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過去を振り返りました
「王都まであと数日、ってところかしらね」
「……貴様が本気を出せば一瞬だろう」


 私の呟きに、アリーゼが呆れながらも返した。


「あら、いいじゃない。私は皆と一緒に旅をするのを楽しみたいのよ」


 言って、笑いかけると、アリーゼは「もういい」と溜息をついてしまう。

 肩をすくめて、私は膝の上に頭をのせて眠っているティナの頬を撫でる。


「よく寝てるわね……こんな森のど真ん中で」
「エリス様が一緒だから安心してるんじゃないの」


 ウルとナンナが少しだけティナを羨ましそうに見て、そう言う。

 まあ、魔物や野獣は滅多なことでは私達に近づいて来ない。本能で危険を感知しているのだろう。

 私やヨモツはもとより、ウルやナンナは天使と悪魔だけあって普通とは違った気配を出しているし、アリーゼだって人間の中では最強の部類だ。その横では魔狼も控えているし、これだけ集まれば近づいてくるのは自殺行為というものだ。


「そういえば、さっきからヨモツはなにをしてるの?」


 大分ヨモツにも慣れてきたウルが、そちらに視線を向ける。


「そういえば魔界でもヨモツ、あんなことやってたわね。あれ、なんなんですかエリス様?」


 そこではヨモツが静かに佇み、時々その身体の一部が輝く粒子に分解され、そして再構築されるのを繰り返している。


「ああ。《顕現》の特訓ね」
「あ、そっか。見覚えがあると思ったら……それか」
「《顕現》って、あの魂がなくなるやつですよね? 遠見でしか見たことないからよく分からないんですけど、あれってなんなんですか?」


 ナンナに問われ、少し考える。

 やはり、《顕現》について語るのは難しい。

 とりあえず、ヨモツの時と同じような説明を皆にする。

 それに対する反応は様々だった。


「胡散くさいわね……」
「流石エリス様です!」
「よく、分からんな」


 ヨモツは未だに黙々と《顕現》を成功させようと練習を繰り返している。

 あと一歩、ってところで何かが足りないようだ。

 なにかひと押しあれば、ヨモツはすぐにでも《顕現》出来そうね。


「エリス。それは私にも出来るのか?」


 興味深そうに聞いて来たのは、アリーゼ。


「もちろんよ?」


 当然のように答えると、


「本当!?」
「本当ですか!?」
「本当か!?」


 三人が凄い食い付きをみせた。


「ええ……」


 《顕現》は、信じることさえできれば誰でも行使できる業だ。

 その『信じること』が難しいのだけれどね……。


「そうね……例えば極論だけれど、『自分』は誰にも負けない、と信じきることが出来て、それを押しとおすだけの意思があれば、《顕現》は出来るわよ」
『…………』


 私の言葉に、三人が三人とも黙り込む。

 どうやら、早速《顕現》しようとしているらしい。

 が……粒子の一つたりとも生まれてこない。


「出来ないじゃない」
「それは……悪いけれど、単に必要な条件を満たしてないだけね」


 つまりは、信じきれてないってこと。


「……エリス様のようにはいきません」
「大丈夫よ。貴方達ならいつか出来るわ」


 落ちこむナンナの頭を撫でて、いまだに《顕現》に挑戦しているアリーゼにも声をかける。


「そんな今すぐやる必要はないわよ。ゆっくりとやっていけばいいわ」
「……む」
「何事も、積み重ねてやっていかなくてはね。アリーゼだって一朝一夕で今の強さを手に入れたわけではないでしょう?」
「それは、そうだが……」


 少し納得出来なさそうに、アリーゼは自分の手を見た。

 ……何か、気にしているみたいね。


「なにか心配事?」
「……別に、そういうわけではない」
「そうは見えないけれどね」
「余計な世話だ」


 そうまで言われては、これ以上は言えないわね。


「じゃあ、そろそろ眠りましょうか」



 騎士になろうと思ったのは、ありきたりな理由だ。

 私には、歳の離れた兄が一人いた。

 両親は私が物心つく頃には亡くなっていて、兄は幼い私の事をどうにか育ててくれていた。

 兄は、騎士見習いだった。

 子供心に、それが決して楽しくない仕事だろうというのは分かっていた。見習いなどと言えば聞こえはいいが、実際のところそれは、体のいい使い走りだったのだから。

 それでも兄は私の為に、懸命に働いていた。

 正式な騎士になったらもっといい生活させてやれる。

 いつも、兄はそう私の頭を撫でてくれた。

 本当に、私などにはもったいないくらいに優しい兄だった。

 休みの日は、いろいろな話をしてくれたし、遊びにも付き合ってくれた。時々だけれど、剣も教えてくれた。

 今思い返せば、言ってはなんだが、兄には武の才がなかったように思える。そして、優しすぎるあの性格は、なによりも騎士として向いていなかった。

 それを、出来れば私は子供の頃に気付くべきだった。

 そうすれば、あんな最悪の事態は回避できたのに……。

 一言、騎士をやめて欲しいと兄に訴えることが出来たのに。

 いや……無理か。

 あの兄のことだ。私がそう言っても、決して首を縦には振らなかったろう。

 兄は、この国に仕えることに誇りを持っている人だったから。

 そんな兄がようやく騎士となって、初めての任務。

 内容は魔物の討伐。

 なんてことない、普通の騎士の仕事だ。

 けれど……兄は死んだ。

 怪我をして身動きがとれなかった仲間を庇って……兄の帰りを待っていた私に届けられたのは、そんな報告。

 兄の死体は魔物に食われたらしい。帰って来たのは、兄の剣のみ。

 それからしばらくは、兄の同僚の家にお世話になり、家事などをしてかろうじて食い繋がせてもらっていた。

 その時期は、なにもかもが灰色に見えた。

 たった一人の家族を失った、その喪失感は、今でもはっきりと覚えている。

 そんな日々の中で、毎日毎日、寝る前に兄の剣を見つめていた。

 そうするうちに、自然と抱く想い。

 兄の遺志を継ぎたい。

 あの、国を愛した兄の代わりに、国に仕えたい。

 それが、ここまで私を育ててくれた兄にできる唯一の恩返しのような気がしていた。

 何よりも。

 今この瞬間も、きっとどこかで私のように大切な人を失っている人がいる。

 そんな人達を、守りたい。

 こんな悲しい思いを、させたくない。

 だから――。

 それからは、ひたすらに剣を腕を磨いた。

 兄に騎士の才がなかった分を吸収したかのように、私の剣の腕はどんどん上達していった。

 十になることには、兄の同僚の騎士達で私に太刀打ちできる者がいなくなり、十三の子供、それも女としては異例として騎士に任命された。

 それから二年で多くの功績を残し、龍装獣騎隊へと配属された。

 その当時は、私も龍装獣騎隊を「お飾り部隊」と呼ぶ者の一人で、もしや分不相応な功績を手にしたせいで上の人間に目をつけられて左遷させられたのか、などと考えたものだ。

 けれどその実、どうだ。

 龍装獣騎隊の訓練は、これまでの私の努力などせせら笑うかのような、とても同じ人間がこなすものとは思えない内容だった。

 まず、魔狼に親しむというのがありえなかった。

 あんな強力な魔物を躾けるなど、到底信じられることではない。

 だが、隊に所属する他の騎士がそれを当然とやってのける中、逃げだすわけにもいかなかった。

 まず、剣では自分は既に限界ということを悟った。

 自分の体格が子供ながらも、その中でも特に小ぶりなことは残念ながら事実。私の短い腕に剣では、魔狼を駆る戦いでは攻撃の範囲が短すぎる。かといって、長い剣を使うにはこの身長ではバランスがとりにく。

 だから、自分にあった新しい武器を考えた。

 その当時の隊長が使っていた蛇腹剣を参考にして、それにさらなる威力を追求した蛇腹斧を作った。だが、あまりにも重すぎて使いこなせなかったため、魔術師団の魔術師に身体強化の魔術を教えてもらうことにした。

 そこで自分に魔術の才もあると気付き、蛇腹斧と並行して魔術の鍛錬も行うことにした。

 それに合わせて、さらに魔狼を手懐ける作業。

 いい時でも、睡眠時間は四時間程度だった。

 その努力が、初めて実を結んだと実感したのは十七の時。

 珍しく龍装獣騎隊に任務が入ってきた。

 竜を頂点とした魔物の群れが王都に近づいているというのだ。

 当然、そんなことが知られれば混乱は必至。任務は極秘に、そして速やかに処理されなくてはならなかった。

 その任務で、自分でも驚くくらいに魔物を簡単に屠れた。

 有象無象を他の騎士に任せ、私は隊長の指示で二人きりで竜との戦闘に飛び込んだ。

 竜は、他の魔物とは比べ物にならないほどの強さだった。

 その戦いの中で、隊長の魔狼が死に、隊長自身も左腕を千切られるという重症を負った。

 不意に、その時。

 仲間を庇って兄が死んだ、と聞かされた時の思いが蘇った。

 私は、兄のように仲間を守れるだろうか?

 いや。守らなくてはならないんだ。

 もう、誰かを失う喪失感は御免だった。

 そこからは、もう記憶が曖昧だ。

 気付けば、私は全身傷だらけで、しかし目の前には息絶えた竜の屍。

 守れたのだ、と。

 とても守り切れたなどと言えるような状況ではなかったが、しかし隊長の命だけは、それだけは守れたのだ。

 その時、何故だか涙が溢れだした。

 兄に、褒めてもらえた気がした。

 よくやった、と。もう記憶も掠れて、忘れてしまった兄の声が鮮明に聞こえた気がした。

 ――それから、隊長は戦える身体ではなく、後続を鍛える教官となり、代わりに私が隊長に抜擢された。

 そうして、竜装獣騎隊を引き連れて、私は戦って来た。

 そして、あの日。

 私は――エリスに出会ったのだ。



 彼女は、出鱈目だった。



 その強さも。

 そして、在り方も。

 悪人でもなく、善人でもなく、しかし悪人で、善人だった。

 側にいる内に、心が乱された。

 国に仕える私は、しかし何故国の敵であるエリスをそのまま悪人と思えないのか。

 仲間を気遣うエリス。

 敵に容赦がないエリス。

 子供に慕われるエリス。

 いろいろなエリスの姿が脳裏をよぎる。

 何故、こうもエリスに心乱される。

 彼女が、強いからだろうか?

 なら、私も強くなれば、今より強くなれば、迷うこともないのだろうか。

 だったら、私は強くなりたい。

 このままじゃ……自分がわからなくなる。

アリーゼの過去があっさり暴露。
もっと上手いタイミングがあったのではないかと若干後悔。


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