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第37話
母に抱かれる夢を見た。
父に顔を覗かれ、抱っこしてもらおうと手を伸ばす自分の夢を見た。
ああ、切ない―――。

『大丈夫だよ、歌子…』

そう、そうね。大丈夫。
寂しくない。切ないけれど、寂しくない。
目を開けはそこは暖かい闇。
少し体を動かせば、ほら。

『おはよう、歌子』

私を見つめる、優しい母の瞳。

「おはよう、モア」

この世界での、私のお母さん――――。

魔鳥の羽がいっぱい入った布を背負い、歌子は雪野原を歩く。
モアの背に乗って。

『忘れ物はないかい?』
「うん、大丈夫」
『向こうで苛められたらすぐに言うんだよ?』
「うん、分かってる」
『もし歌子を傷つけたら…』
「…え、な、何?」
『全面戦争だね…』
「大丈夫です皆とても優しいのでまじ大丈夫っす!」

冗談だよ、とモアは笑うが歌子は気が気じゃない。

『悪かったね…、攫うようにして連れて来て』
「ううん…」

モアが飛べば森の外なんて一瞬なのに。
魔法を使えば歩いていても一瞬なのに。
ずっと、こうやって私たちは歩いてる。
後ろを振り向けば、延々と続くモアの足跡。

「また、帰ってくるから」
『ああ』
「お土産持って、また…」

泣いたって何も変わらないのに。
許しを乞うような自分に腹が立つ。
歌子の涙がモアの背を濡らした。

モアたちの空虚感を埋めることは出来たのだろうか。
少しでも、雪と違い溶けないような強固なもので。

『楽しかったよ。お前という娘もできて…、幸せだ』

私という存在が、あなたの空虚を埋められたのだろうか…。

「ありがとう」

前には黄金の彼と、白銀の彼。
距離を置いて、黒い彼。

「おーーーい!」

雪が降る静かな空間に、歌子の元気な声が響き渡った。
こちらを見ていた二人は手を挙げる。

『さぁ、行っておいで』
「行ってきます!」

モアの背中から飛び降り、歌子は大きな声で返事をした。
そして踵を返し、二人のもとへ駆け寄って行った。

『我はまだお前を許したわけじゃない』

いつの間にかネロがモアの背後に現れていた。
気配もなかったその一瞬に、モアは胸を膨らませた。

『知っているさ。だがお前も気づいているはず』
『歌子が我だけのものではない事か?それとも別れの事か?』

確信を得たネロの言葉に、モアは微笑する。

『両方さ。どちらにしてもあの子を泣かさないでくれよ』
『――――後者は約束できかねる』

視線を上げれば仲良さ気に話す三人の姿が見える。
厚着な二人に囲まれるボロ切れの服を纏う寒々しい見た目の少女。
黒い髪と瞳をもった、普通の少女。
そう、普通の少女なのだ。

『最善の道を、ネロ』
『言われなくても。…モア』

一瞬交わる視線は何事もなかったかのように歌子へと戻る。
視線に気づいた歌子は満面の笑みで笑う。
あの春の笑みで。

その日、プリマテスの雪野原に一輪の花が咲いた。
淡い白に近い色をしたピンクの花だ。
雪の中でも咲き誇る小さいながらも力強い花は、未だに見つかっていないが時間の問題であった。
その咲いた場所は歌子が「一人は嫌だ」と涙をこぼした場所である。
それを知るのは等の本人と、後に花を見つけるモアだけだった。





【恋愛遊牧民】


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