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クリスマスの幻影
作:四方祐樹


 かの有名なサンタクロースは、トナカイのほかに数多の妖精を引き連れていました。
 しかしサンタクロースは妖精たちと一緒に、地上へ行くわけではありません。
 それもそのはずです。妖精たちにも重要なお仕事があるのです。
 サンタクロースとは違う、けれど大切なお仕事。
 そう。その妖精たちは聖なるクリスマスの夜だけ、子供たちの願いを叶えるために地上へと降り立つのです。
 サンタクロースが選んだ、選ばれし子供たちのもとへ。
 小さな――けれど喜びに満ちた表情で、地上をいっぱいにするために。
 たった一夜、一生懸命に働くのです。


「さあ、年に一度の夜が来た」
 若い男の声が、空気を震わせる。
「いいか、お前ら。子供たちの願いを叶えるためだ。精一杯働いてこい!」
 喋っているのは茶髪で短髪でピアスまでつけていて、おまけに見た目は美形の青年だ。けれど赤い服に、白い綿が付いている典型的な恰好をしている。こんななりでも、正真正銘のサンタクロースなのだ。
 十二月も二十四日も暮れてきた。
 世間ではクリスマスイブだと騒がれている日の、そろそろ盛り上がりも最高潮に達しよう頃合い。
 そんな中で執り行われているのは、他でもない。人間界への最終出立確認だ。
 故に妙に似合っている赤服の若サンタの周りには、数多の妖精たちが集まっている。そしてサンタは妖精たちに一枚の紙を手渡すと、中を見ろと促した。
「いいか。そこにはお前らが行くべき場所と、子供の名前が書いてある。使命は言わずとも解っているだろうな。お前ら、選ばれた妖精だもんなぁ」
 妖精にもいろいろな奴がいるのだ。
 天使に支える者、物に宿る者、人間を手助けする者――
 だがここにいるのはサンタの元で働く術を学んできた妖精たちだ。そして同時に、ここで働くことを認められた妖精たち。
 そんな彼らを一様に見渡すと、サンタはニッと口端を上げて笑った。その表情はどこか、少年のような無邪気さが残っている。若い顔が、余計に幼く見えた。
「まあ、なんだ。俺が言えるのは、さっきも言った通り『精一杯働け』ってコトだけだ。……あとはお前らのやる気次第」
 ワンピースのようなゆったりとした服を着ている妖精の少年少女たちは、先ほどから目を輝かせてサンタを見ている。そこには期待や不安など、様々な色が浮かんでいた。
「時は満ちたってもんだ。……さあ、行け! もうすぐ楽しいクリスマスだからな!」
 サンタの合図と共に、妖精たちは各々散らばっていく。
 赤、青、緑、水色――色とりどりの服を身にまとった者たちが散らばる様は、まるで一枚の絵がそこにできているかのようだ。
 時間と共にめまぐるしく様相に変化を見せてはいるそれ。だが決して見ていて不快ではない。一種のアートなのだろう。この光景はそう思わせるほどのものだった。
 そんな中、白いワンピースを纏った少女が、温かな笑みを浮かべながら走っていく。肩の下あたりまである髪に挿してある赤い花飾りは、少女が駆けていくたびにぴょこぴょこと上下に揺れ動いていた。
 少女は手にした紙をしきりに気にしている。
 それもそうだろう。今からこの紙に書かれた者の元へと行くのだから。
 そしてこれが、彼女にとって初めての仕事なのだから。それに、
「さてと。さっそく行きますかぁ」

 ジングルベル、ジングルベル。
 明日は楽しい、クリスマスなんだから――

   +++

 今年もきっと寂しいのだろうか。だって、だ。
「何で俺の隣は万年空白かなぁ……」
 瀬田せた由馬ゆうまは自身の隣を見て、ため息を一つ吐いた。
 というのも実は彼。今年で高校二年になったのだが、未だかつて彼女という存在を感じたことがないのだ。
 平々凡々な容姿と体型、それに加えてこれまた平凡すぎる体力と学力を兼ね揃えているせいか。そもそもにして男としての魅力がないせいか。
 ともかく由馬は、いわゆる『どこにでもいそうな男』の代名詞的存在である。
「まあ、そんなに気を落すなって。いつかは空白もなくなるさ」
 そう言って隣を歩くのは、小板橋こいたばしひじりだ。バンダナから覗くまっすぐな髪は北風に吹かれると、精悍な瞳の前でちろちろと揺れている。
 だがそんな聖もこの秋とうとう、めでたいことに彼女を作りやがった。中学時代から彼女いない歴を由馬と共に更新していたのだが、聖もここでおさらばと言うわけだ。
 つまり由馬には共感者がいなくなったのだ。『一人の身』という悲しい共感者が。
「ちくしょう。お前って奴は勝手にぬけがけしやがって……」
「しょうがないだろ。春ってモンは訪れるものさ」
 とか言っているものの、聖の顔はすでにのろけ全開だ。愛しの彼女のことを思い出しているのは、一目瞭然である。
 そんな友を目にした由馬は、あからさまに眉根を寄せる。頬の筋肉がピクピクいっているのは、感覚で解った。
「……へぇー、そお。俺は十七年間も氷河期なんですが? 冬どころじゃないんですが?」
 これはただの僻みだ。
 そう解っていながらも、由馬は恨めしそうな瞳で聖を見上げた。聖は困ったように肩を竦めていたが、
「気にするな。ハゲるぞ」
 と言いながら聖は由馬の頭をポンポンと軽く叩いた。
 ああ、そうだな。いっそのことハゲて、僧として過ごしていこうか。恋愛とかさ、そんなごちゃごちゃしたのなんて必要ないくらい無心に帰ってさ。
 てか結局夢は夢のまま終わりそうだよな。
 高校生になったらクリスマスは彼女と過ごすんだ! ……ってさ。こんな無駄な未来予想図をよく描いていたよ、かつての自分。褒めたくなっちゃうね。
 そんなことを思いながら乾いた笑い声を咽から搾り出すと、由馬は本日二度目のため息を壮大に吐いたのだった。
 この寒々しい通知表と隣の空白を、何とかすることはできないのだろうか。
 どうにもできないと解りながらも、由馬は神に懇願した。

   +++

「あのー。生きてますか?」
 願望ゆえの幻聴か、それとも朝だからなのか。
 妙に揺さぶられているような感覚が、由馬を襲った。
「生きていたら、返事して下さい〜」
 それにしても変な聞き方だ。生きているかとか聞くか? 普通。それとも寝ている姿が、そんなに永眠でもしているようにでも見えるのか。寝姿が幸せそうとは言われたことがある。けれど、死んでいるみたいは言われたこともないよ。悪いけど。
 ついでに起こすんなら、もっと他に言い方ってもんがあるだろう。
 言うならいっそのこと「起きてぇ、ダーリン」くらい言えっての。って、それがお袋だったら逆にゲロ吐くけどな。
 由馬は小さく身をよじると、薄っすらと目を開けた。
「はーい。……生きてま、す………………」
 とりあえず社交辞令的にも、生きていると返答した方がいいのだろうか。……などと、先ほどから無駄なことを考えていた頭だ。が、一気に思考が停止する。
 何でだ? 何故に外が暗い。
 しかも肌寒いの域を通り越して、既に凍えんばかりに寒いのだ。
 見ればどういうわけか、閉めてから寝たはずの窓が、清々しいほどに開いている。
 包み隠さずオープンってか?『秘密は心の中だけなの』なんてメルヘン君じゃないから、そんなことなんてできやしないよ、あたい。つか、師走の風がすげぇ冷たいよ。鼻の天然水が湧き上がってきちゃうよ。
 等々、脳内のみで由馬は騒ぎ立てる。
 でもだ。
 起きた由馬はまず最初に己の目を疑った。
 夢かと思って、何度も何度も――それこそ瞼の皮が剥けるんじゃないかと思うほど、目をこすってみた。
 けれど見えているのは、全開な窓だけではない。そこにいるのはどう見ても、見ず知らずのおなごだ。
 しかも、なんていうかいろんな意味ですごい。
 何この人。真冬の夜中に白いワンピースでお出かけですか? しかも肩の下あたりまである髪には、赤い花が挿してあるし。見た感じからして、ピン止めというわけではなさそうだ。生花か?
 ぽかんと大口を開けながら、由馬は目の前にいる少女を凝視する。
「…………」
 一体、何をどうしろと?
 それとも気付かぬうちに、少女誘拐でもしちゃってたんですか? だから窓が開いているんですか? っていうかそもそもにして、そこが出入り口になっていることが正直不思議でたまらないんだがな。
「…………」
「あのー。生きてますか?」
「――……一瞬、魂が抜けたよ。マジで」
 ああ、この言葉を言っていたのはこのお方だったんですね。
 ……とか、無理に冷静になろうとしている頭では、そんなバカ全開なコメントしか出てこなかった。うわぁ、痛い奴。
「ところで、魂さんは戻ってきました?」
「はい」
 ……というか、だ。
「そうですかぁ。それはよかったですねー」
 何で少女と会話をしちゃっているんでしょうかね。まず問うべき点が山ほどあると思うのだが? それに色々と順番を抜かしていますよと、本気で思うのだが?
 靄がかかった頭では到底理解のできないことを、由馬はエンドレスに考え続ける。勿論答えなんて、出てきやしない。同じことをぐるぐるぐるぐると繰り返すだけだ。
 ……ああ、そうか。もしかしなくてもこれは夢か?
 由馬は寝起き直後の頭で、必死に考える。
 そりゃそうだよな。そう考えれば、知らない少女がここにいるということにも合点がつく。……けど、ちょっとマテ。
 少女に向けていた目を、由馬は思わず泳がせた。
 俺ってそんなに、鬱憤溜まっていたのか……。と、まずはそこのところにだいぶショックだ。
 いくら友人の聖に彼女ができて「うわ〜、抜け駆けですかコノヤロウ」とか、ものすごーくうらやましかったとはいえだ。
 夢に女が出てくるほど女に飢えていたとは、これこそ夢にも思わない。
 その上この少女は、どこからどう見ても中学生未満。ぶっちゃけ見た目が小学生程度の、いわゆる年下サマなのだ。
 ということは必然的に、俺ってロリコン決定ですか……!?
 いやっ、俺にそんな趣味はないですよ! それとも眠っていた何かが知らぬ間に覚醒していたとでも言うんですか? これがその結果ですか!?
 ダブルのショックに、立ち直れない。こんなことが万が一にも聖の耳に入ったとしたら、こりゃぁ絶対引かれる。本気で引かれる。
 うわ、ヤベェ。マジどうしよう! と、一人パニクっている由馬だったが、そんなことなど気にもせずに少女は勝手に話を進めていく。
「ところでなんですが、今日はあなたの望みを叶えにやって来ましたぁ〜」
 コラ。何がだよ。
 全力でツッコミを入れたくなったところを、由馬は何とか気力でおさえる。一瞬言葉を吐き出しそうになった唇を、必死こいて引き結んだ。
「喜んで下さいよー。これは二百三十七分の一の確立なんですから〜」
「うっわー。数字がビミョー」
 そんな由馬の心境など露知らず。少女のにこやかな言葉に、由馬は思わず閉じていた唇を開いてしまい、言った瞬間ハッとした。
 助けてください。この人と一緒にいると、自分が自分でなくなりそうです。私は本当に瀬田由馬なんですか? と、後悔を引き連れて由馬は項垂れた。
「……まあ、そこのトコロは気にしないで下さい」
 苦笑を洩らしながら、少女は明らかになかったことにしようとしている。
 っていうか、そこを強調したのはあなたじゃなかろうか?
「ということでですねぇ。私は今日一日かぎり、あなたの彼女になってあげマス」
 エヘ。と笑いながら少女が小首を傾げると、黒髪の中で赤い花が踊った。
 いや、マテ。今このお方、なんとおっしゃいましたか?
 彼女? あなたがデスカ? ……ていうか、誰の? って、ここにいるのは俺しかいないよ。あっれぇー。てことは、もしかして……
「あんだとお〜〜!!」
 叫んだ瞬間、急に目の前が暗くなるのを由馬は覚えた。

   +++

「――――ッ」
 文字どおりに由馬がとび起きると、外はすでに明るくなっている。開いた窓からは冷たい風と共に陽光が飛び込んできているのだ。ということは、だ。
「……夢? だったと……」
 荒くみだれた息で、由馬は呟いた。あれはやっぱり、たちの悪い夢だったのか。
 それにしても妙なリアリティーをふくんだ夢だったと、由馬は冷静になった頭で呟いた。寒さとかなんか、今だって覚えている。それに妙な倦怠感が身体の底に根付いている。
 ああいう夢は心臓に悪い。まあ、現実だったらさらに怖いけどな。
 あははは―、と由馬が苦い声で笑い続けた。虚しい声は北風に乗って、どこかへと運ばれていく。
 ……そういえば、俺ってばいつ窓開けたんだっけ? てかこの状況、何か知っているぞ。
「何か楽しいことでもありましたかぁ〜?」
 すると、にょきっと。本当にあの少女が、にょきっとベッドの下から現れたのだ。
 うん。ちょっとタイム。
 なんですかコレ。何でこんなところから女の子が出てくるんですか? しかも妙に見覚えがありますよ。この白いワンピースと、髪に挿した赤い花とか。
 確か、昨日の夜にいませんでしたっけ?
「こ、これって夢じゃないんですかぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
 由馬、思わず大絶叫。
 たぶん、かなりの近所迷惑。
 しかしそんなことを一々考えている余裕など、今の由馬にあるわけもなく。
「大丈夫ですかぁ〜?」
 床の上でのた打ち回る由馬を、少女は心配そうに覗き込んでいた。
 心配するなら、早う出て行け。と、由馬は思わず涙した。


「で、何でお前がここにいるんだ? 完結に教えろ。今すぐ言え」
 のた打ち回ること数分。ようやく冷静になりつつある由馬は、怒りにたえながら少女を事情聴取にかけていた。
「何でって、あなたの望みを叶えるだけですよぉ。人聞き悪いなぁ〜」
 しかし当の本人は語尾に星を飛ばすような、相変わらずのハイテンション。
 本当に一体、何をどうしろというのだ。言っちゃ悪いが、子守は苦手だよ。
「あのなぁ、俺は別にお前といることなんざ、砂の粒ほども望んじゃいねぇから。……っていうかお前が現れてから、絶対に俺の寿命は三十年以上縮んだぞ。ジョーダン抜きで」
「別にそんなことは問題じゃないんですよぉー」
 顔を顰めながら言う由馬の言葉を軽くスルーし、少女はあははと笑っている始末。
 いやいやッ! ちょっとは問題視しろよ。
「ッ―――」
 由馬は痛くなる一方の頭をおさえると、その場にしゃがみ込んでしまった。
 それでも少女はその場から動くことはない。――つまりは、そういうことなのだ。あの「あなたの彼女」という言葉はからかいではなくて、半ば本気だったと。
 あー。こいつと一日一緒にいるのかよ。絶対にムリな気が……。

   +++

 とりあえず着替えるから出て行けと、由馬は少女を外に追い出した。
 ちなみに少女の名は冬華とうかというらしい。
 だが彼女のインパクトは『冬の華』と言う感じではなく、むしろ『投下』の方が似合っていた。リトルボーイもファットマンもびっくりな威力だ。勿論、由馬の中での話だが。
 それにしても人騒がせなこと極まりない。何が人の夢を叶えるだって? 単に何かの口実を作って、人に世話をかけさせたいだけじゃないのか? それに……
 パジャマをかねているTシャツとズボン姿から普段の姿へと着替える間中、由馬はぶつぶつと文句を呟き続けた。
 それにあいつ、いつかとんでもないことをしでかすだろう。今までの非常識さから考えればそんなことなど容易に想像できずぎて、逆に恐ろしいくらいだが。
 由馬はパーカーに腕を通すと、ドアノブを捻った。
 ……あの女。次に何かやらかしたら、永久追放してやる。


 由馬は着替え終わるなり、財布とケータイをズボンのポケットに突っ込むと、朝食も取らずにリビングを出た。
 理由というか、全ての原因は冬華にあった。
 十七にも――というより高二にもなってだ。冗談じゃないが彼女でも、ましてや友達ですらない、見ず知らずの女を自分の部屋に入れるなどという行為はしたくはなかった。
 それに親とかに見られたくもない。
「ユウちゃん、どっかお出かけ? 何時に帰ってくるの? お昼は?」
 と我が子が恋しくてたまらない母からの質問攻めをスルリとかわすと、由馬は行きたくもない場所へと足を向けた。一応玄関先で待っているはずなのだが……いない?
「もぉー。おっそいじゃないですかぁー」
 姿が見えないことに「よっしゃ、ラッキー」なんて思っていたのも束の間。そんな間延びな声と共に、冬華が背後から抱きついてくる。
「一体何時間、待たせるつもりなんですかぁー……」
 相変わらずの口調。意味不明に抱きついてきたその行為に、怒りと呆れと、そして妙な脱力がふつふつと湧き上がってくる。
「おいッ、やめろお前。何す――」
「ねえ、由馬くん」
 だがいきなり冬華の口を吐いて出たのは、由馬の名前。それを聞いた途端、湧き上がっていた感情は瞬時にして怒りと羞恥に塗り替えられる。
「……っの前にその呼び方はやめろ! 気色悪い」
 抱きついてきた冬華を引き剥がすと、由馬は思わず叫んだ。
 あー、もう。これって追放するに値するよなぁ……。などと、正常に機能していないだろう頭の中で考える。けれど冬華は目を見開くと、由馬の服にしがみつき、
「きっ、気色悪いとは失礼じゃないですかぁ! そんなことを言われれば私だって……」
「怒るとか言う決まり文句はなしだからな」
 苛立ちを露にして、由馬は先手を打っておいた。
 しかし残念なことに、互いの意見は違ったようだ。
「私だって泣きますよぅ」
 ……っていうか、泣いているんだろう。もう既に!
 えぐえぐとしゃくり上げる冬華を前に、由馬はまたもやパニック状態に陥る。ちょっ、何で泣く必要があるよ!?
「って、ああぁ! 泣くな泣くな。こんなところで泣かれて、警察にでも見つかったらどうするんだよ! 俺ぁこの歳でムショには入りたくないからな!」
 元から正常ではなかったのに、パニクッた由馬の思考回路が最早、正常になど働くわけがないのだ。
 染色体の不完全連鎖のように、どこかしらで本音と上っ面だけの謝罪とが変わってしまったらしい。いざとなると人間、色々と複雑なのだ。
「……他にねっ、……言うコトがあるじゃっ、ないですかぁ〜」
 しまった、やっちまったのか俺! 
 頭を抱えて己の行動を見直す。だが時既に遅し。
 子供は泣く時、とことん泣くのだ。そりゃもう壮大かつ騒然と。
「由馬ぁ〜」
「……ごめんなサイ。俺が悪かったです。全ては俺の失言にあります。だからもう泣かないで下サイ、お願いしマス。もう許してくだサイ」
 瀬田由馬、十七歳。この世の理不尽さと己の愚かさを、痛いほどに実感した。
 犬の散歩をしているおじさんが、こちらをしきりに見ているのが嫌なほどに目に付く。
 畜生。泣きたいのはこっちの方だッ!

   +++

「じゃあじゃあ、ここがいいですぅ〜」
(最っ悪)
 とりあえず泣かせたままはいけないだろうと思い、好きなところに連れて行ってやるという約束で、二人は街まで出てきた。
 子供とはいえどうせ女だから、洋服屋だとかアクセショップだとかに行くのだろう。そうとばかり考えていたから、由馬もそんな条件を出してやったのだ。
 しかしこの冬華という人物は、本気で外見どおりの年齢だったらしい。
 一人はしゃぐ冬華を連れて街を連れて歩く姿は、はたから見れば兄妹のように見えるらしい。そのおかげで、特別浮くということはなかった。唯一の幸いともいえよう。
 しかしそれとこれとは別問題。
「…………………………」
「ここにしましょう!」
 目を輝かせて由馬を見つめる冬華と、冬華の指差す場所を由馬は交互に見やる。
 男としてのプライドが、そこに入ることを断固拒否していた。けれど幾度見ても、冬華の気が変わることはないらしい。
「……………んー、そう。さいですか」
 本気でこいつは鬼か?
 そう思って立ち止まったのは、前記のどれでもない。サンリオも真っ青なほどのファンシーショップだ。
 ここは女子供しか入らないぜ! 的なオーラがぶちまけられていて、由馬はかなり引いた。むしろドン引きだ。
 だが条件を出してしまった後だし、それに当の冬華はどれだけ見ても、やはり入る気満々だ。前言撤回はまず許されないだろう。また泣きつかれても困る。
 相当迷ったが、仕方がないと由馬は腹を括り、店内へと入っていった。
 一歩でも踏み入れれば、店内は甘い花の香りに包まれている。
 入るとそこは、不思議の国でした。


「由馬ぁ、どうしたの? 元気ないみたい」
「へへっ……。まあね」
 不思議の国は、そりゃもうメルヘンチックでした。
 何せ見渡すかぎり一面に、クマやらウサギやらイヌやらネコやらのぬいぐるみだ。それもお目々ぱっちりで毛並みがすっごいふさふさしたやつ。
 健全なる高校男児の由馬にしてみれば、それはおとぎの国の生き地獄だ。
 勿論そんなことなど知るよしもない冬華になど、今の由馬の気持ちが解るはずもなく、
「由馬ぁ〜」
 とか言いながら、冬華は可愛い買いたてほやほやの、桃色ウサギのぬいぐるみを胸に抱いては執拗に問いかけてきた。
「おい、お前」
 耐え切れずに由馬は冬華の手を掴むと、足早に方向転換をしだす。
「? なにぃ、由馬ぁ」
 まったく由馬の意図がつかめない冬華はただ首を捻るばかりだ。ウサギのぬいぐるみを腕に抱きながら、由馬の顔を伺い見ている。
 速すぎる由馬の歩調に、冬華は半ば小走りになりながら後を追っていた。
 げっそりとした由馬はそれでも止まることなく歩き続ると、ボソッと言葉を洩らした。
「……公園にでも行こう」

   +++

 公園は人気も少なく、気持ちを落ち着かせるにはもってこいの場所だった。
 未だにメルヘンなおとぎの国でのショックが抜けきれていない由馬は、顔を真っ青にして鬱とした気分のままベンチに腰を下ろした。
 勿論冬華は由馬の隣にちょこんと座る。だが由馬の元気がないことに気付いたのか、冬華は心配そうに由馬の背中をさすった。
「ねぇ由馬ぁ。朝の元気はどうしちゃったのぉ〜?」
「えっとねぇ、それはおとぎの国に忘れてきちゃいましたよ」
 俯いたまま、半ば投げやりな声で由馬は答える。
 しかしどうやら今の返答が冬華のメルヘンスイッチを入れてしまったらしい。
 さすっていた背中から手を放すと、冬華は飛びつかんばかりの勢いで由馬に迫ってくる。勿論双眸は輝きに満ちている。
 キラキラビームとか、そんな冗談はなかろうな? と、由馬は思わず腰を引いた。
「えっ! 由馬はおとぎの国に行ったのぉ? いいなぁ、どんなところだったんですぅ〜?」
 お前も行っただろうが! つかお前が連れて行きやがったんだろうが!
 ……とは、さすがに言えない。しかも見た感じでは冬華にとって、あそこはおとぎの国には分類されないのだろう。多分。
 説明に困った挙句、由馬は頭を捻らせて苦々しい声を発した。
「まあ、生き地獄だね。熊とか兎とか犬とか猫とかが驚異的なパワーを持って襲い掛かって来るんだよ。目をぎらぎら輝かせて」
 嘘は言っていない。
 由馬にしてみれば全てが事実であることは確かだ。
 だがそれを聞いた冬華は、「ふえぇぇ!」とかいう微妙に間が抜けた声をあげて、
「さっき行ったところのクマさんたちとは大違いなんですねぇ〜」
 とか何とか、しみじみと言っている。
 いいえ、さっき行ったところのお話ですが? と言う言葉を、由馬はあえて心の呟きとしておいた。また何らかの誤解を生むのはまっぴら御免だ。
「すごいですね〜、なんか食べられちゃいそうですね〜」
 と言う冬華の声が、由馬の傷口を突いていく。
 頑張れ由馬。あともう少しだ! と、そんなふうに由馬は自分自身を励ました。だが同時に、その姿があまりにも阿呆らしく思えてくる。
 遠く聞こえるクリスマスソングが、やけに癇に障った。

   +++

 由馬のメルヘンビーム後遺症が抜けきった後、二人は映画を見ようということになり、再び街中へと戻っていった。
 街はやはりクリスマスの影響もあるのか、人々でごった返している。しかも家族同士や恋人同士が圧倒的に多い。
 さすがはかの有名なキリスト様の誕生日。何か人知の及ばぬパワーにでも満ちているかのような変わりようだ。
 そんな光景に目を奪われていると、あっという間に映画館の前に着いてしまう。やっぱりデートスポットにでもなっているのか、こっちの方がカップル率が高い。
 なんだか気後れしながら、二人は館内へと入っていく。
「あ、由馬! あれが見てみたいです!」
 入るなり冬華が指差したのは、今子供たちの間で人気の、少女二人組みが魔法を使っているアニメ映画。同時上映はやっぱり子供たちの間で人気の、あの虫バトルのだ。
「嫌です」
 間髪いれずに由馬は否定すると、勝手にチケットを二枚買いにいった。同じ魔法だと、人気魔法使いシリーズの映画チケットを、冬華に渡す。
「これ、何かつまんなそう」
「どこがだよ。お前が見たかった魔法使っているじゃん」
「見たいのは魔法だけじゃないもん」
「大丈夫。壮大なストーリー展開はあっちより何倍も素晴らしいから」
 とはいうものの、冬華は気の抜けきった声でブーイングの嵐を一人で作り上げている。
 だが由馬はすっかり映画に心を奪われていてか、冬華に言い返すこともなかった。


 やっぱりあのまま冬華に流されていたら、保護者面もできずにちびっ子の中で明らかに浮いていたことだろう。
 だけど今は違う。館内は由馬と同世代を中心とした若者たちが集まっていて、内心ほっとした。
 今までが普通とかけ離れすぎていたせいか、それとも子守をしていた感があったせいか。
 ……多分両方であろうが、やっぱりこういう年頃だ。同じような年代の者といた方が気休め程度だが安心する。肩の荷が少し下りた感じだ。
「由馬ぁ〜」
「……何だよいきなり」
 ちょいちょいと袖を掴む冬華はに、由馬は小声で批判の声を上げた。
 やっと始まった映画を見ていた由馬としてみれば、ちょっとした迷惑行為だ。
「これ、つまんないよぉ」
 しかし言うなり、冬華は映画のスクリーンを指差す。
 そりゃ始まったばかりですからね。まだ五分もしていませんからね、始まって。
 あまりに我慢ができない冬華に、由馬は宥めるように軽く頭を叩いた。
「んなことないって。あのな、こういうのは終わりに近づけば近づくほど、面白くなるんだよ」
「……じゃあ、早く終わりにしようよぉ」
「んな無茶言うな」
「む〜ぅ」
 不満を言いたそうな顔をしばらく由馬に向けていたが、それでどうこうなるわけもないということを冬華は悟ったらしく、渋々と視線をスクリーンに移した。
 こうして長い映画は中盤を迎える。

   +++

「うーん。やっぱりいいな、あのシリーズは」
「……そうかなぁ〜」
 互いに違う種類の表情を浮かべながら、茜色に染まってきた街を歩く。
 ここがよかったとか、あそこの展開がたまらないと言う由馬の表情は、朝の出来事なんて忘れてしまったかのように無邪気だった。
「私は女の子が出てくる方がよかったですぅ〜」
 しかし既に誰も覚えていないような『由馬の彼女』と言う肩書きを持った冬華は、そんなことを言いつつとぼとぼと悲しい翳りを背中に浮かべていた。
 それをばっちり耳に入れてしまった由馬は、楽しげな表情から一変、きゅっと眉を顰める。
「……お前は俺を秋葉系にしたいのか?」
「秋葉系ってなぁに、由馬?」
 しかし当の冬華は秋葉系の意味を解っちゃいないようだ。
 それが天然なのかわざとなのかは置いておくことにするが。
 まさか秋葉系を知らないとは思ってもみなかった由馬は、色々と返答に困った挙句、
「別に知らなくてもいいんじゃね?」
 結局それしか言えなかった。
 たぶん冬華の知るようなことじゃないだろう。

   +++

 夕日もとっぷりと沈んだ頃、とりあえずこれだけは見せておこうということで、二人は再び公園へと戻る。
 何でまた行くのかという冬華の質問には、曖昧に答えておいた。こういうのはサプライズなのがいいんだ。それが醍醐味だろう?
 真冬の夜道に、二人の足音が響いていく。とぽとぽと公園へと入っていった。
 するとそこには昼とは違って幻想的な光を放つ、まさに芸術品とも呼べるようなイルミネーションの数々が存在しているではないか。
 ここは知る人ぞ知る穴場スポットのため、人気は昼同様に少ない。数組のカップル以外は、とくにいなかった。
 凛とした空気、静かな景色の中で、冬華が息を吸い込む音が聞こえた。
「うわーぁ。綺麗ですねぇ〜」
 一目見た瞬間、冬華の機嫌は一気に戻る。目はファンシーショップに行った時よりも、輝いているように映った。まったく、現金な奴だ。
「こういうのって好きなの?」
「はい〜。大好きですよぉ」
「ふーん」
 やっぱり女子って、こういうのが好きなんだ。
 なんとなくは予想していたが、目の前で言われると妙に納得してしまう。
 そうか。そうなんだ。
「由馬はこういうの好きですかぁ〜?」
「え?」
 不意打ちを食らった由馬はしばし呆然とするが、にこやかな笑みを浮かべながら自分の方を向いている冬華を見て、少し考える。
 今まで考えたこともなかったけど、自分はどっちなのだろう……。
「んー。そうだなあ……」
 前髪を後ろへ流すと、由馬はイルミネーションに視線をやる。
「たぶんこうして見せに来るくらいなんだから、好きなんだと思う」
 数ある輝きを、その瞳に写しながら。
「それに、好きじゃなかったら見せに来る必要もないだろうし」
 由馬はゆっくりと、そう答えた。
「そうですか。それはよかったですぅ」
 冬華が由馬の元に歩み寄り、もう一度笑った。
 そして――――

   +++

「――ッ!」
 由馬は布団を飛ばすかのような勢いで起きた。
 呼吸は、荒い。
「冬華?」
 初めて由馬は冬華の名前を口にする。しかしそこに彼女の姿はなかった。
 外はもう明るく、澄んだ青空が天上いっぱいに広がっている。
 そして一日を共に過ごした彼女の姿は、もう見当たらなかったのだ。
 もっと優しくしてやればよかった。
 もっとあいつの言葉に耳を傾けてやればよかった。
 尽きない後悔が、由馬の胸を締め付ける。
 何であんな態度をとってしまったんだろう――。

 日付は十二月二十六日。
 一日限りの時間は夢のように過ぎていた。
「冬華、最高だったよ。昨日」
 呟く声は、どこか震えていた。
 視界が霞み、鼻がツンとするのはどうしてだろうか……。

   +++

「おい冬華」
「なんですぅ? 所長さん」
 パタパタと冬華は走って、所長もといサンタクロース様のところまで駆けていく。
 にこやかな茶髪の若サンタは、冬華が近くに来ると表情を一変させた。まるで般若のような形相をしながら微笑んでいて、思わず冬華は一歩後退った。
 サンタがこういう表情を見せる時は、大抵怒っている時だと熟知していたからだ。ドジばっかりする冬華ならではの、完璧な統計がそういっていた。
「お前ってやつは、なに人間の子供に迷惑ばっかりかけているんだ! それに最後は気絶させておいて……。こんのアホったれ!」
「ふえぇぇぇ! だってぇ……」
「だってもクソもねぇ。お前も一応は妖精の端くれだろう!」
 元気はつらつの若サンタは、怒鳴り飛ばすなりロープを使って、トナカイに冬華を縛りつけた。
 今度は青筋を立てて、微笑みの一つも見せてくれない。誰もが夢見るサンタの形相は、最早跡形もなくなっていた。
 むしろどこかの族や走り屋の上層部にいそうな顔つきさえしている。つまりは満点の悪人面だ。
「もう一度学校に行って、出直して来い! 単位は全て取り消しだ!」
「ふえぇぇぇぇ!?」

 鈴の音が軽快に鳴り響き、冬華を連れたトナカイは天空を走っていく。
 そして冬華は学校に戻された。














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