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教えました
 アリーゼは、いろいろな疲労のせいか、ベッドでぐっすり眠っていた。

 そんな彼女を起こさないように、音を立てずに部屋を出る。

 そして廊下に出ると……そこに、ヨモツの姿を見つけた。


「あら」


 その様子に、思わず笑みがこぼれた。

 ヨモツの両脇にはティナとウルが抱えられ、尻尾はナンナに巻きついてその身体を支えていた。

 三人とも、顔は真っ赤で意識はないようだ。


「主か……」
「お疲れ様、ヨモツ。手伝いましょうか?」
「いや、構わぬ」
「そう?」


 それにしても……また、見事に酔い潰れているわね。


「酔っぱらいの相手は大変だったでしょう?」
「……そうだな。なにか、今まで相対したどんな敵とも違う手強さがある」
「それはそれは」


 おかしな言い回しに、また笑みがこぼれた。


「だけど、駄目ね、私は」
「……?」


 私の言葉に、怪訝そうにヨモツは首を傾げる。


「この子達に、こんな酒に溺れさせてしまうほどの負担をかけているってことだもの、私が」
「……ふむ。そうなのか?」
「そうなのよ」


 自分が情けない。

 私は、彼女達の好意に甘えてばかりだ。


「負担になるのに、この三人は……いや、四人か? 彼女らは何故主に愛情を抱く?」


 三人から四人に言い直したのは、アリーゼのことを察したからか。


「――それは、また答えづらい質問ね」


 何故、愛情を抱くのか、か。


「確かに、負担ばかりかける私と付き合うメリットなんて、彼女達にはないかもしれない。だったら、愛情なんて抱かない方がいいのかもしれない。でもね、ヨモツ」


 それでも……。


「理性や理論では語れないのが感情というものなのではないかしら。愛情なら、なおさらに」
「よく、分からんな」
「ごめんなさい、私の説明が下手だったわね」
「いや……」


 小さく首を振って、ヨモツは言う。


「恐らく、我がまだ何も知らないせいなのだろう、これは。もっと多くのことを知れば、いつかは分かる。そうだろう?」
「――……ええ」


 それだけの言葉に、なんだか嬉しくなった。

 ヨモツが、多くのことを知ろうとしている。つまり、今の言葉はそういうことなのだ。

 きっとそれは……決して小さくない一歩なのだろう。


「一緒に知っていきましょう、ヨモツ。私も、貴方も、まだあまりにもなにもかもを知らなさすぎるから」
「……主もか?」
「ええ。私もよ」
「……そうか」


 小さく、ヨモツが頷く。


「そうだ、主」
「なに?」
「料理を教えて欲しい」


 ……一瞬、聞き返したくなった、

 今、ヨモツは料理を教えて、と言ったのだろうか。

 それは……うん。

 すごく、素晴らしいことだと思う。


「もちろん構わないわよ。だけど、どうしていきなり料理なの?」


 昨日私が料理の話題を持ち出したから、という理由だけではないだろう。それだけだと、理由としては弱すぎる。

 そもそも、その時点ですでにヨモツは料理というものに興味を持っていたようだった。

 だったら、それより前になにかがあったと考えるのが道理だろう。


「先日、助けた人間の娘がいただろう?」
「ええ」
「あの娘に、言われたのだ――」


 ヨモツは、その女の子と再び合った時にあった会話の概要を教えてくれた。

 ……なるほどね。

 その女の子には感謝しなくちゃいけない。もしかしたら、私以上にヨモツにいい影響を与えている。

 これだから人間というのは凄い。子供ですら、私なんかでは出来ないことをしてしまうのだから。


「よし、じゃあ、ばっちり教えてあげるわ。料理器具なんかは私が用意してあるから」
「ああ、頼む……」


 でも、その前に、


「三人を寝かせてあげないとね」


 あと、酔いも吹き飛ばしておこう。

 じゃないと、きっと三人とも酷い二日酔いに襲われてしまう。

 料理を教えるのは、宿の厨房を借りればいいわね。ちょっと結界を張れば、なにをやっても問題ないし。




「それじゃあ、まずは包丁の扱いからね。食材はいちいち用意すると足りなくなるかもしれないから、魔力で再現するわね」
「ふむ……」
「とりあえず、私の動きを真似てみて。こうやって、こんな風に食材を手で押さえるの」
「分かった……」


 ぐしゃ!


「……」
「……」
「押さえる時には加減が必要ね。潰してしまうから」
「ああ……すまない」
「間違いは誰にでもあるものよ。それじゃ次に行きましょうか……こうやって、滑らせるように切るのよ」
「なるほど」


 ヴォン!


「……」
「……包丁に魔力を纏わせる必要はないわね。今の、結界張ってなかったら、街が吹き飛んでたわ」
「すまない。つい……」
「初めてだもの、仕方がないわ……じゃあ次は、ちょっとやるのが早いかもしれないけれど、野菜の皮切りをしてみましょうか」
「ふむ……?」
「こうやって、回すようにして皮をとっていくのよ?」
「……こうか?」
「そうそんな感――」


 きゅるきゅるきゅる。


「早い、早すぎるわヨモツ。そしてやりすぎよ。皮を越えて芯までなくなっちゃっているわ」
「……む。そうか」
「軽く一周するだけでいいのよ?」
「分かった」
「でも、ヨモツは覚えが早いわね」
「間違えているが?」
「やり過ぎなだけで、基本的なところは出来ているのよ。最初食材を圧し潰した時も手の置き方はあっていたし、包丁で食材を切ろうとした時も魔力さえなければきちんとやれていた。今のもきちんと皮の部分だけで済ませていれば綺麗な皮むきだったわ」
「……そうか」
「これなら、意外と早く料理が出来るようになれるかもしれないわね」
「本当か?」
「ええ。だから、もっと練習しましょう。ただし、やり過ぎには気を付けてね」
「ああ……では、次を頼む」



 数時間でヨモツは簡単な料理なら苦もなく作れるくらいにはなっていた。

 今は、ちょっと手の込んだ料理を教えている。今度はきちんとした本物の食材だ。

 調理の仕方を先に教えて、ヨモツがそれに沿って作るのを私は眺め、そして間違えがあれば訂正する。

 ただ、やっぱりヨモツの学習速度は早く、正直もう私がここにいる意味はないだろう。あとは料理本でも渡しておけば、自然と上達していくだろう。

 包丁で食材を切りながら、ヨモツが口を開いた。


「主よ……人はどうして料理を考えたのだろうな」
「あら、どうしてそう思うの?」
「食事とは、栄養の摂取だろう? ならば、このような面倒な過程をわざわざ経なくとも、他にいくらでも手段はあるだろう」
「そうね」


 でも、それでも人は料理を考えた。自分達が美味しいと感じられる料理を。


「何故だ?」
「そうね……やっぱり、どうせ食べるなら、美味しい方がいい、っていう単純な理由じゃないかしら」
「ふむ……そうか」


 けれど、なんだかそれだけの理由では、私は物足りないと感じてしまう。だから、


「でも、私はもう少しロマンチックな考え方をしたいわ」
「どういうことだ?」


 さて、これをどう伝えたらいいものか。

 少し考えて、ヨモツに問いかける。


「ねえ、ヨモツ。料理を美味しくする一番の方法は、なんだと思う?」
「……それは、最高の調理をすることだろう?」
「そうね。でも、最高の調理をするのにも、それより前に欠かせないものがあるのよ」
「それは、なんだ?」


 簡単なことだ。


「料理を食べさせたいと思っている人に、自分の作った料理を美味しく食べてもらいたい、って思うこと」
「……どういうことだ?」
「ヨモツは、自分がまったく知らない、それどころか嫌いな人間に料理を食べさせたいと思う?」
「……いや、思わない。何故そんな人間に食べさせてやらなくてはならないのだ?」
「そういうことよ。そう思いながら貴方は最高の調理を行える?」
「……どうだろうな。もしかしたら、無理かもしれない」


 まあ、ヨモツならそれでも最高の調理をしてしまうかもしれない。彼女は、純粋だから。

 でも、一般論としては不可能だ。嫌いな相手に食わせる料理なんて、本気で作るわけがない。手を抜いて、行程をとばして、仕上げを怠って、そんなものになる。


「でも、自分が望んだ相手に食べてもらえるとしたら? その時、貴方は調理の手を抜く?」
「そんなわけがないだろう」
「そういうこと」


 ヨモツも即答するような簡単な問いだ。


「だから、そんな相手に自分の料理を美味しく食べてもらいたいと思いながら、頑張って調理するの。そうすれば、自然と自分にできる最高の調理を行えるはずよ」
「……そういうものか」
「そういうものよ……だからね、ヨモツ。私はこう思う。人が料理というものを考え出したのは、自分の大切な人を喜ばせたかったからだ、と」
「……喜ばせる、か」


 ヨモツが私を見た。


「主は、我の料理が美味しかったら喜ぶのか?」
「もちろん」
「ふむ……そうか」


 それきり口を噤んで、ヨモツは調理に集中した。

 しばらくして出来上がった料理は、見事なものだった。


「味見をしてもらえるだろうか?」
「もちろん」


 一口。


「うん……美味しい」


 自然と、頬が緩んだ。

 料理は偉大だ。
ヨモツに料理好きの称号をつける気まんまんの作者がここにいる。


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