魔王は深い忠誠を誓ってくれていました
スライムのような魔物に魔術で生み出した炎を放つ。
そのまま炎はスライムを蒸発させ、さらにその先数百メートルの草原を焼き払った。
思わず力が入り過ぎていたようだ。
「……」
まあ、問題ないわね。射線上には誰もいなかったし。
「あ、あの……エリスさん、どうかしましたか?」
「ええ。ただ、なんだかこの展開にも飽きてきてしまったわ」
心配そうに尋ねてくるティナに苦笑でこたえる。
ブランチを終えた後すぐに私達はあの町を出た。もともと長く留まるつもりはなかったし。
そしてその直後から、魔物が異様なくらいに多く私達につっかかってくるのだ。
どうやら、どこからか魔物使いが魔物に命令を出しているらしい。
どうせ道中暇だから、暇潰しくらいにはなるかもしれないと思って放置しておいたが……いつまでも雑魚ばかり。
暇潰しにもなりはしない。
「少しだけ待ってもらえるかしら?」
「あ……はい」
さて、どうしようかしらね。
魔物使いは遠すぎて遠隔魔術は使えないし……いや、使えなくはないのだけれどちょっと問題があるのだ。
……よし。
私は召喚魔術を発動させた。
本来ならば血の生贄とか用意して何時間もかけて行う儀式魔術だが、私にかかれば何の触媒もなしに一瞬で終わる。
地面に黒い魔方陣が浮かび上がる。
そしてそこから……黒い巨大な腕が突き出した。
そこから徐々に、その全貌が明らかになる。
全長六十メートルほどの、幾千もの翼を背中から生やした漆黒の魔王である。
「ひっ……」
ティナが咽喉をひきつらせた。
「大丈夫よ」
彼女を安心させるために身体を抱きしめる。決してやましい気持ちからではない。
この魔王を畏れる必要はない。
何故なら――私の方が全然強いから。
「エリス様、何か、その……ご用でしょうか?」
魔王が跪き、その禍々しい姿からは想像も出来ないような丁寧な声で私のご機嫌をうかがうように尋ねてきた。
ティナが固まる。
……そりゃ驚くでしょうね。こんな光景。
この魔王はちょっと子供の頃に魔界に遊びに行った時に手下契約をした魔王だ。
手下契約とは文字通り、契約主の手下になるという契約であり、この契約をした悪魔は主に絶対隷属である。
魔界の百の魔王のうち九十九体は私と手下契約を結んでいる。なお、残りの一人は私のこと。なんでか知らないけれど、いつの間にか勝手に魔王に数えられていた。
「ちょっとこの辺りの魔物、全部始末してくれる?」
「は……そのようなことで私をお呼びに?」
「悪い?」
元から黒くて顔色なんてないはずの魔王の顔が蒼くなったように見えた。
「い、いえっ! ただ、その程度のことエリス様ならば指を動かすよりも簡単に出来るのでは、と思いまして」
「広域殲滅で加減するのって苦手なのよ。下手に加減を間違えたらこの大陸を吹き飛ばしちゃうでしょ? 私はそんな破壊好きじゃないわ」
ちなみに魔物使いを遠隔魔術でどうにかしないのも同じような理由。
例えば石化魔術を使うとしても……この距離だと加減が難しくて、一生石化させたままにしてしまうかもしれない。いくらちょっかいを出してくるとはいえ、そこまでやるつもりはない。
「か、加減一つで大陸一つ……流石は、エリス様です」
「お世辞はいいから、ほら早く」
「は……っ!」
頭を垂れて、魔王の翼が一斉に広がった。
その翼の一枚一枚から黒い魔力の塊が放たれ、流星のように方々へと散る。多分、この辺りの魔物をあれで一掃するのだろう。
魔物使いとは生まれつき魔物を操る能力を持った希少能力者。けれど魔物がいなくなってしまえば魔物使いなんてただの人間だ。
……まあ、どちらにせよ魔王の姿を確認した瞬間に魔物使いは逃げだしたようだけれど。
「終わりました」
少ししてから、魔王が言う。
「とりあえず半径十キロの魔物を死体も残らぬように始末しましたが……」
「うん、十分よ」
私が頷くと、魔王は胸を撫で下ろした。
「ああ、そういえば小耳に挟んだのだけれど、最近魔界で戦争が起こってるとかいうじゃない? なにかあったの?」
「そ……それは、なんとも恥ずかしいことですが、現在魔界では反エリス派などという愚か者どもが悪魔の尊厳を守れなどと申し反旗を翻しまして……現在九十九魔王をもって根絶やしにしているところです。なにぶん連中、魔界にいる悪魔の六割と数だけは多いもので、手間取っておりますが」
「ふうん……別に私は悪魔の尊厳をどうこうするつもりはないのだけれどね……」
「奴らはエリス様が人間でありながら魔王に名を連ねることそれ自体がありえないと訴えておりまして……」
「なんなら魔王の名なんて今すぐにでも返上してもいいわよ?」
「いいえ。魔界は力こそが全て。であればこそ、貴方様は絶対的な魔王でございます。そのようなことを申されては、立つ瀬もなく私を含めた九十九の他の魔王全て、自らの首を斬り落とさねばならなくなります」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟ではございません。我々は貴方様を畏れ、その畏れの大きさだけエリス様を仰いでいるのですから」
「あら、嬉しい事を言ってくれるのね。そんなことを言われたら私もその敬意に応えなくてはならないわ」
笑んで、私と契約する九十九の魔王の能力を強化する。
これで、これまでの数倍の能力を発揮できるようになっただろう。
「これは……身に余る光栄です」
深く魔王が頭を下げた。
「問題ないわ。それよりも、余計な手間をとらせたわね。もう帰ってもらって構わないわ」
「は……では、失礼いたします」
魔王の身体が魔方陣の中に沈んでいく。
うーん。
最初は魔王全員コンプリートしたらちょっと楽しいかもと思って初めて魔王集めだったけれど、こうまで忠誠を誓われるとは思わなかったわ。
魔界の悪魔六割には気の毒だけれど……まあ私に刃向かった自分が悪い、ということで諦めてもらうしかない。
魔界の総人口は一億くらいなので……六千万くらいの悪魔が消えることになる。
実力主義って、残酷ね。
「あの……エリスさん」
今まで私の腕の中で身動き一つしなかったティナが、ようやく硬直から回復した。
「何度も同じ質問をしてあれなんですけど……エリスさんって、何者なんですか?」
「凄い人、よ」
にこりと微笑む。
「……確かに凄いですけど……凄過ぎです」
「ありがとう」
褒め言葉として受け取っておく。
「……とりあえず、放して下さい」
私の腕を引きはがそうとティナがもがく。
「もう少し」
「駄目ですっ」
「そう言わないで」
「放して下さいっ」
ティナの言葉を無視して、しばらく彼女のことを抱きしめ続けた。
†
「一瞬で巨大な悪魔を召喚しただと?」
その報告に、眉をひそめる。
「馬鹿な。ありえん」
「ほ、本当なのです! 確かに私はこの眼で見ました! あ、あの女はただ者ではございません」
「戯言も大概にしろ。そんなこと、何百人もの魔術師が束になっても出来ぬ」
「嘘ではありません! あの女には手を出すべきではありません! どうかお聞き届けください!」
「黙れ。もう出ていけ。あんな娘二人相手に逃げ帰ってくるような者に用はない」
「お考え直しください!」
「やかましい。おい、こいつを連れていけ!」
私の言葉に控えていた者達が魔物使いを両脇から抱えて部屋を出ていく。
まったく。
どうやらエーメンスの生き残りについている娘が強力な魔術師であることに嘘はないようだが、悪魔の召喚などというものを一瞬でできるわけがない。
おおかた、あっさりと追い払われて、それをどうにか誤魔化そうと出た嘘なのだろう。
情けないやつめ。
……どうやら、本腰を入れる必要がありそうだな。
†
「か、神様!」
「なんじゃ騒々しい」
書類仕事を済ましていると、秘書の天使が慌てて駆けこんできた。
「こ、これを見てください!」
そう言って秘書が渡してきたのは、数枚の書類。
「ふむ?」
受け取って目を通す。
そして……あんぐりと口をあけてしまう。
「な、なんじゃこれは!?」
それは魔界の魔王達の情報だった。
現在魔界では戦争が起きている。なんでも、あの娘――エリスを魔王と認めない悪魔達と九十九の魔王達との戦争らしいが……その戦争が、終結したのだという。
その理由は、魔王達の突然の能力向上。
その圧倒的な力の反エリス派の悪魔が次々に降伏をしたらしい。
問題は、その魔王達の能力だった。
それぞれが今までの数倍から数十倍の力を手に入れたらしいが……それだけの戦力を魔界が持ったということは、大きな問題だ。
これだけの戦力があれば……もし今魔界が天界に攻め込んできたら、天界が滅びる。
もしそんなことになったら……人間界はバランスを崩して次々に自壊を始めるぞい!?
「というか何でいきなり魔王達が強くなってるんじゃ!?」
「なんでも最凶因子が強化したとか……」
最凶因子とはもちろんエリスのことである。
「あ――あんの馬鹿娘!」
これはいくらなんでもやりすぎじゃろうが!
「ど、どうするんじゃこれ」
「実は私に考えがあります」
「な、なんじゃ! なんでも言ってみよ!」
「魔王達は最凶因子に絶対服従です。であれば……最凶因子に魔王達を抑えてもらいましょう」
「む……」
なるほど。それは簡単な解決策じゃの。
幸いにもあの娘は話して分からぬような馬鹿ではない。
じゃが……、
「あの娘にそんなことを頼んだら、その対価に何を要求されるのか……今から恐ろしい」
「頑張ってください」
……はっ。
そうじゃ、いいことを思いついたぞ!
あの娘、確か女子好きじゃった筈……。
可愛い天使の女子を差し出せば簡単に話が進むに違いない!
そして運よくワシの秘書はミス天界にも選ばれた美少女!
――決して可愛いからワシの秘書に選んだわけではないぞ? 本当じゃからな?
「秘書君!」
「え……な、何ですか?」
「君にはエリスのものになってもらう!」
「――は?」
許せ。
これも天界の為。
尊い犠牲になっておくれ。
†
『もしもし、エリスかの?』
なんか神様からの連絡が入ってきた。頭の中に神様の声が響く。
もう夜中で、ティナは今のところ静かに寝ている。
次の町にはつけなかったので野宿だ。
転位を使えば一瞬なのだが、それでは私の美学に反する。旅の醍醐味は自分の足で歩くことだと私は考えている。
ティナは私に膝枕をされている状態で、身体には温かそうな毛布をかけていた。
膝の上の感触が至福である。
なのにその至福を邪魔するかのような神様の声にちょっとイラッときた。
『なに?』
実際の声には出さず、頭の中で応える。
『なんでそんな不愉快な声を出すんじゃ……怖いぞ?』
『私の今の様子、見える?』
『ちょいと待て。今遠見するから……あ、よう分かった。なるほどのう』
どうやら分かってもらえたらしい。
『そういうことで、邪魔しないでもらえる。今現在進行形でお楽しみ中だから』
『そうはいかんのじゃ。少しだけ付き合ってくれ』
『嫌よ』
『そんなことを言っていいのかのう……?』
ん、いつになく強気ね。
すると、頭の中に一つの映像が浮かぶ。
非常に可愛らしい女の子の顔だった。
『これからワシの言うことを承諾してもらえたら、この子をくれてやってもいい』
『承諾』
『……まだ何にも言っておらんのじゃが、まあよいわ。話が早い』
神様、私のことよく分かってるわね。
『とりあえず魔王達が天界に攻め込んでこないようにお願いしたいのじゃが……』
『絶対に天界には攻め込ませないわ。これで交渉成立よね?』
『うむ。それでは明日の夜にはそちらにこの子を送る』
ふふふ……楽しみね。
あ、でもその前に一つ訊かなくちゃ。
『教えて欲しいのだけれど、この件についてその子は納得しているの?』
『神様権限で無理矢理に従わせた』
『貴方鬼畜ね』
『お前だけには言われたくないわいっ!』
『ふふふ……望まずに権力に従わされて私のところに来る女の子……シチュエーションだけで興奮するわね』
『絶対お前のほうが鬼畜じゃよな?』
楽しみだわ。
『私は身体だけの関係って嫌いだから、きちんと心まで通じ合わせた上で押し倒すから安心して』
『押し倒すこと前提で言ってる時点で駄目なんじゃと気付け?』
っと……。
ティナがうなされ始めた。
やっぱりトラウマになっているのね……可哀そうに。
『それじゃあ、私はティナとニャンニャンするから』
神様との会話を強制終了させて、さらに神様の遠見を拒絶する。
ティナの可愛らしい顔をいつまでもあんな老人に見させてやるつもりはない。
「ティナ、起きて……ティナ」
私はティナを悪夢から覚まさせるさめに、優しくその身体をゆすった。
また、温泉にでも連れて行こう。今度はどこの温泉がいいかしら。
ああ。それと、女の子が合流することも教えてあげないとね。
既にエリスは魔界天界人間界の三世界を左右できる存在になってますね。
どこまでいくのだろう、彼女は。
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