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天使の女の子が来てくれました
 神様からの連絡があった翌日。

 私達は朝食をパンと果物で済ませてから、歩き続けていた。

 どうやら次の街に到着するのは少し先になるようだ。鳥型の使い魔を飛ばしたところ、どうやらあと二時間は歩かなくてはいけないらしい。


「疲れていない、ティナ?」
「はい。大丈夫です」


 笑顔で答えるが、しかしティナの歩き方はすこちぎこちない。

 慣れない長歩きで足が張ってしまったのだろう。


「少し、休みましょうか」
「いえ。大丈夫ですっ」
「そんなに頑張らなくったていいわよ」
「ひゃわぁっ!?」


 唐突にティナの身体を抱き留める。


「は、放してくださいエリスさん!」
「だーめ。こうやってティナのことを休ませるのよ」
「どちらにせよこんなんじゃ休めませんっ。分かりました。休みます、休みますから放してください!」
「あら、そう?」


 私は収納空間から取り出した大きな布を地面に敷いて、その上に座り込んだ。

 おずおずとエリスも腰を下ろす。


「エリスさんは強引です……」
「強引は嫌い?」
「身体を触られるのは嫌いです」


 びしりと言われてしまった。


「これから好きになるわ」
「それじゃあ変態ですっ」
「人は誰しも深い愛に溺れると変態になるものなのよ。まだまだ若いわね、ティナ」
「深い愛ってなんですか。愛もなにも、私とエリスさんは同性です……」


 どうやらまだティナの中では百合の花が開いていないらしい。


「あら、私はティナを愛しているわよ?」


 すっと身体をティナに寄せて、その耳たぶを軽く舐める。


「ひゃああああああああああああああああ!?」


 ずざざざざっ、とティナが私から勢いよく離れた。

 そこまで悲鳴をあげられると、少し傷つくわ。


「ななな、なにをするんですかっ!?」
「私の愛がどれほどか示そうと思って……」
「そうやってからかわないでくださいっ」


 からかってなんかいないのだけれどね。


「ティナは私のことが、嫌い?」


 尋ねると、ティナが少し言葉に詰まった。


「そ、それは……嫌いじゃないですけれど、でも、だからって愛とかは違います!」
「大丈夫。すぐにティナは私に虜になっちゃうわ」


 ティナの背後に転位して耳たぶに再度キス。


「ひゃああああああああああああああああ!?」


 先程の繰り返しのようにティナは後ずさった。

 反応の一つ一つが可愛らしいわね。

 不意打ちで尻尾に触れられた子猫みたいな反応だ。


「ティナ、可愛い」
「かわっ……も、もう! エリスさんなんて嫌いです!」


 ――!

 「嫌い」。

 予想以上にその言葉は大きな威力を持っていた。

 それが状況的に思わず口から出てしまった勢いだけの言葉で、ティナの本心でないことは分かっていたけれど……なんだろう。

 こう、胸にぐさっとくる。

 子供の頃初めて天界に行った時にいきなり天使兵五百人くらいに囲まれて乱闘した時よりもダメージは大きい、あの時は頬からちょっとだけ血が出た。

 流石に六歳児に天使兵五百人って、天界の倫理感はどうなっているのだろう。

 まあ、天使は魂の質量を見ることが出来るから、私の異常なくらいの魂の強大さに魔界からの侵略と勘違いしたから仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。

 ともかく、ティナの言葉はそれだけで私にダメージを与えた。

 これでもし本心からの「嫌い」だなんて言葉を投げかけられたらと思うと、ぞっとする。傷心のあまり世界の一つや二つ吹き飛ばしてしまうかもしれない。


「ティナ……私のこと、嫌い?」
「え……あれ、凄く落ちこんでます?」


 私のテンションが急に変わったことに気付いて、ティナが困惑した声をもらす。


「正直自分でも不思議なくらいに落ちこんでるわ。おかしいわね、私こんな柔な神経してたかしら……?」


 前世じゃ好きだった女の子に裏切られるなんて日常茶飯事みたいなものだったのに……。

 化物じみた才能のせいで、前世じゃ私の近くにいた女の子は最初こそ私の愛を受け止めていてくれたのだけれど、私を間近で見ているうちに私が不気味になって逃げて行ってしまったのだ。

 けれどそれでも、私はそれを仕方ないと諦めていた。自分の力が余人を寄せ付けない類のものであるのは自覚していたし、だからといって自分の力を加減できるほど器用でもなかった。

 だというのに、なぜティナの言葉にはこんなにショックを受けたのだろう。

 第二の人生で神経が軟弱になってしまったのだろうか……。


「なんだろう……今凄くベッドに潜り込みたい気分だわ……」
「そ、そんな落ちこまないでください。撤回します、エリスさんのことは嫌いじゃないです。いえ、むしろ好きですよ?」


 とりあえず抱いた。


「相思相愛ね」
「立ち直り、早いんですね……」


 ティナに好きと言われたのだもの。どんな苦悩からでも立ち直って見せるわ。


「とりあえずキスしていい?」
「だ、駄目ですよっ。というか、さっきのは友達としての好きであって、別に私としてはそんなつもりはありません!」
「いけずね」


 まあ今は好きという言葉一つで我慢しておきましょうか。


「ティナ。いつか絶対に貴方を手に入れて見せるわ。ふふっ」
「もしかしてエリスさんって……本当にそっちの人、なんですか?」
「あら?」


 そんな今更の質問。

 まさか……、


「今まで本当に気付いていなかったの?」


 その時のティナの表情は……なんと言えばいいのか。

 とにかく複雑なものだった。




 ……あ。

 遅れて、思い至った。

 どうしてティナの言葉が胸にあれほどまでに突き刺さったのか。

 ――ティナが私を拒絶しないからだ。

 私は、前世では力加減を知らずに一人で独走したから孤独になった。

 それを教訓に今回の人生ではちゃんと加減をするつもりだった。

 ……が、今思え返すとその教訓は全く生かせていない。

 霊体具現やら転位魔術やら魔王召喚やら……。

 いや、まあこれでも十分加減しているのだけれどね。魔王召喚で十割中二分くらいの力しか発揮していない。

 それでも……これも普通の人間から見れば異常だろう。

 私は自分の愚かさを思い知る。

 私基準での「加減」の話をしても駄目なのだ。するなら、一般人を基準にしなければ。

 その辺りを全く勘違いしていた。

 そのせいで、この有り様。既にティナの目から見て私の力は常識を大きく逸脱したものに映っているだろう。

 というのにティナは、それでも私を恐れようとはしない。

 それが、すごく嬉しくて……だから、嫌いと言われただけのことが辛かった。

 ……なんだ。

 ああ、つまり、そういうこと。

 私は心の底から、ティナに惚れてしまったわけだ



 次の街についたころには夕暮れ。私達はまず一番最初に宿をとった。

 そして……ティナは眠ってしまった。

 よほど疲れていたのだろう。

 部屋に入ってすぐにベッドに座りこんだと思ったら、倒れるように眠ってしまった。

 ……可愛い寝顔ね。

 ティナの頬を優しく撫でて、風邪を引かないようにシーツをかける。

 さて、と。こうなると私はこの部屋から出るわけにはいかない。

 ティナがいつ悪夢にうなされても起せるようにスタンバイしていなければならないのだ。

 さて、なにをして暇潰ししようかしら。

 考えていると……突然、部屋の真ん中に光が生まれる。

 これは――。

 しばらくすると、その光の中から飛び出してくるものがあった。

 女の子だ。

 昨日の神様との話に上った少女である。

 来るのは夜って聞いていていたけれど、少し早めに来たわね。

 その子は大きなトランクを抱えた状態で、お尻から床の上に投げ出された。


「あ痛っ!」


 彼女を投げ出してすぐに光は消える。


「――っぅ、なんで私がこんな目に……神様もなに考えてるんですか……」


 涙目でお尻をさする女の子に、とりあえず手を指し伸ばす。第一印象は大事だ。


「大丈夫?」
「ん……って、最凶因子! な、わ、私をどうするつもりよ!?」


 差し伸べられた手が思いっきり払われた。

 ……第一印象は最悪のようだ。

 私は一体天界でどんな扱いを受けているのだろう。彼女の様子を見ていると、少し気になる。

 ほんの少し天使兵五百人を叩きのめしたり神様より強くなったり運命を超越したりしているだけなのに。


「わ、私に何をするつもりか知らないけれどね、絶対に後悔するんだから!」


 払われて赤くなった手の甲を撫でながら女の子の容姿を確認。

 あ、あとティナの周囲に防音の魔術をかけておく。静かに寝ているティナを起こしたくはない。

 月の光を閉じ込めたかのようなきらきらと輝く金の髪に、どこまでも透き通った翡翠の瞳。太陽を知らないかのような、病的にすら見える、けれどだからこそ儚げで美しい白い肌。

 ……完璧に合格である。可愛い。

 神様には感謝しなくちゃね。


「私はウル。ウル=バルカングローヴ。私に手を出すなら、覚悟しなさい!」


 この強気な姿勢もいい感じ。


「覚悟って、どんな?」
「……貴方の魂、噂ほど強大じゃないのね」


 ウルの口元が笑みに変わる。

 そして、その手が空中に突き出され……空間が弾けた。

 その瞬間空間に起きた変化は……正に破裂だ。

 空間が弾け、その向こうにある何処かも分からぬ次元が覗いていた。

 その次元の中から、純白の液体が溢れだした。

 そしてその液体はウルの手元に集まり、一つの形を形成する。

 細剣だ。


「最凶因子……貴方は、ここで死ぬのが世界の為よ!」


 その刃が、私の喉元に突き出される。

 ……いい突きね。

 まあ、それはそうと……、



「私の魂は噂ではどのくらい強大なのかしら?」



「――え?」


 がくりと、ウルが細剣を落とし、崩れ落ちた。

 私はウルに何もしていない。

 私がしたのは……自分の魂の縛りを解いただけだ。

 それによって私の魂が、本来の力を取り戻す。


「な、なによ、これ」


 ウルの身体が震えていた。

 彼女は自分の身体を強く抱きしめて、私を呆然と見上げている。


「私の魂って、ほら。この通り強大すぎるでしょ。だから普通にそのままにしておくと、そこにいるだけで空間とかに悪影響を与えちゃうのよ。だから普段は限界まで封印してるのよね」


 今も空間が軋みをあげる音が聞こえる。


「なんて……馬鹿みたいな魂なのよ」
「馬鹿みたい、とは酷いわね」


 今の私の魂は、神様と九十九の魔王を纏めたものを数倍したくらいの質量を持っている。

 魂は成長するから、これから先まだまだ強大になる。今までの成長速度から考えれば、あと三年もすれば今の更に二倍くらいにはなるだろう。

 それなのに今の時点で馬鹿みたいだなんて言われたら、三年後はどんな風に呼ばれるのだろうか。

 と、そろそろ空間が壊れそうだったので、魂に鎖をかけて、思いきり縛りあげる。その痛みたるや、魂を直接圧縮するのだから身体が引き裂かれるどころの騒ぎではない。

 軽く表情を歪めてしまう。

 それも一瞬の事。すぐに魂の大きさは元通りになり、空間の軋みもおさまる。

 私は地面に座り込むウルの目の前に立った。びくり、と彼女の身体が跳ね上がる。


「そんなに怯えないで……」


 手を伸ばす。


「さ、触らないでよっ!」


 また払われてしまった。

 ……なんていうか、流石に取り付く島もないとね。

 ――余計に手に入れたくなる。


「ねえ、ウル? 貴方は私が神様との約束を守ったから送られたプレゼントでしょう? けれど私はプレゼントされたのがこんな乱暴な子じゃ、ちょっと考え直さざるをえないわ」
「……え?」
「だってそうでしょう? 貴方は私に奉仕するどころか、こうやって攻撃までしたのよ。それじゃあ不良品を掴まされたのと一緒じゃない。こんな理不尽な取引、白紙にしてしまおうかしら」
「そ、それ……待って! そんなの――」


 地面に落ちた細剣を拾い上げて言う。


「ああ……それともこれって、天界が私を抹殺しようとして仕掛けた罠なのかしら?」
「ち、違っ……!」
「それなら話は早いわ。私に盾突くなら、今から天界なんて滅ぼしてしまいましょう」
「そ、そんなこと許されるわけないじゃない! そんなことしたら、人間界の管理はどうなるのよ!?」
「そんなの知ったことじゃないわね。今更そんなことで私が止まってやるとでも?」


 冷たく言い放つと、ウルの顔が青くなる。


「じゃあ、ちょっと天界に行ってくるわ」


 天界への門を召喚する準備に入ろうとして、そこにウルが飛びついてきた。

 私の腰にウルがしがみつく。


「わ、分かった! 私が悪かったから、止めて!」


 その表情は必死だ。

 私の本来の魂を目の当たりにしてしまったせいだろうか。


「――それが人にお願い事をする言葉使いなのかしら?」
「っ……も、申し訳ありませんでした……どうか、許して下さい」


 ふふふっ。

 なんて可愛らしい表情なのかしら。

 言いたくもない言葉を無理矢理に言わされて、それでも瞳の奥には私に対する敵意が燃えている。

 天界の住人特有の金眼を見つめながら、大げさな笑みを浮かべる。


「ねえ。私のこと、これからはなんと呼べばいいか分かるかしら? ご主人様、よ」
「――……はい……ご主人、様」


 ぞくぞくっ。

 いいわ……凄くいい。

 思わず興奮して、身体の奥から何かが溢れてしまいそうだ。

 ……でも、もうお終いにしなくちゃね。

 名残惜しいけれど、これ以上やったら本当に彼女のプライドを砕いてしまう。

 美少女の心を潰すのは私の趣味じゃない。


「立ちなさい」
「……はい」


 私の命令通りにウルが立ち上がった。

 ……その目は、しっかりと私を睨みつけている。


「――ふふ、いじらしいわね」


 思いきり抱きしめた。


「……へ?」


 間抜けな声がウルの口から出る。


「もう、冗談に決まっているでしょう。天界を滅ぼしたりなんてしないし、言葉使いを強制したりしないし、ご主人様だなんて呼ばせないわよ。あ、でもエリスって呼んで?」
「え……あれ?」


 ウルは状況が飲みこめてないらしい。


「つまりね、ウル。貴方が余りにも私に厳しい目を向けるものだから……少し意地悪したの」


 そして……ウルの身体から力が抜けた。

 そのまま私に全体重を預けてくる。私を嫌がるだけの気力もないらしい。


「……神様がなんで貴方と関わりたがらないのか、ようやく分かったわ」
「あら、そう?」


 そしてウルが呻きながら、ぽつりとこぼした。


「もう帰りたい」
「駄目よ。貴方は、私が落とすのだから。それまでは、ちゃんと私の側にいてもらうわ。それで、落とした後も私の側にいてもらうの」
「……助けてください、神様」


 自分を私に渡したのがその神様だと分かってウルは言っているのだろうか?


ちょっとSなエリス様でした。
正直作者としてはエリスをドSにしたかったのですが……そうすると、後々問題が出てきそうなのでやめときました。エリスは女の子には優しいのです。
他には厳しいけどね。

女尊男卑……エリスならば仕方ない。


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