覆しました
――見える。
それは、戦いの光景。
暗闇に浮かび上がるのは、黒鳥。
その黒鳥の周辺では巨大な漆黒の嵐が渦巻き――それを内側から裂く光があった。
それは虹の極光。
瞬き、そして無音の内に、黒い風が霧散する。
黒鳥が、その光の発生源を見る。
広がるのは、純白の幾重もの翼を象った布。
その翼を金の鎖が結び、翼布が揺らめくたびに鈴の音のような響きを広げる。
ウルさん。
ゆったりとした、ローブとドレスを賭け合わせた様な、金や銀で刺繍を施された白く美しい衣を纏って、背中から翼布を靡かせながら、空に浮かんでいた。
その双眸がゆっくりと開く。
「……なるほどね」
ウルさんが、自分の手を見つめ、呟く。
黒鳥が動いた。
その翼が大きく羽ばたき、漆黒の風の刃がいくつも生まれ、そしてウルさんに放たれる。
その一つ一つが強大な破壊を秘めた攻撃。
――りん、と。
翼布が揺れ、金鎖が細い音を鳴らす。
次の瞬間。
ウルさんの背後から虹の極光が放たれ、漆黒の風を全て撃ち払う。
「自分を、自分で証明する。これが、エリスと同じ領域か」
ゆっくりと、ウルさんが右手を振るう。
と、その軌道に虹色の極光が生まれる。
それは、液体。
オーリキャルク……いや違う。
エリスカルコスでもない。
そのさらに上。
ウルさんが作り出す、最高の金属。
それが一つの形を作る。
槍。
眩い輝きに包まれた、一本の槍だ。
それを、ウルさんは片手で握る。
「悪くないかな」
そして、投げた。
全てが、貫かれた。
虹色の極光は真っ直ぐに空間を貫き、黒鳥の胴の真ん中を貫き、さらにその背後に続く暗い大地を、地平の彼方まで大きく抉った。
余波で空が割れ、大地が砕け、黒鳥の身体は塵一つ残らず消し飛ぶ。
必滅の一撃。
「ん……こんなもんかな」
頷き、ウルさんは身を翻した。
りん、と。金鎖が鳴る。
†
黒亀の目の前で、大地から巨大な漆黒の水晶が突き出した。
その表面がひび割れ……たかと思うと、それが砕ける。
結晶の雨が煌めきながら降り注ぐ中、そこにいたのは……ナンナさん。
少し露出の多い、身体にぴったりとした服を着て、その上から赤い線が入ったジャケットを羽織り、ジャケットに合わせた腰布と、短めのスカートをはいている。
そして、その背中から、巨大な二枚一対の黒い結晶の翼が生えている。
ダークマターだ。
けれどそれは、今までのダークマターではない。
黒亀の口が開かれる。
その開口から放たれたのは、漆黒の砲撃。
それは一瞬でナンナさんに到達し……そして彼女の身体を覆うように広がった結晶の翼に弾かれる。
翼の煌めきには、僅かな傷さえ見えない。
「なんか、気持ちいいな」
笑んで、ナンナさんが空を見上げた。
その空が、影で覆われた。
振りあげられた黒亀の足だ。
巨大な質量が、ナンナさんに振り下ろされる。
轟音。
地面がひび割れる。
黒亀の足に押しつぶされたナンナさんは……しかし、無傷。
ナンナさんは黒亀の足の下、その質量を片手で受け止めていた。
「邪魔」
一言。
すると、ナンナさんの手に受け止められていた黒亀の足が、その手に触れている場所から一気に黒い結晶で覆われた。
ナンナさんが手に力を込める。
盛大な破砕音とともに、黒亀の足が砕け散る。
黒亀の口から悲鳴のような甲高い声。
それを意に介した様子もなく、ナンナさんは空に向かって手を掲げた。
空に、巨大な漆黒の結晶塊が生まれる。
「お前みたいのを構ってる暇、ないし」
その結晶塊が、落ちた。
それはそのまま高速で落下し、黒亀の甲羅を打ち砕いて、その下まで貫通し、突き立つ。
そこから、浸食。
黒い亀の体が、黒い結晶で覆われていく。
その全身が結晶になり果てるまで、時間はそうかからなかった。
たった数秒の出来ごと。
結晶の彫像となった黒亀に、ナンナさんは背中を向ける。
地面を彼女の爪先が軽く叩いた。
すると。
――地面から巨大な黒い結晶の剣はが生え、黒亀を腹の下から粉々に打ち砕いた。
黒亀だった破片が風に流されていく。
それを見届けることもなく、ナンナさんは地面を蹴る。
「今、行きます」
その背後には、尖端が見えないくらいに伸びた、巨大な結晶が聳えていた。
†
黒虎の脇を、何かが抜けた。
そうとしか認識出来なかった。
黒虎の背後で、その何かが動きを止める。
それは、魔狼に跨ったアリーゼさんだった。
赤い服はまるで燃えあがるようで、ところどころにあしらわれた金属装甲は正に騎士を連想させた。腰鎧からはふわりと飾り布が広がり、腕と脚にはそれぞれ重厚とした手甲や脚絆。
変化したのは、アリーゼさんだけではない。
魔狼もまた、これまでとは違っていた。
その体躯が、まるで靄のようにおぼろげな輪郭をしていた。
アリーゼさんが、魔狼を優しく撫でる。
「どこまでも、一緒に来てくれるか」
応えるように、魔狼がかすかに鳴いた。
「なら、よろしく頼む」
そこで、黒虎がアリーゼさんに気付いた。
体の向きを変えて、咆哮。
その咆哮は空気を激しく震わせる。
対し、魔狼が吠えた。
それは黒虎の咆哮を呑みこみ、そのまま黒虎の全身を打ちつける。
黒虎の体にいくつもの亀裂が入る。
「お前だけでもやれてしまいそうだな……が、まあ私も少し、今の自分を確かめてみたい」
アリーゼさんが苦笑し、腕を横に突き出す。
するとその手の中に、光が生まれた。
その光が収束して、一本の大剣を形作る。
大剣をアリーゼさんが振るう。
すると、その刀身が急速に伸び、そして鞭のようにしなる。
蛇腹斧だ。
しかしそれに連結斧などはなく、ひと繋がりになっている。
蛇腹斧が空高くまで渦を巻く。
アリーゼさんが握り締める柄を振り下ろす。その動きに同調するように、蛇腹斧の尖端が黒虎に向かって加速する。
ほんの刹那。
黒虎の左の眼から背中にかけてが、深く切り裂かれる。
「まだ少し慣れていないか」
黒虎の絶叫。
アリーゼさんが、再度蛇腹斧を振るう。
すると、黒虎を囲むように蛇腹斧が渦を巻いた。
渦はその密度をどんどん濃くし……ついには、その内側の黒虎の姿が僅か足りとも見えなくなる。
アリーゼさんが手を引いた。
それによって。
蛇腹斧の渦が締まり、その内側にいた黒虎が圧し潰される。
最後。
蛇腹斧の光の刀身が、炸裂する。
後に残ったのは、微かな粉塵。
「これなら、私もまだまだやれるな」
アリーゼさんが、そう呟く。
魔狼が駆け出した。
†
溶岩が、溶けた。
それを形容するのは、とても難しい。
溶岩が歪み、そして消滅していく。
そんな現象が、辺り一帯で起きていた。
そして――その姿が浮かび上がる。
黒い着物。
けれどそれはいつもと違う、何枚も重なり、袖や裾がとても長くなっている。
さらに、全身に赤い糸が絡みついていた。
ヨモツさん。
その腰の後ろには、扇状に広がる、巨大な十本の大槍が浮かんでいた。一本一本が、山すら貫通できそうな、そんな大きさ。
さらに、空から何かが現れる。
その正体は、すぐには分からなかった。
少しして、ようやく気付く。
それは、六本の剣だった。
ヨモツさんの背後に、大陸すらも割断できそうな大きさの剣が浮かんでいる。
「……ふむ」
ヨモツさんが、目の前にいる黒龍を見た。
次の瞬間、黒龍から漆黒の球体が複数放たれる。
それを、ヨモツさんの背後から飛び出した大槍三本が弾く。
さらに黒龍が球体を生成して――それを放たれた十本の大槍がことごとく撃ち抜いた。
球体を貫いた大槍がその進路を間逆に一瞬で変えて、黒龍の身体へと次々に突き刺さっていく。
黒龍は、咽喉を貫かれ、悲鳴を上げることすら出来ない。
ただ空中でその身をよじらせる。
「ゆけ」
ヨモツさんが、手を前に突き出す、
直後。
空に浮かぶ巨大な四本の剣の刃が、振るわれ。
一撃目に龍の半身が吹き飛び。
二撃目に龍の頭以外が吹き飛び。
三撃目と四撃目は同時に、龍の頭を吹き飛ばした。
四本の大剣と十本の大槍が、最初の位置に戻る。
「さて……」
ヨモツさんの姿が、消えた。
†
月葉さんを、見つめる。
「なんで……」
その瞳が、揺れていた。
「どうして……」
信じられない、と。
月葉さんは言外にそう告げていた。
「貴方達が、それを……!」
「知っていますか?」
笑顔で、尋ねる。
「恋する乙女に、不可能はないんですよ」
逆無理ゲー。
いや、そうでもないけどね。
月葉も一応は《顕現》はしているわけだし。
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