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第4話
へらりと笑った歌子を見て、犬は尾を振った。
ぱたぱたと。
それは嬉しそうに。

『そうか、風呂場から…。それはまた難儀な』
「解ってくれる!?」
『だから裸なのだな。理解した』

ひぃ!っと歌子は体を隠す。
普通の犬なら構わない。でも相手は知能のある犬だ。
それも喋るほどの。
歌子があわあわと恥ずかしそうにしているのを見て、犬は首をかしげた。

『なぜ体を隠す?生まれたままの姿は美しい』

スタッフー、スタッフー!!
どこの変態だよ、良くて裸体画好きな芸術家だよ!
歌子は自分が変な方向性に向かっているのを感づき始めていたが、あえてスルーした。

考えてみると、犬も裸みたいなものだ。
毛皮と言う服を着ているようなものだが、もしかしたら裸だの何だのという概念がないのかもしれない。
それに日本人特有の凹凸の少ない…、自分で言っていてとても悲しいが、平均的な体の自分。
もっとボイーン、キュっ、バーン!なボディラインだったら…。
歌子はヤサグレそうになりながら手を解いた。

「私は歌子。貴方は?」
『我は“魔”である。名はない』

夏目漱石…。いや、落ち着け。
有名小説の一文が頭に浮かんだが、歌子は小さく深呼吸して心を落ち着かせる。
魔だのなんだの聞こえたが、すぐに歌子の脳内から抹消された。

「名前ないの?まったく酷い飼い主だね!貴方の飼い主はどこ?怒ってあげる!」
『飼い主?我にそんなものは居ない』

犬は首を振る。
かわいそうに。きっとこんなに大きくなってしまったものだから、捨てられたんだ。
歌子は勝手に解釈した。
一人悲観に明け暮れ、そして「よし!」と意気込んだ。

「私が名前を付けよう!えと、…付けていい?」
『…構わない』

ぶっきら棒な言い草だが、尾がパタパタと振られている。
歌子は悩んだ。一生懸命悩んだ。犬と言えば…。

「ハチ公…。いや駄目だ。うーん」

ポチ、あとは…。意外と犬が出るアニメって少ないな。
ボキャブラリーが乏しい歌子は、アニメから名前を拝借しようと考えた。
だが思い浮かばない。
犬は期待がこもった目で歌子を見つめる。さり気ないプレッシャーだ。
歌子はうんうんと唸りだした。
はっ!閃いた。パトラッシュ!…って言うイメージじゃないぞ、この目の前に居るわんこは。

「…ネロ」

犬がぴくりと反応する。

「貴方の名前は、ネロ」
『我は、ネロ…』

天使に運ばれ空へと召される少年が思い浮かんだが、…うん、ネロ。
響きが犬にぴったりな気がした。
『歌子』イケメンボイスで名前が呼ばれる。

『髪と目が、黒いな』

日本人ですから。
そう思いながら肩下まで伸びた髪をちらりと見た。
いじった事のない髪の毛は、太くもなく細くもなく、天パじゃないが湿気を感じれば跳ね上がる…、という何ともコリャまた平均的な髪の毛だ。

「うん。でもネロも真っ黒黒助だね」

お揃いだ〜と、嬉しそうに笑う。

『この世界に黒い髪と瞳の人間はいない』
「…この世界?」
『黒は我らだけだ。歌子。お前は“魔”か?』

“魔”?
“魔”って何?

「私は、人間だよ」
『そうだろうな。“魔”で人間の形をするものなぞ、居るわけがないのだ』

ネロはくつりと笑う。

『歌子。我は、いや。我らはお前を待っていたのだ』

さわさわと心地のいい風が、歌子の体を撫で上げる。
巨木の下、柔らかい日差しが歌子たちを包み込んでいた。
シャンと鈴のような音が、葉からこぼれ落ちる。

『“魔”を統べる者よ、良くぞ来た。このククルカンへ』

頭が痛いのは、いつまでも裸でいるから風邪を引いたのか。
それとも、現実逃避をするよう脳みそが忠告しているのか。

歌子は頭を抱えて「な、なんじゃそりゃー!」と叫んだ。



【恋愛遊牧民】


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