第1話
おい、責任者呼んで来い。いや、私をここに置き捨てた神様を呼んで来い。
歌子は誰も居ない泉の中、叫びそうになった。
実際に、のど元まで言葉は出て来そうになっていたのだ。
しかし残り少ない理性により、押し止められた。
ここはどこ?私は…、歌子。
残念。記憶喪失ネタは没だな。歌子はため息を付いた。
ここがどこだか解らないが、ここに来る前…、それもつい数分前、何をしていたのかは覚えている。
自分はお風呂に入っていたのだ。お気に入りの入浴剤を入れた半身浴。
愛用している花の香りがするシャンプーとボディソープも添えて…。
読みかけの小説を読みながら、一人優雅な気分を味わっていた。
その証拠に自分は今…。
「いやん、恥ずかしい」
ふざけてみた。
しかしどんなにふざけてみても、歌子が裸なのは揺ぎ無い真実だった。
少し低めに設定していたお湯は、いつの間にか冷たい水に。
広くはないが足が伸ばせる、それなりに気に入っていたお風呂場は、美しく澄んだ泉に変わっていた。
騒いでも仕方がない。
この現状が変わることがないのだから、冷静に、冷静に…。
そう思っても胸は今にも爆発するんじゃないだろうか、と思うほど脈打っていた。
緊張と不安から体温が上がるが、冷たい水が余分な熱を奪っていく。
歌子は深呼吸を数回行ってから周りを見渡した。
足元では銀や白といった、カラフルではないがキラキラと輝く美しい魚が泳いでいる。
水底は少し大きめの石が敷き詰められているため、少し歩いたぐらいでは水が濁ることはない。
そんな泉の中心には小さな陸があり、その陸の大半を占めるほどの巨木がそびえ立っていた。
風で葉が揺れるたび、鈴のような音が微かに聞こえる。
歌子はその鈴の音に惹き寄せられるように、巨木に近寄った。
【恋愛遊牧民】
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