子供は小学校を終えると漁師や農家になる時代だった。

進学相談で尋常小学校の担任が浜辺の旅館にやってくる。

(旧制)中学校進学の相談をしたいと申し出て来たのだ。

「こんにちは。今日訪問しましたのはお孫さんのことなんです」

老夫婦はものものしい教師の訪問に驚き進学とは何かと首をかしげてばかりである。

「正直に申し上げまして。お孫さんを小卒で学業を終わらせたくはございません」

担任は汗を拭きながら説明をする。孫はいかに学業が優秀であるか。

(旧制)中学校を受験したら合格間違いなし。

「いかがでしょうか。お孫さんを(旧制)中学校へ進学させてください」

中学校に?

「この成績があれば合格をされることでしょう。担任の私が太鼓判を押しますわ」

老夫婦は互いに顔を見合わせる。

中学校って?

担任から学業成績を見せてもらう。

「これがお孫さんの成績でございます」

担任が差し出した成績を一目見る。老夫婦はエッと声をあげた。

学業成績は驚きの一言である。(こう)(おつ)(へい)と三段階の成績表記。

すべての科目が甲(オール5)であった。

この子を中学に進学させねば国家の損失にもなりかねないと担任は強調をする。
「立派な旅館を経営されて経済にゆとりがあるはずです。中学校へ進学をさせてもらえないでしょうか」

老夫婦は大変なことなんだろうと子供を呼んだ。

中学校の進学話をする。

中学校へ行きたいのかとたずねる。

男の子は行儀よく膝を折り担任と老夫婦の話を聞く姿勢を決める。

「おじいちゃんおばあちゃん」

尋常小学校の担任はそこにいる。緊張感からモジモジと口ごもる。

「僕がいい子にしていたら」

老夫婦に視線は合わせられない。面と向かって中学校へ行きたいとは言えない。
さあさあっと担任に促され重い口を開く。

「僕は上の学校(中学)に行きたいです。もっと勉強をしたいです。中学校へ行けるものなら行きたいです」
心の蟠りを一気に吐き出した。

満更でもないすっきりとした顔。

担任は改めて中学進学を勧める。ところがどうしたことか老夫婦はポカンとしてしまう。

「あのぅ先生。ワシら無学ですから」

互いに顔を見合わせた。

「よくわからないんですがそのぅ~繰り返して言われる"中学校"ってなんですか」

老夫婦や旅館で働く従業員。誰ひとり(旧制)中学を出た者はいなかった。

尋常小学校を出たら海や畑で働くものだと思っていた。

この面談を境に中学受験勉強を始める。元々頭のよい子供。たいして机に向かわなくても成績は学年トップである。記憶は抜群によい。担任から過去出題の入試問題を見せてもらい解いてみせる。

「うーんすごいわね。満点に近い得点を叩き出しているわ」

小学校の担任は中学校に合格することは当然であろうと達観した。

年が開け新春となる。

旧制中学校の入試日がやってくる。老夫婦に特別に特大なおにぎりを握ってもらう。磯の香り漂う美味しいおかずもついていた。

担任に先導されて列車に揺られ中学校の校舎に向かう。

同じ小学校からは成績トップの6人が受験する。

成績が良いからと担任が子供らに中学受験勉強を勧め備えていた。

中学校受験で子供たちは落ち着き払う。解る問題はどんどん鉛筆を走らせた。

(旧制)中学校の合格発表の日である。5人が合格を果たす(1人失敗)。

孫は入試も優秀でトップクラスの成績で合格する。

5人合格を知らされた担任は喜びであった。

「一人残念だったけどまずはよい結果でしたわ。だけど旅館の息子さん。いろいろな子供を教えてきたがあれほどの賢い子供は初めてだわ」

孫のトップ合格を中学校から聞いての感想である。

中学進学を勧めなければ尋常小学校卒業で世に出てしまうところである。

担任教師は日本に取って多大な損失を防ぐことができたと安堵する。

「夢にも見た中学校に合格したぞ」

老夫婦に経済的な負担を強いると思い少し気が重くなっていた。 


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