挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハミルトン姉弟は、こうして家族になった 作者:ぶちこ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

2/14

02ハミルトン姉弟は、こうして義姉弟になった


 思えば、前世の私は男運というものに、ことごとく見放されていたのだと思う。

 父親は酷いワーカホリックで、妻にも娘にも無関心だったし、小中学生の頃は、クラスメイトの男子から執拗な嫌がらせを受けた。

 女子校に進学した高校時代はかろうじて平和な生活を送れたけれど、大学生になってからストーカー被害に遭い、警察に介入してもらっても中々解決せず、四年ものあいだ散々悩まされたが、挙げ句の果てには逆恨みされて殺されてしまった。

 その時の絶望と恐怖は、きっと私の魂に刻み込まれてしまったのだろう。

 次に目を覚ませば赤ん坊の姿で、喋るのも動くのもままならない身体にはさすがに戸惑ったが、生まれ変わったのだと何とか理解したまでは良かった。

 周りが賑やかになって、父親とおぼしき男性が私を顔をのぞき込んだ瞬間、前世で刻み込まれた恐怖がフラッシュバックした。

 火が付いたように泣け叫んだが、彼はあろうことか抱きかかえてあやそうとし、パニック状態に陥った私は、死ぬほど暴れて拒絶した。

 尋常ではない暴れように子守が気付いてくれて、父親から私を奪い返してくれたから、その場はどうにか落ち着きを取り戻せた。

 恐る恐る様子をうかがえば、父親らしき人は困ったような顔をしながら部屋を後にしたけれど、もう二度と来て欲しくないと心の底から願った。

 その願いが聞き届けられたのか、父親らしき人はあまり訪ねてこなかった。

 訪ねてこない理由など深く考えもせず、私はとにかく安心して、生まれ変わったらしい世界の情報を集めた。

 ヨーロッパの中世時代ような身なりをしている、女性の子守たち。
 お金持ちの家らしく、広い部屋に高価そうな調度品が数々。

 身動きとれないうえ、舌が回らなくて喋れないから、情報は極端に限られていたけれど、私にとって一番重要なことは、忌むべき男供が自分の側にやってこない環境が整っているということだけだった。

 ひとまず安住の地であることが知って安堵すれば、ふと他の事が気になった。
 父親らしき人の姿は見たけれど、母親らしき人の姿を見ていない。

 それがひと月近くも続き、さすがに不審に思っていれば、その理由を数日後に知ってしまう。

 父親の妻、つまり私を産んでくれた母親が、産後の肥立ちが悪くして長らく伏せっていたらしい。もともと丈夫な身体ではなく、無理を強いて私を産んでくれたが、とうとう帰らぬ人になってしまったのだと、悲嘆に暮れる子守たちから漏れ聞いた。

 衝撃だった。私の母親は、命がけで私を産んでくれていた。
 そんな彼女の死を、あの父親らしき人は、一晩中嘆き悲しんでいたという。

 私は、はじめて父の胸の内を思った。

 あの人は、最愛の妻を失ったばかりか、彼女と引き替えに産まれた娘は自分を拒絶して近づけさせないのだ。

 なんてことなのか。そんな、無情な仕打ちを私はしていたのか。

 前世とはまるで違う、父親の情愛と無念を思い知らされたのに、それでも私の心と身体は、どうしても“男”という存在を受け入れることができなかった。

 父と会うたび、全身全霊で拒んでしまうたび、もう申し訳なくて、申し訳なくて。そのせいで余計に泣き出してしまっていた。

 どうしてあんな、害でしかない記憶を持ち越したまま生まれ変わってしまったのか。
 転生したばかりの毎日は、そうやって神さまを呪いたい気持ちで過ごした。

 言うまでもなく、執事や使用人たちも男と言うだけで恐怖の対象だった。

 父親だけでなく、男性すべてが駄目なのだとわかると、拒まれるたび落胆していた父も、若干持ち直してくれたようだが、それが何かの解決につながったわけではない。

 むしろ、事態は悪化していったように思う。

 首が据わり、はいはいからあんよと何不自由なく成長していったが、まともな言葉を話せるようになると、私は父を拒絶するたび、たまらなくなって謝罪の言葉を口にするようになった。

 最初は何に対して謝っているのか分からないようだったが、どうしても父親を拒んでしまう自分を責めているのだと伝わると、父をたいへん驚かせた。

 屋敷内を自由に歩き回れるようになっても、いつ男性とかち合うか気が気じゃなくて毎日びくびくしてたせいか、次第にひどく臆病な子なのだと認識されていき、ことあるごとに泣きながら謝っていたせいで、父のみならず、屋敷の使用人たちまでが一様に過保護になっていった。

 外に出掛けることもままならなかった。男性と不用意に遭遇する確率が上がるうえ、赴く先々で悲鳴をあげパニックを起こしていたら、これほど迷惑なこともない。

 そうして、よく言えば深窓の令嬢、悪く言えば隔離生活という幼児時代を、私は否応なく過ごした。

 だが、この世に生を受けて数年が経った、ある日の事だった。
 父ジョエルの兄であるハミルトン伯爵家当主が、その夫人と共に馬車の事故で亡くなるという一大事が起こる。

 伯父には一人息子がいたが、まだ十にも届かない幼子だった。そのため、ハミルトン伯爵の家名と領地は分家の父が受け継ぐことになり、前当主の息子ミハエルは、父の養子として引き取られることになった。

 その頃の父は、騎士団の第一師団の連隊長という地位を得て、王都に屋敷を構えていたが、伯爵家の領地経営を引き継がなくてはならなくなったため、騎士団を辞して、自領にあるハミルトン伯爵本家の屋敷へと居を移すことになった。

 つまり、これまで以上に広い屋敷と、見渡す限りの自然に囲まれた場所に引っ越すことになったのだが、ちっとも喜べなかった。

 2歳年下の弟ができてしまった。10歳未満の子供だろうと、男は男である。

 もっと言えば、子供の方がよほど残酷で、容赦ない手段を使うことを知っていたから、これから一緒に暮らさなければならない不安に苛まれていた。

 初めての顔合わせは、子守の後ろに隠れながらも、どうにか行われた。

 子守の気遣いだろう、子供たちの挨拶は手早く終えられたが、その帰り際、どんな性格の子かは気掛かりだったから、ちらりと弟をのぞき見た。

 彼は何も映っていないような目で、どことも知れない彼方を見ていた。

 その時になってやっと、己の馬鹿さ加減に気付いた。

 彼は父親と母親を失ってしまっている。かけ替えのなかった大事なものを、何の予兆もなく一瞬で失ってしまったのだ。その喪失感を察するにはあまりあった。

 それなのに、私ときたら自分のことばかり考えていた。

 父の時と同じ失敗を繰り返していると気付いたのに、一人ぼっちになってしまった彼を慰めてやる言葉を発することすら出来なかった。

 自分の情けなさを再認識させられて落ち込んでいたのに、一緒に暮らし始めてすぐの頃、さらに追い詰められる出来事が起きた。

 まだ慣れない屋敷の中、出歩く時は子守の女性が細心の注意を払っていてくれたのだが、私の背後から飛び出してきた子供がいた。一人で屋敷内を歩き回っていたミハエルだった。

 屋敷中に響き渡るような悲鳴を上げ、思いっきり突き飛ばしてしまっていた。

 我に返った時には、ミハエルは廊下の床に倒れ伏していた。
 すぐさま私の子守や、かけつけた使用人たちに助け起こされ、お抱えの医者が呼ばれた。医者の見立てによれば、壁に打ち付けたらしい頭の打撲と少しの裂傷があったらしい。

 あんな小さな子に、しかも両親を亡くして心に傷を負っていた子供に、なんという非道を働いてしまったのか。

 謝りに行きたいと頼んだが、当然すぐには許可が下りなかった。
 いつ混乱状態に陥るか知れない子に、お見舞いになど来られても迷惑千万である。

 まずは間接的にということで、お詫び状をしたためることになった。
 すると、ミハエル側から返ってきたのは手紙の返信ではなく、お見舞いの許可だった。

 絶対に悲鳴を上げないこと、パニックを起こさないことを子守たちと約束して、ミハエルの私室まで足を運んだ。

 入室を許され中に入れば、女性の使用人数人とミハエルがソファの前に立って待っていた。柔らかそうな銀髪の上に巻かれた、無骨な包帯が痛々しかった。

 ソファに座るよう勧められたが、今日はお詫びに来たことと、近づきすぎるのは良くないことを理由に、丁重に辞退をした。

 そして、子守の後ろに隠れて謝るなんて失礼なことは出来ないから、私は震える身体を叱咤して、少しだけ前に出ると頭を下げた。

 「ご、ごめんなさい……あ、あなたはちっとも悪くありません。わたし、のせいです。わたしが……わたし、怖くて。その」

 「いいえ、あやまらないでください。事情を聞きました、ボクだけじゃなくて男の人がみんなコワイんだって。だから、ボクの方こそ驚かせてしまって、ごめんなさい」

 ミハエルは、笑ってそう言った。

 やけに大人びた物言いに面食らってしまった。けれど、すぐに思い出した。
 私も子守から幾度となく窘められていたことだった。高貴な身分にある人は、感情をむき出しにして他者と接してはいけないと。

 これが正しい貴族子息のあり方なのだと理解したが、どんなに辛いことや悲しいことがあっても、内に溜め込まなければならない幼い姿が悲しかった。

 それが将来において、彼を守る処世術に必要なことも知っているし、納得だってしているつもりだが、悲しいものは悲しかった。

 お詫びをしに来た側が泣くことほど見苦しいものはないから、必死で我慢していたが、目に浮かんでいたモノがどっと水かさを増やす。

 「――あ、あの」

 完全な涙声になっていたが、言わずにはおれなかった。

 「お、お姉さんに、なったのに、一緒に、いられなくて、ごめんなさい」

 にじむ視界の先で、自分とよく似た緑色の瞳が見開かれた。

 「か、家族に、なったのに、わたし、何もできなくて、だから」
 「いえ、そんな……ことは…………そんな……」

 言葉に詰まり、その先をミハエルは言えなくなっていた。
 ゆっくりと口を閉じていくが、言葉の代わりのように、瞳からひとしずくの涙がこぼれ出た。

 それなのに彼は、こぼれ落ちたものをすぐに拭ってしまう。それが恥ずべきことだというように隠してしまった。

 でも、たった一粒に親を失った子供の悲しみを見た気がして、私の目にあったはずの防波堤はまたたくまに決壊した。

 みっともなくボロボロと涙をこぼせば、ミハエルが引きずられたように小さな嗚咽をもらす。しまいには二人して泣き出してまい、その場にいた大人たちを大いに困らせた。





 それからは、一進一退だった。

 子供とはいえ、自分から男に会いに行き、言葉を交わしたことは、大の男嫌いであるロゼットお嬢様を育ててきた子守たちにとっては、一筋の光明だったらしい。

 子守たちを中心に、私の男性恐怖症を治すきっかけにならないかと話し合われ、数日おきに一度、お茶会という名の親睦会が開かれるようになった。 

 できるならものなら、私だってこの病気を直したい。弟のミハエルが望むなら、お姉ちゃんとして一緒にもいてあげたい。

 だから、なけなしの勇気を奮い起こし、私はミハエルとのお茶会に挑むことにした。

 最初は、余所余所しさでいっぱいだった。
 誰かが何かをするたびに、ビクついてしまっていたし、ミハエルの方も人前で泣いてしまったことがよほど恥ずかしかったのか、しばらくの間はまごついていた。

 ここは、色々な意味で年上である私がどうにかせねばと思い立ち、近づいたりせずとも遊べる方法を考えに考え抜いた。

 そして思いついたのは、私が知ってミハエルは知らないはずの、お伽話を語り聞かせることだった。

 白雪姫やシンデレラ。これは女の子用のお話しだったと後から気付いて、ジャックと豆の木、長靴を履いたネコ、ピノキオ、シンドバッド、ヘンゼルとグレーテル。桃太郎や浦島太郎、一寸法師、猿かに合戦などもこちら風に直してから、話して聞かせた。

 お茶会のたびに一話ずつ話していくが、その都度ミハエルの目がきらきらと輝くものだから、調子に乗って次々とご披露し、子守たちまでが唖然としていたことにすぐには気付かなかった。

 「ロゼット姉上が話されるお話しは、全部はじめて聞きます。ヘレンやリーアたちも知らないと言っていました。姉上が作られたんですか?」

 ミハエルにそう聞かれて、はっとした。
 ヘレンとリーアは他の子守たちの名前で、彼女たちが知らない話を、まだ子供の私が知っているというのは、どう考えても有り得いことだった。

 苦しまぎれに自分で作ったのだと頷くしかなかったが、ミハエルと子守たちまでもが感心して褒めてくるのは、どうにも良心が痛んだ。

 しかし、その甲斐もあってか、ミハエルと同じの部屋にいるだけで感じていた恐怖はだんだんと薄れていった。

 それでも不意を突かれたり、近づかれすぎたりするのはまだまだ駄目で、あまりのだらしなさに何度も挫けそうになりながら、本当にゆっくりと姉弟の交流を深めていった。

 そうやって少しずつ距離を縮めていく二人を、不慣れな領地経営で忙しくしていた父ジョエルが時々様子を見に来ていた。

 だが、どうしても留守にしがちな父とは、未だ話すこともままならず、そのせいで父がミハエルに対して嫉妬心のようなもの抱いているようだと、使用人たちが苦笑いしながら言っていた。

 毎日のように顔を合わせ、毎日のように会話を交わす。
 そんな、ありふれた家族の形が、実は、貴族の家では難しいことなのだと、少し後になってから知った。

 いちいち会わなくても、たくさんの使用人がいるから用件は人伝えで事足りるし、身に付けなければならない教養も多いうえ、その内容は男女で異なる。

 それなのにミハエルは、一度も厭うことなく私とのお茶会に付き合ってくれた。何年ものあいだ一緒にいてくれた。

 長い月日をかけて、ミハエルの人となりに触れていったおかげか、ミハエルを前にして恐怖を感じることはついに無くなり、ばかりか、別のことで恐怖するあまり、涙と鼻水を垂らしてぐずぐずと泣いている私の顔に、ミハエルがハンカチをあてて拭えるほどに仲良くなれていた。

 ただ、恐怖の原因がミハエル以外の男性だったことは、言うまでもないのだが。




これも、幼馴染み系かなって思うんだ|ω・`)
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ