害虫を駆除しました
宿の一階が飲食店になっていたので、私達はそこで朝食をとっていました。
と――、
「……案外早かったわね」
「え……?」
エリスさんが、なにかを呟き、それと同時に店の扉が開かれました。
数名の、鎧を着込んだ人達が入ってきます。
「な、なんだ、あんた達!」
「失礼、主人。我々は人を迎えに来ただけだ」
詰め寄る店のご主人に、鎧の人達は短く答え……私達の座っているテーブルを囲みます。
……え?
なんで、私達を……。
「クリスティナ様ですね。我々はエルヴ公爵の使いでやってまいりました者です」
「エ、エルヴ様……の?」
クラトス=エルヴ公爵。
ここハーズアイズ国の大臣の一人であり、お父様とは旧知の仲だった人のことです。
「我らが主は貴方様がご存命であることを知り、是非ともお助け申し上げたいとのことです。つきましては、是非とも主に会っていただきたい」
「遠慮しておくわ」
答えたのは……エリスさんでした。
「貴様、何のつもりだ?」
「ティナは私がご両親の遺言で預かっているの。公爵だか何だか知らないけれど、後から来て偉そうにものを言われる義理はないわ」
「……」
「そもそも、おかしいと思うのよね。そうは思わない、ウル?」
「ん……?」
いきなり話を振られて、今まで周りの状況を無視してサンドイッチを食べていたウルさんが顔をあげます。
「なんでいきなり私に聞くのよ?」
「いいじゃない。現状でおかしな点を、教えてはくれない?」
「……普通大切な客を迎えるのに私兵なんて差し向ける? もっと身形のいい人がやってくるのだと思うのよ。それが私兵ってことは……まるでティナ、あるいは彼女の周辺に警戒すべきものがあると知っているから」
溜息をつきながらも、ウルさんが答えました。
そういえば……確かに、私兵がくるっていうのはおかしな気もします。
「この場合、普通に考えれば警戒しているのは……貴方よね。エリス」
「となると、彼らは私に敵対しにきたわけよね? あら、何故私に敵対するのかしら?」
「邪魔だからじゃないの。おおかた、ティナを殺したいけどエリスがいるせいで殺せないから、かしらね? 殺意、隠し切れていないし」
「……っ!?」
エルヴ様が……私を?
なんで……。
「馬鹿な。世迷言を!」
私兵の人達が一斉に剣を抜いてエリスさんとウルさんに剣を抜きました。
「――あら。貴方、子供の頃に父親を殺してしまったのね?」
「……っ!?」
私兵の一人を見て、エリスさんが言います。
「でも仕方がないわね。酷い虐待を受けていたのだもの。そんな父親は殺されて当然よね? ああ、でもそれで母親に捨てられてしまったの。可哀そうにね」
まるで心を読んだかのように――いえ、実際に読んでいるのでしょう。エリスさんが続けました。
「そっちの人は、ああ、この間プロポーズに成功したのね。よかったじゃない。奥さんの身に何も起きなければいいわね? 折角思いが通じたのに、彼女がいなくなったらとても悲しいとは思わない?」
びくり、と。また私兵の一人が反応します。
「へえ、貴方は病気の妹がいるの。妹の病気を治す為にいくつも汚い仕事をしてお金を稼いできたのね。そういうの、素敵ね。これあげるわ」
何もないところに突然金貨が数枚現れ、私兵の一人の足元に落ちました。金貨一枚もあれば、平民ならば一年は余裕で暮らせるだけの大金です。
「――と、まあ、こんな風に貴方達の頭の中身を覗くのは簡単なのよ。貴方達が人気のない場所でティナを始末しようとしてるのも、分かっちゃうのよね」
次の瞬間、私兵の人達の身体が、石になってしまいます。比喩表現でもなんでもなく、文字通り石化してしまいました。
ただし、今エリスさんに金貨を貰った人以外。
「貴方、もうすこしまともな仕事をしたほうが妹さんもきっと喜ぶわよ」
笑んで、エリスさんが席から立ち上がりました。
「ごめんなさいね。これは迷惑料よ」
ご主人にも金貨を一枚渡して、エリスさんが私とウルさんを振りかえります。
「さてと。じゃあ私、少し出掛けてくるから、二人はちょっと待っていてね」
そして……エリスさんの姿が消えました。
†
さてと。
エルヴ公爵とやらは、どうやら今は王都にある国城の執務室で仕事をしているらしい。
とりあえず城の前に転位した私は、そのままゆっくりと城門に近づいて行った。
こちらに気付いた門番が私に歩み寄ってきたけれど、それを一瞬で気絶させる。
もう一人いた門番が、驚愕の顔を浮かべ――その表情のまま倒れた。
……国城と言えば、この国の中枢。
そこに侵入すると言うのはつまり、国への反逆をするということに等しい。
――でもまあ、あれよね。
ティナを殺そうとした方が、よっぽど重い罪だ。
城門が一瞬で凍りつき、次の瞬間、粉々に砕け散った。
そのまま私は、城内に脚を踏み入れる。
†
どういうことだ。
何故、こんなことになっている?
「初めまして、公爵。私の自己紹介は必要かしら? エリスよ」
まるで悪意を感じさせない笑顔を浮かべ、その娘は私の執務室のソファーに腰をおろしていた。
城内は、阿鼻叫喚の騒ぎだ。
数百匹の悪魔が突然召喚されたのだ。そんな事態になれば、それも当然と言えば当然だろう。
そしてその悪魔を召喚したのこそが、目の前にいるこの娘だ。
「ああ、安心して。ちゃんと悪魔には城の人間を殺さないように言いつけてあるから。せいぜい四肢の一本や二本がなくなるだけよ。それも後で私が治せばいいことよね。まあ、精神が壊れたら、そこは諦めてもらうしかないけれど」
まるで私の考えを読んだかのように、
「かのように、ではなく、実際に読んだのよ」
にぃ、と。
その口元が歪む。
私は、魔物使いが言っていたことを思い出した。
そして、今更にその言葉が正しかったと知る。
この娘は、人間ではない。
遥かに恐ろしい何かだ。
「あら。人間じゃないだなんて。酷いわね、こんな美少女に。少なくとも私はあなたほど人でなしではないつもりよ?」
「ひ、人でなしだと?」
「そうよ。まさか違うとでも言うつもり? 他国にこの国の機密情報を流したり、着服や裏金を日常的にやってる貴方が人でなしじゃないと? まして、とある人物にその秘密を握られたからと、その系譜を全員暗殺する貴方が?」
「な――!」
なぜ、そのことを!?
「だから、心が読めると言っているでしょう?」
おかしそうに娘が肩をすくめた。
「秘密を握ってしまったのはティナの叔父にあたる人物ね。貴方はそれを知って、すぐに彼を毒で暗殺した。ティナの家系はそれほど力の強い貴族でもないそうだから、誰もそんな貴族の死について調べたりしない。見事に暗殺は成功した」
そうだ。そして……、
「そして、それでも貴方は安心出来なかった。もし彼が他の人にも秘密を明かしてしまっていたら? そう考えると不安でたまらなかった。だから貴方は、彼に近しい人間全てを殺すことを決めた。火災、行方不明、自殺なんかの色々な死因に見せかけて殺し、ティナ達のことも盗賊に襲わせた。その中で、私と出会ったティナは助かってしまったけれどね」
「……貴様の、せいだ」
「あら、なにがかしら?」
「貴様のせいで……あそこであの娘も始末できていれば、私は安泰だったのに……何故邪魔をする!」
あの娘が生きていると知った時、私がどんな気持ちだったか分かるか!?
ようやく全て片がついたと思えば、一人生き残りがいるというではないか!
私の大臣と言う地位を脅かす存在が!
それをどうにか処理しようとしても、決まって貴様が邪魔をする!
「何故だなんて……馬鹿ね。そんなことも分からないの?」
本気で呆れた、という顔。
「そんなの……ティナが可愛いからに決まっているじゃない」
「は……?」
可愛いから、だと?
……そんな、理由。
そんな理由で……、
「そんな理由で、邪魔をしたのかぁあああああああああああああ!」
こうなれば、私自ら手を下してやる!
魔力の塊を放つ。
それは小娘の肉体に風穴をあけ……、
「で?」
魔力が霧散した。
まるで一滴の水が溶岩に落ちたかのように跡形もなく蒸発する。
「正直、もうこれ以上貴方と話すのも面倒なのだけれどね。でも、ティナに手を出そうとした、そして彼女の心に深い傷を付けた罪は償わせなくちゃならないわ」
私の身体の中から、魔力が抜けていく。
な、なんだ、これは……!
「ちなみに、貴方のこれまでの不正の記憶は全部城内にいる人間の頭の中に送ってあるから。どう頑張っても二度と貴方が大臣なんて名乗れる日はやってこないわ」
「……なん、だと?」
「まあそれはどうでもいいのだけれどね。どちらにしろ、貴方、壊れるし。はい」
いつの間にか、私の手になにかの装置が取り付けられていた。
身体に力が入らない。
「こ、これは……」
手が完全に固定されている。
五指は伸ばされ、その先、爪の間に金属の板が差しこまれている。
「知っている? 拷問器具の一種なんだけれどね、ここをこれて叩くと、爪の間に差し込まれた板が梃子の原理で爪を無理矢理剥がすってものなのだけれど」
娘の手の仲には槌が握られていた。
怖気がした。
ま、まさか……、
「そのまさかよ。ちなみに、痛覚は通常の数倍にしてあるから。頑張って」
花が咲くような笑みとはこういうものをいうのか。
その笑顔のまま、娘は槌を――、
「貴方……ウザいのよね」
最後の一言がすげぇイイ笑顔だよエリスさん! 思わず背筋がゾクッとするね。
正直この話の出来は微妙かな、と。
だってエリス視点も少ないし……あと大臣がなんかすげぇ三下なんだもの。
こんな大臣で大丈夫かこの国。
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