ちょっと弄っちゃいました
ティナの両親と御者の遺体は私が魔術で作った即席の棺桶に収めて、馬車に乗せて運んだ。
馬車を引く馬は殺されていたので、ペガサスを二頭召喚して、その翼を見えないように幻影魔術をかけた状態で馬車を引かせた。
一番近くの町についたのが、夕暮れ。
いくつかの手続きを終えた後、そのまま三人の遺体はしかるべき地へと運ばれ、丁重に葬られることになる。
手続きを済ませていたせいですっかり暗くなって、夜空に星々が煌めく下で、ティナは両親の遺体をのせた役人の馬車が消えるのをじっと見つめていた。
「……葬式、参加したかった?」
二人はここから少し離れた街の墓地に葬られるらしい。その街は、ティナ達家族が先祖代々治めていた土地だという。
もしもティナが葬式に参加したいというなら、例え千里の距離であっても駆け抜けてみせよう。
だが……ティナは首を横に振った。
「エリスさんのお陰で、もうお別れはできたので。それにお母さんとお父さんからも、自分達の葬式には参加しなくていい、って……」
「そう」
暗い表情のティナの頭を撫でる。
「……?」
ティナが不思議そうにこちらを見上げた。
「まだまだ泣き足りないでしょ? もう少し、泣いた方がいいわ」
ティナが涙を見せたのは、彼女の両親が天に還った時が最後だ。
あれからまだ、たったの数時間しかたっていない。
悲しみが癒えるには、まだまだ短すぎる。
「……大丈夫、です」
「意外と強がりなのね」
ふと、その身体が震えていることに気付いた。
そっか……もう夜中だもの。寒いわよね。
私は自分が着ていたコートを脱ぐと、ティナの肩に羽織らせた。
そして、そのまま抱きしめる。
胸の中にティナの温もりを感じた。
「泣きなさい。じゃないと、いつまでも心は暗いままよ。思いっきり泣けば、少しだけすっきりするから……安心して。泣き声は全部私が消してあげる。誰も、貴方の泣き声は聞けないわ」
ちゃんと強がらせてあげる。
でも――、
「私にだけは弱いところを見せていいから。甘えていいから」
そうして、抱きしめてからしばらくして……、
ティナが、音には絶対にならない嗚咽をもらす。
私の服をしっかりとティナの白い手が握り締めていた。
ずっと、ずっと。
ティナは、無音で泣き続けた。
†
ティナはあのまま、私の腕の中で眠ってしまった。
なのでティナの軽い身体を抱き上げて、私はレンガ造りの宿に部屋を借りた。
そして今……ベッドの上でティナは寝息を立てている。
今夜は私は寝内でティナの寝顔を眺めているつもりだった。
別にその寝顔が愛くるしいから、ではない。いや、もちろんそれもあるのだけれど。
「っ……ぅ」
不意に、眠るティナの寝顔が歪んだ。
私が眠らないのは、こういうことがあるだろうと見越してのことだ。
親が死んで数時間。それで見る夢が、悪夢でないわけがない。
酷い夢なのだろう。うなされるティナの肩をゆする。
「ティナ……ティナ、起きて」
声をかけながら、私は彼女に気付けの魔術をかけた。
「っ、いやぁっ!」
と、ティナの身体が勢いよく起き上がった。
その顔には珠のように汗が浮かんでいる。
「っ……!? はっ、はっ……あ、エリス、さん?」
一瞬ここがどこなのか分からないという顔をして、ティナは私の顔を見ると、ほっと安堵の息をついた。
やっぱり……盗賊に両親を殺され、追いかけられる夢でも見ていたのだろう。
完全にトラウマになっているのね。
――これからはいつティナがうなされても起こしてあげられるように、眠らない日が続きそうだわ。問題ないけれど。
「起こして悪いわね、ティナ。悪夢にうなされているようだったから」
「いえ……ありがとう、ございました」
荒い息を整えるティナを見て、私はふと名案を思いついた。
こう言う時は、まず精神を落ちつけなくてはいけない。
だから……、
「ねえ、ティナ。温泉って、入ったことある?」
「え……温泉、ですか?」
「そう」
この世界には風呂という概念がほとんど存在しない。せいぜい、温泉なんて物珍しいから浸かってみるか、という程度のものだ。
「一度だけ、はいったことがあります」
だが幸いにも、ティナには温泉に入った経験があるらしい。
なら話は早い。
「今から入りに行きましょう?」
「え……この町に温泉ってあるんですか?」
「いいえ」
「じゃあ、どうやって……」
その辺りは問題ない。
「ティナ。むやみに人には言っては駄目だけれどね……私って、すごいのよ?」
にこりと笑って見せる。
次の瞬間、私達はとある山奥にある秘湯の目の前に立っていた。
例によって、転位魔術だ。しかもティナも一緒。
ティナはベッドに横になった状態のまま転位したので、そのままでは地面にお尻から落ちてしまうので、その前に抱きかかえる。
「え……!?」
突然変わった光景に、ティナが驚きの声をもらす。
「あ、あの、エリスさん、これ……それになんで抱いて……あれ!?」
困惑してるわね。
というか、抱き上げられたくらいで顔を赤くするなんて、可愛いわね。
正直、抱き上げられるのが恥ずかしいなんて今更じゃない、と思わなくもないけれど。だって、もう何回か抱いたことあるのだし。
慌てふためくティナの様子がおかしくて、思わず小さく笑ってしまう。
これ以上抱き続けたらティナの顔が温泉にすら入ってないのに茹だってしまいそうなので、彼女の身体をゆっくりと下ろす。
「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?」
「……驚きました」
赤いままの顔で、ティナが周囲を見回す。
「ここって……私達、さっきまでどこかの部屋にいましたよね?」
「ええ。私が借りた宿にね。でも今私達がいるここは、セニレ山の中腹」
「セニレ山!?」
ティナも驚くのは無理もない。
セニレ山といえば私達の暮らすオーディム大陸随一の霊峰。百の竜と千の鬼が住むと謂われる、太古から人々に畏れ続けられていた山なのだから。
「そんな怖がらなくていいわ。竜や鬼なんて、私の足元にも及ばないから」
言いながら、周囲一帯にいる魔物を弾き飛ばして、結界を張る。これで何かに襲われる心配は欠片もなくなった。それに、神でもこの結界の中を透視することは出来ない。私の身体は美少女にしか見せないし、ティナの身体は私しか見てはいけないのだ。
そして、どんな存在だって、簡単には私の張った結界を破ることはできない。
この結界を破りたいなら、魔王の十人や二十人連れてくることね。
「……エリスさんって、本当に何者なんですか?」
「すごい人、よ」
ウィンクしながら答えて、私は自分の服に手をかけた。
「目の前に温泉があるのだから、入りましょう?」
「えっと……はい」
ティナもいそいそと服を抜いて、岩の上にたたんだ。
……お風呂イベントか。
私。グッジョブよ。
自分で自分を褒め称える。
「早く入りましょう」
素早く湯に浸かる。
ティナも私に続いて温泉に足から入った。
その前に、しっかりと私はティナの素肌を脳裏に焼き付けた。温泉は濁りがつよいので、一度浸かったら出るまでその身体を見る機会はなくなってしまうのだ。
――よし、ばっちり焼き付けたわ。
女同士なのに恥じらい気味に手で胸とか下とか隠す仕草も、いいものよね。
思わず食べちゃいたくなる……。
おっ、と……駄目よ、私。落ち着きなさい。このまま情欲にまかせて襲っては絶対に駄目よ。
やるなら気持ちが通じてから。そう自分に言い聞かせる。
まったくティナは恐ろしいわね。私の理性をここまで危ぶめた子は初めてだわ。
ちらりと、温泉に肩まで浸かって、ぼんやりと白い水面を見つめるティナを横目に窺う。
……ボディタッチくらいなら問題ないわよ。そうでしょ?
ちょっと自分に言い訳を用意した。
意思の強さには自信があったのだけれど、美少女の前に出てしまえば私も骨抜きにされてしまう。
そっとティナに肩を寄せる。
「ティナ、気持ちいいわね」
「ひゃっ!?」
その細い腰に手をまわすと、ティナの身体がびくっと跳ねた。
「エ、エリス、さん?」
「なあに」
「その……手」
「気にしなくていいわ」
言いながら、もっと強く身体を押し付ける。
「あ、う……」
ティナは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ああ、可愛らしい。
「ねえ、ティナ」
間近で囁く。
「なんですか?」
「温泉に浸かってる時くらい安らがなくては駄目よ?」
「……」
さっきからティナの表情は、翳っている。
こんな状況でも彼女の心には重しがのしかかっているのだろう。
「ほら」
腰にまわした手とは逆の手で、ティナの唇の端を指先で押し上げる。
不格好な笑みが出来上がる。
「エ、エリスさん、やめてください」
「嫌よ。私、まだティナの笑顔を一度も見ていないわ。折角の可愛らしい顔なのに、もったいないじゃない」
天涯孤独の身に、笑え、なんて酷かもしれない。
でも、それでも私が笑って欲しいのだ。
「ほら、笑って?」
「……ごめんなさい」
掠れた声でティナが謝る。
「笑うなんて……できません」
「そんなことはないわ」
私はティナに笑って欲しいから、どんなことでもしよう。
温泉の湯に魔術をかける。それによって、この湯の全てが私の手の延長になった。
「ほら」
「ひゃ!?」
ティナの脇腹を、水流が撫でる。
「ティナはどこが弱点なのかしらね」
「あ、きゃ、ん……ぁ、ふ、いや、エ、リスさんっ……!」
続いて内股、肘の内側、首筋、背中、膝の後ろと、さまざまな場所を水流でくすぐっていく。
そして――、
「う、ふ、ふふ……ぁん!」
見つけた。
臍の周り。
それがティナの弱点のようだ。
そうと分かれば、あとは一転集中。
強弱を付けた水流が、ティナの臍の辺りをくすぐった。
「ふ、ふふふ……っふ、ぁ……ふ、きゃふ、ふっ、エ、エリスさ、んっ……やめ、てください!」
必死に笑いをこらえるティナの臍に、私は直接指を這わせた。
「っ……ひぁ!」
「だーめ」
指の腹が、窪みを撫でる。
しかもティナの感覚を魔術で鋭敏にさせた上で。
それで、止めだ。
「っ、ふ、あはははははははははは!」
ついにティナが笑い声をあげた。
顔は赤らみ、目じりからは涙が滲んでいる。
ん……まあ無理矢理に笑わせたのだけれど、これはこれでアリよね。
「ティナ。笑うことってね、精神的にすごいいいことなのよ。辛い時にこそ、笑って暗い気分を吹き飛ばさなくちゃ」
「エリスさん、ふ、ふふ……待、って……きゃ、ふ……も、私……お願い」
お願いされても聞かない。
こね回すように臍の窪みをほぐし、たまに爪の先で軽く引っかくようにする。
その度に、笑い声が踊る。
「きゃ……ふ、ぁ……んん! エリス、さん……本当に、もう駄目! お願い、ぁ……私、っ」
そのうちに、声の質までが変わってきた。
……感覚、敏感にしすぎたかしら。
「ぁ、ん、ぁあ! ん! うぅ、ぁっ!」
既に笑い声は嬌声へ変わっていた。
……………………襲おうか。
っ、落ち着きなさい、私!
自分の心臓を魔術で一瞬停止させる。胸が激しい痛みに襲われ、呼吸が苦しくなり、激しい頭痛と眩暈に襲われる。
……よし。冷静になった。
傷心につけこむように手籠めにするなんて、私の信条に反する。
きちんと真正面から手に入れるから、宝物には価値が出てくるのだ。
冷静さを取り戻したわたしは、心臓が止まっていた間もまるで別の生き物のようにティナの臍を弄りつづけていた指を離した。
途端、ぐったりティナが私によりかかってくる。
顔はこれ以上ないというくらいに真っ赤。
「ぁ、ぅ……」
「ごめんなさい。悪ふざけがすぎたわね」
「エリスさん……ひどいです」
涙ぐみながら睨む顔もまたいいわね。
この子はどれだけ私の理性を砕きたいのだろう。
「本当にごめんなさい。でも、ちょっとはすっきりしたんじゃない?」
「……それは、そうかもしれません」
そのままティナは口元まで湯の中に沈む。
「ならよかったわ」
微笑むと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
……好感度、下がったかしら。
「そろそろのぼせてしまうわ。出ましょうか?」
「……はい」
†
あの後エリスさんの魔術で身体を乾かして、山で盗賊から逃げているときについた汚れなどがいつの間にか綺麗に落とされていた服を着てから、私達は宿に戻ってきた。
私はベッドに横になったけれど、エリスさんは眠らないで本を読むらしい。
見るとそれは、見たこともない文字や絵の描かれた、小さな本。紙は見たこともない上質なものだった。
ラノベよ、とエリスさんは言っていたけれど、ラノベとは何なのだろう?
ベッドの中から、窓際で月の僅かな光だけで読書を続けるエリスさんの姿をちらりと見る。
不思議な人だった。
初めて出会ったのは、森の中。気付いたら、あの人の腕の中に抱かれていた。
第一印象は、恐ろしさ。
思い出す、目を手で塞がれて、その手がどけられた時に辺りに巻き散らかされていた血の色を。
ぞくりとした。
私も殺されるのではないか。そんなことを思って、心臓が凍る思いをした。
でも、その印象はすぐに変わった。
エリスさんが、お母さんとお父さんとお別れをさせてくれたから。
神秘性、とでも言えばいいのだろうか。その時に感じたものは。
そして今は……エリスさんのことを、優しい人だな、と感じる。
何者なのかは、まったく分からないけれど。
それでも……その優しさだけは、今日だけで十分に分かった。
……少し、エッチだけど。
思い出して、顔が爆発するように赤くなるのを自覚した。
あ……ぅ。
身体の奥から熱が沸きだしてきた。
変な感覚。
エリスさんがあんなことするから……おかしくなってしまった。
枕に顔を埋める。
もう眠ろう。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
お母さんとお父さんが死んでしまって、すごく悲しい。
エリスさんに出会えて、嬉しい。
そして、恥ずかしい。
いろんな感情が渦を巻いていた。
一度、眠ろう。
眠って……目ざめて。
そうしたらまず、エリスさんにこう言おう。
ありがとうございます、って。
温泉イベント……エリスは本当にGJだと思います。
そして、さりげなく前の世界からラノベを買ってきてたり。
本気でなんでもアリなんですね、エリスさん!
次回からはしばらくイチャイチャさせたいな!
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