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ハミルトン姉弟は、こうして家族になった 作者:ぶちこ
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13ハミルトン姉弟は、こうしてあの日の事実に立ち会った

3話同時更新

 お父さまは、憔悴で倒れた。

 お父さまに付き添ってきた従僕によれば、三日三晩ほとんど不眠不休で馬を走らせて来たらしい。

 ベッドに横になって眠るその頬に、はっきりとした痣が浮かびあがる頃、マーラ伯母さまがハミルトン邸に到着された。

 お父さまがこんな状態でも伯母さまを呼ぶべきか迷ったが、いちおうお伺いを立てる意味で詳細をつづった手紙を出せば、昼過ぎに向かいますという返事が返ってきて、今に至る。

 「手紙をね、出したのよ、ジョエルに。ロゼットが心労で倒れたって、早馬を出してね。そうしたら、すっ飛んで来たようね」

 リビングルームで出された紅茶を口にしながら、伯母さまはこともなげに言った。

 「どうして……無理に急がせなくても、お父さまはこちらに来る予定でしたし、発作のことはきちんと話すつもりでしたよ」

 「うーん、そうね。やっぱり色々と思うところがあるから、と今は言っておきましょうか。ミハエルが帰ってきて、ジョエルが起きたら、家族でお話ししましょう」

 伯母さまの言葉に従って、ひとまずはお父さまの様子を見ながら、ミハエルが帰ってくるまで待つことになった。

 夕方になると、定時通りにミハエルが帰宅した。
 ミハエルに事情を説明するものの、お父さまがまだ目覚めていなかったので、とりあえず先に三人で夕食をとることにした。

 夕食後、食後のお茶中にお父さまが目を覚ましたという報せを受け取る。

 お医者に診ていただくと、今日一日は安静にした方がいいという診断を出されるが、お父さまの方から私たちに話があるといって、それを押し切った。

 せめて寝台から出さないようにするため、私たちがお父さまの部屋を訪ねると、枕に寄りかかって上体を起こしていた。

 無精髭などの身だしなみは整えられていたが、その顔には濃い疲労の色と、私の働いた狼藉がありありと残っていた。

 お父さまは、マーラ伯母さま、ミハエル、そして私の顔を順に見渡していく。
 それから、自らの膝元に視線を落として、ゆっくりと語り出した。

 「マーラ姉上から手紙が届き、ロゼットが見合いをしていると、そのせいで倒れたという連絡を受けた」

 「そう。それで自ら手綱を取って走り詰めて来たのね。見上げた父性愛ね」
 「…………」

 伯母さまの言葉に、お父さまは押し黙ったが、すぐに先を続けた。

 「手紙には、こうも書かれていた。ロゼットは自分とミハエルの未来を思って決断したのだと。私はその時、己の犯した過ちとその結果を突きつけられた」

 過ち。
 語感の強いその言葉で自分を責めたお父さまは、ミハエルを見つめた。

 「ミハエル、覚えているか。お前が騎士団に仕官する少し前のことだ。お前はロゼットに婚約を申し込むつもりだっただろう」

 「……はい」

 ――え?

 「ま、待って。でも、私は――」

 「そうだ。ロゼット。私はお前に、ミハエルが姉弟の関係でいることを望んでいると言った。だが、あれは全て私のついた偽りだ。そして、ミハエルにも同じ嘘をついた」

 「ど、どうして、そんな……」

 お父さまは、重たそうに口を開いた。

 有り体に言えば、ロゼットとミハエルの仲を羨んだのだという。

 「あの頃、領地経営にもどうにか余裕が出来てきて、ようやくロゼットの時間とを取れると思っていた。そのはずだったが、家内では二人の婚約話が持ちあがっていた。側近からも直接ではないが、そのようにと仄めかかされて。ただでさえ仲の良いお前たちが、さらに恋仲になってしまったら、もう私の入り込む隙が無くなってしまうように思えた」

 己のしでかした行いを、恥じ入るようにお父さまは俯いた。

 「だから、お前たちにはまだ姉弟でいてほしくて、あんなことを言ってしまったのだ」

 呆然と、お父さまの犯した過ちを、私とミハエルは聞いていた。
 あまりの事に二の句が継げない私たちとは裏腹に、横手から叱責が飛ぶ。

 「そんなことだろうと思ったわ」

 マーラ伯母さまだった。

 「そもそも可笑しいのよ。本来ならこれ以上ないくらいの相手なのに、婚約してないなんて。たとえ本人たちが姉弟だと言い張っても、娘と息子、そしてハミルトン家の未来を考えるなら、当主が率先して説得すべきことなのに、それをしていないなら、その当主の腹に一物があるのじゃないかと思っていたわ」

 伯母さまは、不機嫌な様子をことさら前面に押し出してた。

 「わたくしはね、貴方の腹をかっ捌くために色々するつもりだったの。今回のお見合のこともそう。ジョエルにプレッシャーをかけるつもりだったの。でもね、そんな馬鹿げた画策したせいで、ロゼットが倒れてしまったのよ。どうしてくれるのよ」

 「……すまない」

 「ただの八つ当たりなんだから、よして頂戴。さすがに娘の危機を直面して、正直に吐き出してくれたのが、せめてもの救いだわ」

 伯母さまは、長いため息をついた。

 あの仮の見合いに、そんな思惑まであったなんて初耳だったけれど、それよりも、ミハエルが姉弟でいたいのだと言ったのは、お父さまの嘘だったという告白に頭が混乱する。

 ちょっと待って欲しい。
 なら、先日のミハエルの求婚は、どうなるのだろうか。

 それにお父さまは、ミハエルがあの日、私に婚約を申し込むつもりだったと言っていた気がする。ミハエルも、お父さまの問いに頷いていた気がする。

 それって、つまり――――つまり。

 「いずれ、言おうとは思っていた。ミハエルが成人するまでには」

 熱くなった頬を両手で隠していれば、お父さまの呟くような声が聞こえてきた。
 しかし、すかさず物言いが入る。

 「あら、そう。でも、そんな悠長なことをしている間に、他の好い人がミハエルの隣に立っていたらどうするつもりだったの?」

 「それは……」

 「あわよくば、ロゼットが嫁に行かなければいいと、少したりとも思っていなかったと貴方の亡き妻エステルに誓えるの?」

 お母さまの名前を出されたお父さまは、ぐっと口元を引き締めた。
 そして、マーラ伯母さまに反論する言葉は、ついに出てこない。

 「愛娘を他の男にやりたがらない父親がいるとは聞いていたけれど、本当に実行しかける馬鹿がいるとは思わなかったわ。ロゼットの人生を何だと思っているの」

 とどめを刺すように浴びせかけられたお父さまは、固く目蓋を閉じた。
 再び目蓋が開かれた時、その口から漏れたのは、絞り出すような声だった。

 「ロゼットが修道院に行くと言い出した時に、本当は言うべきだった。あの時は、つい声を荒げてしまったせいで、ロゼットに逃げられて……言えなくなってしまった。マーラ姉上の言うとおり、本当に馬鹿だった。お前たち二人にかけた気苦労を思えば、易々と詫び言を言える立場ではないのも分かっている。いくらでも罵ってくれていい」

 「お父さま……」

 そんなこと言われても、罵る言葉なんて出てこなかった。

 お父さまがついてしまった嘘のせいで、こじれた事態を思えば、怒ってしかるべきなのだろうが、どうしてもお父さまに対する悪感情が沸いてこない。

 それは、ずっと感じてきた負い目に理由がある気がした。

 気苦労をかけてきたのはむしろ、何の落ち度もないお父さまに怯え続けてきた、私の方なのではないかと思ってしまう。

 ミハエルを見れば、彼の方も何と言っていいのか戸惑っている様子だった。彼は彼で、私とお父さまの関係を一番近くで見てきたからかもしれない。

 怒るに怒れない状況の中で、きちんとした怒りを露わにしてきたマーラ伯母さまが、この場をどうしたらいいか分からない私たちの代わりに口を挟んだ。

 「ミハエル。貴方とロゼットのことで、この愚弟に言いたいことがあったんじゃないの?」

 え、と虚を衝かれたようなミハエルに、伯母さまは微笑んだ。

 「二人の将来のことで、決めたことがあるんでしょう?」

 「あ、……はい。そうでした」

 伯母さまに向かって神妙に頷くと、ミハエルはお父さまと向き合った。

 私がお見合をすると言い出してから、過呼吸による発作を起こしたことまで、その経緯がミハエルの口から語られる。

 そして私たちは、互いのためを想い、結婚という結論に至ったことを話した。

 「……そうか」

 そう、悔恨のような、安堵のような一言のあと、お父さまは微かな笑みを含んだ。

 「ひとまず、ロゼットを止めてくれたことに礼を言いたい。有り難うミハエル」

 「…いえ。それで、その……お許しを頂きたく思っていたのですが……」

 「ああ、そうだな。……もはや、私は口出しできる立場ではないのかもしれんが、それでも父として、ロゼットをどうかよろしく頼む」

 「――…はい」

 ミハエルの声は、わずかに震えていた。

 けれど、それ以上に、私たちを見守るお父さまの笑顔が、あまりに寂しそうに見えた。

 瞬く間に、お父さまと繰り広げた悪戦苦闘の日々が思い出されて、視界が滲んだ。
 想定外の水量が下目蓋にたまり、対処がおいつかなくて零れ出る。

 感涙はなかなか止まらず、皆の目が集まるのを感じた。

 「ご、ごめんさい。これは、なんていうか――」

 あたふたと自分のハンカチーフで拭っていたが、ミハエルが別のハンカチーフを差し出しながら、そっと耳打ちしてくる。

 「……姉上、その、鼻が……」

 ぱっ、と、指摘と同時に隠したが、その行動のせいでかえって、まる分かりになってしまっていた。

 お父さまも含め、伯母さまとミハエルの三人が顔を綻ばせているのに気付いて、恥ずかしさが募ったものの、そのおかげか場の空気が少しだけ和やかになったような気がする。

 その雰囲気に励まされるように、どうにか涙もおさまりかけるが、二度目の溜め息が伯母さまから聞こえてくるが、今度のそれはどこか穏やかだった。

 ふと思った。今日、ここにマーラ伯母さまがいてくれなかったら、すべきことや言うべきことを疎かにして、お父さまとの間にわだかまりを残していたかもしれない。

 こちらの視線に気付いたのか、私を振り返った伯母さまは、確かな情愛を感じさせる眼差しで微笑んだ。




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