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友人と語らいました



 子爵とティナが領地やら遺産やらの話をしている仲、私達はジェシカの部屋――普通に子爵の屋敷にはジェシカの部屋がある――で執事さんの出したお茶を飲んでいた。

 貴族の屋敷ということを意識してか、アリーゼは借りてきた猫のようだし、ウルはウルで別の理由でむっつりと黙っている。

 こんな二人を見ているのも、可愛いしいいのだけれど……本当は、私も向こうで話に加わりたかったのだけれどね。

 まさかティナ本人に断られるとは思わなかった。

 ……「きちんとけじめを自分でつけてきます」か。ティナも、随分強くなった。

 ティナが頑張ると言うなら、私はそれを見守るだけだ。

 だから、紅茶の味が少しだけ薄く感じるのは……きっと気のせい。


「それにしても、さっきのジェシカはおかしかったわね」
「わ、笑わないでよ、エリス!」


 ジェシカが顔を赤くして私をむっと睨んだ。

 怖くないけれどね。


「特に、あれはよかったわ。『ディーンは私のなんだから!』って」
「い、言うなあ!」


 照れるジェシカの頭を撫でる。


「あ、あの時は……だって、ディーンが……!」
「そうね。あれは子爵が悪いわ。いくらティナに会えて嬉しかったからとはいえ、ジェシカを無視していい理由にはならないもの」


 笑んで、テーブルの真ん中に置いてあるクッキーを手にとって、口に放り込む。

 ……ん、おいしい。


「これ、ジェシカが?」
「あ、うん。ディーンに食べてもらいたくて作ったの」
「そんなもの、食べてしまっていいの?」
「ディーンの分はもう渡してあるから」
「そう」


 だったら、遠慮はいらないわね。


「子爵は美味しいって言ってくれた?」
「もちろん!」
「よかったわね」


 ……まあ、これを美味しくないと言う人間はいないか。ジェシカみたいな可愛らしい子が焼いてくれて、しかも子爵にとっては愛しの婚約者だものね。

 紅茶で口の中を潤す。


「ちなみに、クッキーの焼き方はオームに教えてもらったの!」
「――っ」


 思わず紅茶を吹きそうになった。


「ぷっ、あははっ! エリスすごい驚いてる!」


 ジェシカに指を差されて笑われた。

 ……その口にクッキーを投げ入れる。


「むぐっ!」


 にしても……このクッキーの作り方をオームが?

 あの「甘いものなんて嫌いだ!」とか豪語してたあのオームが?

 ……流石に、驚いた。

 それほどまでにオームという人間は、私の中で菓子嫌いの位置づけにいたのだ。

 それがなんでまた、クッキーなんて。

 まさか、私と別れてからの短い時間で甘いもの大好きになった、なんてこともあるまい。


「オームは優しいよね。なんだかんだ言って、私に教える為だけにクッキーの作り方を覚えてくれたんだよ」


 ……ああ。

 言われ、納得した。

 あいつって、自分の為じゃなく他人の為なら頑張れる人間だものね……。

 何度も一人でクッキー作りを練習して、甘いものが嫌いな癖して味見して、それで納得できるクッキーが出来るまで練習し続けたのだろう。

 まったく損な性格をしている。


「そういえば、オームはここで働いているのではなかったかしら?」


 ふとそのことを思い出した。


「あ、そうだね……どこいったんだろう?」
「……」


 会うの、恥ずかしがってるわね、あいつ。

 まったく、変な所で初心というか……。

 軽く気配を探って見つけようかしら……あら?


「……馬鹿なやつ」


 思わず、そんな言葉が零れた。ついでに、微苦笑も。


「ん、どうかした、エリス?」


 首を傾げるジェシカに、口元に人差し指をあてて、静かにするように指示すると、私はそのまま足音も立てずに扉に歩み寄った。

 そして、


「乙女の会話を盗み聞きとは、感心しないわよ? 執事見習いさん?」


 扉の外でさっきから入るかどうか悩んでいたらしいオームに言った。

 と、素早く逃げだそうとしたオームの襟を掴んで部屋に引っ張り込む。


「っ、こんな乱暴なやつを乙女とは呼ばないぞ」


 じたばたとオームが暴れるけれど、そのくらいで私の手から逃れられるわけもない。


「偉そうなことを言う前に、自分の行為の弁解をした方がいいかもね」


 そのままテーブルまで引きずって行く。

 するとジェシカが、


「オーム、エリスに会うの恥ずかしかったの?」
「っ、ば、馬鹿を言わないでくださいジェシカ様! 誰かこんな粗暴で傍迷惑で女らしさの欠片も感じない無法者と会うのを恥ずかしがらなくては……」
「久しぶりに会った幼馴染に随分な言い草ね」


 というか、ジェシカ様って……そっか、仕える立場としては、いつもみたいには呼べないわよね。

 ……とでも私が納得すると思わないでもらいたい。

 私はここに、ジェシカの友人としているし、私とジェシカ共通の友人としてオームを引っ張り込んだのだ。

 口調の一つだって違うことを認めるつもりはない。


「いいわよ、オーム。今は勤務外ってことで」


 ジェシカも私の気持ちを察したか、笑顔でそう言った。


「……ですが」
「オーム」


 少しだけ、強くジェシカの声。


「……分かったよ、ジェシカ」


 オームが渋々と私がよく知る言葉遣いに戻る。

 相変わらず臨機応変という言葉を知らない堅物ね。


「変わらず、ね」


 執事さんが素早く用意してくれた椅子にオームを座らせる。私とジェシカの間だ。


「それを言うのならお前だ。まったく……」


 本気で呆れたように、オームは溜息をつく。


「街を出てからもやりたい放題みたいだな」
「ええ。自重って苦手なの」
「知っている。嫌というくらいな。大体、お前は昔からそうだ。協調性という言葉を知らないのかとすら時々思う」
「協調性、ね。あまり好きな言葉じゃないわ。だって、それってつまり周りに合わせて自分の個性を殺せってことでしょう?」
「誰がそんなことを言った。いいか、俺が言いたいのはつまり――」
「くすっ」


 オームが私につっかかってきて、私がそれを適当にあしらっていると、ジェシカが笑みを零した。


「なにがおかしいんだ、ジェシカ」


 オームが怪訝そうな顔をする。


「いえ……なんだか、懐かしいわね、こういうの。私達三人集まると、いっつもこんな風だったわよね」


 その笑顔に、私も、そしてオームも毒気を抜かれた。

 いっつもはお転婆なくせに、こう言う時にはいつもジェシカがブレーキになる。

 ……そうね。


「確かに、懐かしいわ」
「……」


 オームも無言で小さく頷いた。

 昔から、そうだっけ。昔と言っても、私とオームがジェシカと知り合ったのって、たった五年前なのだけれど。

 それでも、その五年はとても楽しかった。


「初めて会った時って、ジェシカは典型的な高飛車お嬢様だったわよね」
「うえ、そこまで戻っちゃうの?」


 あれも懐かしい。


「ジェシカの高く伸びた鼻をエリスが遠慮なしに徹底的に圧し折ったんだっけか……」
「あの時はジェシカ、私をどうにかするために傭兵まで雇って来たのよね」
「うーあーうーあー、やめようよー、昔のことだよ」


 聞きたくない、とジェシカは耳を塞いでしまっている。


「危なかったわ。もしあの時私が非力なただの女の子だったら、今頃どこかで奴隷になってたわよ。ジェシカが雇った傭兵、かなり下種だったし」
「実際はあの傭兵、尻まくって逃げだしてたけどな。あれは絶対にトラウマになったろ。その後、ジェシカの家乗り込んで屋敷半壊させたんだっけか……よくエリスとジェシカは仲良くなったよな、あれで」
「だーかーらー、二人ともやめてー! そして家が半壊したときはお父様に本気で勘当されかけたんだから思い出させないでー!」


 そろそろジェシカが泣きそうなので、オームと肩をすくめて話題を変える。


「そういえば、私はオームっててっきり商人にでもなるかと思ってたんだけど……ほら、けっこうオームって沢山の商人から弟子にならないかって誘われてたじゃない。なのにまた、どうして子爵の屋敷で?」
「……それは、父さんに誘われたから……」
「誘われたから流されるままに働き先を決めるほど貴方は軽くないでしょう?」
「ぐ……」


 図星か。


「それはねー、エリス。オームはエリスがいつ帰ってきても寂しくないようにこの街で職場を見つけようとして、それでディーンのところが一番優良な職場だったからだよ」


 ジェシカは自分が標的でなくなった途端に生き生きしはいめた。


「な……だ、誰がそんな! 出鱈目言うな!」
「あーあ、私はディーンの婚約者だよ? そんな口答えは許しません」
「いきなり身分を盾にするのか!」


 微笑ましいわねえ。


「にしても、もしジェシカの言うことが確かなら、ちょっとオームを見損なったかもしれないわね」
「む……どういうことだ」


 仏頂面でオームが私を見た。


「私の為に、なんて理由で人生決めるような男だったかしら、貴方って。少なくとも、貴方の真っ直ぐなところは嫌いじゃなかったのに、いつから性根を取り換えたの?」
「だから、ジェシカの言ったことは出鱈目と言ったろうが」


 即座にオームは反論してきた。


「俺が父さんのところで働きだしたのは、父さんへの恩返しと、それにしたいことがあったからだ」
「ふうん?」
「それ私も初耳だよ」


 私とジェシカが左右から詰め寄って、オームが逃げようとする。

 それを、二人で捕まえた。


「ぐ……」


 逃げられない、と悟ったか。オームの肩から力が抜ける。


「別に、大したことじゃない。恩返しなんてのは、言うまでもないだろ。あの人がいたからこの街は多くの孤児を受け入れられるようになって、それで俺達みたいな子供が不幸じゃなくなった。その恩を、あの人のお手伝いをすることで返したい」


 なるほどねえ。

 まあ実際、オームと同じようなことを考えて子爵のまわりで働く孤児院出身者は少なくない。


「それで、やりたいことって?」
「……言わん」
「駄目よ。言いなさい。言わないとキスするわよ?」
「な――! お、お前、馬鹿か!?」


 がたっ、とオームが体勢を崩した。

 何気なく同時にウルも反応したけど……今は触れないでおこう。


「冗談だと思う?」


 顔をオームに近づける。

 面白いくらいにオームの顔は赤くなった。やっぱり初心ねえ。


「エリス大胆……」


 ジェシカはジェシカで、興味津津とこちらを見つめている。


「っ、分かった、分かったから気色の悪い真似はよせ! お前は男は趣味じゃないだろう!」


 気色悪いって……この私にキスを迫られてそんな感想を言うのってオームくらいね。

 まあ、別にいいけど。オームも言う通り、男にキスなんてするつもりは毛頭ないし。

 あ、でもオームならそれほど嫌でもないかしら?

 まあだからといって恋愛対象として見るかと問われれば、そうじゃない。キスって言っても、どちらかと言えば親愛の証だ。


「じゃ、やりたいことを教えてもらおうかしら?」
「オームはなにがしたいのかしらー?」
「……笑うなよ?」
「私達が笑うわけないじゃない、ねえジェシカ?」
「もちろんだよ」
「…………ジェシカの『もちろん』ほど信憑性のないものはないな」
「どういう意味!?」


 そのままの意味じゃないかしらね。とは言わない。


「……領地を手に入れたいんだ」
「へ……?」


 ジェシカの間の抜けた声。

 私も、少し驚く。

 領地って、それはつまり……、


「オームって貴族になりたいの?」
「別に、貴族どうこうはどうでもいい。とにかく、自分の自由にできる広い土地。あとは、資金が欲しい」


 そう言うオームの瞳は、強い光が宿っていた。

 ……ふうん。


「その領地に、孤児院でも建てまくる気?」
「……なんで分かった」


 予想的中、だ。


「え、正解なの? エリスなんで分かったの?」
「これでも幼馴染だもの、このくらいはね」


 この世界で一番時間を共有したのは、多分他でもないオーム。

 だからこそ、何の種もなくオームの考えそうなことくらい思いつく。


「貴方、それがどれくらい大変なことか分かっているの?」


 あえて、厳しい声で尋ねた。

 オームのやりたいこと。それを果たすには、道のりはあまりにも長すぎる。

 まず、領地が欲しいなら貴族になるのが手っ取り早い。普通にどこかの貴族から土地を買ってもいいけれど、それには大金が必要だし、自由度も低い。オームの目的に為なら、貴族になって領地を与えられるのが一番だ。

 貴族になる、と行っても手段はいくつかある。

 その中で一番オームが達成できそうなのは、何かしらの貢献を国へする、というものだろう。

 例えば国に献金しまくるとか、兵士になって武勲をあげるとか、とにかく国に有益な人物になれば、貴族になれる。

 ……簡単なことではない。

 けれど問題は、その先にもまだまだある。

 資金。

 どうやって孤児院を建てる資金を手に入れるのか。孤児院と言っても、オームの考えで行くと多分、孤児院が大半を占める町、という形になるのだろう。町一つだ。どれだけ小さくとも、そこにどれほどの資金が必要になるのか。

 他にも様々な難関が控えている。

 それら全てをオームは突破できるのか。


「分からないさ」


 オームの答えは、簡潔だった。


「分からないけど、頑張るだけだ」


 ……まったく、こいつは。

 これだから、思わず応援したくなる。


「だったら、もし領地を手に入れたら私を呼びなさい」
「なに?」
「町の一つ二つ、私が作ってあげるわよ。一晩もあれば十分ね。それなら、資金なんてたいして必要なくなるでしょ? ……なによその顔は」
「……いや、一晩は無理だろう?」
「出来るわよ?」


 あっさりと言い返すと……なんで私はオームとジェシカに溜息を吐かれているのだろう。

 ここは、私に感謝したり感動したりする場面じゃないの?


「……お前が介入したらなんでも上手くいきそうな気がする」
「あら、私が手伝うのはそれだけよ。それ以外は、全部自分で頑張りなさい」


 少なくとも領地が手に入らなければどうしようもないのだ。

 そこは、オームの頑張りでどうにかするしかない。


「分かってるさ……その時が来たら、ありがたく力を借りるよ」
「ええ」
「私も手伝うよ! お父様にお願いして、いい人沢山紹介してもらおう。人脈は大切だからね!」


 ジェシカも張り合うように声をあげた。


「ああ。ジェシカも、よろしく頼む」


 ……うん。

 こういうのは、少しいいかもしれない。

 夢を友人と語らう。

 私にとっては、とても、とても、得難い経験だ。



 ……なんというか、肩身が狭い。

 こんなところ、騎士の私には場違い甚だしい。

 それに……あれだ。

 貴族の屋敷以前に、この友人同士の雰囲気に割り込めるほど私は柔軟でも気さくでもない。

 さっきから紅茶を飲んでばかりいる。

 腹の中で紅茶が揺れる感覚がはっきりとしてきたぞ。

 ぬぅ……。

 それに、もう一つ。

 隣に座っているウルの怒気が……怒気が痛い。

 エリス達は気付かないのだろうか。この人を殺せそうな怒気に。

 別室にいるティナが羨ましい……などと、言ってはいけないか。

 彼女は彼女で、今この瞬間も、辛い過去にけじめをつけようとしているのだ。

 ……その強さ、少し羨ましい。

 例え武力を持たなくても、ティナはとても強いのだな。

 ……エリスの側に、いるからだろうか。


ウルとアリーゼとティナの存在をスルーしすぎた……次回からちゃんとやる! 予定!

ウルも別に頑張らなきゃだし!


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