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壊れちゃいました



 エリスに頼まれた私は、ティナを追って宿まで戻ってきていた。

 彼女は部屋のベッドに腰を落とし、真っ青な顔をしていた。

 ……そこまでショックだったのかしら。

 私はティナの横に腰をおろす。


「まあ、エリスなんかを信用した貴方が悪いのよね」


 最初に言ったのは、そんな言葉。

 エリスが人間としてどこかおかしいなんて、少し目を凝らして見れば分かったことだ。

 なのにティナは「いい人」の枠にエリスを押しこめて、それ以外の部分に目を向けようとしなかった。

 それが、まず間違いだ。

 確かにエリスにはいい点があるかもしれない。だが、それと同じように、あるいはそれ以上に、異常が目立つ。

 それに気付けたなったティナは、言い方は悪いが馬鹿だ。

 もしエリスが正直に事を明かさなければ、そのままティナはエリスを信じつづけていたろう。


「これに懲りたら、もうエリスとは離れることね。貴方は別にエリスと絶対一緒にいなくちゃいけないってわけでもないのだから。羨ましい事にね」


 私はいつになったらエリスに解放されるのだろう。

 そう考えると、何の理由もなくエリスといるティナが信じられない。


「エリスさんは、なんであんなことを……」
「今更それ?」


 そんなの、答えはエリス自身が言っていたじゃない。


「ウザかったからでしょ。貴方との間に水を差されて」
「じゃあ、私のせいでエリスさんは人を……」
「それも言ってたでしょ。エリスは結局、自分の邪魔をされたのがウザかったのであって、貴方の為に大臣を殺したんじゃない、って」


 ああ、これはエリスの優しさだと思う。

 ティナが、自分のせいでエリスが人殺しをした。そんな罪悪感を感じさせないために。

 実際は、大臣がエリスに手を出すことはティナがいなければなかったのだから、遠因としてティナが原因であるのも間違いではないのだが……。

 ……その優しさをもっと別の所に回すべきじゃないのかしらね。まったく。


「……エリスさんは、何で人をそんな簡単に殺せるんですか……?」
「簡単なことよ。エリスは、普通とは次元が違う。だから普通というものが理解できないんでしょうね。普通の感情、普通の倫理観を持っていない。だから、人を殺すことに罪悪感がない」


 超越というのは、別離の別の呼び名だ。

 エリスはあまりに多くのものを超越しすぎている。

 彼女のことを理解しようとして出来る存在なんて、きっといない。


「でも……でも、エリスさんは私に優しくしてくれて……」
「それは、貴方がエリスの好みだからでしょう?」
「……それでも、エリスさんが私に優しくしてくれたことに、変わりはないんです」


 寂しそうに、まるで置いてけぼりにされた子供のように、ティナは言う。

 呆れた。

 まだエリスのことをそんな風に言えるだなんて。

 なにが彼女にそこまでさせるのだろう?

 普通の人間なら、ここでエリスを拒絶して不思議じゃないのに。


「私には、分かりません。エリスさんがどんな人なのか。分からなくなりました……なのに……、」


 はたと、ティナの言葉が止まる。


「なのに?」
「なのに――……私は、エリスさんが嫌いになれないんです」


 その言葉に、私は打ちのめされたような錯覚を覚えた。

 馬鹿げて、いる。


「人殺しよ? それも、最高に性質の悪い」
「そうなのかもしれません。人殺しで、もしかしたら、とても残酷で、残忍で、残虐な人なのかも知れない……」


 ティナ自身、自分の感情が理解できない様子で、戸惑うように小刻みに首を振るう。

 けれど、私には見えていた。

 彼女の魂が、震えているのを。

 その感情が何か、魂はきちんと知っているのだ。


「なのに……どうしてなんでしょう?」


 その感情は――。


「私は、エリスさんが……っ」


 ああ。なんて馬鹿げた話。

 それは、どういうことだろう。

 つまりティナは、エリスを……。


「貴方は、エリスを受け入れられるの?」
「分かりません。私が知っているエリスさんは、本当にエリスさんなのでしょうか? もしも私がエリスさんのことを何も知らないのだとしたら……私は、エリスさんを受け入れるのが恐ろしい。ウルさん、私は……どうすればいいんですか?」


 縋るような目に、私は言葉に詰まった。

 ティナは、理解しているのだろうか。

 受け入れるのが恐ろしい。

 それは――受け入れる前提があるということだ。

 ティナは、エリスを受け入れようとしている。

 その事実は、私までをも酷く困惑させた。

 まさか。あのエリスなのよ?

 あんな人でなしが、ティナのような純真な少女に受け入れられるなんて、そんな馬鹿な話が有り得るの?


「……それは、私が決めることじゃない」


 本当は「やめておきなさい」と、そう言いたかった。

 エリスを受け入れるなんて、人間には無茶だ。人間は弱く、儚く、脆い。そんな生物がエリスを受け入れられるなんてこと……泥の器に水を注ぐようなもの。

 破滅なんて、目に見えていた。

 けれど……言えなかった。

 今目の前で迷う少女にその言葉をかけることは出来なかった。

 人の自由意思を尊重しようだなんて高尚な使命感ではない。

 同じ女として、今のティナに自分の意思を押しつけることなんて出来はしなかった。

 なにより、私も一瞬、ほんの刹那考えてしまったから。

 エリスがティナにもたらすのは本当に破滅なのだろうか?

 自分でもおかしな思考だと思う。

 あれは化物だ。

 生まれた瞬間からそうあれと決められた化物。

 最凶因子。全てにおけるバグ。

 けれど……エリスは愛を知っている。

 ――化物が愛を知れるだろうか?

 否、だと思う。

 であるならば……エリスは、なんなのだろう?

 愛を知る化物?

 それはなんて……歪んだ存在。

 愛を求め、そして化物であるが故に真実の愛を受け取ることは出来ない。

 だが、今この時、化物を一人の少女が受け入れようとしている。

 それを止めることは、私には出来なかった。

 私がティナを止められないのは彼女が本当にエリスを想っているからであり、そしてエリスがティナを想っているからだ。


「ティナ。貴方はエリスに今なにを伝えたいの?」
「……伝えたい、ですか?」
「そう」


 大切なのは、きっとそれだ。


「私は……」
「それはエリスに言いなさい。私は外すわ」


 言って、立ち上がる。

 そして部屋を出ると、廊下の壁にもたれて立っているエリスの姿を見つけた。


「……盗み聞き?」
「そんな悪趣味はしていないわ。ただ、入ってまずティナになんて言えばいいか悩んでいただけよ。そうね、かれこれ百時間ほど。時を止めて考えていたかしら」


 呆れた。

 わざわざ時を止めて百時間もそんなことを考えてたんなんて。


「あんたでも悩むこと、あるのね」
「私も人間よ?」


 ……人間、か。

 は……。


「化物の間違いでしょ」
「あら、酷い」


 そう。

 愛を知る化物だ。


「なにを言うかより、まずティナの言葉を聞いてあげなさい」
「ティナの言葉を?」
「ええ。それで考えるのね。自分が一体ティナにどうするのが一番いいのか」


 言って、私は歩き出す。


「ウル」


 エリスが声をかけてくるが、止まらない。


「ありがとう」


 ……あー、もう。

 なにやってるんだろ、私。



 部屋に入ると、ティナが立っていた。

 ……ティナの言葉。

 ウルに言われたとおり、私はそれを待つことにした。

 ただ、お互いを見つめる。

 ティナは抱きしめてくなるような気弱な瞳をこちらに向けていた。

 けれど、私はティナが私を許してくれるまで彼女に触れることは出来ない。

 どれくらい、そうしていたろう。

 そんなに長い時間ではなかった筈だ。


「……エリスさんは、人を殺して、悲しいですか?」


 ゆっくりとティナが口を開いて、そんなことを尋ねてくる。


「相手にもよるわね。もし殺してしまったのがティナやウルならとても悲しいけれど、どうでもいい人間なら、殺しても何も感じないわね」
「私は悲しいです……エリスさんが人を殺して、そのことが、凄く悲しくて……恐ろしいです」


 恐ろしい。

 やっぱり、そうなのね……。

 少しだけ胸が痛くなった。

 分かっていた結果とは言え……拒絶される瞬間は、いつだって気持ちのいいものではない。


「私の知り合いに人のいい貴族がいるわ。彼に連絡して、貴方を引き取ってもらいましょう。安心して、あの人は善人だから、貴方に不利益はないわ」
「……違うんです」


 ティナが私の服の裾を掴んだ。


「違う?」
「…………エリスさんが、悲しくて、恐ろしくて……」
「だったら私なんかとこれ以上一緒にいるべきじゃないわ。ごめんなさいね、今までだましていて」


 すると、ティナは髪を乱すほどに首を大きく振った。


「エリスさんは、私をだましていたんですか……?」


 その綺麗な瞳に、きらりと輝く宝石が浮かび上がった。

 宝石は瞬く間に溢れて、その頬を伝い、顎から落ちる。

 それは、ヨモツの一撃よりも深く私の心に突き刺さった。


「エリスさんが私に優しくしてくれたのは、全部嘘だったんですか……?」
「それは……違う」


 そう。そんなわけがない。

 私は嘘で人に優しく出来るような器用な人間じゃない。


「私は、ティナを好きだから……愛しているから、優しくしたの。優しくして、私のこの気持ちを貴方に分かって欲しかったから」
「なら……だったら私は、やっぱりエリスさんを嫌いにはなれません」


 涙混じりのその言葉に、私は自分の耳を疑った。

 ティナは今、なんと?

 私を嫌いになれないと、言ったのだろうか?

 こんな私を?


「どうして……」


 思わず、そんな疑問が口から出ていた。


「エリスさんが、優しくしてくれたからです。私を最初に助けてくれて、ここまで守ってきてくれて……だから」
「それでも、私は外れているわ。そんな私が恐ろしいのでしょう? だったら、逃げていいのよ? 私はそれを決して恨まないわ」


 また、ティナは首を横に振るう。


「違うんです。私が言いたいのはそういうことではなくて……エリスさんが、私に優しくしてくれたのは嘘じゃなくて……だから、私は……エリスさんのことが――」
「優しくした私と、大臣を殺した私が同じ一人の人間だと、分かっているの?」


 まるで遮るように、私は言葉を挟んだ。

 ……まったく。どうして私はこんな自分に不利なことばかり言っているのかしら。

 ティナは一瞬、視線を彷徨わせて、しかしすぐにしっかりと私を見た。


「分かっています。けれど私は、私に優しくしてくれたエリスさんが……大好きなんです」


 その言葉に、私の身体が意識とは無関係に動いていた。

 ティナの身体を、ベッドに押し倒す。

 見開いた目でティナが私を見た。


「なら、大臣を殺した私は、嫌い?」
「それは、さっきも言いました。悲しくて、恐ろしいけれど……嫌いには、なれないんです。だから、約束してください」
「約束?」
「もう無暗に人を殺したりしないって」
「……ええ。約束するわ」


 彼女にそう言われて、頷かないわけにはいかない。


「それで、ティナ。一つだけ確認したいのだけれど……さっきの大好きって、どう言う意味で?」


 顔をティナの耳元に寄せて囁く。

 途端、彼女の顔が林檎のように真っ赤になった。

 ……ああ。可愛い。


「それ、は……その……えっと」


 先程とは別の意味で、今にも泣き出してしまいそうになりながらティナが目を回す。


「ティナは、悪い子ね」
「え、え……?」


 本当に、ティナは悪い子だ。

 私をこうも容易く壊してしまうなんて。


「ねえ、ティナ。貴方はこんな私をどう思うかしら? 肉体の繋がりなんてものを求めてしまう浅はかな私を」
「つ、繋――っ!?」


 一生分の羞恥心を使い果たしてしまうのではないかというくらいにティナの顔が赤くなる。


「ティナ……ねえ、ティナ……いいよね?」


 瞳を潤ませ、真っ赤な顔で。

 ティナの顎が微かに上下した。

エリスの理性が壊れちゃいました。
……にへへ。
ごめん作者HENTAIで。
次話は、そういうのが嫌いな人は読まないほうがいいです。読まなくても平気な作りになっているので。


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